離婚に苦しむ人へ

今、苦しんでいるあなたに寄り添って。

不安を超える

2014-03-31 00:01:00 | 日記
こんにちは。

人というのは、

どうして、予想外の行動をするのだろう。

離婚にしても、

出逢って、恋人となり、素敵な時間を過ごせたからこそ、

結婚し、祝福され、

結婚式、ハネムーン、新居、出産、。。。

様々な時代を一緒に考え、過ごしていながら、

いとも簡単に、

その関係をリセットできるのか。

(すくなくとも、離婚を言われた方にはそう感じるだろう。)

人は生まれてからずっと不安なのだ。

赤ちゃんのときは、母親の姿が見えないと不安で泣く。

発達心理学では、ボウルビーという学者の「愛着基地」という言葉がある。

小さい子供は、少しずつ母親から距離をとって、遊びまわりながらも
親の存在が視野に入るところにいる。
母親の元に戻ると安心できる。そんな自分のホーム基地のような場所。

小学生からはずっと、だれかとグループやら、部活動やら

社会人になっても、同期やら、同窓やらと、やたらと所属をつくる。

政治家だって、派閥がある。誰かといないと不安なのだ。

そして常に将来への不安を抱えている。

恋人がいないと、、、

結婚しないと、、、、

大学に進学しないと、、、

就職しないと、、、

老後にそなえないと、、、

こう考えると、不安は尽きない。

不安ゆえに、必ずしも望まなくても、努力もするという面もある。

恋人と喧嘩をすれば、

嫌われたらどうしよう、別れたらどうしよう

夫婦なら、

浮気されたら・・・

将来への蓄えは・・・

子供ができなかったら・・・

言い出したらきりがない。

このように考えれば、人間関係というよりも人生には

不安が付きまとうのがわかるでしょう。

不安でないときなんて、ないのかもしれない。

将来に悲観的になり、関係性に不安だから、

いっそのこと、離婚してしまえとなる。

別れというのは、ある意味で簡単なのだ。

苦しい、不安な要素が結婚しているところにあり、

相手との関係にあると思うから、それを止めればよいのだという発想になる。

だが、本当はそれだけではない。

不安は相手にではなく、自分自身の内にあるのだ。

内容は少しずつ違うが、赤ちゃんのときから、不安はたくさんあるのだ。

目の前の相手のせいだと思えば、離婚という選択肢は正しいかもしれないが、

本来は、自分自身の問題であり、それとの戦いでもあるのだ。

人間は、不安が一番恐ろしいことのひとつだ。

孤独を恐れるのも、ひとりでいることの不安だ。

それを感じないですむなら、どんなことでもするかもしれない。

だから、すべきことは、不安を乗り越えることである。

乗り越えることであって、避けることではない。

離婚ということすべてが悪いのではないから誤解しないでほしい。

安易に関係性を終えれば、苦しみから逃れられると考えることが間違いなのだ。

不安にならない関係性などない。

離婚した今、恐ろしく不安だと思う。

将来への不安は尽きないだろう。

不安からの行動には破綻が生じる。

簡単に新しい恋人を作ろうとしないでほしい。

新しい関係ができれば、少しの間は孤独から解放されるだろう。

だが、また新しい不安がやってくる。

向き合うべきは、自分自身との不安だ。

不安はなくならない。

だから、不安にどう対処して、どう飼いならすか。

人それぞれ違う。

他の何かで代用する。

つまり趣味にふけったり、嗜好品だったり、

新しい恋人だったりに逃げるのではなく、

真っ向から不安と対峙した上で、

不安を感じつつも、ときに不安におびえて、不安につぶされそうになりながらも、

不安の上を正面から超えていくのだ。

今の不安を避けても、

また次の不安が来るだけであるのだから。

コメント (13)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

結婚するというのはどういうことなのか

2014-03-29 09:47:59 | 日記
私がこの題名で書くのは、

かなり気が引けるのだが、、、


私たちは、生まれてから結婚というものを

どこまで真面目に考えたことがあるだろうか。

世間では、

まるで当たり前のように

ある年齢になれば結婚という前提がある。

もちろん最近ではそれだけではないのだが。

テレビなど見ていても、

まるでドラマのような結婚をしたかと思うと

半年後には離婚している芸能人をよく見かける。

婚活が一時期ブームになったが、

結婚は、恋人の延長ではない。

365日一緒にいるということだけではない。

言うまでもなく、素敵な面はたくさんある。

だが、苦しいことも同じくらいあるのだ。

それを誰も言わないし、まるで目を背けているかのようだ。

結婚を長く続けている人ならば、

そのことを一番理解しているだろうし、

離婚した人間も知っている。

幸せなことは放っておいても幸せであるが、

苦しみはひとつひとつ対処していかねばならない。

ドラマのような結婚などない。

だから、結婚するには、覚悟が必要である。

共に乗り越える覚悟。

偉大な心理学者ユングの系統で、
あるユング派の心理学者は、

結婚とは「幸せ」への道ではなく、「救い」への道だという。

幸せへの道は、良いことばかりだが、

救いへの道は、苦悩、苦しみ、悪魔との対峙が必要だと。

人間が大きく成長し、「個性化」という自己実現をしていくための道。

つまり、苦しい道だというのである。

幸せな時間だけを楽しんで、

苦しい時間をさける、そして安易に離婚するというのは

そもそも、結婚の本質ではないのではないか。

そして離婚というのも、結婚に付随する苦しみのひとつかもしれない。

たしかにそれによって、人は苦しみを味わい、成熟へと向かうのだから。

シングルで生きていくということにも苦悩がある、

結婚すれば、シングルにはない、相手との関係ゆえの苦悩もある。

いずれにしても、

人間が生きていく上で、

苦悩から成熟へ向かう。

生きていくとはそういうものなのかもしれないと思うのです。

何も悲観的になることはない。

私たちがどうこうできる問題ではなく、

生れたときから決まっていたことで

離婚という苦悩、絶望を感じて、気づかされたこと。

これからが人生の本番ともいえるのではないか。

その上で、そのルールの上で、

どう生きるのか? それを問われているのだ。

フランクルが言うように、

我々が人生から問われている。

「人生とはこんなルールで成り立っている。
 文句や不満を言っても、ルールは変わらない。
 さあ、あなたはどう生きるのか?」 と。

そして、死を迎えるとき、

「これが、私の答えだ!」と胸を張って言うことができたら

人生、満足いくものではなかろうか。


コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分の人生を考える機会

2014-03-27 00:01:00 | 日記
自分の人生を考える機会。。。

そう多くはないかもしれません。

これまで、あなたはどれくらい考えてきたでしょうか?

離婚したことで

悩みぬいてきたなかで、考えたかもしれません。

順風満帆なときは、考えないものです。


今日の一日を大切に生きるために

何を想えばよいのか。

ほんとうに、未来はわかりません。

今日はこの本をご紹介します。

「とりあえず、5年」の生き方  諸富祥彦  実務教育出版


ワークシートもたくさんあって、
考えながら読めます。
読みやすく書いてありますが、とても深い内容です。

この本を読んでサラリーマンをやめて、

ほんとうに自分が人生でやりたいことをはじめた方がたくさんいます。

人生は不確定です。
先生の長いカウンセラー経験の実感として、
人生は5年周期くらいで変化していると言います。

あなたの5年前から今は想像できたでしょうか?

私は想像できない場所に、想像できない形でいるように思います。

今のこの不安定で、災害の危機も迫るなか、10年先もわかりません。

地震、戦争、大不況、というような外的要因もさることながら、

病気、リストラ、、、、といった個人的なことまで、

考えたら、それだけで落ち込むようなほどたくさんありますね。

でも、1年先くらいなら、多くて数年先くらいなら

多少の計画があってもいいのではないでしょうか。

5年先に自分は死ぬとわかっていたら、何をすべきか。

何を大切にすべきか。

死という平等に訪れるものを直視したとき、

あなたは何を考えるでしょうか。

離婚した今、ほんとうに辛い状況だからこそ、

今まで、問題なく流れていた人生が少し淀んだ今だからこそ、

真剣に自分の人生をどうしたいのか?

自由に選択できるタイミング。

自分の人生をどう生きたいのか?

そのことを強く考えるとき、

未来への力がわいてくるような気がするのです。

苦しみを救うには、何かのきっかけが大切です。

そのきっかけは、自分で創ることもできます。

もちろん、そんな気分でない方もたくさんいるでしょう。
それはその流れなのですから、心配ありません。

でも、読んでみようかな。。。そう感じたら、そのタイミングです。

人生には流れがありますから、

それを大切にしてほしいと思います。



コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生きているレール

2014-03-25 00:01:00 | 日記
人生は、どうして不平等なのだ。。。

私はこんなに苦しんでいるのに、

どうして、あの人は、あんなにお気楽に楽しく、幸せそうなんだ。

そう思ったことがありませんか?

逆に不治の病の方から見れば、

離婚したくらいのこと。。。そう見えるかもしれません。

以前も書いたかもしれません。

私はぼうっとしながら、

駅の改札前のベンチで朝のラッシュの人々を見ていました。

ふとこんなことを想ったのです。



右左からあわただしく歩いてゆく人たち。

交差し、併走し、追従し歩いてゆく。

若い人、年配の人、男性、女性、子供。。。

私たちは、同じ会社で、同じ学校で、そして同じ家庭で生きている。

ともに生活している。

同じ空間で、同じものを目指して生活しているように見える。

今、この一瞬が同じときを生きているように思えていたが、、、、

だけれども、それは違う人生の舞台だったのかと。

たまたま偶然に、この時期に、

人生のレールが交差したり、併走しているにすぎない。

まるで同じレールの上を歩いているかのように思えても、

ぴったりと併走しているに過ぎない。

違うレールを歩いている。

人生の中で一日、数日、数年の間、レールが交差している人もいる。

瞬間、瞬間に私たちにはわからない。

人は、それぞれの人生を歩いている。

それは一人だけの道のような気がしている。

そのレールにある障害物も人それぞれ。

レールの幅も、距離も人それぞれ。

私たちは、何も知らずに、生まれた瞬間から、

そのレールの上を歩いている。

いや、何ひとつとして、選択権などなく、

歩かされているのかもしれない。

今更、人生のルールに文句を言ってもはじまらない。

ルール変更を唱えても意味がない。

定められたレールを、全力で歩きながら、

自分なりの答えを求めていくしかないのかもしれない。

それはネガティブではなく、

受け入れていくプロセス。

いかに、そのレールをきっちり歩き切ることができるのか。

問われているのはそんなことなのか。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

楽な人生の方が少ない

2014-03-22 22:06:21 | 日記
多くの方と接していると、、、

そしてこのブログでみなさんのコメントを読んでいると、、、

人生とはどうしてこんなにも

辛い想いを繰り返し与えるのかと。。。


一見すると、とても明るく、おしゃれで元気な女性。

みんなの中心となって活発な男性。

それでも、よくよく心の内を聞いてみると、

想像すらできないような過去や、悩みを抱えている。

すべてが順風な人も、

よやく定年退職した方も

いつどこで、どんなことが起こるのかはわからない。

コーチングやカウンセリングを学んでいると

離婚経験者がたくさんいる。

人生で、大きな壁にぶつかったからこそ、

カウンセラーを志す方も多い。

人生において、真に苦しんだり、悩みぬいた経験のない人に

カウンセリングができるとは思えないと言う人もいるくらいだ。

頭脳だけでできるようなものではない。

生きるということ、そしてその矛盾、不条理、、、

それらを味わったからこそ分かる感覚がある。

人生で起こることは、

ほんとうに予測不能。

どんなに準備しても、ひとたび何かあれば、

どん底へ落ちることもある。

どんなにお金があっても、

不治の病は治せない。

楽な人生とはないのかもしれないと思う。

人は内面に多くの悩みを抱えているが、

なんとかやりくりして、

毎日を生きていくものなのかもしれません。

それでも楽しいこと、うれしいこともあって、

なんとか折り合いをつけていく。

人生とは楽なだけ、幸せなだけではないのだ。

だが、逆に苦しみだけでもないのだ。

かっこよくなくてくても

もがいても、助けをもとめても

なんとかやっていく。それでいいじゃないですか。





コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心をこめる

2014-03-15 21:47:46 | 日記
こんばんわ。


毎日のひとつ、ひとつの行動、言葉、判断に

あなたは心を込めているだろうか。

もちろん。今はしょうがない。苦しくてそれどころではないだろう。


だが、これまではどうだったろうか。。。


相手に対して、丁寧に誠実に接してきたかもしれないし、

嘘もついたことがないかもしれない。

だが、

ひとつひとつの言葉、態度に心を込めてきただろうか。

「ありがとう」

新婚さんなら、仲睦まじく、たいていは言っているように思う。

だが、どこまで心を込めているか。。。

「あなたのことが心配だ。」

時として、自分の不安や心配の方が強いだけの場合があると、

自分をそんな状態にする相手への不満が大きくなるかもしれない。

ほんとうに、心から、相手のことだけを心配していただろうか。。。

食事でも、買い物でも、、、。

今から色々なことを反省するように言っているのではない。

いかに、心を込めて、相手に接するということが難しいかを

理解してほしいと思う。

自分が仕事や家事でストレスがあったりすれば、なおさら難しい。

細心の注意を払って、専門的なトレーニングさえも積んで、

心を込めて、精一杯接していても、

ときには、クライエントを傷つけてしまったり、

裏切られたと感じさせてしまったり、怒らせてしまうことがある。。。


それだけ、相手に心を込めて、接するというのは難しく、

自分のできる最大限の接し方をしても、不足くらいだ。

世の中の人が、できているのではない。

多くの人ができていない。


人間関係は、

心を込めて接することで、本質的な関係がつくられていくのではないだろうか。

相手に対してだけでは、うまくいかない。

日常生活の全てのことに、しっかりと心を込めていかないと、

相手に対してだけというわけにはいかない。

心を込める

人によって定義は違うだろう。

だが、心を込めた言葉や態度は伝わる。

それでも伝わらない相手なら、あきらめるしかない。

ちなみに、心を込めて接するとは。。。

自分都合だけで接することではない。

相手のことを、真に思いやる優しさの上に、あるもので、

けして、自分の不安や心配、まして利害などが関係するものではない。

あなたにとって、

心を込めた行動、言葉はどんなものだろうか。
コメント (18)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死ぬこと以外、かすり傷

2014-03-11 00:02:48 | 日記
この言葉。

私のオリジナルではなく、、、だれかの言葉。

とても強い意志を感じる言葉だ。

私も、辛いときには想い出そうと、

手帳に書き込んだ記憶がある。

ずっと自分自身に、言い続けた言葉だ。

たしかに、人間だから

死は訪れるし、肉体的には、最後かもしれない。

離婚はたしかに、ものすごく辛い。

だが、死ぬわけでもない。

以前、聖路加病院の有名な長寿先生である日野原先生が、

「死が本番だとしたなら、それまでのことは全て練習だ。」

そのようなことを言っていた。

人間にとって、

死ほど不気味で、未知で、不安なものは他にないだろう。

臨死体験はたくさんあるが、あれは死ではない。

死にかけたというだけだ。

ほんとうの死を経験した人は、二度と戻らない。

だが、死以外は、たしかにやり直すこともできるし、反省もできる。

たしかに、ほんとうのところは、

離婚は、かすり傷というほど、浅いものではないだろう。

重症かもしれない。

いや、死ぬほどの想いだろう。

だが、この言葉が意味するのは、

「覚悟」 である。

人生で起こる出来事に対して、

覚悟をもって対峙していく、その姿勢、心持ちである。

すべてが、かすり傷のはずもない。

だが、これはかすり傷なのだと思って、耐えてゆく。

その覚悟、決断。

すぐにはできないし、想えない。

それはそれでいい。

覚悟が決まるときは、

自分で覚悟するしかない。

前に進むには。




コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

その人の本質が問われる

2014-03-09 14:50:28 | 日記
離婚というのは、

時として、

人間性までも破壊してしまうのか。。。

きっと、あなたは

相手の態度や行動、言葉に対して

どうして結婚当初には、想像もできないような相手に

変化してしまったのか。。。


そう思わざるを得ないかもしれない。


友人や親せきに祝福されて、結婚式を挙げて、

新婚旅行の思い出もあるだろうし、

新居を選んだ時間もあったかもしれない。

子供が生れて、また新しい幸せを感じたかもしれない。


でも、今となっては、とても同じ人間とは思えないような

相手の態度や言葉に、、、とても深く傷つき、

人とは、どうして。。。と思っているかもしれない。

いつも言うように、

人は弱く、常に不安であるし、欲している。

だが、その人間がどのような態度をとるのか?ということは、

本人が決定しているのだ。

人は追い詰められたときに、本性が出るとは、昔からよく言われることだが、

ほんとうに実感としてあるのではないだろうか。

心がやさしい人は、追い詰められても、どこかにやさしさが感じられる。

相手を非難したり、怒ったりすることが悪いのではなくて、

根本的に、相手を大事にしているということに変わりはない。

人として、思いやりや、やさしさがあるということは、

最後まで無くなりはしない。

一時的に怒りや苦しみから、やさしさを持てないことがあっても、

ちゃんと最後には、戻ってくる。

だが、、、

本質的に、やさしくない人もたくさんいる。

自分の調子や気分が良いときだけや、自分にゆとりがあるときだけ

相手にやさしさ、ほんとうは偽物だが、それをを見せてみたり、

態度で示したりする。

人間がこれまで20年以上もかけて生きてきたところで身に着けた

本質は、動かない。

よほどのことがないと変化しない。

ほんとに優しさある人は、最後まで優しさをもっているし、思いやりがある。

相手を想えない人は、やはりそうである。

あなたの相手は、どうだったろうか。。

ほんとうに、あなたが望むような性格、人格だったのだろうか。。。

もし、あながた深く、深く傷ついているならば、

どん底で、苦しみ、もだえ、絶望しているならば、

ほんとうに、心から優しい人間が、あなたのそんな姿を望むだろうか。

何のケアもしないどころか、さらに痛めつけるような仕打ちをするだろうか。。。

あなたが逆の立場で、そんなことができるだろうか。。。

真実の優しさと、偽物の優しさを見極めなければいけない。

ほんとうに、相手を想うということを、

もう一度考えてみないといけない。

世の中には、偽物を纏った人たちがたくさんいる。

刹那的に生き、流行を追いかけ、他人に左右され、

仲間と群れているだけ。

地位や、学歴、容姿、年齢に一切の関係なくいる。

世の中自体が今、そういう方向にのみ向かっている。

生きるということは、

物質的に豊かな日本だけでなく、アメリカでも、中国でも

世界中のどこでも同じ本質がある。

もう惑わされるのはやめよう。

ほんとうに、相手が自分を想い、そして自分も相手を想える。。。

見せかけでない関係を築こう。

どんなに言い争いをしても、どこかで最後に、

相手への思いやりが残っている。

その想いこそが、再び二人が歩み出す原動力のなるのだ。

そんな相手を見つけてはどうだろうか。

離婚はたしかに辛い、しんどい。

大切な相手を失うことは苦しい。。。

だが、ほんとうに共に人生を歩む相手だったのか。。。

そのことも含めて、あなたが何を望むのかを考えてみたい。




コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ただその日をやりすごす

2014-03-05 19:00:00 | 日記
今日も一日、おつかれさまでした。

ほんとうに、よく過ごしました。


離婚しても、どんなに辛くても

世間は誰も待ってはくれない。

忌引きの休暇はあっても、

離婚の休暇はない。。。

数か月もすれば、周囲はそんなこと覚えていない。

こんなに、辛いのに、だれも心配すらしてくれなくなる。。。

辛いね。ほんとうに。


いつもどおり、なんとか仕事して、

帰りに会社の門を出て、、、

もう、人前で、ひきつった笑顔をしなくてもいい、

妙なテンションで動かなくてもいい

大丈夫そうな、会話しなくてもいい。


そんな安堵感と、

これからひとりで家に帰り、また明日の出社まで

寂しさ、苦しさの極限を耐えねばならない。。。


そんな夜、

このブログをおとずれて下さい。

コメント書いてください。

誰かが、今の辛いあなたに想いを馳せています。

私も、毎日見ています。

どんなことしてもいいじゃない。

酔いつぶれたって、

本屋さんに3時間いても、

友人に片っ端から電話して、何時間話しても。

とにかく、今日一日をやり過ごそうよ。

なんか、本に書いてあるみたいに、

内省して、深く考えて、、、、

そんなのすぐにできなくて当然です。

食事ができなくても

眠れなくても、

そんなのふつうにそうなる。誰だって、これだけ苦しいんだから。

昨日は少し元気出ても、今日はすごい落ち込む。

しょうがないじゃない。

今日一日、なんとか乗り切ろう。

明日のことは、明日の自分に任せよう。

今日は、今日の自分がなんとか乗り切って、

明日の自分にバトンを渡そう。倒れかけながらでいいから。

人生の間には、

そんなときも、あるよね。

でもね、永遠にも長く感じるけれど、

先が見えないけれど、

たしかに、永遠には続かないよ、この苦しみはね。

少しずつだけど、変化していくから。

これは理屈なんかないけれど、

真理だから。

なんか宗教みたいだけど、

たしかなこと。

今日、一日、おつかれさま。

今日はゆっくり身体を横にして、少しでも休もうよ。
コメント (15)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

苦しいね

2014-03-02 00:01:00 | 日記
離婚は、

きれいごとではなくて、

やはり苦しいね。


ほんとうにしんどいね。


新婚当初の楽しい時間、幸せな時間が


まるで夢のように、跡形もなく消えてしまい。。。


共に、形作ろうと話してきた日々は、虚しく。。。

写真も、家具も、何もかもが、苦しい思い出かもしれない。。。


この冬の寒い日、

家に帰っても、自分で自分におかえりという日々。

暖房を入れても、独りには寒い。


きっとこの苦しみを感じたことのない人には

到底、想像できないような。

そう、今のあなたは本当に辛い時間を過ごしているでしょう。

どんなに他人や親兄弟が、なんと言おうとも、

あなたは苦しくて、もがいて、ボロボロなんだ。

これまでだって、

いろんな苦難を自分で乗り越えてきたはず。

失恋だって、受験だって、就職だって、何だって、

越えてきた自分が、

もう駄目だ。。。耐えられない。。

そんな絶望的な苦しみの淵にいるかもしれない。


他人の苦しみと、あなたの苦しみを比較はできない。

ただ、

あなたの苦しみと同じではないけれど、、、

あなたの苦しみの方がずっと、ずっと、しんどいかもしれないけれど。

多くの先人たちが、乗り越えてきました。

かっこ悪いし、

ボロボロだし、

もがいて、苦しんで、叫んで、、、

友人にも、会社でも、

藁にもすがる思いで、恥も外聞もなく、、、

乗り越えるために、

自分という人間のすべてをかけて、

お世辞に乗り越えたなんていうほど、カッコ良くもなく、

理論どおりでもなく、

記憶もないくらいの状態で

今があるのかもしれない。

それでも、

あなたよりも数年先に、たしかにいます。

だから信じてください。

あなたにも、

過去をゆっくりと見れる日がきます。

すべてが解決してはいなかもしれないけれど、

今よりも、もう少し楽に過ごせる毎日がやってきます。

その日まで、

このブログは、あなたを応援します。

コメント (27)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする