離婚に苦しむ人へ

今、苦しんでいるあなたに寄り添って。

想いを脇に置く

2020-03-28 09:13:37 | 日記
おはようございます。

この土日は、東京だけでなく、全国的に外出自粛で
天気も関東では雪もあるとのことで、家で過ごしている方も多いでしょう。
とはいえ、働いている方もいるかもしれません。
 一方で都知事の会見のあとは、夜にスーパーへ駆け込む人たち。
自分で考えて適切な時期に適切に行動できない・・・。
考えることができる人、リスク管理ができる人は、中国の状況をみて、
遅くとも2月には備蓄しているでしょう。

これだけみていても、不安は生きているかぎりあることがよくわかります。
家族がいれば、家族の身体も心配です、高齢の親のことも心配かもしれません。
離婚で離れた子供を心配するかもしれません。
心配する人がいるだけ、心配できるだけ、心配されるだけ幸せだとも
感じるかもしれません。

 仕事、収入、体調、将来、すべてに不安が付きまといます。
まして離婚によって、久方ぶりに働きだした方もいるでしょう。
支払いに苦労しているなかで、生活がままならないなかで、
さらに厳しい状況だと不安かもしれません。

 お医者さんは高収入で安定した職種だと思いますけれども、
エリートと言われてうらやましがられるけれども、
こんな状況で世界中の医療従事者が自らの危険を感じながらも、
多くの人がテレワークで避難しているなかで働いてくれています。
ただでさえ大変な看護師さんや、介護士さん、教師の方たちも同じです。

 店頭にはなかなか並ばないけれども、24時間マスク製造してくれている人や
それを売っているドラッグストアの店員さんたち、
アマゾンを配送してくれる人、自販機に補充してくれる人、
多くの人のおかげで、生かされていると感じます。
自宅待機くらい、命をかけて働いてくれている人たちにくらべればなんでもないとも思います。
もちろん働かないと生活できないということもありますから、それを含めて
どう考えていくのか難しいところですが、イタリアの市長さんが切迫してSNSで叫んでました。
言葉は正確ではありませんが、
何を買っても、美容師にきれいにしてもらっても、生きていればこそだと。
棺桶に入ったらどうしようもないと。

離婚という苦しみのなかで、相手に対する恨み、怒り、悲しみ、いろいろな感情が渦巻いて
ほんとうの自分を忘れてしまいがちです。
もともとどういう人間だったのだろうと。
あまりにいろいろな感情が毎日押し寄せるせいで、
自分のほんとうの気持ちすらわからなくなります。

そんなとき、私はずっと瞑想をしていました。
瞑想用のCDなんかも売ってますし、本やDVDもありますので
それらを活用して、一日に5分だけでもするようにしました。
心を落ち着けて、自分の心の内の想いを探ります。
リラクゼーションCDで眠りにつく毎日でした。
得体のしれない、理由のない不安で動悸がして、目をつぶることすら怖かった日々。
暗闇が怖くなり、テレビも電気もつけて何年もの間、寝てました。
電気を消して眠れるのは、ほんとうにここ数年かもしれません。

自分のことばかりや相手のことばかりに注意が集中すると、周囲のありがたみに気づけなくなり、
心の殻に閉じこもり、不安が不安を呼び、どうにもできない苦しみに胸を締め付けられる様な
苦しさにつぶされそうになるかもしれません。
自分の考えや想いがすべてであり、真実であるかのようにも思えてしまいます。
なかなかむずかしいことですが、離婚した相手への注意を、少しだけ、一部だけでもそのほかのこと、
先に書いたような、がんばって我々の生活を支えてくれている人や
その陰で無念にも亡くなっていく世界の方々へ想いをかけてみる。

離婚の苦しみのなかで、相手との関係性や、自分の将来の不安などについて
忘れることも手放すことも、とてもではないけれどもできませんし、
あって当たり前です。だから苦しいのですから。
簡単に手放せるはずもなく、それゆえにこれだけの人が苦しんでいるのですから。

だから、忘れるのではなく、一時的にでも脇に置いておくイメージでしょうか。
その繰り返しのなかで、離婚の苦しみの想いから離れることができる時間が長くなっていくのだと思います。

毎日、毎日、気の遠くなるような時間、それをすこしずつ繰り返していくだけ。
その積み重ねを繰り返し、抜け出せたと思えるときがくるまで。

この週末、家にいるかたも、働いている方も、
ほんの少しだけでも、いつもと違う部分へ想いを向けて過ごせたらと思います。

ゆっくり歩みましょう。一歩、一歩。











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自分で考えられない

2020-03-24 12:49:07 | 日記
先日も同じことを書いたのですが、
連日の日本人の行動を見ていて、ほんとうに残念でしかありません。
特に、最近の連休の行動は、心理学的にみれば、
社会心理行動のひとつとして説明できますが、
みんなが思考停止に陥っているのもひとつの理由かもしれません。

いろいろな考え方、価値観を認めつつも、
世界がこの状況のなかで、イタリアでは毎日500人近くが亡くなっている状況で、

自宅待機がしんどいとか、暇で飽きるとか、息抜きがないと・・・
子供は家ではおとなしくしていられない・・・

すべてはそれぞれの立場で理由があるとは思うのですが、
海外の状況を見ても、
毎日のように日本の追跡不能な感染が広がり、指数関数的に増えていくことをみても、
ちゃんと自分で考えることができれば、政府がどうであれ、周囲がどうであれ
どうすれば良いか、その行動は自分で考えることが大切なのです。
収入、その他含めてたくさんの事情があり、それをサポートできない国にも問題があります。

平和が長いせいなのか、、あまりに危機感が欠如していますが、
こういうあまりに危機的な状況だと、
その不安を解消するために、
多くの人は、大丈夫なはず、うまくいくはずという思考パターンに
陥りやすいのも心理学でいわれていることです。
社会心理学では、「正常性バイアス」と言われ、危機的な状況で
脳が強いストレスを回避、防御する思考になってしまいます。

災害時の逃げ遅れもこれがひとつの要因です。

ただ、私自身は驚きません。

以前、何度か書いていますが、国も法律も信頼していません。
自分も大切な人も守ってはくれません。

離婚の調停や裁判をして、それらが自分を守ることはなかったし、正しいことが行われるでも
ないことを思い知ったからです。離婚の苦しみのなかで、たくさんの判断をしてきました。
そのときに、自分や大切な人を守れるのは、自分自身の価値判断しかないし、
正しくても、間違っても自分の責任だと。

元気な人でも自宅待機やら、自粛で辛いこの時期、テレビのニュースでうんざりしてしまう毎日で、
それに加えて、それ以上の苦しみや心配、不安をもつ、離婚の苦しみに耐えているなか、
孤立感や、虚無感もより一層の辛さをあなたに与えているかもしれません。
いろいろな想いで過ごしていると思います。

そんななかで、今だからこそ、学べることがあります。
世界も、日本も非常に厳しい時期ですが、今の世の中の行動や考え、テレビの放送などを通して、
自分自身が何を信じてこれから生きていくのかということです。
できれば、BSNHKなどで世界の放送を見てみたら、もっとわかるかもしれません。
世間の行動、考えがどれだけ曖昧で無責任で、思考停止しているのか、
そのなかで、世界の人はどう行動しているのか、もちろん世界の国が正しいとも限りません。

そういう総合的な判断のなかで、自分はどう考え、価値の中心をどうするのか。

大変な状況だからこそ、苦しみのなかで、あなたが新しい価値観を得るための
生きた教材が今なのだと思います。
そして私自身も日々、考え、学び、自分の価値を修正しています。

皆さまが、ご自身のライフイベントの危機と、そしてこの環境を乗り切れることを、
応援させてもらいながら、
私自身も含めて一緒にいろいろ考えて、過ごしていければと思います。
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ゆっくりと

2020-03-21 13:00:00 | 日記
苦しみのなかで、毎日、毎日耐えていると、

同じことを考え、想い、悲しみ、それがぐるぐると回って

一日に何度も何度も、そして毎日繰り返す。

そしてそれがこの先どれだけ繰り返すのか・・・

そんななかで耐えているかもしれない。

以前にも書いたが、大きな変化などはそうはない。

そもそも、元気なときであっても、そんなことは少ないのだから、

苦しんでいるからといって、突然大きな変化がくるというのは

稀ではないだろうか。

ほんとうに、一歩ずつ、自分では何も変化がないと思えるような

長い、長い時間を経て、ようやく少し変化しているのかもしれないと感じる。

それが半年の人もいるだろうし、何年もかかるときもある。

これも以前に書いたが、私は環境を大きく動かした。

心理学の大学に入学し、カウンセリング、コーチング、そしてジム、筋トレ、トレイルラン、登山・・・

これらを次から次へと自分に課して、無理やりにも環境を変化させた。

サラリーマンだった私には、フリーランスや、起業した人たちの会話は新鮮であった。

そうやって、動きまくった結果、気づいたら、新しい価値観を持ち、前向きになれていた。

10年かかった。

ただその10年の間も変化しながらであるから、止まっていたわけでもない。

ただそうやって動けるようになったのは、離婚して1年後くらいからだろうか。。。

ようやく少しずつであった。。仕事の出張先のホテルで独りで泣きながら過ごしたし、

あびるほどの酒も飲んだ。でも少しずつ進めた。今から思えばという程度にゆっくりと。

だから焦ることはなくて、自分なりのペースでゆっくりとでいい。

いや、ゆっくり、変化が見えないくらいにゆっくりとしか歩けない。

他人と比較することもない。

今日もゆっくりと歩みましょう。疲れたら、その場で休んでもいいのだし。









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自分で考える

2020-03-19 00:00:00 | 日記
ここ数日は、海外から帰国した人の感染が多い。

仕事で欧米に行っていた人は、ある意味で会社の危機管理が甘いように感じる。
勿論、仕方ない場合もあるから難しいのだが。

この時期に、旅行していた人たちは、
どういう感覚なのだろうか。
これまた事情はそれぞれだし、一概には言えないが、

それができてしまう国の甘さなのか、なんとも。

いづれにしても、
世界がこれだけの状況なのに、
自分は大丈夫、まだ大丈夫だと考えるのは
やはり一考が必要。

検査数も世界と比べて少ないままで、戦略は違うから
良し悪しはあるが、実態はわからない。

でも4月を境に、この自粛は、各団体、企業ごとに解除され、

動き出す。経済もあるから長い自粛は難しい。

一番大切なことは自分の頭で考えることです。

自分の感覚を大切にすることです。

買占めはよくないし、必要最低限にして、

平時に、自分が数ヶ月暮らせるくらいに備蓄することは悪くないし、

自分が買っておいて、緊急事態では、

友人や、大切な人に分けるのも悪くない。

あくまでも平時にしておくリスク管理が大切だと思う。

こういうときは、自分で考えて、行動できる人と

政府や、周囲、テレビの言葉に左右される人との差が大きくなる。

いつも言うことだが、どういう結果になっても、

自分が源泉、自分の判断こそである。

他人は変えられない、自分の一部だけしか

実際はコントロールできない。

離婚は個人レベルでは緊急事態であるし、それを越えた、耐え抜いたら、
安穏と生きてきた人とは比べられない力がつく。

判断力、危機管理、価値観、行動力、、、もちろん、優しさ。

こういう危機的な状況では、正解はないし、わからないから

自分で考えるしかない、自分の判断に責任をもつしかない。




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経験が予測する

2020-03-12 01:00:01 | 日記
日常生活のなかで、
いろいろな判断が必要なタイミングがある。
朝起きてから、寝るまで数えきれないほどの選択をしている。

相手の行動や言葉で不安になることもあれば、元気になることもある。
その都度、合理的に、理論的に、常識的に、または感情的に決めているはずだが、
その多くが自分の経験に基づいていると気づくことは大切です。

私たちの常識は、生まれてから育った国で、育てられた学校、家庭、友人たち、
そして学歴や、資格、趣味、あらゆる限定的な環境、状況で得られたもの。

いつも言うように、生きることすらぎりぎりの国や、命をかけて亡命することを余儀なくされたり、
銃が日常的に使われる国、そしてこの今ではなく、数10年前の高度経済成長期や
戦時中、戦前と、いろいろな時代があるなかで、今の私たちの価値観の多くは
今の時代に得たものでしかない。

離婚したことで、対人関係への信頼は崩壊し、自己価値観は崩壊し、日常の景色も
何もかもが変化したことを経験すれば、判断に狂いが生じることは想像しやすい。

私自身も、今でさえも、離婚当時の経験から、不安になることがたくさんある。
たとえば、たった一日でも連絡がとれないと不安になるとか、過度に心配するとか、
他人の言動の細かいところで、妙に気になったり、不安になったりと。
だが、それは過去の自分の経験からの判断でしかないと知っているので、
すぐに打ち消すことができる。
経験からの現在や未来の予測は、予防の意味で大切なことだが、
必ずしも正確ではないと気づいておきたい。

不安になったり、心配になることはたくさんあるし、正しく不安になることは大切なのだが、
それは過去の自分のどんな経験が影響しているのだろう。。。そんなふうに考えてみるのもいい。

不安になると、もうそれが絶対的な永遠な真実であり、実現するかのように
どんどんと大きくなり、制御不能になりやすい。

だが、ほんとうにそうだろうか?自分以外の人が客観的に考えても同じことが言えるだろうか?
それ以外の可能性や見方はないのだろうか?過去に似たような経験はなかっただろうか?
そんなふうに冷静に自分の心の不安と向き合ってみると、
不安はたしかにあるのだけど、それが絶対でもないとわかってくる。
自分の過去の経験がそう思わせているが、違う可能性も同じ程度にあるのだと気づける。
一番やっかいなのは、人は、その不安ゆえに、いろいろな行動、言動に移してしまうということ。

最近のトイレットペーパーの買占めが、デマから生じたことを見ればわかりやすい。
それが集団心理になればエスカレートするのを目の当たりにしている。

一旦落ち着いて、心の声と向き合ってみれば、行動の前にそれを抑制できることが多いのではないだろうか。

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苦しみのなかで

2020-03-08 01:00:00 | 日記
離婚という苦しみに日々耐えているなかで、
最近のウィルス問題はどう見えるだろうか。
自分のなかの大きな支配は離婚の苦しみであって、
さほど気にならない人もいるかもしれない。

一方で、さらに苦しみが増えたと感じる人もいるかもしれない。

この危機的な状況で、世界の動きを見ると、
日本の対応があまりに遅くて、ずれていることも
普段よりもわかりやすい。
一方で、いろいろな自粛をわりとしっかり守る真面目なところは
世界に誇れる国民性ともいえる。

だが、いつも言うように、政府や会社、周囲を批判しても何にもならない。

こんなときこそ、自分の判断基準こそが大切になる。
人は苦悩を忘れやすい。
忘れるからこそ生きていけるという良い点もあるが、
忘れてはいけないこともある。
震災のときの混乱を覚えていれば、
中国でウィルス問題が出たときに、日本で起こることも予想できる。
世間や周囲の反応がどうであれ、自分の軸で動く必要がある。
私自身、当時、震度6を経験して、職場は閉鎖され、断水し、食料がなくなり、携帯が充電できないことを
身をもって経験したからこそ、緊急時のリスク対策を忘れたことがない。

今、このウィルス問題もさることながら、
離婚という人生で最大級の苦しみに直面しているわけで、
そこから学ぶことは大きなものになるし、これからの人生でもっとも大きな価値観となる。
人は信頼できないと思うこともできるし、一方で、やさしさを身に着けることもできる。
人の痛みを理解し、助けることのできる人になることもできる。

日々の苦しみに耐えて、ぎりぎりの攻防のなかで生活しているなかで、
極限の精神的負担のなかでしか見いだせないものがあるように感じる。
今の私も、もう10年以上前の絶望的苦しみを耐えてきたことが、大きな支えであるし、
いつも思うのは、
「あのときの苦しみに比べれば・・・わずかな苦悩だと」

元気な状態でさえ、気持ちが滅入るこの騒ぎのなかで、
孤立し、心も身体も大変な状態でさらにしんどい時間を過ごしていると思う。

コメント欄にコメントを書いてみるとわかるが、心を解放できるのではないだろか。
誰にも言えない想い、苦しみ、悩み、それを一度自分のなかから出してみることにより、
見えてくることもあるかもしれない。

みなさまには申し訳ないと思いながら、誰にも肯定も否定も、批判もされない
安心して、自分の内面を吐き出せる場所にするために、相互コメントも禁止させていただいている。
ほんとうは、誰かに聞いてみたいことや、肯定してほしいこともあるという想いも理解したうえで、
お願いしています。

今日も一日、あなたを応援しています。




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心の景色

2020-03-01 01:00:00 | 日記
私は朝通勤のために駅まで20分ほどを歩く。

晴れた日はほんとうに気持ちが良い。

慌てたり、急いだり、ゆったりと通勤する人たちを見ながら、

自分も歩く。

だが、最近のウィルス問題で

心境に変化があることに気づいた。

人を見れば、申し訳ないが、不用意にあまり近づきたくはない。

澄んだ冬の空気は、そんなに気持ちよくも感じない。

冬の今は乾燥している。

いつもは何とも思わないドラッグストアーの行列を見ると

何だか嫌な気持ちにさえなる。

最近は買占めだらけで日用品も欠品していて、

ほんとうに必要な人には届かないのではないだろうか。

みんな必死にマスクや生活品を買い貯めている。

みんながマスクをして、いろいろな場所の入り口には消毒液。

連日のテレビのウィルスについての放送。

まさに心の中が支配されてしまう現象が起きる。

特別ナーバスなわけでも、神経質でもないが、

心に影響がないと言えばウソになる。

そしてそんな影響を受けた心が、朝や日常の風景を変化させるのだと

あらためて気づかされた。

離婚をしたとき、すべての景色の色がなくなり、

灰色の世界に落ちてしまった。

自分だけが世間から孤立したような感覚と、

どうにもならない、明確な理由がわからない不安と、動悸。

締め付けられるような感覚。いつもある胸の痛み、身体の痛み。

心の状態によって、われわれの生きている世界は簡単に変化して感じてしまう。

実際には何も変わらないし、他人には違う景色だが、

あることに支配された心を通すと、変化したように感じてしまう。

どうしようもないことだが、

そのことに気づくことは、自分が、今現在見ている景色や感覚が

必ずしも絶対的、普遍的なものではなく、

あくまで自分の今の心の状態がそう見させていることもあるのだと

知っていくことは、物事を考えたり、判断するために大切に想います。

だから、今あなたが見ている景色や心情は絶対普遍ではない。

景色は、あなたの気持ちが変化したとき、変化する。

私自身が、離婚してだいぶ時間が経過してから

気づいたことです。










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