山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

038:選挙結果

2019-05-31 | 小説「町おこしの賦」
038:選挙結果
一年生が異例の立候補という、生徒会長選挙は大変な盛り上がりをみせた。越川翔は卓球部の主将ということもあり、運動部の熱烈な支援を集めた。さらに数多くの先生たちは、さりげなく越川翔への一票を、生徒たちに促した。
これまでの生徒会選挙では、高々と公約をうたうことはなかった。しかし菅谷幸史郎の場合は違った。標茶町の活性化のために寄与する、と宣言したのである。

菅谷は低学年の生徒と文化系クラブから、大きな支持を受けた。標茶町の活性化にまで言及したのは、開校以来菅谷が初めてだった。多くの教員は困惑した表情で、選挙の成り行きを見守るしか術がなかった。
菅谷はアカだ。菅谷はアイヌだ。誹謗中傷の声は鳴り止むことがなかった。菅谷はそれらと、真っ正面から対峙(たいじ)してみせた。
「私のことを、アカだといっている人がいます。おそらくどこかの国のような、独裁君主になるといっているのでしょう。そんな気は、毛頭ありません。生徒と先生が同じ土俵で課題について意見を交わし、解決できる学園にしたいだけです」
「私には、アイヌの血が流れています。アイヌの何が、いけないのですか。私はアイヌの血を、誇りにすら思っています。だいいち、標茶という地名はアイヌ語のシペッチャがなまったものです。アイヌ語では、大きな川のほとりという意味なんです」

 これらの演説は、確実に生徒たちの心をつかんだ。そして菅谷は、圧倒的な多数票を集めて当選した。一年生が生徒会長に就任するのは、初めてのできごとだった。
 菅谷は生徒会顧問と相談して、副会長に柔道部の野方智彦、書記に農業科の寺田徹を選んだ。二人とも、以前にちらっと登場した人物である。


099cut:漆原清明の決断

2019-05-31 | 完全版シナリオ「ビリーの挑戦」
099cut:漆原清明の決断
――Scene15:R製薬の危機
影野小枝 漆原清明さん49歳は、28年間勤めたR製薬を退職しました。あれから1ヶ月。漆原さんのこれまでを、日記から拾ってみます。
◎30日前
 R製薬最後の1日。社長にあいさつをする。いくつかの会社名をあげて「紹介しようか」といってくれた。でも会社を創設する決心をしている。社長のやさしい気持ちに感謝しつつ、握手をして別れた。社長室を出たとき、森永タヌキと鉢合わせになった。勝ち誇ったような笑顔で、「長い間、ごくろうさん」と吐き捨てて寄越した。無視をした。
◎29日前
 本日から会社設立の準備を開始。会社名は株式会社CP社とした。R製薬の評価の最低の2つをいただいた。どん底からのスタート。いいネーミングだと思う。資本金は早期退職制度でいただいた1000万円をあてた。最初は会社の登記をしなければならない。
◎13日前
区役所、税務署、銀行、公証人役場と普段行ったことのないところへ、何度も何度も足を運ぶ。会社の実印を作り、会社のパンフレットの案も作成した。たちまち資本金が音を立てて崩れはじめる。節約しようと、会社設立は全部自分でやった。書斎を整理して、会社専用の電話も引いた。ホームページを立ち上げるために、ソフトも購入した。
◎昨日
書斎の扉に「株式会社CP社」のプレートを貼った。稚拙で味気はないがホームページも完成した。パンフレットもできあがった。明日は会社創設のあいさつ状にそえて、パンフレットも送ろうと思う。 

◎CP社パンフレット
――業績格差は紛れもない人災です。
――営業リーダーを鍛えませんか。
――CP社には営業リーダーをレベルアップさせた実績があります。
――CPプログラムは「人間系ナレッジマネジメント」に特化した、毎月1日×6回の学び、実践し、磨き合うスタイルになっています。

バンクシーの絵を見て

2019-05-31 | 妙に知(明日)の日記
バンクシーの絵を見て
■ずっと読んでみたかった『泡坂妻夫引退公演・手妻篇』(創元推理文庫)がついに刊行されました。本書以外に「絡繰篇」も出て入るようですが、まだ見つかりません。読むのと探すのと、また楽しみが増えました。■ネットに次のような記事がありました。――英国の覆面ストリートアーティスト、バンクシーがウェールズの車庫に描いた壁画が、開館予定のアートギャラリーに移された。――この壁画は一見の価値があります。私はマイクロソフトニュースで見ました。落書きとはいえないできばえに、感動すら覚えました。もしなかったら、「バンクシー」「画像」で検索してください。私が感動したのは、上段左から3番目の絵です。
山本藤光2019.05.31

037:ちん入者たち

2019-05-30 | 小説「町おこしの賦」
037:ちん入者たち
 翌日から南川愛華は菅谷幸史郎と一緒に、熱心に昼休みの教室回りを実行した。愛華はビラを頭上にかざして、その不当性を訴えた。幸史郎は胸を張って「私にはアイヌの血が流れています。もう一つの共産思想については、残念ながら正しくない情報です」と笑い飛ばした。

 放課後の新聞部部室に、三人のちん入者が現れた。前島豊とその仲間たちだった。
「南川はいるか?」
 入るなり、前島は室内を見回した。愛華は不在だった。前島は恭二を見つけて、「越川がビラをまいたなんて、デマを流しやがって。あれは菅谷が自分でやったことだ。南川にそう伝えろ」と吐き捨てた。
「票を稼ごうとして、菅谷が自作自演したんだよ。汚い手を使った」
 背の高い色黒の学生服がいった。
「前島くん、変ないいがかりはつけないで。出て行きなさいよ。私たちは編集で忙しいんだから」
 田村睦美は、顔を紅潮させて指を突きつけた。前島はひるまず部屋を歩き回り、「この印刷機でビラを作ったのか」と印刷機を叩いてみせた。
「出て行きなさいよ。先生を呼ぶわよ」
 秋山可穂が甲高い声を発した。

 三人が消えてから、恭二は情けない思いにかられた。何も反発できなかった自分が、情けなかったのである。同時に越川グループに対する怒りも、ふつふつとわき上がってきた。そこへ愛華が入ってきた。
「前島たちが乗りこんできたでしょう。今、そこで会ったわ。菅谷さんがビラを自作したんだって、血相を変えていた」
「そんなことをするはずがないのに、とんでもないいいがかりだわ」
 田村睦美はため息まじりにいった。
「ビラのことはもういわない。さっき菅谷さんとそう決めたの。だから堂々と政策で闘うわ」
「あいつらの政策は、何なんですか?」
「クラブ活動の活性化。その予算を厚くするんだって」
 恭二の質問に、愛華は笑いながら応えた。下校時間を告げるチャイムが鳴った。
「こうなったら、絶対に負けられないわね。がんばろうね」
 愛華は大きな伸びをしてから、また笑ってみせた。勝利を確信している顔つきだった。

098cut:早期退職制度

2019-05-30 | 完全版シナリオ「ビリーの挑戦」
098cut:早期退職制度
――Scene15:R製薬の危機
影野小枝 漆原さんと新谷さんがいつものお店で、またお酒を飲んでいます。このあたりは筆者のフィクションですから、詮索はしないでくださいね。
新谷 タヌキのおっさんが統合推進本部長なんだから、やってられないな。
漆原 早期退職者候補リストには、おれたちの名前もあった。
新谷 タヌキのおっさんのことだから、うちの営業部はみんな、あっちの下っ端にされるのだろう。
漆原 タヌキに呼び出されたよ。あっちではSSTなどやる意思はないとさ。あげくに地方の工場の総務課長といわれた。
新谷 おれも呼ばれた。子会社の営業部長を打診された。
漆原 辞めろってことだな。
新谷 親会社がC社を傘下に入れ、R製薬がC社の傘下に入る。複雑な心境だよ。
漆原 日本ではうちよりも、あっちの方が成績がいいんだから、仕方がないことさ。この前きみと飲んだときも、同じことをいったような気がする。
新谷 淋しいよな。屈辱的だ。

ケン・リュウ『母の記憶に』出た

2019-05-30 | 妙に知(明日)の日記
ケン・リュウ『母の記憶に』出た
■本日で73回目の誕生日。学生時代も企業人時代も楽しかったけれど、老齢期のいまがいちばん楽しい。やりたいことだけをやっていればいい。執筆、読書、本屋通い。健康さえ万全なら、こんな充実した時間はありません。昔書いた小説を引っ張り出して、最後の改稿も始めました。■ケン・リュウ『母の記憶に』(ハヤカワ文庫)が上梓されました。『紙の動物園』からスタートした著者の短編傑作集の第3弾になります。ケン・リュウについては、近いうちに筆をとります。
山本藤光2019.05.30

036:靴箱のビラ

2019-05-29 | 小説「町おこしの賦」
036:靴箱のビラ
 翌日、新聞部の緊急会議があった。全員が集ったことを確認して、南川愛華は一枚の紙片をひらひらさせて語りはじめた。
「菅谷幸史郎さんを中傷するビラが出まわっています。みなさんの靴箱にも、入っていたと思います。これは明らかに、対立候補の越川翔側がばらまいたものだと思います。許せません。菅谷さんは町の活性化に寄与できる高校を目指すと主張しています。これは新聞部の目指す方向と完全に一致しています。だから、私たちは力を合わせて、菅谷さんが生徒会長になれるように応援したいと思います」
 ビラは恭二も見ている。菅谷幸史郎は共産思想を持ったアイヌである、と書いてあった。
「同じクラスの猪熊勇太くんが菅谷さんの推薦人代表だったのですが、野球部の顧問から運動部の推薦は越川だといわれて、推薦人を外されました」
 詩織は、着席した愛華に向かっていった。
「知っているわ。だから菅谷さんは独りで演説して歩いているの」
「菅谷さんは勝てるかな?」
 田村睦美が独り言のように呟いた。
「一年生では、学校のことはわからない。先生たちも、みんな越川を応援している。だから私たちが力を合わせて、菅谷さんを応援するの」
「おれたちもビラをまきますか?」
 愛華の言葉を継いで、恭二がいった。
「ダメよ。ビラまきは校則違反なんだから」
 愛華はきっぱりと拒絶してから、「明日から私が、推薦人の応援演説をします」といった。どよめきが起こった。愛華は続ける。
「みなさんは個別に、生徒を説得してください。ビラの件はみんな知っているんだから、それが校則違反だと伝えてください。そして菅谷さんの標茶町を元気にしたい、というメッセージを広げてください」

097cut:漆原と新谷の居酒屋

2019-05-29 | 完全版シナリオ「ビリーの挑戦」
097cut:漆原と新谷の居酒屋
――Scene15:R製薬の危機
影野小枝 いつもの居酒屋です。漆原さんと新谷さんがすごいピッチで、お酒を飲んでいます。
新谷 まさに青天のへきれきというやつだ。
漆原 ずっと親方白十字っていっていたのに。
新谷 スイスがC社を傘下に入れて、あおりでR製薬の名前が吹き飛んでしまった。日本でいちばん古い外資だったのに。
漆原 おまけに統合推進本部のこっちの責任者が、森永タヌキときている。もう終わりだな。
新谷 きみは派手にやったから、彼のさじ加減でポンだろうな。
漆原 覚悟しているさ。
新谷 支店長たちも動揺している。
漆原 1支店に2人の支店長はいらない。
新谷 昨年が創立70周年だった。寿命だったのかな。
漆原 日本の実績ではC社にかなわないし、存続会社がそうなるのは仕方がないかもしれない。
新谷 おれは内資はイヤだ。
漆原 辞めるしかないようだな。
影野小枝 寂しいお酒になりました。急にお酒のピッチが落ちて、ため息ばかりの席になっています。

橋本治『負けない力』出た

2019-05-29 | 妙に知(明日)の日記
橋本治『負けない力』出た
■トランプさんへの「おもてなし」が過剰すぎると批判がでているようです。私はそうは思いません。おもてなしに過剰という言葉はあてはまりません。しかし誰かを犠牲にしてまで、その人をもてなすのはどうかと思います。相撲の升席の件です。■二、三日文体をかえてみました。スッキリこないので、元に戻しています。慣れない文体をあやつると、思考が錯乱してしまいます。■朝日文庫の橋本治『負けない力』が1年ぶりに書店にならびました。帯には「ロングベストセラー『知性の顛覆(てんぷく)』(補:朝日新書)につながる一冊」とあります。こちらは入手が難しいので、『負けない力』をぜひ読んでみてください。
山本藤光2019.05.29

035:研究テーマ

2019-05-28 | 小説「町おこしの賦」
035:研究テーマ
放課後、恭二は新聞部部室をのぞいた。二年生の田村睦美がいた。
「こんにちは」
 恭二はあいさつをして、窓辺の椅子に座る。原稿から顔を上げて、睦美は思い出したようにいった。
「瀬口くんはいいときに、新聞部に入ったのよ。前の佐々木部長のときは、書きたいことは一切書かせてもらえなかった。きれいごとばっかり。私が一年の時、抜き打ちテストの是非という記事を書いたんだけど、批判的だと没にされた。今度の愛華部長は真逆の人だから、やりがいがあるわ」

 詩織が入ってきた。恭二を認めて、手を振る。
「二人ともそろそろ、研究テーマを決めなさいね」
 睦美は鉛筆をワイパーのように、左右に振り続けた。
「もし決まっていないのなら、私たちの『文学のなかの高校生』に参加してくれてもいいよ」
 睦美は何人かの部員と、小説のなかに登場する高校生像を収集している。読書が苦手な恭二には、歓迎できない誘いである。

 帰り道、恭二は詩織に、研究テーマについて質問した。
「まだ何も浮かばない。でもせっかく何かの研究をするのなら、恭二と二人でやりたい」
「おれも同感だけど、何を研究したらいいんだ?」
「義務じゃないんだから、焦る必要はないよ」
「それにしても、菅谷幸史郎の演説はすさまじかった。詩織の教室にもきた?」
「うん。標茶の活性化のために、貢献できる高校を目指すといっていた」
「愛華部長と一緒だよな。二人とも前向きだ」
「菅谷さん、勝てるかしら?」
「越川さんには運動部の票があるし、微妙だと思う。でもあの演説を聞いたら、何としても勝ってもらいたいよね」