150:警官への復讐
宮瀬幸史郎は、大学生活を謳歌していた。ただし教養課程の授業は、高校時代の延長のようなもので退屈だった。幸史郎は時々授業をさぼって、ジャズ喫茶にたむろするようになった。
午前の授業を終えて、学食で焼き魚定食を食べていた。目の前に、影が動いた。見上げると、友永貞雄だった。彼は天ぷらそばとおにぎりの乗ったトレイを、テーブルに置いた。
「寮の飯の方が、だんぜんうまい。ここは味つけが薄過ぎる」
幸史郎は空いた皿を、箸で叩きながらいった。
「おれの兄貴もひぐま寮を出たんだけど、飯はうまいってほめていた」
学食は、急に賑わいはじめた。大きな教室の授業が、終わったのだろう。友永の声が低くなる。
「ところで佐々木が痴漢の疑いで、派出所に連行された事件を聞いているかい?」
「いや、初耳だ」
「家庭教師の帰りに森林公園を通っていたら、いきなり若いおまわりにつかまったそうだ。もちろん彼は無罪だ。それがしつこいおまわりで、まるで犯人扱いされたそうだ。佐々木は、復讐してやると息巻いている」
「そりゃあ、頭にくるわな」
「それで今度の日曜日に、復讐を決行することになった」
日曜日の夕方。野幌森林公園は、散策するカップルや家族で満ちあふれていた。幸史郎、塚本、佐々木、友永のひぐま寮一年生は、さっきから時計をのぞきこみ、前方に視線を走らせている。遠くに、自転車が見えた。「きた」と佐々木が叫んだ。近づいてきた自転車を見て、佐々木は「あいつだ」といった。
四人はホールドアップする姿勢で、自転車の前を走った。後ろから「待て、きみたち」と叫ぶ声が聞こえる。かまわずに四人は、同じ格好で走る。自転車が前に回りこんできて、若い警官は両手を広げて立ちふさがった。自転車は、大きな音を立てて倒れた。
警官は「それを下ろせ」といってから、佐々木を認めて「おまえも一緒か」と吐き捨てた。
周りに、人垣ができた。警官は威嚇(いかく)するような、大きな声でいった。
「泥棒やろうたち、公共のものを盗むとは何たることだ。元の場所に返してこい」
佐々木は前に一歩踏み出し、「この前は痴漢で、今度は泥棒だと。おい、おまわり。おれたちが、泥棒だというのか」とにらみつけた。
「がたがたほざくな。現行犯で逮捕してやる」
真っ赤になった警官は、腰の手錠に手をかけた。四人は頭上にあるベンチを、地面に下ろした。そして裏側を、警官の目にさらした。そこには「ひぐま寮」と墨書してあった。勝誇ったかのように、佐々木は吐き捨てた。
「自分たちのものを、持って歩いてどこが悪いんだ。間違いでしたって、ちゃんと謝れよ」
目を白黒させて、警官は小さな声で「ごめん」といった。人垣から笑い声が起こった。警官は小首を傾げ、倒れている自転車を起こして舌打ちをした。
宮瀬幸史郎は、大学生活を謳歌していた。ただし教養課程の授業は、高校時代の延長のようなもので退屈だった。幸史郎は時々授業をさぼって、ジャズ喫茶にたむろするようになった。
午前の授業を終えて、学食で焼き魚定食を食べていた。目の前に、影が動いた。見上げると、友永貞雄だった。彼は天ぷらそばとおにぎりの乗ったトレイを、テーブルに置いた。
「寮の飯の方が、だんぜんうまい。ここは味つけが薄過ぎる」
幸史郎は空いた皿を、箸で叩きながらいった。
「おれの兄貴もひぐま寮を出たんだけど、飯はうまいってほめていた」
学食は、急に賑わいはじめた。大きな教室の授業が、終わったのだろう。友永の声が低くなる。
「ところで佐々木が痴漢の疑いで、派出所に連行された事件を聞いているかい?」
「いや、初耳だ」
「家庭教師の帰りに森林公園を通っていたら、いきなり若いおまわりにつかまったそうだ。もちろん彼は無罪だ。それがしつこいおまわりで、まるで犯人扱いされたそうだ。佐々木は、復讐してやると息巻いている」
「そりゃあ、頭にくるわな」
「それで今度の日曜日に、復讐を決行することになった」
日曜日の夕方。野幌森林公園は、散策するカップルや家族で満ちあふれていた。幸史郎、塚本、佐々木、友永のひぐま寮一年生は、さっきから時計をのぞきこみ、前方に視線を走らせている。遠くに、自転車が見えた。「きた」と佐々木が叫んだ。近づいてきた自転車を見て、佐々木は「あいつだ」といった。
四人はホールドアップする姿勢で、自転車の前を走った。後ろから「待て、きみたち」と叫ぶ声が聞こえる。かまわずに四人は、同じ格好で走る。自転車が前に回りこんできて、若い警官は両手を広げて立ちふさがった。自転車は、大きな音を立てて倒れた。
警官は「それを下ろせ」といってから、佐々木を認めて「おまえも一緒か」と吐き捨てた。
周りに、人垣ができた。警官は威嚇(いかく)するような、大きな声でいった。
「泥棒やろうたち、公共のものを盗むとは何たることだ。元の場所に返してこい」
佐々木は前に一歩踏み出し、「この前は痴漢で、今度は泥棒だと。おい、おまわり。おれたちが、泥棒だというのか」とにらみつけた。
「がたがたほざくな。現行犯で逮捕してやる」
真っ赤になった警官は、腰の手錠に手をかけた。四人は頭上にあるベンチを、地面に下ろした。そして裏側を、警官の目にさらした。そこには「ひぐま寮」と墨書してあった。勝誇ったかのように、佐々木は吐き捨てた。
「自分たちのものを、持って歩いてどこが悪いんだ。間違いでしたって、ちゃんと謝れよ」
目を白黒させて、警官は小さな声で「ごめん」といった。人垣から笑い声が起こった。警官は小首を傾げ、倒れている自転車を起こして舌打ちをした。