016:でめんとり
店の配達を手伝った帰路、恭二はばったりと亀井正輝と顔を合わせた。亀井は恭二と同級生で、野球部でいっしょだった。青い厚手のジャンパーを着て、肩からは黒いバッグを提げている。空には福笑いの眉のような、黄色い月があった。
「壮行試合のときは驚いたよ。その後、どうなんだ?」
あのとき亀井は、セカンドを守っていた。
「もう野球はできない」
「そうか、残念だな。北海道では指折りの大エースだったのに」
「カメはどうするんだ?」
「おれは麻工場へ就職が決まっている。正社員じゃなく、出面とりだけどな」
亀井は口もとをゆがめて、ずり落ちそうになったショルダーバッグを引上げた。
「正社員にはなれるのか? いつまでも日雇いじゃ心もとないよな」
「うちの死んだおやじは、ずっと出面とりのままだった。だからサラリーマンに憧れていたんだけど、役場も消防も落ちちゃった」
「野球はどうするんだ?」
「麻工場にはソフトボール部しかない。それも男女ミックスのチームだ」
「みんなバラバラになっちゃったな」
「おれ、強がりじゃなくて、学校から解放されたのをほっとしている。おまえはあと三年、勉強がんばれよな」
そういって、亀井は片手を上げた。同級生の四分の一は進学しない。しないというよりは、進学できない。恭二は亀井のいった「でめんとり」という単語を胸のなかで転がす。枯葉を踏んだときのような音が聞こえる。
亀井の鼻の下には、無精ひげがあった。恭二はふだん寡黙な亀井が、饒舌だったことに気がつく。世の中って残酷だな、と思う。中学からの進路は本人の意思ではなく、親の資産で決まってしまう。肩を壊して野球を断たれてしまった自分と、野球ができなくなった亀井を比べて、胸が痛くなった。
もうすぐ卒業旅行だ。恭二は胸のわだかまりに、そっと砂をかける。くすぶった火種は、なかなか消えそうもない。
店の配達を手伝った帰路、恭二はばったりと亀井正輝と顔を合わせた。亀井は恭二と同級生で、野球部でいっしょだった。青い厚手のジャンパーを着て、肩からは黒いバッグを提げている。空には福笑いの眉のような、黄色い月があった。
「壮行試合のときは驚いたよ。その後、どうなんだ?」
あのとき亀井は、セカンドを守っていた。
「もう野球はできない」
「そうか、残念だな。北海道では指折りの大エースだったのに」
「カメはどうするんだ?」
「おれは麻工場へ就職が決まっている。正社員じゃなく、出面とりだけどな」
亀井は口もとをゆがめて、ずり落ちそうになったショルダーバッグを引上げた。
「正社員にはなれるのか? いつまでも日雇いじゃ心もとないよな」
「うちの死んだおやじは、ずっと出面とりのままだった。だからサラリーマンに憧れていたんだけど、役場も消防も落ちちゃった」
「野球はどうするんだ?」
「麻工場にはソフトボール部しかない。それも男女ミックスのチームだ」
「みんなバラバラになっちゃったな」
「おれ、強がりじゃなくて、学校から解放されたのをほっとしている。おまえはあと三年、勉強がんばれよな」
そういって、亀井は片手を上げた。同級生の四分の一は進学しない。しないというよりは、進学できない。恭二は亀井のいった「でめんとり」という単語を胸のなかで転がす。枯葉を踏んだときのような音が聞こえる。
亀井の鼻の下には、無精ひげがあった。恭二はふだん寡黙な亀井が、饒舌だったことに気がつく。世の中って残酷だな、と思う。中学からの進路は本人の意思ではなく、親の資産で決まってしまう。肩を壊して野球を断たれてしまった自分と、野球ができなくなった亀井を比べて、胸が痛くなった。
もうすぐ卒業旅行だ。恭二は胸のわだかまりに、そっと砂をかける。くすぶった火種は、なかなか消えそうもない。