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山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

門田隆将『死の淵を見た男』(角川文庫)

2020-04-30 | 書評「か」の国内著者
門田隆将『死の淵を見た男』(角川文庫)

2011年3月、日本は「死の淵」に立った。福島県浜通りを襲った大津波は、福島第一原発の原子炉を暴走させた。全電源喪失、注水不能、放射線量増加…このままでは故郷・福島が壊滅し、日本が「三分割」されるという中で、使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いを展開した男たちがいた。あの時、何が起き、何を思い、人々はどう闘ったのか。ヴェールに包まれた未曾有の大事故を当事者たちの実名で綴る。(「BOOK」データベースより)

◎ノンフィクションのベスト3冊

門田隆将は1958年生まれの、元週刊新潮のデスクです。門田を一躍有名にしたのは、朝日新聞の誤報を主張してからです。朝日新聞は何度も抗議をしていますが、結局は自らの誤りを認め社長が退任することになります。それらの経緯については、以下のとおりです。

――朝日新聞が福島第一原発の吉田昌郎所長が政府事故調の聴取に応じた「吉田調書(聴取結果書)」を独占入手したとして「所員の9割が吉田所長の命令に違反して撤退した」と報道したことに対して、「これは誤報である」とブログで主張した。(ウィキペディア)

門田隆将が『死の淵を見た男』(PHP研究所)を刊行したのは2012年のことです。そして朝日新聞の誤報は、2014年のことです。自らの著作をおとしめられた門田は、毅然として大マスゴミ(誤字ではありません)と対峙したのです。度重なる朝日の恫喝にたいして、門田は一歩も譲ることはありませんでした。

私はこの騒動のあとに、一度本書を読んでいます。そして本書が映画化されるのを知って、角川文庫で再読しました。感動はふたたび蘇ってきました。これまで読んできたノンフィクション作品のなかでは、佐木隆三『復讐するは我にあり』(文春文庫)、山崎朋子(やまざき・ともこ)『サンダカン八番娼館』(文春文庫)とともに本書を高く評価しています。これらの作品は「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介しています。

本書にかける門田の思いは、次のとおりです。それゆえ、朝日新聞の無責任なねつ造報道は、許しがたいものだったのでしょう。

――福島の現場で闘った人々を取材させてもらって、人間の使命感や責任感、そして家族への愛情の深さを改めて教えられた。そして、故郷を命をかけて守ろうとした人たちがいたことを知った。取材を通じて「いざという時、毅然とした日本人がいた」ということを心から実感できたことが、私にとって最大の喜びだった。(門田隆将講演録、GEPR編集部2013.03.13)

◎それでも日本は

最初に、門田隆将『死の淵を見た男・吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫)のキモとなる部分を引いておきます。

――わが国の原発では、「全電源喪失」「冷却不能」の状態がもたらされる可能性を、それでも想定しようとはしなかった。(P465)

ここでいう「それでも」とは、アメリカの9・11テロとM9・3スマトラ沖地震を知っているにもかかわらず、という意味です。つまり「テロ」や「災害」の脅威を知っていたのに、日本の原発は安全基準の見直しをしなかったのです。アメリカは9・11テロのあと、原発の安全性を大幅に見直しています。それは日本にも伝えられましたが、東電や政府はまったく動こうとしませんでした。

そして福島原発は、大地震と巨大な津波に破壊されてしまいます。アメリカの助言を受けて安全性のハードルを上げていれば、10メートルの想定外の津波に蹂躙されることはありませんでした。
福島原発事故は、まぎれもない「人災」です。本書は膨大な取材を通じて「人災」に立ち向かった、現場の人たちの命がけの闘いを、忠実に再現したノンフィクション作品です。

本書は、「フクシマ・フィフティ」というタイトルで映画化されました。映画は観ていませんが、すこぶる好評のようです。原作を読んで、強く感銘を受けた私にとってはうれしいニュースです。

菅直人総理(当時)など政府、東電、政治家たちのていたらくぶりが、実名で浮きぼりにされています。災害本部長である総理が本部を離れて現場へ行ったことの是非は別にして、現場にとっては大いに迷惑だったようです。最前線で闘う人たちにたいして、ねぎらいの言葉もなく菅は次のように第一声を発しています。

――「東京電力の武藤でございます。ご苦労さまでございます」/そう挨拶した武藤に、菅は、いきなり声を上げた。/「なんでベントをやらないんだ!」/(エツ?)/驚いたのは、武藤だけではない。挨拶もないまま、菅がいきなり声を上げたことで、周囲の人間が仰天したのだ。(P180)

本書を読んで痛感させられたのは、命をかけた現場の人の責任感の重さでした。一方、これは門田隆将は意図したものではなく、政府や東電の迷走ぶりも浮かび上がってきます。その最たる場面を説明してくれている文章があります。

――原子炉の暴走を止めるためには、海水注入を続けなくてはならないことはわかっている。しかし、専門家が沢山いるはずの本店から、「官邸に命令されたから」と、海水注入中止命令が実際にやって来る。そんな本末転倒の事態が実際に起こっていた。しかし、本義を忘れない吉田さんによって、それは回避された。これこそ吉田さんの真骨頂だったと思う。(門田隆将講演録、GEPR編集部2013.03.13)

海水注入の中止命令に対して、吉田所長はテレビ会議の席で「はい」と答えてみせます。しかし彼は部下にたいしては「続行」を命じているのです。海水注入は暴走をつづける原発を抑えるための唯一の方法です。吉田には信念があります。彼が官邸の命令にしたがっていたら、大惨事は日本の首都東京にまでおよんでいたことでしょう。現場で死闘をつづける吉田たちに放った菅総理の
言葉を引いておきます。

――「事故の被害は甚大だ。このままでは日本国は滅亡だ。撤退などあり得ない! 命がけでやれ」
――「「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ!」
(P328)

これが一国のトップから出た言葉かと思うと、愕然とさせられます。本書にはこの場面の、菅による弁解のインタビュー記事も掲載されています。何をいっているのか、理解できませんでしたが。菅の発言にたいする現場の思いも引いておきます。

――逃げる? 誰に対して言っているんだ。いったい誰が逃げるというのか。この菅の言葉から、福島第一原発の緊対室の空気が変わった。/(なに言っているんだ、こいつ)
(P328)

これ以上、本編にふれるのは差し控えたいと思います。吉田所長とその部下たちがいなかったら、日本は壊滅的な修羅場と化していた。そうお伝えしておきたいと思います。絶対に読んでいただきたいノンフィクションの大作です。門田隆将の執念の一冊は、日本を襲った最大の惨事を、綿密な取材でつづった勇気ある男たちの一大ドラマです。
山本藤光2020.04.30

川越宗一『熱源』(文藝春秋)

2020-02-23 | 書評「か」の国内著者
川越宗一『熱源』(文藝春秋)

故郷を奪われ、生き方を変えられた。それでもアイヌがアイヌとして生きているうちに、やりとげなければならないことがある。北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太(サハリン)。人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための「熱」を追い求める人々がいた。明治維新後、樺太のアイヌに何が起こっていたのか。見たことのない感情に心を揺り動かされる、圧巻の歴史小説。(「BOOK」データベースより)

◎アイヌ民族博物館の銅像がヒントに

川越宗一『熱源』(文藝春秋)は、圧倒的な展開と筆力で直木賞に輝きました。作品の主たる舞台は樺太(サハリン)。主たる登場人物は、樺太アイヌのヤヨマネクフと樺太に島流しされたポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキです。
樺太アイヌのヤヨマネクフは日本名を山辺安之助といい、南極探検隊の犬ぞり担当の実在人物です。またもう一人の主軸ポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキも実在の人物です。
川越宗一は本書執筆の動機を、次のように語っています。
――妻との旅行で北海道に行って、白老(しらおい)町のアイヌ民族博物館に何となく立ち寄ったら、ブロニスワフ・ピウスツキの銅像があったんです。(中略)ポーランドの人なのに北海道の、アイヌの博物館に銅像がある。なんでだろうと思って少し調べてみたら、南極探検に行った山辺安之助(ヤヨマネクフ)とも知り合いだった。遠くと遠くの文明や文化、歴史がここで出会ったんだというのが、すごく興味深くて。(「好書好日」2019年9月29日)

最初に本書の主要舞台である、樺太(サハリン)について引用しておきます。
――もとは無主の地であったサハリン島は、やがて帝政ロシアと日本が共同領有するようになった。その後にロシア単独領有となり、四十年前の露日戦争で島の真ん中あたり、北緯五十度から南が日本へ割譲された。ロシアに取って代わったソヴィエト連邦では、南サハリンは回復すべき失地と見做されていた。(本文P15)

樺太を追い出されて北海道に渡ったアイヌと、樺太に島流しされたポーランド人。本書の読みどころは、二人の愚直な生き様と二人の接点にあります。

◎出会いと化学反応

本書はサンドウィッチの構成になっています。序章と終章には、終戦の日前後の樺太が描かれています。ソ連の女性兵士(クルニコワ伍長)は、ここにのみ登場します。
彼女は大学時代に民俗学を学び、樺太についての研究をしていました。その過程で、本書の主軸であるブロニスワフ・ピウスツキが残したアイヌの琴と歌の録音を聞き、ヤヨマネクフのアイヌ民話も聞いていたのです。クルニコワ伍長は二人の名前を、明確に記憶していました。彼女が聞いた録音機の円管に、二人の名前が刻まれていたのです。

サンドウィッチの具材は、終戦の日に至るまでの、二人の若者の波乱の人生となっています。ポーランド人とアイヌの接点を、録音管に刻まれた名前でつなぐ手法に感嘆させられました。

ただし序章の存在は、読者の混乱を招くかもしれません。私は序章を飛ばして、本編から読むことを勧めます。その方が物語の展開がわかりやすいからです。この点について宮城谷昌光は、直木賞の選評のなかで次のように書いています。

――序章を読み始めると、あっけにとられる。クルニコワ伍長という女性兵士が、唐突に登場し、しかもその時代は日本が終戦を迎える昭和の二十年である。読者はこの人物がどれほど重要で、先人たちとどのような関係をもつのか、さぐってゆかなければならないが、実はこの人物はこの後、終章まで登場しない。(『オール読物』2020年3・4月号)

私が序章は最後に回した方がよい、といった理由を宮城谷昌光が指摘していたので驚きました。


著者自身は本書の醍醐味について、次のように語っています。読書に際しては、ぜひこのメッセージを忘れないでください。

――異なる背景を持った人たちが出会うことによる化学反応に興味を感じるところが多い。(「好書好日」2019年9月29日)

本編の第一章(帰還)は、一八八一年(明治十四年)。ヤヨマネクフがカラフトを離れて、七年目、彼は十五歳になっています。舞台は北海道の対雁(ツイシカリ)という、石狩川沿いにある小さな村(コタン)です。ヤヨマネクフは五弦琴の名手である、十七歳のキサラスイというアイヌの乙女に恋をします。キサラスイをめぐって、彼は樺太アイヌの親友シシラトカ(花守信吉)と争いをおこします。
シシラトカ(花守信吉)の名前も、南極探検隊の犬ぞり担当として残っています。
やがてヤヨマネクフはキサラスイと結婚し、一子をもうけます。しかし妻は疫病で帰らぬ人となります。彼は妻の形見である五弦琴を抱いて、樺太(サハリン島)へと戻ることになります。

第二章(サハリン島)の主役は、ブロニスワフ・ピュトル・ピウスツキとなります。彼は革命運動をおこなった罪で。サハリン島に流刑になっています。やがて彼は先住民のギリヤークの人々と親しくなり、兄貴と呼ばれる存在になります。
彼は迫害を受けつづける、ギリヤーク人の文明を研究し始めます。

差別と迫害に立ち向かう二人は、樺太の地で親しくなります。ロシアに故郷を奪われたヤヨマネクフ。ロシアにポーランド語を奪われたピウスツキ。二人の苦難はそこからはじまります。

◎2作品目で直木賞

ストーリーの詳細は、あえて説明しません。二人は近代史の荒波に浮かんだ小舟のように、時代に翻弄されつづけます。
本書の後半には、金田一京助、二葉亭四迷、大隈重信なども登場します。これらはすべて実話に基づいたものです。

中島京子は、本書の醍醐味について次のように書いています。
――弱い者は「文明」に呑み込まれるしかないのか。「同化」するか「滅亡」する以外選択肢はないのか。そもそも弱いとはなにか。知恵をつけることは「文明」の側に与(くみ)することになるのか。登場人物たちはそれぞれの場でその難問にぶち当たる。(ALL REVIEWS)

直木賞の選評のなかから、浅田次郎のものを紹介させていただきます。何だか浅田次郎らしくないいいまわしで、おかしかったです。

――文明論という壮大なテーマを柱として巧みなストーリーを構築しているが、けっして難解な小説ではない。一気呵成に読み切るというほどの面白さを備えているとは言い難いにせよ、長い物語を存分に堪能できる。

川越宗一は、わずか2作品で直木賞を受賞しました。これからを大いに期待できる作家です。たくさんの資料を読みこなし、実在だった人物を自分の掌に動かす。この発想と筆力は、直木賞に値すると確信しました。
山本藤光2020.02.23

角野栄子『魔女の宅急便』(全6巻、角川文庫)

2018-12-08 | 書評「か」の国内著者
角野栄子『魔女の宅急便』(全6巻、角川文庫)

お母さんは魔女、お父さんは普通の人、そのあいだに生まれた一人娘のキキ。魔女の世界には、十三歳になるとひとり立ちをする決まりがありました。満月の夜、黒猫のジジを相棒にほうきで空に飛びたったキキは、不安と期待に胸ふくらませ、コリコという海辺の町で「魔女の宅急便」屋さんを開きます。落ち込んだり励まされたりしながら、町にとけこみ、健やかに成長していく少女の様子を描いた不朽の名作、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

◎『魔女の宅急便』誕生秘話

日本の児童文学の第一人者である角野栄子は、2018年国際アンデルセン賞を受賞して大いに話題になりました。受賞時の年齢は81歳と高齢の受賞でした。角野栄子の代表作『魔女の宅急便』(全6巻、角川文庫)が発表されたのは、1985年で著者40歳のときです。

昭和28年、当時大学1年生だった角野栄子は、ニューヨーク街の航空写真に心を奪われます。

――空から見る風景は、まるで自分が世界を抱えているような、またそこに物語が隠れているような気がしたんです。それから二十数年後、十二歳になった娘が描いた魔女のイラストとニューヨークの街の写真が頭の中で重なった。(角野栄子『毎日いろいろ』角川書店P16)

――(娘さんの空を飛ぶ魔女のイラストの)ほうきの柄にはラジオがかかっていて上には黒猫がちょこんと乗っていたの。(角野栄子『毎日いろいろ』角川書店P16)

『魔女の宅急便』のお膳立ては、すべて娘さんがしてくれました。こうして愛くるしい魔女キキ13歳が誕生します。ただし娘さんの描いた魔女は「黒いマントを着て、鷲鼻」(角野栄子『ファンタジーが生まれるとき』岩波ジュニア新書P130)だったようです。

 本書の成功の要因は、魔女を娘さんの年頃にしたのが第一点。第二点は仕事に「宅急便」を選んだことです。「宅急便」はヤマト運輸の商標ですが、角野栄子はそのことを知らなかったようです。このミスが、黒猫ジジと重なって「宅急便」の付加価値を上げています。

13歳になったら魔女は、ほかの魔女が住んでいない街で、一年間修業しなければなりません。キキが選んだのはコリコという町です。そこでグーチョキパン屋さんのおソノさんのところに身を寄せることになります。
キキの「宅急便」屋さんは物を配達するだけではなく、。物を取ってくる仕事までまかないます。
キキをパン屋の店員などに据えずに、「宅急便」屋さんを選んだことで物語に奥行きを与えました。

普通の人間である父親のオキノ、魔女の母親のコキリと別れ、キキは知らない街で孤軍奮闘します。『魔女の宅急便』はそうしたキキの成長物語なのです。

◎人生賛歌

『魔女の宅急便』が国際アンデルセン賞にえらばれた理由を、選者は次のように語っています。

――どんな困難も乗り越える方法があると、子どもたちにしめしてくれました。本書は人生賛歌です。(パトリシア・アルダナ)

選評のとおり、幼いキキはたくさんの試練を乗り越えます。詳細は書きませんが、ぜひ本文をご堪能ください。宮崎アニメになった『魔女の宅急便』は、まだ観ていません。やっと第1巻を読み終えたばかりです。全部読んでから、アニメを観たいと思っています。

角野栄子は、『魔女の宅急便』への愛を次のように書いています。

――この物語の一番好きなところは、キキの最初の旅立ちのとき。心配する家族や村の人たちに対し「私は贈り物を開けるときのようにワクワクしているわ」というセリフ。これは私の性格そのもの。(角野栄子『毎日いろいろ』角川書店P20)

今回取り上げる『魔女の宅急便』は、第1巻しか読んでいません。代わりに、次の書籍を読みました。そんなことから、『魔女の宅急便』にまつわることを紹介させていただきました。

・『ファンタジーが生まれるとき「魔女の宅急便」とわたし』(岩波ジュニア新書)
・『毎日いろいろ』(角川書店)
・『考える人2014年春号;海外児童文学ふたたび』(新潮社)

アニメを見た方もぜひ活字の『魔女の宅急便』や上記の本を読んでみてください。新たな味わいが生まれると思います。
山本藤光2018.12.08 

垣谷美雨『老後の資金がありません』(中公文庫)

2018-11-10 | 書評「か」の国内著者
垣谷美雨『老後の資金がありません』(中公文庫) 

「老後は安泰」のはずだったのに!後藤篤子は悩んでいた。娘の派手婚、舅の葬式、姑の生活費…しっかり蓄えた老後資金はみるみる激減し、夫婦そろって失職。家族の金難に振り回されつつ、やりくりする篤子の奮闘は報われるのか?ふりかかる金難もなんのその、生活の不安に勇気とヒントをあたえる家計応援小説。(「BOOK」データベースより)

◎テーマは社会問題

垣谷美雨は45歳のときに、『竜巻ガール』(双葉文庫、初出2005年)で小説推理新人賞を受賞してデビューしました。ただし推理小説はその1作のみで、あとはエンターテイメント路線をひた走ります。その理由を本人は「推理小説は新人賞を取りやすいから」と語っています。書きたかった小説は、当初から社会問題をテーマにした作品だったのです、インタビューに答えた、著者自身の言葉を引用させていただきます。

――小説を書くときには、社会に対する怒りみたいなものが原動力になっています。友人と話をしたり、テレビや新聞を見たりするなかで、ちょっとした一言が「これはひどい、なんとかしなきゃ」と心に突き刺さるんです。そうすると、ばーっと想像がふくらんでいく。(「すてきオン&オフ」2018年3月23日)

垣谷美雨がブレイクしたのは、『老後の資金がありません』(中公文庫)ででした。本書の初出は2015年で、初版は2000部の発行でした。それがあっという間に9刷16万部まで売上を伸ばしました(中央公論編集部)。そして2018年文庫化されると、さらに評判となり売上を伸ばしています。

『老後の資金がありません』が広く愛されるのは、章(あきら)と篤子という夫婦が一般的な家庭と等身大だからです。章は実直ですが見栄っ張りで、家庭を取り巻く諸問題を篤子に丸投げします。必然、篤子はあれこれと一人悩みまくります。金庫番でもある篤子は、お金の出し入れに神経質になります。そんな二人の対比がこの物語を面白くし、読者は我がことのように夢中になります。

◎極上のエンタメ小説

主人公の後藤篤子は53歳。夫の章は4歳年上です。篤子は夫を「章さん」と呼びます。その理由をつづったページを引用させていただきます。

(引用はじめ)
夫のことを「章さん」と呼ぶことに決めたのは二年ほど前だ。それまでは「お父さん」と呼んでいた。あれは確か、デパートの北海道物産展ではぐれてしまったときのことだ。靴ずれで痛い思いをしながら混雑する中を探し回り、やっと見つけたと思ったら、夫はジャガバターの試食をしていた。その幸せそうなマヌケ面を見た途端に頭に血がのぼり、思わず「お父さん!」と大きな声で呼んだら、何人もの中高年男性が振り返った。
(引用おわりP8)

軽妙ないい文章だと感心しました。垣谷美雨の文章は飾りがなく、非常にリズミカルです。形容詞や比喩も少なく、明解で美しい文章です。

二人にはもうすぐに嫁ぐ28歳の娘と大学生の息子がいます。息子も就職が決まり、会社の寮住まいが決まっています。
二人の子供が揃って家を出て行く日を思うと、篤子は急に自分たち夫婦の老後のことが気になりはじめます。二人には現在1200万円の貯金があります。篤子は夫の両親のために毎月9万円の仕送りをしています。義理の両親は老舗の和菓子屋を経営していました。跡継ぎのないままそこを廃業した老夫婦は、2億円の資金を持っていました。しかし豪華な老人ホームに住み、豪遊をしてほとんど手持ち資金がなくなっています。
老夫婦への仕送りは、章(篤子の夫)の妹夫婦と折半している金額です。篤子はこの仕送りを、腹立たしく思っています。

ここまでは平坦なストーリーです。しかし舅(しゅうと)が亡くなり、その費用を長男(章)が負担させられることになります。娘の挙式は先方の都合で派手なものになります。ここからがタイトルにある世界がはじまり、貯金の残高はたちまち300万円をきる状態になります。
そしてそんな状態をあざ笑うように、共稼ぎの夫婦が同時にリストラされてしまいます。

さあどうする篤子。物語はそんな篤子の揺れる気持ちを縦糸して紡ぎ出されます。横糸の方はネタバレになるので、詳述は避けます。篤子が通うフラワーアレンジメント教室の、講師とそこでの友だちとの交流。結婚した娘が離婚しそうな予感。そして一人になった姑の去就。これらのてんまつが、物語を盛り上げていきます。
姑のキャラクターは非常にとんがっていておもしろいのですが、年金詐欺の片棒を担がせるなど、後半はちょっと筆が滑っています。ただし全般をとおして、非常に楽しく読むことができました。

垣谷美雨は、大竹まこと・室井佑月のラジオ番組(ゴールデンラジオ)に出演して、本書のことを次のように語っています。「老後のために日々節約するのってどうかな?」「自分の経済に見合った生活をすればいい」 篤子の思考の根底には、これらの言葉がありました。

楽しい読み物として、推薦させていただきます。極上のエンターテイメント小説でした。
山本藤光2018.11.09

木村憲洋+川越満『イラスト図解・病院のしくみ』(日本実業出版社)

2018-03-17 | 書評「か」の国内著者
木村憲洋+川越満『イラスト図解・病院のしくみ』(日本実業出版社)

基本的な病院のしくみから、各現場の仕事内容、診察・検査のしくみ、病院経営のアウトライン、病院とお金、医療ビジネスの最新トレンドまで、病院のすべてをやさしくイラスト図解する。(「BOOK」データベースより)

◎「あとがき」をかいてみよう

木村憲洋+川越満『イラスト図解・病院のしくみ』(日本実業出版社)は、「イラスト図解」シリーズのなかの1冊です。「農業のしくみ」「控除のしくみ」など、ユニークなラインナップで売れ行きは好調のようです。

『イラスト図解・病院のしくみ』の発売は2005年ですが、10年を経たいまもシリーズのなかではダントツに売れています。私は共著者の川越満さんから署名入りの献呈本をいただいています。
本書には「はじめに」はありますが、「おわりに」は書かれていません。そこで私が代わりに、「おわりに」を書きたいと思います。

むかし「KEN研」(ケンケン)という異業種交流会がありました。私はそこで校長と呼ばれ、阪本啓一さん(推薦作『ゆるみ力』日経プレミアシリーズ新書)は塾長と呼ばれていました。KEN研は、ナレッジ・エンジョイ・ネットワークの略称です。私が日本ロシュ時代に立ち上げた集まりで、参加者は多岐にわたっていました。トヨタ自動車、NTTデータ、キリンビール、富士ゼロックス、日経BP、キュピー、日本実業出版。ユートブレーン、リクルート、ソニー生命、亀田総合病院などです。

ある日、日本実業出版の大西さんから、聴診器つきの本の企画の話がありました。本に付録として、聴診器をつけるというアイデアです。私は聴診器が悪用されるとして「ノー」の立場でした。ところがその企画が実現されて、聴診器つきの本は話題になりました。

そんなときに大西さんから、川越満さんに「病院のしくみ」執筆の依頼がなされたのです。先に書きましたが、「イラスト図解」シリーズには、「病院」がなかったことが不思議でした。

そんなわけで、『病院のしくみ』は、KEN研メンバーの、大西・川越のタッグにより生まれた書籍なのです。川越満さんはおそらく、こんな内容のことに触れ、大西さんとKEN研メンバーへの感謝を書きたかったことだと推察できます。しかしこのシリーズには、「はじめ」はあっても、「おわり」がありませんので、前例にないと却下されたのだと思います。

◎病院の待合室で読む本

「病院」を知らない人は、いないと思います。医者がいて看護士がいて、長い時間を待たされて、あっという間に診察が終わってしまう。そんなイメージで病院をとらえている人は多いと思います。

本書を読むと、それ以外の病院のすべてがわかります。薬剤師がいて、臨床検査技師がいて、事務長がいて、病院に出入りしている業者やMRがいて……。私は本書を病院の待合室に平積みしておいてもらいたいと思います。患者さんは長い待ち時間の間、それを読み、自分がどんなに大切にされているかを理解することになります。

病院経営、診療報酬など患者さんからは見えない世界も、本書によって理解できます。私も若いころはMRとして病院に出入りしていました。そのときに本書があったら、医師や薬剤師と、病院の運営について、もっと語り合えただろうと思います。

『病院のしくみ』は名著です。自分が通っている病院が、かくもたくさんの専門スタッフによって、支えられていることを知っていただきたいと思います。筆者の川越満さんは、私よりジャスト2回りも年の違う同じ誕生日に生まれています。現在KEN研は休眠状態ですが、川越満さんは精力的に講演や取材で飛び回っています。

KEN研から生まれたロングセラーを、ぜひ病院の待合室でお読みいただきたいと思います。きっとあっという間に、診察の順番がくることでしょう。

川越満さんは製薬業界では、若きオピニオンリーダーです。会社の合併で製薬企業向けデータサービス会社に籍をおくことになりました。川越さんは私が顧問をしている株式会社コラボプランが提唱する、「人間力」の実践者でもあります。『病院のしくみ』の行間から、プロフェッショナルである医療スタッフのなかに、「人間力」が垣間見えてうれしく思いました。
(山本藤光:2013.05.30初稿、2018.03.17改稿)

川端康成『伊豆の踊子』(新潮文庫)

2018-03-15 | 書評「か」の国内著者
川端康成『伊豆の踊子』(新潮文庫)

紅葉の美しい、秋の伊豆を旅する学生が出会った、ひとりの踊子。いっしょに旅をしながら、学生は、まだ少女のあどけなさをのこした、かれんな踊子に、しだいに心ひかれていく。だが、みじかい旅はすぐに終わり、ふたりのわかれは、すぐそこにせまっていた。(「BOOK」データベースより)

◎H2Oを中枢にすえて

主人公の「私」は20歳。一高の制帽をかぶり、紺飛白(がすり)に袴をはき、肩には学生カバンをかけています。そして朴歯(ほうば)の高下駄をはいています。「私」は自分の心が孤児根性でゆがんでいる、と気に病みながら伊豆を一人旅しています。

『伊豆の踊子』(新潮文庫)の冒頭を引用させていただきます。

――道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。

物語の象徴的な幕開けです。「私」は踊子一行を追い求めています。心を病んだ「私」は突然の雨に追いかけられながら、天城峠のトンネルを抜けます。トンネルは「私」の心を象徴しています。踊子を追いかける私が、雨に追いかけられているのも見事な対比です。暗いトンネルを抜けます。私は逃げるように、峠の茶屋にたどり着きます。

そこに踊子一行がいました。暗から明。舞台は一気に明るくなります。踊子は自ら敷いていた座蒲団をはずして、「私」に差し出します。

――突っ立っている私を見た踊子が直ぐに自分の座蒲団を外して、裏返しに傍へ置いた。(本文P8)

こうした懐かしい古風な所作は、物語のなかで随所に登場します。私は本稿執筆にあたり、そうした所作をかみしめて読みました。車谷長吉も同じようなことを書いています。車谷長吉が引用した文章は、湧水を発見したときの場面です。

――「さあお先にお飲みなさいまし。手を入れると濁るし、女の後は汚いだろうと思って。」とおふくろが言った。/私は冷たい水を手に掬って飲んだ。女達は容易にそこを離れなかった。手拭いをしぼって汗を落としたりした。

そして車谷長吉は、次のように文章を結びます。

――当節の女権論者が読めば、眦(まなじり)をつり上げそうな場面である。岩波文庫旧版によれば、この作品は大正十一年から大正十五年の間に書かれたのだそうであるが、大正時代の空気としては、これが自然だったのである。私が生まれ育った昭和二十年代から三十年代の播州においても、これが自然だった。(車谷長吉『文士の魂・文士の生魑魅』新潮文庫P282)

孤独な主人公の高下駄の音は、雨に消されて響きません。それどころか川端康成は、熟知している伊豆の自然描写にも抑制をくわえています。

――川端康成は、伊豆を熟知していた。それこそよく見ていて、綿菓子や飴に至るまで作中に書き込みますよ。もう一つは、文中にもありますが「物乞い旅芸人村に入るべからず」という立て札がある時代でしょう。そういう「踊子」の「きたない美しさ」にひかれた。それが見事に表現されていた。(保昌正夫の発言。『座談会昭和文学史1』集英社P511)

こんな見解もありますが、『伊豆の踊子』は自然描写を抑制しています。そして「H2O」を意図的に書きこんでいます。「雨」「水」「湯」、そして結末の「涙」を物語の中枢にすえているのです。

◎『伊豆の踊子』の誕生

川端康成は『伊豆の踊子』(新潮文庫)を、こよなく愛しています。

――「伊豆の踊子」のように「愛される作品」は、作家の生涯に望んでも得られるとはかぎらない。作家の質や才だけでは与えられない。「伊豆の踊子」の場合は、旅芸人とのめぐりあいが、私にこれを産ませてくれた。(『川端康成随筆集』岩波文庫P325)

引用文は「伊豆の踊子の作者」という見出しで、川端康成自身が『伊豆の踊子』に言及しているものです。79ページもある長い自作解説です。「旅芸人とのめぐりあい」は、1918(大正7)年の伊豆への一人旅を指しています。当時川端康成は18歳で、14歳の踊子・加藤たみに好意を抱きます。

川端康成は『伊豆の踊子』発表以前の1922(大正11)年に、「湯ケ島での思ひ出」を執筆しています。これは東京帝国大学の英文科から、国文科へ転籍した年になります。「湯ケ島での思ひ出」は廃棄され、1925(大正14)年に新たな処女作「十六歳の日記」が発表されます。

そして1926(大正15・昭和元)年に、『伊豆の踊子』を発表します。本作は「湯ケ島での思ひ出」を推敲したものです。なんと107枚の原稿を62枚までそぎ落として、完成させたのが『伊豆の踊子』なのです。自然描写が少ないのは、踊子の所作と「私」の心の動きに力点をおいたからです。

川端康成は幼少のときに両親を失い、祖父母に育てられました。その祖父母も亡くなり、16歳のときに孤児になってしまいます。そんな川端康成の心を、いやしてくれるのは旅でした。川端文学の旅は、女性を求める心の旅といえます。そして川端康成が愛する女性について語られた、こんな文章があります。

――川端康成はトルストイではなく、ドストエフスキーが好きである。主人公としては、令嬢よりも女工のほうにひかれる(川端香男里・川端康成記念会理事長。『座談会昭和文学史1』集英社P512)

「雨」と「湧水」の場面については、引用させていただきました。もうひとつの「H2O」の場面です。長くなりますが、美しい場面を堪能してください。

――仄暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思うと、脱衣所の突鼻に川岸へ飛び下りそうな恰好で立ち、両手を一ぱいに伸ばして何かを叫んでいる。手拭もない真裸だ。それが踊子だった。若桐のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことことと笑った。子供なんだ。私達を見つけた喜びで真裸のまま日の光の中に飛び出し、爪先で背一ぱいに伸び上がる程子供なんだ。私は朗らかな喜びでことことと笑い続けた。(本文P20)

もうひとつ結末部分に「H2O」が登場します。最後の「H2O」には、触れないでおきます。美しい文章のつらなりに、私も旅をしたくなりました。

冒頭で触れた、「私」の恰好を思い出してください。踊子たちと会った茶屋の婆さんは、主人公を「旦那さま」と呼びました。帽子の記章がそう言わせたのです。当時の一校生は、現在の東京大学の教養部にあたります。将来を嘱望された若者の証です。

「私」は確かに孤児根性を持っていますが、帽章に示されている誇りも合わせ持っています。本文中に「私」が帽子を脱ぐ場面があります。「私」と踊子一行との身分の違いを意識しての行動でした。社会的にまだ身分差別が、くっきりとした時代の話です。そんな古き時代へ、『伊豆の踊子』は誘ってくれます。

橋本治は主人公が孤児だったから、こんな自由な行動ができたと書いています。

――『伊豆の踊子』の<私>は、孤児であることが自分を自閉させて頑なにしていると思いこんでいる。でも、実際は違うんですね。彼は、孤児であるからこそ、自由なんですね。自分をとりつくろうための係累というものが、この<私>にはいっさいない。(橋本治『伊豆の踊子』。『私を変えた一冊』集英社文庫P45所収)

身分の違いを超えて踊子に恋心を抱く「私」の、新たな一面を教えられました。
(山本藤光:2012.07.11初稿、2018.03.15改稿)


金原ひとみ『蛇にピアス』(集英社文庫)

2018-03-13 | 書評「か」の国内著者
金原ひとみ『蛇にピアス』(集英社文庫)

蛇のように舌を二つに割るスプリットタンに魅せられたルイは舌ピアスを入れ身体改造にのめり込む。恋人アマとサディスティックな刺青師シバさんとの間で揺れる心はやがて…。第27回すばる文学賞、第130回芥川賞W受賞作。(内容紹介より)

◎瀬戸内寂聴が絶賛

 金原ひとみ『蛇にピアス』(集英社文庫)は、すばる文学賞と芥川賞のダブル受賞で話題になりました。金原ひとみは1983年生まれなので、受賞時は20歳になっていませんでした。

私は10年前に、本書の書評をPHPのメルマガ「ブックチェイス」に書いています。私はサディスティックな小説は好みませんので、辛辣なことを書いたのだと思います。当然、山本藤光の文庫で読む500+αには、リストアップしていませんでした。

最近読んだ平野啓一郎『本の読み方・スロー・リーディングの実践』(PHP新書)に『蛇にピアス』が取り上げられていました。こんな文章がありました。

――『蛇にピアス』は文芸誌『すばる』に掲載されたとき、それをいち早く読んだ瀬戸内寂聴さんが、「あれを読んだら、谷崎潤一郎の『刺青』も霞んで見える」と感想を述べられたことが印象的だった。年期の入った谷崎ファンの瀬戸内さんとしては、これは最大級の賛辞だろう。(同書P192)

この一文を読んで、再読してみようという気になりました。谷崎の『刺青』は、私の好きな作品だったのです。『蛇にピアス』に対して私は、ゆがんだ読み方をしていたのかもしれません。文庫版で平野の勧める、スロー・リーディングをしてみました。

◎19歳の異質な世界

 主人公のルイ19歳は、健全なところに身を置きたくないと考えています。あるバーでアマという若い男にナンパされます。そして同棲することになります。アマはスプリットタンといって、舌を二つに割る身体改造をしています。腕から背中には龍の刺青があり目尻や鼻にもピアスがあります。ルイはそんなアマのように、自分も身体改造をしてみたいと思います。

以前読んだときは、ルイの「身体改造」への欲求が理解できませんでした。ところが再読してみて、「身体改造」はきれいになりたいという欲求と、同質であることに気づきました。ここを抑えておくと、それ以降の痛そうな場面が理解できます。

ルイはアマの身体改造をした、シバという男を紹介されます。ルイはシバに舌ピアスと刺青をしてもらいます。ルイは次第にシバとの関係を深めていきます。身体改造についてルイは、シバにこんな質問をしています。

――「シバさんはスプリットタン、どう思います?」/シバさんは、ん? と言って首をひねった。/「ピアスや刺青と違って、形を変えるもんだからね。おもしろい発想だとは思うけど、俺はやりたいとは思わないね。俺は、人の形を変えるのは、神だけに与えられた特権だと思ってるから」/シバさんの言葉は、何故かすごく説得力があって、私は大きく頷いていた。(本文P14)

 この文章により、身体改造としてひとくくりにしていた、ピアスと刺青は別物だと分かりました。ルイは酒を飲み、セックスをし、舌ピアスをし、刺青までします。しかし望んでいた「身体改造」という神だけに許される領域には達していないのです。ここを読み落とすと、次のような書評になってしまいます。

――金原ひとみ『蛇にピアス』は舌ピアスや刺青等の身体改造を軸にしながら、恋人との距離感を測りかねている少女が主人公。(斎藤美奈子『本の本』ちくま文庫P215)

ルイは少しずつ、舌ピアスの穴を広げます。幼児性のあるアマを愛し、サディスティックなシバをも愛します。そしてある日、アマは残忍な死体となって発見されます。ルイはシバが殺したのだと思います。

 金原ひとみは硬質な文章で、ルイの心の変化をたどってみせます。ここに転記しても、絶対にブログの倫理規定に触れる描写が続きます。試してみます。シバとのからみの場面です。

――私の腰を高く上げるとマ*コに唾を吐き、また指で中をグチャッとかき混ぜるとやっとチ*コを入れた。初めからガンガン奥まで突かれ、私の喘ぎ声は泣き声のように響いた。(本文P40)
(註:原文のままではやはり掲載が拒否されました。「ン」の字を伏せ字にしてあります)

 19歳の女性が描いた、異質な世界。こんな小説は体験者にしか書けません。瀬戸内が絶賛したのは、20歳にも満たない新人作家が描いた点にあったようです。
(山本藤光:2016.08.24初稿、2018.03.13改稿)

川端裕人『夏のロケット』(文春文庫)

2018-03-11 | 書評「か」の国内著者
川端裕人『夏のロケット』(文春文庫)

火星に憧れる高校生だったぼくは、現在は新聞社の科学部担当記者。過激派のミサイル爆発事件の取材で同期の女性記者を手伝ううち、高校時代の天文部ロケット班の仲間の影に気づく。非合法ロケットの打ち上げと事件は関係があるのか。ライトミステリーの筋立てで宇宙に憑かれた大人の夢と冒険を描いた青春小説。第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞のデビュー作。(「BOOK」データベースより)

◎男たちのロマン小説

ロケット小説といえば、多くの人は池井戸潤『下町ロケット』(小学館文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)を連想するでしょう。でも忘れてもらいたくない、輝くロケット小説があります。川端裕人『夏のロケット』(文春文庫)は、サントリーミステリー大賞優秀作品賞を受賞しています。

しかし読んでみると、ミステリーの感じはまったくしません。ミステリーというよりも、青春時代の夢を追いかける男たちの、ロマン小説という方が適当でしょう。

著者の川端裕人は日本テレビの科学技術庁・気象庁の担当記者でした。それでなければ、こうした作品は書けません。『夏のロケット』は、著者の小説でのデビュー作です。川端裕人はこれまでに『クジラを捕って、考えた』(パルコ出版)、『イルカとぼくらの微妙な関係』(時事通信社)などの著書を出版しています。ネイチャーライターとしては、名が知れていました。

『夏のロケット』は主人公(ぼく・高野)を含めた、5人のロケティアたちの話です。「5人は高校時代から宇宙開発やロケットについて興味を持つ『同志』」でした。彼らは「卒業までに、十七回のローンチを行ったが、胸を張って言えるような成功は一回もなかった」仲間です。

そして彼らは高校を卒業します。やがて主人公ぼく(高野)は、新聞社の科学担当記者となります。ある日、都内のマンションで爆発事件がおきます。ぼくは取材に向かいます。過激派によるミサイル発射実験の、失敗のための爆発でした。ぼくはミサイルの噴射板の、特殊なことに気がつきます。

それは高校時代に自分たちが、ロケット発射に用いた構造に酷似していたのです。

北見は大学卒業後に、商社の宇宙事業部へ。清水は修士終了後に、大手特殊金属メーカーの研究者に。日高は宇宙事業団の研究者に。氷川はロックミュージシャンとして有名になっています。

◎5人の仲間が結集

そんな彼らは、「火星」への夢を捨て切れずに再結集します。長期休暇をとったり、仕事を捨てて集まるのです。

このシーンは山田智彦の『解雇・男たちのリストラ』(小学館文庫)と似ています。こっちの方は定年が近い大会社の管理職5人が、オーケストラを再編成しようという話です。どちらの作品も、青春時代の夢の再現をテーマにしています。登場人物も同じ5人ですし、主人公が新聞記者なのも共通しています。

こうしたテーマで書かれる小説は、数多くあります。重松清の『定年ゴジラ』(講談社文庫)も、原宏一の『極楽カンパニー』(幻冬舎文庫)も同じ範ちゅうの作品といえます。青春時代そのものを描き、青春時代の夢の成就を表現するのは、小説の定番なのでしょう。

しかしロケット製作の話をここまで緻密に描くことは、誰にもできることではありません。本書はミステリーらしく、過激派のミサイル事件が挿入されていたりします。しかしその場面は、なんだかとってつけた感があるほどです。ロケットは5人の夢を乗せて飛びます。そのときの主人公はこう思います。

――体が震えた。ロケットがいま、ぼくの昔からの友人を乗せて宇宙へと飛び出していったのだ。地上でそれを見上げているぼくたちが、みじめなくらい卑小な存在であると思えた。なのに卑屈な気持ちになるのではなく、逆にぼくは限りない宇宙に心を開いた。子供の頃から心のなかにくすぶり続け、大人になるに従って多少は屈折した形で心の奥にしまいこむようになった宇宙への憧れが、この瞬間、一気に開放されたみたいだった。(本文より)

誰もが書いてみたい小説。私も「大人になるにしたがって、多少は屈折した形で心の奥にしまいこむようになったもの」を燃焼させてみたい。そんな感じにさせられる作品でした。
(山本藤光:1999.01.03初稿、2018.03.11改稿)


川北義則『いまはダメでも、きっとうまくいく』(PHP文庫)

2018-03-09 | 書評「か」の国内著者
川北義則『いまはダメでも、きっとうまくいく』(PHP文庫)

楽しい毎日を送っていても、ピンチはふいに訪れる。家庭問題、リストラ、病気、倒産……長い人生だから、ちょっとつまずくことだってある。しかし、いざ直面すると、誰もが落ち込み、物事を悪い方へ悪い方へと考えてしまいがち。著者は言う、「そんなときは思い切って開き直ってみることだ。逆境に陥ったとき、開き直りの精神がある人はしぶとくなれるものだ。」と。(後略)(内容紹介より)

◎逆転の発想

川北義則『いまはダメでも、きっとうまくいく』(PHP文庫)の帯には、「大丈夫/ピンチを楽しめば/ツキは必ずめぐってくる」とあります。底のあさい人生論で、ときどき出てくる惹句です。
「ピンチを楽しむ」って、スキルでかたずけられる問題ではありません。それゆえ人生論では、意識変革にスポットをあてることになります。

私はスキルは身につきやすいけれども、意識はなかなか変えられないと考えています。おそらく本書を手にしたのは、「ばかなことをいうな」という反感からだったと思います。

本書を読んだのは、2007年の夏ですから、約10年ぶりに再読をこころみたわけです。「知・教養・古典・ノンフィクション125+α」に、人生論を1つくらい選んでおきたい。そう思って数ある書籍のなかから、本書をえらびました。

川北義則の著作ではほかに、『逆転の人生法則』と『人生愉しみの見つけ方』(ともにPHP文庫)を読みました。同じような内容ですので、いちばん新らしい著作を選ぶことにしました。

『いまはダメでも、きっとうまくいく』には、「人生がひらける78の発想」がおさめられています。すべてが納得できるものばかりではありませんが、納得できるところもたくさんありました。

川北義則の著作は「逆転の発想」と呼ばれています。逆転の発想とは、ネガティブをポジティブに変えることです。私も得意としている世界なので、共感できることが多かったようです。

――あなたは、神社でおみくじを引いて「大凶」と出たとき、どんな感情にとらわれるだろうか。おそらくガックリとして「何事もないように」と神社にお祈りをして(中略)だが、私は強がりでも何でもなく、「大凶」の封が出たら「よし、いいぞ」と内心で思う。なぜなら今最悪なら、これ以上悪くなることはなく、これからはよくなるばかりと信じられるからだ。(本書「あとがき」より)

私の著作のなかに『世界一ワクワクする営業の本です』(日本実業出版/オーディオブックFEBE)があります。このなかで「きみたちはいまどん底にいるんだ。どん底って、これ以上落っこちることのないという意味なんだ」と主人公にかたらせています。川北義則の「あとがき」は、私の著作とぴったりと一致しているのです。

私の著書は絶版になっていますので、現在「山本藤光の文庫で読む500+α」にて、『どん底の3人』と改題したタイトルで紹介しています。ちなみに私の著作は2006年発行ですから、川北義則の著作を読む以前に書いています。念のため。。

◎屈辱を炉心にする

いいなと思った箇所を、抜き書きしてみます。

――私は困難に立ち向かうとき、さあ、この困難を克服する経験を味わわせてもらいましょうと自分に言い聞かせることにしている。そうすると勇気がもりもり湧いてくる。(本文P19より)

――時間だけはすべての人にわけ隔てなく与えられている。この時間が解決してくれることもあるのだ。(本文P21より)

――怠け者の舌だけは怠け者ではない。(本文P39より)

――努力している側が、成果も上げずに、『努力を認めてほしい』というのは卑しい根性ではないか。(本文P71より)

――仲間に「何をやるんだ」と聞くと、「しばらくのんびりして、これからの人生をじっくり考えてみたい」という人が圧倒的に多かった。だがそういった人に限って、その後何かを始めたという話は聞かない。(本文P77より)

――愚痴をいうことは、イヤなことを自分でまた反芻することになる。それで楽しい人生がくるはずがない。(本文P1113より)

――失敗するたびに成功に一歩一歩近づいていると思った。(本文P128より)

――屈辱を炉心にすれば莫大なエネルギーが得られる。屈辱は精神の原子炉といってよい。(本文P135より)

――目的をもって、その達成に突き進んでいく人間にとって、目先の失敗は方法論の誤りにしかすぎない。(本文P146より)

本書はお薦めです。元気が出ます。モンモンとしている方は、ぜひお読みいただきたいと思います。逆転の発想は、あなたにちょっとしたヒントをたくさんくれるはずです。
(山本藤光:2007.05.08初稿、2018.03.09改稿)

片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館文庫)

2018-03-06 | 書評「か」の国内著者
片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館文庫)

「ぼくにとってアキのいない世界はまったくの未知で、そんなものが存在するのかどうかさえわからないんだ」「大丈夫よ。わたしがいなくなっても世界はありつづけるわ」朔太郎とアキが出会ったのは、中学2年生の時。落ち葉の匂いのファーストキス、無人島でのふたりきりの一夜、そしてアキの発病、入院。日に日に弱っていくアキをただ見守るしかない朔太郎は、彼女の17歳の誕生日に、アキが修学旅行で行けなかったオーストラリアへ一緒に行こうと決意するが―。好きな人を失うことは、なぜ辛いのか。321万部空前のベストセラー、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

◎『愛と死をみつめて』の再来

大島みち子・河野実『愛と死をみつめて』(大和書房)は、1963年に発売されました。大学生・河野実(マコ)は。軟骨肉腫に冒された大島みち子(ミコ)と寄り添いつづけます。本書はその3年間で約400通の、往復書簡を書籍化したものです。

発売後たちまち話題になりました。本は爆発的に売れ、映画になり、歌も流行しました。それから約40年たって、片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館文庫、初出2001年)が発表されました。ほとんど無名に近かった片山恭一の著作は、『愛と死をみつめて』と同様の社会現象を引き起こしました。映画やドラマになり、「セカチュウ」という流行語まで生まれました。

片山恭一は1986年「気配」により、文学界新人賞を受賞しデビューしています。実質的な出版デビュー作は、『きみの知らないところで世界は動く』(小学館文庫、初出1995年)となります。本書は3人の男女の青春を描いた作品で、『世界の中心で、愛をさけぶ』の原点と位置づけることができます。

私は『きみの知らないところで世界は動く』に共感し、その後出版された『ジョン・レノンを信じるな』(小学館文庫、初出1997年)『DNAに負けない心』(新潮Oh!文庫、初出2000年)まで読みつなぎました。可能性を信じていたのに、2つの作品に完全に裏切られました。それゆえ『世界の中心で、愛をさけぶ』は、買い求めませんでした。

『世界の中心で、愛をさけぶ』は、話題となりました。一度は見限っていた片山恭一の著作は、2刷になっていました。読んでみました。まるで『愛と死をみつめて』を読んでいるような錯覚を覚えたほどです。「セカチュウ」は、マコとミコを知らない女子高生に圧倒的な支持を受けました。

しかし書評家のなかでは、病に死ぬ安直なストーリーという批判もあります。またタイトルは、ハーラン・エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワ文庫SF)のパクリとの批判もあります。そうしたことを抜きにして、本書は若者たちのハートをとらえたのです。

◎印象的なキスシーン

片山恭一には、「サイン」(「ダ・ヴィンチ」2002年6月号)という500字の作品があります。パソコンに向かって、30分ほどで仕上がった作品ということです。こんなストーリーです。

心中をはかる2人は、あの世でお互いをすぐに見つけ出せるようにするために、サインをきめます。手で鼻にさわれば「ス」、耳たぶを軽くつまめば「キ」となるわけです。

心中しそこなった2人は、偶然に線路を隔てたホームで出会います。彼女は2人のこどもを連れていました。ぼくはサインを実行します。

片山恭一の恋愛小説は、肉体的な関係を避け、それに代わるものを大切な素材とします。「サイン」はその典型です。『世界の中心で、愛をさけぶ』は、磨きぬいた「言葉」を素材としています。

本書の単行本の帯には、「これほど印象的なキスシーンを描いた小説はかってなかった」(佐藤正午、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作『ジャンプ』光文社文庫)とありました。唇を触れ合うだけの幼い儀式。稚拙な言葉の交換。過去と現在を出し入れするフラッシュバックの手法が、ばっちりと決まっています。

佐藤正午の激賞するシーンを引いておきます。

――空に残った最後の光が消えてしまった間際に、ぼくたちはキスをした。目と目があったとき、見えない合意が成立して、気が付いたら唇をあわせていた。アキの唇は落ち葉の匂いがした。(小学館文庫P67)

◎懐かしの学級委員、交換日記、初キス

ぼく(松本朔太郎)は中学2年のときに、広瀬アキと学級委員になります。進級してからクラスは別になりますが、2人は交換日記をはじめます。そして2人は同じ高校へと進学し、友情が恋愛へと発展します。

物語の幕開けから、アキはこの世にいません。物語はぼくの回想形式でつづられてゆきます。学級委員、交換日記、初キスと懐かしい単語が連なります。そして夏休みに2人は、小さな島への一泊旅行をします。その夜の場面を引用します。

――アキは身体を横にして、ぼくの方を向いた。そして唇に軽くキスをした。
「急がずに、ゆっくり一緒になっていきましょうね」
ぼくたちは抱き合ったまま目を閉じた。シーツの代わりに敷いたタオルケットの下で、小さな砂がかさこそ音をたてた。(小学館文庫P127)

その後、アキは白血病を発症します。切ない物語は、きっと読者の琴線に触れることでしょう。片山恭一は、デビュー作『きみの知らないところで世界は動く』(小学館文庫)以来の眠りから醒めたようです。マコミコからセカチュウへ。次はだれが、病に死ぬ若い2人の物語をつむぐのでしょうか。
(山本藤光:2003.06.28初稿、2018.03.06改稿)