山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

121:タウン誌の取材

2019-08-31 | 小説「町おこしの賦」
121:タウン誌の取材
 タウン誌「くしろ」の編集長・宗像修平は北村広報課長の招待で、奥さんと小学生五年生の息子を連れて、釧路からやってきた。休暇と取材を兼ねた、欲張った道行きである。標茶駅で下車し、案内で名前を告げると、すぐに宮瀬哲伸があいさつにやってきた。
「遠いところを恐縮です」
 宮瀬が頭を下げると、首からカメラをぶら下げた宗像は、「仕事というより、楽しみにしていたんです」と笑った。
「北村くんは、十六番で待っているとのことです。いろいろ感想もお聞かせいただきたいので、家内の昭子を同道させていただきます」

 招待なのでと伝えたが、宗像はかたくなに譲らず、奥さんと二人分の券を買い求めた。小学生以下は無料である。息子の名前は、大地といった。昭子は大地に、「この先に、自転車とワンちゃんを借りられるところがあるの。どっちかを借りてみる?」と質問した。大地は迷いなく、「ワンちゃん」と答えた。
「マンション住まいで動物は飼えないから、夢実現だな」と宗像は息子の頭をなでる。
四番・金沢ペットショップで、大地は「チロ」という名前の子犬を選んだ。子犬用の餌と糞処理セットを与えられ、大地は喜々として綱を引いた。

「高校生の企画だというので興味があったけど、結構細やかな配慮がされていますね」
 宗像は先を行く大地とチロの姿を、目で追いながら昭子にいった。
八番・佐川民芸店で大地は、教えられたとおりに竹とんぼを作った。うれしそうに竹とんぼを手にして、九番の釧路川河川敷へと向かう。川魚水族館を見学し、こどもの広場へ出た。すでにたこ揚げや竹とんぼに、興じている子どもたちがいた。プレハブの詰所で説明を受けて、大地は竹とんぼ飛ばし、魚釣り、たこ揚げの三つを選んだ。両親がベンチで見守るなか、大地はボランティアの高校生と一種に、走り回っている。

「素晴らしい企画ですよ。自然のなかで、子どもが伸び伸びと遊んでいる」
 子どもたちに向けて何度もシャッターを切り、宗像は目を細めて大地を眺めている。足下にはチロがいた。小皿に水を注いで、宗像夫人はやさしく頭をなでている。雲一つない空には、たくさんのたこが涼しそうに揺れていた。それを見てチロは、怪訝そうに小首を傾げている。

 釧路川の流れは、穏やかだった。釧路川は屈斜路湖を水源とし、標茶町を通過して釧路湿原に流れこむ。子どもたちが釣り上げた魚の鱗は、夏の陽光を受けて時々光った。底抜けに明るい、歓声が響き渡る。

059:優秀と平均的の違い

2019-08-31 | 新・営業リーダーのための「めんどうかい」
059:優秀と平均的の違い
――第6章:威力ある同行
◎インプット(知識)
優秀「学術担当者によく問い合わせをするし、顧客にも直接質問をしている」
優秀「与えられたパンフレットの元資料にも目を通している」
平均「与えられたパンフレットを熟読していない」
平均「時間を与えなければ、自ら勉強しようとはしない」

◎ターゲティング(重点顧客の選択)
優秀「ポテンシャルの高い顧客を選択し、攻略目標を明確にしている」
平均「形だけは実施しているものの、訪問頻度や成果目標が明確ではない」

◎アクセス(面談)
優秀「アポイントメントを取るなど、重点顧客との面談を工夫している」
優秀「医局説明会やイベントなどを活用し、アプローチしている」
平均「訪問は面談が容易な顧客に偏っている」
平均「面談のための工夫がない」

◎ディテーリング(商談・宣伝)
優秀「顧客との話し込みができる」
優秀「クロージングができる」
優秀「次回につながる約束を得ることができる」
平均「一方的な話しかできない」
平均「クロージングがうまくできない」

◎アウトプット(成果)
優秀「特定の顧客から、大きな成果を得られる」
優秀「成功例がチーム内に、浸透することが多い」
平均「不特定多数の顧客から、小さな成果を上げている」
平均「成功例がチーム内に、浸透することは少ない」

スキルギャップの抽出は、同行以前に実施しておく必要があります。できればマネージャー会議などで取り上げ、意見交換することをお勧めします。

平均的な営業担当者を、優秀レベルまで引き上げる。そのゴールは全社的に、営業リーダーに共有させたいものです。

川端康成の関連本

2019-08-31 | 妙に知(明日)の日記
川端康成の関連本
■韓国の文大統領が1965年の日韓協定を念頭に、「たった一回の合意に縛られるものではない」と発言したようです。国と国の合意を遵守しなくてもよいと断言したこの発言は、もはや正気のものではありません。韓国が求める日韓の協議は「合意」へ向かう道なのに、その合意をないがしろにした発言なのです。これで話し合いの余地すらなくなりました。■必要があって、川端康成に関する評論本を整理しました。書棚には次のような書籍がありました。
――鑑賞日本現代文学15川端康成(角川書店)
――阿川弘之:鮎の宿(講談社文芸文庫)
――秋山駿:作家と作品(小沢書店)
――嵐山光三郎:追悼の達人(中公文庫)
――嵐山光三郎:文人悪食(新潮文庫)
――嵐山光三郎・編:文人御馳走帖(新潮文庫)
――安藤宏:「私」をつくる・近代小説の試み(岩波新書)
――池内紀:文学フシギ帖(岩波新書)
――池島信平ほか:文壇よもやま話(下)(中公文庫)
――磯田光一:殉教の美学(冬樹社)
――磯田光一:昭和作家論集成(新潮社)
――井上ひさしほか編座談会・昭和文学史・第1巻(集英社)
――井上靖:作家点描(講談社)
――岩波明:文豪はみんな、うつ(幻冬舎新書)
――巌谷大四:懐かしき文士たち・戦後編(文春文庫)
――植田康夫:自殺作家文壇史(北辰堂出版)
――J・C・オカザワ:文豪の味を食べる(マイコミ新書)
――桶谷秀昭:日本人の遺訓(文春新書)
――角田光代:私たちには物語がある(小学館文庫)
――柏倉康夫:ノーベル文学賞(丸善ライブラリー新書)
――カセット文芸講座:日本の近代文学(CBエンタープライズ)
――川西政明:小説の終焉(岩波新書)
――ドナルド・キーン:日本文学史・近代現代篇4(中公文庫)
――ドナルド・キーン著作集4―・思い出の作家たち(新潮社)
――久保田淳:隅田川の文学(岩波新書9
――国文学:現代作家110人の文体(1978年11月増刊号)
――国文学「戦後世代の文学」(1969年9月号)
――小林秀雄:作家の顔(新潮文庫)
――佐伯一麦:麦主義者の小説論(岩波書店)
――塩澤実信:文豪おもしろ豆事典(北辰堂出版)
――清水義範:身もフタもない日本文学史(PHP新書)
――瀬戸内寂聴:奇縁まんだら(日本経済新聞社)
――ダ・ヴィンチ:解体全書Ⅱ(リクルート)
――千葉俊二―・坪内祐三編:日本近代文学評論選・昭和篇(岩波文庫)
――出久根達郎:作家の値段(講談社文庫)
――中沢けい:書評・時評・本の話(河出書房新社)P566
――野口富士男:作家の手(ウェッジ文庫)
――爆笑問題:日本文学者変態論(幻冬舎)
――福田和也:大作家ろくでなし列伝(ワニ新書)
――福田国士:文豪が愛し名作が生まれた温泉宿(祥伝社新書)
――北條誠:歴史と文学の旅・川端康成(平凡社)
――星新一:きまぐれフレンドシップ・PART2(新潮文庫)
――松原一枝:文士の私生活(新潮新書)
――松原新一ほか:戦後日本文学史・年表(講談社)
――三島由紀夫:文学的人生論(知恵の森文庫)
――三島由紀夫:小説家の休暇(新潮文庫)
――三島由紀夫:作家論(中公文庫)
――水上勉:文壇放浪(新潮文庫)
――水口義朗:記憶に残る作家二十五人の素顔(中公文庫)
――森まゆみ:明治東京奇人伝(新潮文庫)
――安岡章太郎:小説家の小説家論(福武文庫)
――安原顕:だからどうした本の虫(双葉社)
――山田風太郎:人間臨終図巻3(徳間文庫)
――吉行淳之介:やややのはなし(文春文庫)
――吉行淳之介:文章読本(福武文庫)
――歴史と文学の旅:川端康成(北條誠、平凡社)
山本藤光2019.08.31

120:双子の姉妹

2019-08-30 | 小説「町おこしの賦」
120:双子の姉妹
穴吹健一は、今春標茶高校定時制を卒業した。弟を高校に進学させるために、彼は全日制から定時制に編入して、昼間は懸命に働いた。
今日は「標茶町ウォーキング・ラリー」に、小学六年生の双子の妹を連れてやってきている。二番スタンプ所では退屈そうにしていた二人の妹は、三番スタンプ所では大いにはしゃいでいた。

三番スタンプ所は、相川自転車店であった。必要な人には、無料で自転車を貸してくれる。問いかけると、二人とも自転車に乗りたいといった。はんてん姿の店主は、子ども用の赤い自転車を二台提供してくれた。穴吹も大人の自転車を借りた。スタンプを押して、三人で地図を確かめる。

四番スタンプ所は、金沢ペットショップだった。ここでは、犬を貸してもらうことができる。二人の妹は、「ワンちゃんと散歩したい」といったが、先に自転車を借りてしまった。望みはかなわなかった。スタンプを押して、三人は五番スタンプ所へ向かう。

五番スタンプ所の近藤靴店では、ウオーキングシューズを貸してもらえる。六番の木村写真館では、カメラを貸してもらえる。この二カ所はスタンプを押しただけで、穴吹たちはパスしてしまった。

七番スタンプ所・高知のはりまや橋にやってきた。顔なじみの南川理佐が、はんてん姿でほほえみかけてきた。穴吹健一は理佐とは、言葉を交わしたことはなかった。理佐は標茶高校三年である。
穴吹の弟・健二が、密かに思いを寄せている。
「はりまや橋へようこそ。ここでは四国の物産展の割引券がもらえます」
 二人の妹は一枚ずつ、割引券をもらった。朱色の橋は舗道にすえられており、その下に川はない。これが日本がっかり名所か、と穴吹は笑いをかみ殺す。
「お兄ちゃん、何で川がないのに、橋だけがあるの?」
 妹に質問されたが、穴沢には答えようがない。理佐はすかさず、助け船を出す。
「この橋はね、本当は高知というところにあるの。
竹林寺というところのお坊さんがね、恋人のために髪飾りを買ったという有名な話の場所なんだよ。よさこい節っていう、有名な歌になっているほどなの。ちょっと歌のテープを流してみるね」
 理佐は、ラジカセのスイッチを押す。曲が流れる。二人の小学生は地図を見ながら、次のスタンプ所へと姿を消してしまった。

058:営業リーダーと同行指導

2019-08-30 | 新・営業リーダーのための「めんどうかい」
058:営業リーダーと同行指導
――第6章:威力ある同行
 営業リーダーの仕事の柱は、「同行」でなければなりません。営業担当者の業績を左右しているのは、端からは見ることのできない「プロセス」部分(営業活動のブラックボックス)です。そこをレベルアップさせるための方法は、「同行」しかあり得ません。

 優秀な営業担当者と平均的な営業担当者は、具体的にどう違うのでしょうか。営業リーダーは、そこを掌握しておかなければなりません。次に紹介する分析は製薬企業のものですが、どんな業種でも大きな差異はないと思います。
 
 なぜスキルギャップを、明確にするのでしょうか。それは営業リーダー自身が、2つの違いを熟知する必要があるからです。営業リーダーは、指導のゴールを知っておかなければなりません。

「インプット」(知識・顧客ニーズの把握)→「ターゲティング」(重点顧客の選択)→「アクセス」(面談効率)→「ディテーリング」(商談)→「アウトプット」(成果・売上)

 営業担当者の仕事を、前記のように大きく分類します。そして下記のように、細かな活動を比較するのです。「同行」のゴールは、平均者を優秀者の域にまで引き上げることです。それゆえゴールは、明確になっていなければなりません。

 スキルギャップの抽出は、優秀な営業リーダー3人くらいで実行してもらいます。ほぼ半日くらいで完成させられます。あとから詳細は説明しますが、営業リーダーの同行対象者は、平均的なスキルの部下としたいものです。(明日へつづく)


杉原泰雄『憲法読本・第四版』読み始める

2019-08-30 | 妙に知(明日)の日記
杉原泰雄『憲法読本・第四版』読み始める
■タイに住む小6の孫娘(タイ人とのハーフ)が、日本語能力3級テストに合格しました。180点満点で178点と、1問を間違えただけのようです。孫娘は普段、タイの学校へ通っていますが、母親との日常会話は日本語です。だから試験は、簡単だったようです。■憲法を勉強しなくてはならなくなり、わかりやすい本を探していました。そしてたどりついたのが、杉原泰雄『憲法読本・第四版』(岩波ジュニア新書)でした。さっそく読み始めました。ところが意外に難解なのに驚きました。しかしせっかく買い求めたのだからと、匍匐前進読書コーナーに収納しました。毎日少しずつ読む本の群れのなかに、納めたわけです。
山本藤光2019.08.30

119:ウォーキング教室

2019-08-29 | 小説「町おこしの賦」
119:ウォーキング教室
 二番スタンプ所は、瀬口薬局となっている。扉には青地に赤い字で、「二番・正しいウォーキングを学ぶ・瀬口薬局」と書かれたステッカーが貼られている。扉を開けると、はんてん姿の瀬口恭二の姿があった。
「いらっしゃいませ」
 彩乃を認めて、恭二は明るい声で出迎える。恭二は、瀬口薬局の次男である。新聞部の部長を務めていたが、受験勉強のためにその任を後輩に譲っている。
「こちら、友人の国枝美和子さん。今日は私が一日、随行させてもらうの」
 彩乃はそういいながら、ソファに座る。スタンプ帳の二ページを開き、そこに書かれたガイドを読み上げる。
――二番スタンプ所・瀬口薬局。正しいウォーキングをビデオで学んでいただきます。健康グッズの販売もしています。所要時間十五分。
 テレビ画面には、すでに画像が映っている。
――ウォーキングは、ダイエット効果のある有酸素運動の代表的なものです。運動不足を解消し、生活習慣病を予防し、体脂肪を燃焼させるなどの効果が認められています。また周りの景色を楽しみながら歩くことによって、ストレスも解消できます。(「フィットネス・ビギナーズノート」参照しました)

 恭二は所在なく、初めての来訪者を見守っている。ビデオを見終えて、二人は立ち上がる。
「恭二さん、勉強になったわよ。ダイエット効果あり、ですって。美和子、恭二さんは私の彼氏の弟さん」
 彩乃に紹介された恭二は、「楽しんでください」と背中に声をかけた。万歩計や血圧計を並べた展示コーナーは、見向きもされず不発に終わった。

外へ出るなり、美和子は彩乃にいった。
「ほれぼれするほど、いい男だね。彼氏が見つかったみたい」
「ダメよ。恭二さんには、詩織ちゃんという彼女がいるんだから」
「そうだよね。そんなに簡単に、願いがかなうはずないよね」
 空にはできそこないの、夏の雲がある。さわやかな風が、遠慮がちに吹いている。二人は肩を揺すっ
て、笑っている。
「あら、スタンプ押してくるの、忘れた」
 美和子は、スタンプ帳をひらひらさせている。瀬口薬局に戻ると、恭二は店に掃除機をかけているところだった。
「スタンプ、忘れた」
 掃除機のスイッチを切り、恭二もスタンプ台を眺める。
「場所が悪いみたいだな。扉のそばの、目立つところに置き直すよ」
「そうだね。スタンプを押す習慣が身につくまでは、そうした配慮が必要だね」

 彩乃は恭二に答えながら、彼の兄からのメールを思い出している。
――ウォーキング・ラリー成功の報告を、楽しみにしている。写真をいっぱい送ってよね。恭一。
彩乃はスマホをかばんから取り出し、美和子に向かっていう。
「恭二さんと並んで、美和子。スタンプ台を指差してくれない。はい、チーズ」
 記念撮影が終わった。瀬口恭一は現役で、北大医学部に入学している。彩乃とは、遠距離恋愛中である。彩乃は近いうちに、札幌の予備校へ入学することになっている。

057:接点同行の難点

2019-08-29 | 新・営業リーダーのための「めんどうかい」
057:接点同行の難点
――第5章:同行の現状
 分析結果を見せる前に、支店長に紙切れを渡しました。支店長がイメージしている、時間配分を書いてもらったのです。あなたのイメージはどうでしたか。

同行:50%
内勤:40%
移動:10%

 2枚の紙片を見ながら、支店長はいいました。
「移動時間がこんなに多いとは、思いませんでした」 

営業部長が変わりました。たちまち、提出書類が増えました。こんな事例はたくさんあります。営業担当者のためにと、IT化が推進されました。日報がデータ分析され、成功例もデータベース化されました。営業担当者向けのイントラネットも、立ち上げられました。

日報は管理のために、本社で活用されるようになりました。成功例は誰にも読まれないまま、増殖を続けました。提出書類を減らすことを考えない限り、同行時間は上がりません。


岡本かの子『越年』文庫に

2019-08-29 | 妙に知(明日)の日記
岡本かの子『越年』文庫に
■感動した動画があります。「虎ノ門ニュース」製作の特番「終戦の日と日本人」前後編です。青山繁晴と百田尚樹の対談で、日本人の自虐史観に鋭く迫った絶品です。タイトルで検索するとすぐに見つかります。終戦と日本人を深く掘り下げた作品はたくさん見ましたが、これが一押しです。■岡本かの子『越年』(角川文庫)が出ました。表題作は日台合作で映画化されるようです。表題作以外に7篇の短篇が所収されています。これを機会に、ぜひ岡本かの子に触れてみてください。ちなみに岡本かの子は、『老妓抄』(新潮文庫)を「文庫で読む500+α」を紹介中です。
山本藤光2019.08.29


118:願いごと記念撮影

2019-08-28 | 小説「町おこしの賦」
118:願いごと記念撮影
 九時五十二分、釧路発の電車が到着する。十数人が改札口を出てきた。なかには宮瀬彩乃、宮瀬可穂の姿もあった。二人はわざわざ隣駅の五十石(ごじっこく)から、乗りこんできたのである。臨場感を体感するのが、目的だった。隣駅までは、宮瀬幸史郎が車で送っている。
 はんてん姿の父に手を振り、彩乃は隣りに立っている若い女性に、何かを説明している。彩乃の友人・国枝美和子は、ポスターを見上げ案内所に足を向ける。女子高生から地図とパンフレットを受け取り、券売機に千円札を入れる。なかから青いカードが出てくる。「標茶町ウォーキング・ラリー・スタンプ帳」とある。

 美和子はもう一度案内板に目を向け、彩乃を手招きして二人で「願いごと記念撮影」のブースに入った。これはデパートやショッピングセンターで見かける、証明写真ボックスと同じものである。美和子は笑いながら、備えられているホワイトボードに「彼氏ができますように」と書いた。それを胸に抱いて、カメラレンズに目を向ける。激しく光がまたたき、シャッター音が響く。
二人は満面の笑顔で、ブースから出てきた。「照れちゃうな」と美和子は、彩乃に向かっていった。ブースから、写真が吐き出された。美和子はそれをつまみ上げて、彩乃に見せる。二人は大声で、また笑った。

「お母さん、友だちの国枝美和子さんです」
 昭子を見つけて、彩乃は友人を紹介する。
「どんなことをお願いしたの?」
 昭子の質問に、美和子は舌を出してから写真を渡した。
「あら、きっと成就するわよ」
 三人の笑い声が、駅舎に響いた。

 美和子は備えつけのスタンプ台で、一ページ目に標茶駅のスタンプを押す。
「美和子、さっきの写真は、表紙裏のこのポケットに入れるの」
 彩乃は押されたスタンプの図柄を見ながら、美和子に伝えた。二十七カ所のスタンプ絵は、南川理佐が中心となって、標茶高校美術部が総力を上げて描いたものである。

一番スタンプ所・標茶駅を出た美和子と彩乃は、案内で受け取った地図に目を落とす。標茶駅に向かって、たくさんの家族連れがやってきている。
「すごい人だね。縁日みたい」
 美和子は押し寄せてくる人波を見て、感嘆の声を上げた。駅頭では、昨年彩乃の両親になった、宮瀬と昭子が大声で人群れを迎えていた。
「彩乃、いいご両親だね。幸せそうで、安心した」
 彩乃と美和子は、釧路湖陵高校定時制時代の同級生だった。その後彩乃は標茶高校へ編入し、美大を目指していた。しかし現在は一浪中である。美和子は釧路の水産加工所で、事務の仕事をしている。

「お父さんはね、兄貴の幸史郎に宮瀬建設を継がせたいんだって。兄貴は今高校三年。大学へ行かせてから、社長を譲るっていっていた」
「お兄さんが高校三年?」
「兄貴はね、中学を出てすぐに働いていたんだ。それでお金を貯めて、標茶高校に入学したの。だから高校を卒業するときは、二十三歳」
「そうか、苦労したんだね」
「ほら、二番スタンプ所が見えてきた」