服部真澄『骨董市で家を買う』(中公文庫)
「古民家売ります」骨董市でみつけた一枚の貼り紙。それがすべての発端だった…!? 怪しい骨董商のみちびきで、福井の廃屋に一目惚れした著者は、東京下町に移築を決意。しかし、肝心の骨董商が宗教にハマり、あげくの果てには雲がくれ。きまじめな建築士と職人たちが日々材木と格闘するも、遅れに遅れる工期、足りない予算―次々に迫る困難をくぐり抜け、理想の家を求めた女流小説家が描き出す痛快ノンフィクション。(「BOOK」データベースより)
◎すさまじい古民家の移築
家は人生最大の買い物だといわれます。29歳のときに、借家を探しに不動産屋へ行ったことがあります。案内の途中で不動産屋は「ちょっとウチの建築現場に寄らせてください」といって、新築中の現場に車を停めました。
東南の角地の家が、何とも魅力的でした。借家の手数料を渡して、「この家を買いたい」と告げました。家へ戻って家内に、「新築の家を買ってきた」と伝えました。もちろん烈火のごとく怒られました。
こんなしょぼい話ではなく、服部真澄『骨董市で家を買う』(中公文庫)は、すさまじい物語です。本書の入手は難しいでしょうが、興味があれば探してください。
「文庫で読む500+α」の「知・教養・古典ジャンル125+α」のリストを作成していて、大切な一冊を漏らしていたことに気づきました。それが今回取り上げる『骨董市で家を買う』です。
服部真澄はテビュー作『龍の契り』(新潮文庫、初出1995年)で注目を集めました。その後『鷲の驕り』(祥伝社文庫、初出1996年)『ディール・メイカー』(祥伝社文庫、初出1998年)と長編を連発しています。『龍の契り』は難解すぎて、途中で放棄していました。
それ以来、服部真澄は読んでいません。『骨董市で家を買う』は、タイトルのユニークさに魅せられ、ずっと以前に読みました。本稿はPHPメルマガ「ブックチェイス」に掲載されたものに、加筆修正しています。改稿にあたり再読しましたが、まっしぐらな執念がまた伝わってきました。
◎ノンフィクションを越えている
骨董市で、田舎の民家が売られていました。この作品はそれを買ってしまって、東京都品川区へ移築する話です。作品の中にふんだんに使われている写真から、これは実話と断言できます。
語り手は著者自身ではなく、夫になっています。夫の視点から妻の奮戦ぶりが語られていることで、作品に一種独特の味つけがなされています。もし一人称で書かれていたら、この作品はつまらないものになっていたと思います。
暴走する妻に対して、夫は呆れたりなだめたりを繰り返します。ユーモアあふれる文章と、夫のとぼけた味がマッチしています。これはノンフィクションを越えた、立派な文芸作品です。それほど、語り手を夫にしたことが、成功しています。書き出しが光っています。
――「骨董市に行こうと思うの」/カミさんがまた、突拍子もないことをいい出した。/週末である。休みである。ぼくは、できたら久しぶりに、ソファに寝そべって、読書でもしていたかった。ところが、あいつは、出かけようという。(本文より)
骨董市の開かれている平和島へ向かうモノレールの車中で、夫は妻に「何を買うの?」と質問します。返ってきた答えは「家」という短いものでした。作品はここから一気に動き出します。
まずは骨董市で、古民家の写真を物色します。そして実際に福井県まで出かけて行きます。購入・解体・移築と、著者が次第にのめりこむ様子が手にとるようにわかります。作品に登場する骨董屋・工務店・棟梁・建築家など、その道のプロの心意気もわかりやすく描かれています。
――古民家の材は・手斧で削ったために表面がでこぼこしていたり、材料自体が曲がっているものも多い。そのぶん、穴を空けるのでも、表面を合わせるのでも、複雑な計算と緻密な加工が必要で、いちいちが手間なのだ。/聞いているだけでも、目眩がしそうだった。野太い材料の山を目前にして、ぼくは、「これは、格闘技じゃないか! 」と、彼らの苦労を実感していた。(本文より)
予算がオーバーしはじめます。工期は延びに延びます。職人たちは手抜きをしません。著者も次第にのめりこみはじめます。鍛鉄(たんてつ)作家に直接依頼するくだりは圧巻です。
――「照明を……二点か三点。それに……建具の把手を、二組くらい作っていただきたいと思ってます」/どっしりとした無骨な家には、鉄の重い質感が合う、と、やつは考えていて、建具のいくつかに、鉄の把手をつけてみたいというのだ。(本文より)
本書について岸本葉子が著作で、次のように書いています。
――ほんとうに自分の好きな家を建てるには、かくも格闘技並みのエネルギーを要するとは、変わったプロジェクトにかかわる仕事師たちだから、登場人物も、やたら個性的。予想外の事件の連続で……と書くとなんだか小説のようだが、まさに息を継がせぬ展開なのだ。(岸本葉子『本がなくても生きていける』講談社文庫P51)
冒頭に書きましたが、家を建てるのは人生の最大のイベントです。あっさりと買い求めた服部家に巻き起こった惨劇を、笑いながら、ときには微笑ましく思いながら、ご堪能ください。
山本藤光1999.02.05初稿、2018.03.11改稿
「古民家売ります」骨董市でみつけた一枚の貼り紙。それがすべての発端だった…!? 怪しい骨董商のみちびきで、福井の廃屋に一目惚れした著者は、東京下町に移築を決意。しかし、肝心の骨董商が宗教にハマり、あげくの果てには雲がくれ。きまじめな建築士と職人たちが日々材木と格闘するも、遅れに遅れる工期、足りない予算―次々に迫る困難をくぐり抜け、理想の家を求めた女流小説家が描き出す痛快ノンフィクション。(「BOOK」データベースより)
◎すさまじい古民家の移築
家は人生最大の買い物だといわれます。29歳のときに、借家を探しに不動産屋へ行ったことがあります。案内の途中で不動産屋は「ちょっとウチの建築現場に寄らせてください」といって、新築中の現場に車を停めました。
東南の角地の家が、何とも魅力的でした。借家の手数料を渡して、「この家を買いたい」と告げました。家へ戻って家内に、「新築の家を買ってきた」と伝えました。もちろん烈火のごとく怒られました。
こんなしょぼい話ではなく、服部真澄『骨董市で家を買う』(中公文庫)は、すさまじい物語です。本書の入手は難しいでしょうが、興味があれば探してください。
「文庫で読む500+α」の「知・教養・古典ジャンル125+α」のリストを作成していて、大切な一冊を漏らしていたことに気づきました。それが今回取り上げる『骨董市で家を買う』です。
服部真澄はテビュー作『龍の契り』(新潮文庫、初出1995年)で注目を集めました。その後『鷲の驕り』(祥伝社文庫、初出1996年)『ディール・メイカー』(祥伝社文庫、初出1998年)と長編を連発しています。『龍の契り』は難解すぎて、途中で放棄していました。
それ以来、服部真澄は読んでいません。『骨董市で家を買う』は、タイトルのユニークさに魅せられ、ずっと以前に読みました。本稿はPHPメルマガ「ブックチェイス」に掲載されたものに、加筆修正しています。改稿にあたり再読しましたが、まっしぐらな執念がまた伝わってきました。
◎ノンフィクションを越えている
骨董市で、田舎の民家が売られていました。この作品はそれを買ってしまって、東京都品川区へ移築する話です。作品の中にふんだんに使われている写真から、これは実話と断言できます。
語り手は著者自身ではなく、夫になっています。夫の視点から妻の奮戦ぶりが語られていることで、作品に一種独特の味つけがなされています。もし一人称で書かれていたら、この作品はつまらないものになっていたと思います。
暴走する妻に対して、夫は呆れたりなだめたりを繰り返します。ユーモアあふれる文章と、夫のとぼけた味がマッチしています。これはノンフィクションを越えた、立派な文芸作品です。それほど、語り手を夫にしたことが、成功しています。書き出しが光っています。
――「骨董市に行こうと思うの」/カミさんがまた、突拍子もないことをいい出した。/週末である。休みである。ぼくは、できたら久しぶりに、ソファに寝そべって、読書でもしていたかった。ところが、あいつは、出かけようという。(本文より)
骨董市の開かれている平和島へ向かうモノレールの車中で、夫は妻に「何を買うの?」と質問します。返ってきた答えは「家」という短いものでした。作品はここから一気に動き出します。
まずは骨董市で、古民家の写真を物色します。そして実際に福井県まで出かけて行きます。購入・解体・移築と、著者が次第にのめりこむ様子が手にとるようにわかります。作品に登場する骨董屋・工務店・棟梁・建築家など、その道のプロの心意気もわかりやすく描かれています。
――古民家の材は・手斧で削ったために表面がでこぼこしていたり、材料自体が曲がっているものも多い。そのぶん、穴を空けるのでも、表面を合わせるのでも、複雑な計算と緻密な加工が必要で、いちいちが手間なのだ。/聞いているだけでも、目眩がしそうだった。野太い材料の山を目前にして、ぼくは、「これは、格闘技じゃないか! 」と、彼らの苦労を実感していた。(本文より)
予算がオーバーしはじめます。工期は延びに延びます。職人たちは手抜きをしません。著者も次第にのめりこみはじめます。鍛鉄(たんてつ)作家に直接依頼するくだりは圧巻です。
――「照明を……二点か三点。それに……建具の把手を、二組くらい作っていただきたいと思ってます」/どっしりとした無骨な家には、鉄の重い質感が合う、と、やつは考えていて、建具のいくつかに、鉄の把手をつけてみたいというのだ。(本文より)
本書について岸本葉子が著作で、次のように書いています。
――ほんとうに自分の好きな家を建てるには、かくも格闘技並みのエネルギーを要するとは、変わったプロジェクトにかかわる仕事師たちだから、登場人物も、やたら個性的。予想外の事件の連続で……と書くとなんだか小説のようだが、まさに息を継がせぬ展開なのだ。(岸本葉子『本がなくても生きていける』講談社文庫P51)
冒頭に書きましたが、家を建てるのは人生の最大のイベントです。あっさりと買い求めた服部家に巻き起こった惨劇を、笑いながら、ときには微笑ましく思いながら、ご堪能ください。
山本藤光1999.02.05初稿、2018.03.11改稿