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目取真俊『水滴』(文春文庫)

2018-03-08 | 書評「め」の国内著者
目取真俊『水滴』(文春文庫)

ある日、右足が腫れて水が噴き出した。夜ごとにそれを飲みにくる男達の正体は?──沖縄の過去と現在が交錯してゆく芥川賞受賞作(内容紹介より)

◎足の指から水滴

 芥川賞の発表があるまで、著者の名前は知りませんでした。目取真俊(めどるま・しゅん)は筆名で、本名は島袋正といいます。1960年生まれの沖縄の作家です。『水滴』(文春文庫)は九州芸術祭文学賞の受賞作で、「文学界」に転載されたものです。

『水滴』は3つの短編から構成されています。。表題作の「水滴」が、最も印象的でした。ある日、徳正(とくしょう)という老人の足の親指がはれあがり、そこから水滴が出るようになります。水は途切れることなく出続けます。原因はわかりません。

「老女たちの強い勧めで、評判の高いユタも頼んでみ」ましたし、診療所の医師にも診てもらいました。医師は大学病院での精密検査を勧めますが、妻のウシは「ならんど」と拒みます。

 やがて夜になると、その水滴を飲むために、毎夜、凄惨な姿の兵士の亡霊が現われるようになります。兵士たちは、徳正の五十年前の戦争仲間でした。徳正には同郷の戦友・石嶺にまつわる、忌まわしい過去がありました。

――夕方、水を汲みに出た徳正達を艦砲の至近弾が襲った。一緒にいた三名の女子学生達は即死状態だった。石嶺も破片で腹を裂かれ、どうにか動けるのは徳正だけだった。(本文より)

「夜になって壕の中が騒がしくなった。伝令から移動命令が伝えられ、動ける者は持てるだけの荷物を持って、南部に移動することを命じられ」たのです。徳正は水を求める石嶺たちを残して、壕から脱出しました。

◎ひとつの叫び

 この作品には、現在と過去が織りなす人間模様が鮮やかに描かれています。ルビまじりの方言による会話が、現実を色濃くしています。
 また沖縄という空間が、過去を切なく重々しいものにしています。舞台が沖縄以外だったなら、読み物としては色褪せたものになっていたと思います。清水良典は著作のなかで、私と同様の感想を書いていました。

――沖縄ならではの素材にかなり助けられているとはいえ、力量の高い、しかも企みに富んだ小説が出現したといえるだろう。(清水良典『最後の文芸時評』四谷ラウンドP278)
 
収載作「風音」は、特攻隊と頭蓋骨と火葬場の小道具に、現代的なワイドショーの取材が重なります。
「オキナワン・ブック・レヴュー」は、沖縄にまつわる架空の本の書評という体裁になっています。清水義範の二番煎じの感が、しないこともありません。沖縄について、著者はこう書いています。

――数百年にわたって抑圧されつづけてきた沖縄の人々の胸の奥に刻まれていた何かが共鳴し、ひとつの叫びを生んだのだ。

 その「叫び」を著者は(真の自由と平和を求めるもの)と付記しています。3作品ともに沖縄という舞台に限定されていますが、いずれも私が観念的に知っている沖縄そのものでした。
 目取真俊は、沖縄の過去と現在を描こうとしています。できるならもう少し違う切り口で、沖縄を表現してほしいと思いました。人間の体の一部が変形したり、人間そのものが何かに変身してしまう小説はたくさんあります。
 安部公房やカフカはもちろん、フィリップ・ロスの『乳房になった男』、H.F.セイントの『透明人間の告白』、「松浦理英子の『親指Pの修行時代』や姫野カオルコの『受難』などがそうです。

 ただ目取真俊の作品は暗く、重いのが特徴です。読後感は、爽やかではありません。著者は風化した小道具と沖縄を、ずっと引きずり続けるのでしょうか。
第117回芥川賞は、藤沢周か阿部和重が受賞すると推測していました。しかし目取真俊という骨太の新人に出会えて、また楽しみが増えました。
目取真の沖縄を離れた作品を、読んでみたいと思います。
 (山本藤光1997.10.05初稿。2018.03.08改稿)・※初校はPHP研究所「ブック・チェイス」に掲載しました。