031:液状化現象を起こしている
高校へ入学して最初の日曜日、恭二はプロ野球のデイゲームを観ていた。ファイターズの猛打が爆発し、一方的な展開になっている。店舗から父の大きな声が聞こえた。
「母さん、戸田さんがお立ちになるって」
鼻眼鏡で新聞を読んでいた母は、立ち上がりざま「戸田さんが引っ越すんだよ」と恭二に告げた。恭二も母のあとを追った。店舗には、戸田さん夫妻がいた。戸田さんは瀬口薬局の隣で、靴店を営んでいた。不景気で閉店するという話は聞いていた。
「寂しくなるわね。お店の借り手は見つかったの?」
母が尋ねた。
「貼り紙をしてあるので、瀬口さんのところへ問い合わせがくるかもしれません。その際はよろしくお願いします」
戸田さんはそういって頭を下げた。
戸田さん夫妻を見送って、居間に戻った母は大きなため息をついた。
「明日は我が身だね。また、シャッターがひとつ降りてしまった」
「戸田さん、どこへ引っ越すの?」
恭二が聞いた。
「釧路の息子さんのところだって。商いって自己責任でするものだけど、こうも町が寂れると、町の責任にもしたくなるわ」
「地方活性化予算を、あんなばかげたものに投入しちゃうんだから、情けないよ」
お茶を飲んで、父はそういい捨てて店舗へ消えた。居間には父の残した声が、どんよりとただよっていた。恭二はテレビを消して、父の言葉を胸のなかではんすうしている。この町は液状化現象を起こしている。傾いてゆく、瀬口薬局の映像が浮かんだ。
高校へ入学して最初の日曜日、恭二はプロ野球のデイゲームを観ていた。ファイターズの猛打が爆発し、一方的な展開になっている。店舗から父の大きな声が聞こえた。
「母さん、戸田さんがお立ちになるって」
鼻眼鏡で新聞を読んでいた母は、立ち上がりざま「戸田さんが引っ越すんだよ」と恭二に告げた。恭二も母のあとを追った。店舗には、戸田さん夫妻がいた。戸田さんは瀬口薬局の隣で、靴店を営んでいた。不景気で閉店するという話は聞いていた。
「寂しくなるわね。お店の借り手は見つかったの?」
母が尋ねた。
「貼り紙をしてあるので、瀬口さんのところへ問い合わせがくるかもしれません。その際はよろしくお願いします」
戸田さんはそういって頭を下げた。
戸田さん夫妻を見送って、居間に戻った母は大きなため息をついた。
「明日は我が身だね。また、シャッターがひとつ降りてしまった」
「戸田さん、どこへ引っ越すの?」
恭二が聞いた。
「釧路の息子さんのところだって。商いって自己責任でするものだけど、こうも町が寂れると、町の責任にもしたくなるわ」
「地方活性化予算を、あんなばかげたものに投入しちゃうんだから、情けないよ」
お茶を飲んで、父はそういい捨てて店舗へ消えた。居間には父の残した声が、どんよりとただよっていた。恭二はテレビを消して、父の言葉を胸のなかではんすうしている。この町は液状化現象を起こしている。傾いてゆく、瀬口薬局の映像が浮かんだ。