018:打ちこむべきもの
釧路から札幌までは、特急電車で四時間半。前後になっている指定席を回して、四人は向かい合わせに座っている。電車が発車する前に、詩織は赤いかばんからおにぎりを取り出し、みんなに配った。塩鮭の入ったおにぎりをほおばりながら、勇太は思い出したようにいう。
「おれたちの名前が載ったあの新聞、切り取ってお袋が神棚に置いた。無試験だったから、照れくさかったよ」
「あら、勇太は試験があった方がよかったの?」
理佐がまぜかえす。猪熊くんの呼称は勇太くんになり、いつの間にか勇太に変わっている。呼称の進化は恋の進度と、併走しているのかもしれない。恭二は、そんなことを考えていた。
「さっき塘路から乗った、あの美人は誰?」
ペットボトルのお茶を飲んでから、勇太は尋ねた。
「うちの兄貴の元カノ。今は働きながら、湖陵の定時制に通っているんだって」
「あの人のお兄さんは、今度標茶高校の一年になるんだよ。四年間働いて、高校進学を実現させたんだって」
「すごい人がいるんだね、何て名前?」
「お兄さんの名前は、聞かなかった。彼女の名前は、菅谷彩乃さん。うちの兄貴によろしく伝えてくれっていわれた」
車掌が検札にやってきた。一度途切れた話を、恭二はふたたび引き戻す。
「兄貴がいってたけど、ここ十年ほど北大へは誰も入っていない。だからうちの兄貴や理佐のお姉さんは、学校の希望の星なんだそうだ」
「理佐のお姉さん、顔がよくて、頭もいいって評判だよね」
詩織の言葉に理佐は一瞬笑みを浮かべ、すぐに眉間にしわを寄せた。
「そこまでは間違いないんだけど、一本気で猪突猛進タイプだから、いつもハラハラさせられている」
「理佐のお姉さんは新聞部だよね。私、新聞部に入ろうと思っている」
「新学期からは、部長になるっていっていた」
「わあ、すごい。恭二もやっぱり新聞部だね」
「おれはごめんだ。なんだか湿っぽくて暗い感じがするから、詩織一人で入ればいい」
「野球に代わるものを、早く見つけろよな。何か打ちこむべきものがなけりゃ、恭二は腐り果ててしまうから」
勇太がいった。これは本音である。恭二の怠け癖については、勇太がいちばんよく知っている。車内放送が、「間もなく札幌」と告げた。四人の気持ちを映したのか、車窓の風景が急に華やいだものになった。
釧路から札幌までは、特急電車で四時間半。前後になっている指定席を回して、四人は向かい合わせに座っている。電車が発車する前に、詩織は赤いかばんからおにぎりを取り出し、みんなに配った。塩鮭の入ったおにぎりをほおばりながら、勇太は思い出したようにいう。
「おれたちの名前が載ったあの新聞、切り取ってお袋が神棚に置いた。無試験だったから、照れくさかったよ」
「あら、勇太は試験があった方がよかったの?」
理佐がまぜかえす。猪熊くんの呼称は勇太くんになり、いつの間にか勇太に変わっている。呼称の進化は恋の進度と、併走しているのかもしれない。恭二は、そんなことを考えていた。
「さっき塘路から乗った、あの美人は誰?」
ペットボトルのお茶を飲んでから、勇太は尋ねた。
「うちの兄貴の元カノ。今は働きながら、湖陵の定時制に通っているんだって」
「あの人のお兄さんは、今度標茶高校の一年になるんだよ。四年間働いて、高校進学を実現させたんだって」
「すごい人がいるんだね、何て名前?」
「お兄さんの名前は、聞かなかった。彼女の名前は、菅谷彩乃さん。うちの兄貴によろしく伝えてくれっていわれた」
車掌が検札にやってきた。一度途切れた話を、恭二はふたたび引き戻す。
「兄貴がいってたけど、ここ十年ほど北大へは誰も入っていない。だからうちの兄貴や理佐のお姉さんは、学校の希望の星なんだそうだ」
「理佐のお姉さん、顔がよくて、頭もいいって評判だよね」
詩織の言葉に理佐は一瞬笑みを浮かべ、すぐに眉間にしわを寄せた。
「そこまでは間違いないんだけど、一本気で猪突猛進タイプだから、いつもハラハラさせられている」
「理佐のお姉さんは新聞部だよね。私、新聞部に入ろうと思っている」
「新学期からは、部長になるっていっていた」
「わあ、すごい。恭二もやっぱり新聞部だね」
「おれはごめんだ。なんだか湿っぽくて暗い感じがするから、詩織一人で入ればいい」
「野球に代わるものを、早く見つけろよな。何か打ちこむべきものがなけりゃ、恭二は腐り果ててしまうから」
勇太がいった。これは本音である。恭二の怠け癖については、勇太がいちばんよく知っている。車内放送が、「間もなく札幌」と告げた。四人の気持ちを映したのか、車窓の風景が急に華やいだものになった。