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桃谷方子『百合祭』(講談社文庫)

2018-03-04 | 書評「も」の国内著者
桃谷方子『百合祭』(講談社文庫)

乳房を手で包むようにしながら、柔らかく吸った。また、ちゅうちゅうと音が立った。彼は、乳首を舌でなぞりながら、腰巻の紐を解き始めた―。老女ばかりが住むアパートに八十を目前にした男性・三好さんが引っ越してきた。彼女たちは、魅力的な三好さんに惹かれていく。愛の争奪戦の行方はいったい―。(「BOOK」データベースより)

◎登場人物は高齢者だけ

桃谷方子(ももたに・ほうこ)は1955年札幌で生まれました。『百合祭』(講談社文庫)は桃谷方子の初著作です。「百合祭」は北海道新聞文学賞を受賞しています。桃谷方子作品で文庫化されているのは、本書だけです。ほかに『恋人襲撃』『青空』『馬男』(いずれも講談社)などの著書があります。

『百合祭』には、2つの作品が収載されています。表題作「百合祭」は秀逸です。同時収載の「赤富士」は、あまり評価ができませんでした。

『百合祭』の舞台は、札幌の「毬子アパート」です。毬子という姓の夫婦が経営しています。登場人物は、69歳から91歳までの老人ばかりです。亡くなった戸塚ネネの部屋に、三好輝治郎・79歳が入居してきます。波瀾万丈の物語の幕開けです。

宮野理恵さんは73歳。この作品の中心人物です。「毬子アパート」には20年間住んでいます。息子が家を購入し「お母さんの部屋」を用意しましたが、同居しようとは思っていません。病院からの帰り道に、荷物をつんだトラックから乱暴な声がかかります。

――「お婆ちゃん、毬子アパートって、どこにあるか知ってるかい」老人はすべて耳が遠いと決めてでもいるのか、耳を覆いたくなるほどの大声であった。(本文P10より)

宮野さんは、大声と馴れ馴れしい言葉遣いに憤慨します。すると助手席の奥のほうから声がします。

――「君、女性に対してそういう口の利き方は失礼だよ。『お婆ちゃん』じゃなくて、『奥さん』と呼ぶものだ」(本文P11より)

声の主は引っ越してきた、三好輝治郎のものでした。これが宮野さんと三好との出会いとなります。

宮野理恵さん以外の、「毬子アパート」の面々を紹介しなければなりません。現在は年老いた女性ばかり5人と大家さん夫妻が住んでいます。桃谷方子は、これらの人物をみごとに描き分けています。

大家の毬子徳蔵は80歳を過ぎて、近所のバーのママさんに恋慕しています。

奥さんは肥満体で77歳。
――毬子さんの奥さんは神社にある大木のような腰をソファに下ろすと、火でも吐く勢いで言い立てた。(本文P42より)

里山照子さんは69歳。住人のなかでは一番若い女性です。
――里山さんが笑みを作った。頬にえくぼができた。百四十センチそこそこの身長で搗きたての餅のようにたぶたぶと太っている。まだ六十九歳ではあるが、もともと色がしろくきめこまかい肌のせいか老いが年齢に重なっていない。(本文P54より)

横田レナさんは81歳。薄野でバアを経営していました。そのせいか社交的でおしゃれです。
――皺が寄っていても横田さんの大きな黒い瞳は、男性の意識を自分に向けさせるために必要な表現を熟知している。男性が寄せる関心こそが女にとっての勲章なのだと、決意じみた意志をその瞳は放射している。(本文P17より)

北川よしさんは、最年長の91歳。腰が曲がっています。男性の股間を握る、奇癖があります。
――子供が七人もいるのに誰一人として面倒を看てくれないのよ。それなのに猫を三匹も飼う余裕がどこにあるの。北川の婆さん、茶の湯だのお琴だの教えていたと言うけど、そんなことは昔の話でしょ。今は爪に火を灯すようにしなければ暮らしていけないありさまなのよ。(本文P42より)

並木敦子さんは76歳。新興宗教に入信しています。
――並木さんは贅肉が少しもない。百五十センチ近い細身のからだ自体が、生真面目を表現しているようだ。(本文P65より)

これだけならべただけで、圧倒されると思います。舞台は老人ホームではなく、毬子アパートです。三好輝治郎は、魅力的な男性です。長身で清潔。そしてなによりもフェミニストなのです。毬子アパートの住人たちは、三好輝治郎に魅せられます。

◎その最中に音がはじけた

住人たちの身だしなみが整いはじめ、化粧すらよみがえります。宮野さんも三好輝治郎の出現で、忘れかけていた熱い思いをとりもどします。三好輝治郎をめぐり、老いた女性が動きだします。己惚れ、妄想、嫉妬、執念と確執。著者は軽快なリズムで、それらを描きだします。老いとともに封印されていた、情念がはじけます。

宮野さん(73歳)と三好(79歳)のからみの場面はすさまじいものです。

――三好さんが宮野さんに覆い被さった。柔らかい性器が、宮野さんの性器に触れた。三好さんのそれは、まるで、猫の足の裏の肉球のような、搗き立ての鶯餅のような、優しい柔らか部分になっているに違いなさそうだ。いつまでも膨らむ兆しはなかった。(中略)宮野さんは、自分から足を心もち開いた。そこに、三好さんの性器を挟んだ。柔らかく締めた。(本文P90より)

その行為の最中に「ぱん」という、弾けるような音が聞こえます。仏壇に飾った百合の蕾が弾ける音でした。

『百合祭』はこれまでにだれも書かなかった、新しい世界の物語です。表題作「百合祭」は秀逸でしたが、同時収載の「赤富士」は、あまり評価ができません。タイトルに魅力がありません。ストーリーも感心しません。

主人公の小百合は中学2年生です。おかあさんとパパと鈴之助という犬と、平和に暮らしています。電話台の上には赤富士の額が飾られています。小百合はきれいな絵だけれど、どこか異様に思えて怖いと感じています。

そこへ「おとうさん」が舞い戻ってきます。6年近くも音信不通でした。静かで平穏な日常への闖入者。よくあるパターンです。パパとおとうさんがすったもんだして、仲裁に入ったおかあさんがはずみで倒れます。股間から血が流れます。「赤ちゃん、流れる」とおかあさんが叫びました。

著者は意図的に「赤」を演出したようです。おとうさんが携えてきたのは、しゅうまいの「赤い箱」、食卓のラム肉の赤身、そして最後は出血。評価できない作品についても、長々と書いてしまいました。

「百合祭」があまりにもすばらしかったため、反動で手厳しくなってしまったようです。『百合祭』は絶版文庫ですが、ぜひ探しだして読んでみてください。表題作だけ読むと、余韻はさわやかだと思います。
(山本藤光:2013.02.13初稿、2018.03.04改稿)

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