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森見登美彦『新釈走れメロス』(祥伝社文庫)

2018-03-04 | 書評「も」の国内著者
森見登美彦『新釈走れメロス』(祥伝社文庫)

あの名作が京都の街によみがえる!? 「真の友情」を示すため、古都を全力で逃走する21世紀の大学生(メロス)(「走れメロス」)。恋人の助言で書いた小説で一躍人気作家となった男の悲哀(「桜の森の満開の下」)。――馬鹿馬鹿しくも美しい、青春の求道者たちの行き着く末は? 誰もが一度は読んでいる名篇を、新世代を代表する大人気著者が、敬意を込めて全く新しく生まれかわらせた、日本一愉快な短編集。(文庫案内より)

◎角川文庫でも登場

森見登美彦は1979年に生まれ、京都大学農学部を卒業し、その後大学院で修士課程を修了しています。小説デビューは在学中(24歳)で、『太陽の塔』により日本ファンタジー・ノベル大賞を受賞しました。以降、『夜は短し歩けよ乙女』(2007)で山本周五郎賞、『ペンギン・ハイウェイ』(2010)で日本SF大賞し、今回取り上げる『新釈走れメロス』(祥伝社文庫)にいたります。

『新釈走れメロス』は2015年8月、角川文庫から再刊されました。そのあたりについて森見登美彦は、ブログ「この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ」のなかでつぎのように紹介しています。

――森見登美彦氏の『新釈走れメロス他四篇』が角川文庫の仲間入りをする。/八月二十五日頃から書店にならぶ予定である。/注意していただきたいが、この本は祥伝社の『新釈走れメロス他四篇』と内容的には同じであって、登美彦氏はほとんど何もしてない。懐手して奈良でゆらゆらしていたのみ。孫の仕送りを待つ、おジイさんの気持ちであった。

というわけで、ここでは先発権を尊重して、祥伝社文庫で紹介することにしました。

本書は次の作品を意識して書かれています。

中島敦『山月記』(新潮文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)
芥川龍之介『藪の中』(新潮文庫)
太宰治『走れメロス』
坂口安吾『桜の森の満開の下』(岩波文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)
森鷗外『百物語』(新潮文庫『山椒大夫/高瀬舟』所収)

◎パロディ?パスティーシュ?
 
直木賞受賞作家・中島京子のデビュー作は、『FUTON』(講談社文庫。500+α紹介作)という作品でした。文庫解説の斎藤美奈子は、この作品を「本歌取り」小説と形容しました。「本歌取り」とは、和歌などで用いられる用語です。ちなみに『FUTON』は、田山花袋の『蒲団』を作品にとりこんでいます。

森見登美彦『新釈・走れメロス』(祥伝社文庫)は、まさにそうしたはんちゅうの作品です。 

森見登美彦が好んで描くのは大学生であり、舞台は京都に限定されています。『新釈走れメロス』収載の5短編も、構図は従来の作品と変わりません。表題作「走れメロス」には「走れメロス逃走図」までが挿入されています。

森見登美彦『新釈走れメロス』は「本歌取り」というよりも、むしろ「パスティーシュ」としてくくるべきなのでしょう。パスティーシュの代表格は、清水義範(推薦作『蕎麦ときしめん』講談社文庫)です。「パスティーシュ」について、すこし説明をくわえておきたいと思います。

――パスティーシュ:他の作家の作品から借用されたイメージやモティーフ等を使って造り上げた作品。素材となる作品中の特定の要素に共感し、これに一貫して光を当てるような操作が行われる場合と、素材にはらまれていた矛盾や緊張を強調して作品を再構成する場合がある。F.ジェームソンは政治批判性のある<パロディ>に対して、無批判的な<パスティーシュ>をポスト・モダン文化に特有な芸術表現として提唱した。(「百科事典マイペディア」より)
 
『新釈走れメロス』は、「本歌取り」でも「パスティーシュ」でもない不思議な作品です。十分に堪能していただけると思います・
 
――京都吉田界隈にて、一部関係者のみに勇名を馳せる孤高の学生がいた。/その名を斎藤秀太郎という。

第1収載作「山月記」の冒頭は、引用のとおりです。5つの作品は独立していますが、微妙なつながりを示します。いつも感心するのですが、森見登美彦はばかばかしい話を紡ぎ出す天才だと思います。

ものがたりの説明は不要でしょう。原作を読んでいる人なら、怒り出すか笑い出すかのどちらかになります。大学11年生の斎藤秀太郎がやらかすハチャメチャをお楽しみください。
(山本藤光:2010.08.21初稿、2018.03.04改稿)

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