小山鉄郎『白川静さんに学ぶ・漢字は楽しい』(新潮文庫)
私たち日本人の生活になくてはならない漢字。毎日使っていながら、どうしてその形・意味になったのかは、なかなか知られていません。複雑で難しそうに見える世界には、一体何が隠されているのでしょうか?この本は、漢字学の第一人者白川静さんの文字学体系を基に、古代文字やイラストを使い、成り立ちをわかりやすく紹介します。学校とは全く違う楽しい漢字の授業の始まりです。(「BOOK」データベースより)
◎漢字は楽しい
若いときの実話です。新入社員を助手席に乗せて、彼の担当する病医院を案内していました。助手席の新入社員は、こんなことをいいました。「所長、札幌の駐車場はゲッキョクというところが独占しているのですね」
何をいっているのか、わかりませんでした。ゲッキョク。頭のなかで単語を転がしているうちに、思い当たりました。彼が見ている看板には「月極駐車場」とあったのです。
白川静『漢字百話』(中公新書)を読んでから、がぜん漢字の成り立ちに興味を持つようになりました。前記のエピソードを思い出しながら、楽しく1日1話を読みました。良書に触れると、興味の世界が広がります。しかし本書はちょっと難解かもしれません。
推薦作にすべきか迷っているとき、小山鉄郎『白川静さんに学ぶ・漢字は楽しい』(新潮文庫)を読みました。白川静の世界をみごとに再現しており、イラストも豊富です。そこで本書を推薦作とし、本家本を副読本にさせていただくことにします。
以下は白川道、小山鉄郎を読んで、漢字に興味をもってからの発見です。漢字は楽しい。ぜひトライしてみてください。
◎この漢字わかりますか
Q1:「非常に驚くことを、たまげるといいます。どんな漢字なのでしょうか」という問題に直面しました。まったく想像できません。まさか「玉蹴る」ではないだろうな、などと思いました。解答を知って、さらに驚きました。とんでもない漢字をあてはめるのです。
Q2:子はカスガイ。本を読んでいて、「カスガイ」はどんな漢字だろうかと考えました。戸をとざす金具。両者をつなぎとめるもの。意味は明瞭だけれど、漢字がわかりません。
こんなときにも、いきなり辞書に頼りません。まずは考えてみます。想像をめぐらすのです。金具だから、金偏だろうな。ここまでは、想像できます。でもわかりません。おもむろに辞書を引きます。
漢字を確認して、笑ってしまいました。カスガイ。子は夫婦をつなぐものと同時に、とんでもない意味があったのです。
Q3:エイエイオーの「オー」って何? その答えが司馬遼太郎『項羽と劉邦(上)』(新潮文庫)のなかにありました。
――楚人がおおぜい集まって気勢をあげるときは、いっせいに、一動作で、ひるがえるように右肩をぬぐ。まことに威勢がよかった。たとえば群集に向かって、「否(いな)か応(おう)か」というと、群集は「応」と、どよめき、いっせいに右肩方をぬぐのである。(本文P210)
普段何気なく用いていた「オー」という掛け声。「エイエイオー」の「オー」の正体をはじめて知りました。拒絶するのか、応じるのか。一致団結して戦うという意味が「応」だったのです。
白川道、小山鉄郎は、私に新しい楽しい世界を教えてくれました。
◎「産」を解読してみる
「産」という漢字の意味を、紹介させていただきます。むかしは一家に一冊あった「漢和辞典」は、ほとんど見かけなくなりました。暇つぶしに漢和辞典を眺めて過ごす人がいなくなったのでしょう。
「産」の字の部首は何か? おそらく多くの人は答えられないと思います。漢和辞典があっても、部首検索はできないことになります。
【ウイクショナリー】(ネット検索)
部首: 生 + 6 画、総画: 11画
異体字 : 產(旧字体、繁体字)、产(簡体字)
字源:(ウイクショナリーより)
「產」の略体。「產」は「文(模様)」 + 「厂(断崖、くっきりした)」+ 「生(うまれる)」の会意文字。「文」 + 「厂」→「产」で「はっきり際立った模様」を意味(「彦」「顔」の原字)。生命が誕生したことがはっきりする様。
【白川静『漢字百話』(中公新書)】
――人が生まれたときにも、やはりその額にしるしをつけて、邪霊の依り憑くのを祓った。転生の祖霊を迎えるためである。厂(ひたい)の上に文をしるし、下に生を加えた字は產(産)である。成年のときにも厂の上に文をしるし、下には文彩を示す彡(さん)を加えた。その字は彥(彦)である。その文身(補:入れ墨)を加えたものを顏(顔)という。(本文P16)
【小山鉄郎『白川静さんに学ぶ・漢字は楽しい』(新潮文庫)】
小山鉄郎は「産」の前に、「文」の説明からしています。
――「文章」といわれる言葉のうち、「章」の字のほうは、入れ墨をする針(辛)の先の部分に、墨だまりがある字形である。(中略)、「文」は、文身の形、そのままです。いくつかの古代文字の形を挙げておきましたが、これらは人の正面の形の胸部に「×」や「心」や「V」などの入れ墨を書き加えたものです。(本文P79)
そして「産」をつぎのように解説しています。
――旧字の「產」のほうを見てください。旧字は「文」と「厂」と「生」でできています。そして「文」は文身ですし、「厂」は額の形です。つまり生まれた子供の額に一般的に朱や墨で文身をかく儀式を「產」というのです。(本文P81)
小山鉄郎は白川静を敬愛し、やさしい解説本を書いてくれました。本書を読んでから白川静へ入ると、難解な記述の理解が進むと思います。漢字って楽しい。本当にそれを実感させてくれた小山鉄郎『白川静さんに学ぶ・漢字は楽しい』(新潮文庫)は、日本人ならぜひ読んでいただきたい1冊です。
◎追記(2017.10.24)
2007.10.19発信の「過・渦・蝸・禍・鍋」へはいまだに毎日アクセスがあります。こんなことを書いています。
(コピペはじめ)
過・渦・蝸・禍・鍋。これらの漢字の、部首右の形(つくり)は何だ。気になる。総画数9で、「咼」だけを調べてみた。「カ」「カイ」と読むらしい。
つくりが「咼」になっている漢字のいくつかは、すぐに思い浮かべられる。「過去」「渦(うず)」「蝸牛(かたつむり)」「禍根(かこん)」「鍋」など。
渦と蝸牛から類推すると、「咼」はおそらく、渦巻き模様の意味なのだろう。鍋も想像力があれば、なるほどと思える。沸騰するときにお湯が、何となく渦巻く感じがする。
では、「過ぎる」には、どんな意味があるのだろうか。どうしても、ぐるぐる巻きのイメージは浮かばない。禍根も過去に近いイメージである。
「咼」の形がついた漢字は、ほかにもあるのだろうか。これも浮かんでこない。「咼」って何だ?
(コピペおわり)
なんとも尻切れトンボの文章ではありませんか。疑問をそのままにするとは、あまりにも無責任といえます。そこで10年ぶりに調べてみました。
ネット検索をしました。「咼」という漢字を手書きして、検索することにしました。そして私が2007年に抱いた疑問に答えてくれているサイトに行きあたりました。「風船あられの漢字ブログ」
では、みごとに私の疑問に答えてくれていました。
約10年ぶりに、喉にささっていた魚の小骨が取れたような感じになりました。
ちょっと長いので、引用はできません。興味がある方は、訪ねてみてください。
「咼」のつく漢字は、たくさんありました。𠷏渦蝸𣄸緺鍋堝禍諣楇萵騧媧窩過。ちなみに「骨」という漢字も親戚のようです。というよりも、「咼」には骨の関節のような意味合いがあったのです。「風船あられの漢字ブログ」さん、ありがとうございます。勉強になりました。
(山本藤光:2016.06.09初稿、2018.02.22追記)
私たち日本人の生活になくてはならない漢字。毎日使っていながら、どうしてその形・意味になったのかは、なかなか知られていません。複雑で難しそうに見える世界には、一体何が隠されているのでしょうか?この本は、漢字学の第一人者白川静さんの文字学体系を基に、古代文字やイラストを使い、成り立ちをわかりやすく紹介します。学校とは全く違う楽しい漢字の授業の始まりです。(「BOOK」データベースより)
◎漢字は楽しい
若いときの実話です。新入社員を助手席に乗せて、彼の担当する病医院を案内していました。助手席の新入社員は、こんなことをいいました。「所長、札幌の駐車場はゲッキョクというところが独占しているのですね」
何をいっているのか、わかりませんでした。ゲッキョク。頭のなかで単語を転がしているうちに、思い当たりました。彼が見ている看板には「月極駐車場」とあったのです。
白川静『漢字百話』(中公新書)を読んでから、がぜん漢字の成り立ちに興味を持つようになりました。前記のエピソードを思い出しながら、楽しく1日1話を読みました。良書に触れると、興味の世界が広がります。しかし本書はちょっと難解かもしれません。
推薦作にすべきか迷っているとき、小山鉄郎『白川静さんに学ぶ・漢字は楽しい』(新潮文庫)を読みました。白川静の世界をみごとに再現しており、イラストも豊富です。そこで本書を推薦作とし、本家本を副読本にさせていただくことにします。
以下は白川道、小山鉄郎を読んで、漢字に興味をもってからの発見です。漢字は楽しい。ぜひトライしてみてください。
◎この漢字わかりますか
Q1:「非常に驚くことを、たまげるといいます。どんな漢字なのでしょうか」という問題に直面しました。まったく想像できません。まさか「玉蹴る」ではないだろうな、などと思いました。解答を知って、さらに驚きました。とんでもない漢字をあてはめるのです。
Q2:子はカスガイ。本を読んでいて、「カスガイ」はどんな漢字だろうかと考えました。戸をとざす金具。両者をつなぎとめるもの。意味は明瞭だけれど、漢字がわかりません。
こんなときにも、いきなり辞書に頼りません。まずは考えてみます。想像をめぐらすのです。金具だから、金偏だろうな。ここまでは、想像できます。でもわかりません。おもむろに辞書を引きます。
漢字を確認して、笑ってしまいました。カスガイ。子は夫婦をつなぐものと同時に、とんでもない意味があったのです。
Q3:エイエイオーの「オー」って何? その答えが司馬遼太郎『項羽と劉邦(上)』(新潮文庫)のなかにありました。
――楚人がおおぜい集まって気勢をあげるときは、いっせいに、一動作で、ひるがえるように右肩をぬぐ。まことに威勢がよかった。たとえば群集に向かって、「否(いな)か応(おう)か」というと、群集は「応」と、どよめき、いっせいに右肩方をぬぐのである。(本文P210)
普段何気なく用いていた「オー」という掛け声。「エイエイオー」の「オー」の正体をはじめて知りました。拒絶するのか、応じるのか。一致団結して戦うという意味が「応」だったのです。
白川道、小山鉄郎は、私に新しい楽しい世界を教えてくれました。
◎「産」を解読してみる
「産」という漢字の意味を、紹介させていただきます。むかしは一家に一冊あった「漢和辞典」は、ほとんど見かけなくなりました。暇つぶしに漢和辞典を眺めて過ごす人がいなくなったのでしょう。
「産」の字の部首は何か? おそらく多くの人は答えられないと思います。漢和辞典があっても、部首検索はできないことになります。
【ウイクショナリー】(ネット検索)
部首: 生 + 6 画、総画: 11画
異体字 : 產(旧字体、繁体字)、产(簡体字)
字源:(ウイクショナリーより)
「產」の略体。「產」は「文(模様)」 + 「厂(断崖、くっきりした)」+ 「生(うまれる)」の会意文字。「文」 + 「厂」→「产」で「はっきり際立った模様」を意味(「彦」「顔」の原字)。生命が誕生したことがはっきりする様。
【白川静『漢字百話』(中公新書)】
――人が生まれたときにも、やはりその額にしるしをつけて、邪霊の依り憑くのを祓った。転生の祖霊を迎えるためである。厂(ひたい)の上に文をしるし、下に生を加えた字は產(産)である。成年のときにも厂の上に文をしるし、下には文彩を示す彡(さん)を加えた。その字は彥(彦)である。その文身(補:入れ墨)を加えたものを顏(顔)という。(本文P16)
【小山鉄郎『白川静さんに学ぶ・漢字は楽しい』(新潮文庫)】
小山鉄郎は「産」の前に、「文」の説明からしています。
――「文章」といわれる言葉のうち、「章」の字のほうは、入れ墨をする針(辛)の先の部分に、墨だまりがある字形である。(中略)、「文」は、文身の形、そのままです。いくつかの古代文字の形を挙げておきましたが、これらは人の正面の形の胸部に「×」や「心」や「V」などの入れ墨を書き加えたものです。(本文P79)
そして「産」をつぎのように解説しています。
――旧字の「產」のほうを見てください。旧字は「文」と「厂」と「生」でできています。そして「文」は文身ですし、「厂」は額の形です。つまり生まれた子供の額に一般的に朱や墨で文身をかく儀式を「產」というのです。(本文P81)
小山鉄郎は白川静を敬愛し、やさしい解説本を書いてくれました。本書を読んでから白川静へ入ると、難解な記述の理解が進むと思います。漢字って楽しい。本当にそれを実感させてくれた小山鉄郎『白川静さんに学ぶ・漢字は楽しい』(新潮文庫)は、日本人ならぜひ読んでいただきたい1冊です。
◎追記(2017.10.24)
2007.10.19発信の「過・渦・蝸・禍・鍋」へはいまだに毎日アクセスがあります。こんなことを書いています。
(コピペはじめ)
過・渦・蝸・禍・鍋。これらの漢字の、部首右の形(つくり)は何だ。気になる。総画数9で、「咼」だけを調べてみた。「カ」「カイ」と読むらしい。
つくりが「咼」になっている漢字のいくつかは、すぐに思い浮かべられる。「過去」「渦(うず)」「蝸牛(かたつむり)」「禍根(かこん)」「鍋」など。
渦と蝸牛から類推すると、「咼」はおそらく、渦巻き模様の意味なのだろう。鍋も想像力があれば、なるほどと思える。沸騰するときにお湯が、何となく渦巻く感じがする。
では、「過ぎる」には、どんな意味があるのだろうか。どうしても、ぐるぐる巻きのイメージは浮かばない。禍根も過去に近いイメージである。
「咼」の形がついた漢字は、ほかにもあるのだろうか。これも浮かんでこない。「咼」って何だ?
(コピペおわり)
なんとも尻切れトンボの文章ではありませんか。疑問をそのままにするとは、あまりにも無責任といえます。そこで10年ぶりに調べてみました。
ネット検索をしました。「咼」という漢字を手書きして、検索することにしました。そして私が2007年に抱いた疑問に答えてくれているサイトに行きあたりました。「風船あられの漢字ブログ」
では、みごとに私の疑問に答えてくれていました。
約10年ぶりに、喉にささっていた魚の小骨が取れたような感じになりました。
ちょっと長いので、引用はできません。興味がある方は、訪ねてみてください。
「咼」のつく漢字は、たくさんありました。𠷏渦蝸𣄸緺鍋堝禍諣楇萵騧媧窩過。ちなみに「骨」という漢字も親戚のようです。というよりも、「咼」には骨の関節のような意味合いがあったのです。「風船あられの漢字ブログ」さん、ありがとうございます。勉強になりました。
(山本藤光:2016.06.09初稿、2018.02.22追記)
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