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トルストイ『戦争と平和』(全4巻、新潮文庫、工藤精一郎訳)

2018-02-06 | 書評「タ行」の海外著者
トルストイ『戦争と平和』(全4巻、新潮文庫、工藤精一郎訳)

19世紀初頭、ナポレオンのロシア侵入という歴史的大事件に際して発揮されたロシア人の民族性を、貴族社会と民衆のありさまを余すところなく描きつくすことを通して謳いあげた一大叙事詩。1805年アウステルリッツの会戦でフランス軍に打ち破られ、もどってきた平和な暮しのなかにも、きたるべき危機の予感がただようロシ社交界の雰囲気を描きだすところから物語の幕があがる。(「BOOK」データベースより)

◎W.S.モームも退屈な場面に辟易としていた

まったく予備知識がないままに読みました。第1巻には正直面食らいました。登場人物をすべて書きだすのが、私の読書スタイルです。あっという間に、ノートがおびただしいカタカナ名で埋まってしまいました。しかも同一だと思われる人物の呼称が、複雑に変化してくるのです。男爵、公爵、子爵、伯爵なる冠もわずらわしさに拍車をかけました。
 
というわけで、第1巻を読み終えたときに、呼吸を整えることにしました。大雑把なストーリーを知って、できるだけメインの人物の心象風景に集中しようと考えたのです。
 
マークしておかなければならない人物はつぎのとおりです。このリストをしおりがわりにはさみこんで読むと、ストーリー展開が理解できるようになりました。作品に登場する固有名詞は500人を超えるといいます。そのなかから選りすぐったのが、以下の5人です。
 
・アンドレイ・ボルコンスキー公爵
・マリヤ・ボルコンスカヤ(アンドレイの妹)
・ピエール・ベズーホフ伯爵(アンドレイの友)
・ニコライ・ロストフ
・ナターシャ・ロストフ(ニコライの妹)

時代背景については、ナポレオンのロシア遠征を勉強しなければ、理解できないことがわかり、断念してしまいました。勉強するには、あまりにも膨大な資料を読まなければならないからです。ポイントだけを整理しておきます
 
――1805年のアウステルリッツの戦い(ナポレオン軍がオーストリア・ロシア連合軍を破った戦い)の少し前から1812年のナポレオンによるロシア遠征とその失敗、さらに1815年のナポレオンの敗退後、数年経った1820年1月までを描いた壮大な大河小説である。(金森誠也『世界の名作50選』PHP文庫より)
 
 W.S.モームも『戦争と平和』を絶賛していますが、退屈な場面に辟易としていたようです。、
――わたくしが『戦争と平和』をとりあげるのを躊躇したのは、退屈に思える箇所がいくつかあるからである。戦争の場面があまりにもしばしば出てきて、しかもその一つひとつが微に入り細に入り語られていてうんざりするくらいであり(後略)。(W.S.モーム『世界文学読書案内』岩波文庫より)
 
 難渋していたのは、私だけではなかったのです。安心しました。そうした事情がありますので、今回は『戦争と平和』をこれから読む方に向けて発信させていただきます。

◎2極を振り子のように活写

『戦争と平和』は、全4編+エピローグからなりたっています。第1篇は、ロシア貴族の平和な社交場面が、実にていねいな筆致で書き連ねられています。しかしそこにも、戦争の予感が忍び寄ってきています。

アンドレイ(ボルコンスキー公爵)には、身重の妻・リーザがいます。社交好きの美しい妻の大好きな夜会を、アンドレイは退廃的なものと感じ辟易しています。また早まった自分の結婚を、後悔もしています。ある日アンドレイは友人のピエールに、そうした現状を訴えます。当時のロシアは、ナポレオンが率いるフランスと戦争中です。
 
アンドレイは、妻を父と妹のマリヤに預けて出征します。アンドレイは戦地で被弾し、生死の境をさまようことになります。そしてやがて回復して、故郷に戻ってきます。戻ってくると妻は産気づいており、男の子を出産して死んでしまいます。平和と戦争。生と死。
 
トルストイは叙情的な文章で、2極を振り子のように活写してゆきます。アンドレイは、自分の人生の終わりを実感します。彼は戦争で傷つき、妻をも失ってしまいます。ページをくくりながら読者は、戦争場面に圧倒され、戦争から離れた田舎でのアンドレイの悲惨さに、胸を痛めることになります。

ものがたりは、突然明るい舞台に引き戻されます。ロシアとフランスが講話条約を締結します。戦争から平和への幕開け。傷心のアンドレイは、ロストフ伯爵の令嬢・ナターシャを見そめます。2人は愛し合い、婚約します。しかしアンドレイが外遊中に、寂しさからナターシャは浮気をしてしまいます。
 
 婚約が破棄されたそのころ、ふたたびフランスとの戦争が再燃します。アンドレイは戦地で、またもや重症を負います。ロシア軍は撤退をつづけ、ついにモスクワをも侵略されようとしています。
 
負傷者が運びこまれるなかに、ナターシャは瀕死のアンドレイを見つけます。ナターシャは自分の罪をわびるものの、アンドレイは死んでしまいます。

いっぽうアンドレイの友人・ピエールは、ナポレオン暗殺の機をうかがっています。ピエールの妻・エレンは、乱れきった生活の果てに命を失ってしまいます。淫蕩の限りを尽くした妻・エレンを亡くしたピエールは、忘れかけていたナターシャへの愛を実感します。そのころアンドレイの妹・マリヤは、ナターシャの兄・ニコライと結婚します。
 
『戦争と平和』を読み終え、私は達成感に満たされました。トルストイが日本の作家に、大きな影響を与えた意味を実感しつつ、全巻を読み終えて虚脱感すらわきあがってきました。
(山本藤光:2013.08.27初稿、2018.02.06改稿)

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