山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

本谷有希子『異類婚姻譚』(講談社)

2018-02-25 | 書評「も」の国内著者
本谷有希子『異類婚姻譚』(講談社)

子供もなく職にも就かず、安楽な結婚生活を送る専業主婦の私は、ある日、自分の顔が夫の顔とそっくりになっていることに気付く。「俺は家では何も考えたくない男だ。」と宣言する夫は大量の揚げものづくりに熱中し、いつの間にか夫婦の輪郭が混じりあって…。「夫婦」という形式への違和を軽妙洒脱に描いた表題作ほか、自由奔放な想像力で日常を異化する、三島賞&大江賞作家の2年半ぶり最新刊! (「BOOK」データベースより)

◎実体験を血肉にして進化

本谷有希子の原点は、19歳でデビューした声優体験にあります。声優は、登場人物になりきらなければなりません。この「登場人物になりきる」というスタンスが、その後の小説作品にも大きな影響をあたえています。つまり本谷有希子作品は実体験のなかから生まれ、作者が登場人物になりきって書きあげられているのです。

簡単に本谷有希子の履歴を追いかけてみます。
1998年:声優デビュー
2000年:劇団本谷有希子旗揚げ
2005~2006年:ラジオ番組「本谷有希子のオールナイトニッポン」のパーソナリティ
2013年:入籍
2015年:長女出産
2016年:芥川賞受賞

本谷有希子の小説デビュー作「江利子と絶対」(「群像」2003年5月号)は、大いに話題を集めました。その後他の2作品と合わせて『江利子と絶対』(講談社、初出2003年)として刊行されました。「江利子と絶対」はひきこもりの少女が、あるきっかけで前向きになって立ち直る話です。この作品が話題になったのは、テンポのよい会話の妙でした。

当然だと思います。本谷有希子は声優としての評価よりも、自らてがけた台本の方が注目されていたのです。私は処女作から追っかけていますが、どの作品も会話だけ拾っても存分に楽しめます。さらにラジオ番組のパーソナリティを務めてからの作品の会話は、いっそう味わい深いものになります。まるで読者に語りかけてくるような、3Dの世界の会話に昇華されているのです。

そして出産を控えた本谷有希子は、PCでの創作を原稿用紙に変えます。胎児への悪影響を考えてのことです。これによって新たな世界を切り開いた、と本人も語っています。イメージや書きたいことを客観視できるようになったようです(「ウィキペディア」参照しました)。

作家・本谷有希子は実体験を血肉として、まだまだ進化の途上にあります。芥川賞受賞体験がいかなる進化につながるのか、楽しみでもあります。「週刊文集web」ページに、本谷有希子のインタビュー記事がありました。

――大好きな友部正人さんの詩集のように、作者の人柄がにじみ出ている作品を書きたいと思っていたんです。だから、サンちゃんの、物事を切実に考えていなかったり、まあいいかって済ませてしまう性格は私そのものですね(笑)。でもそういう書き方をすることで、力が抜けて、以前より作品の自由度は高くなっていると感じます。(「週刊文集web」より)

ここに至るまでの本谷作品を総括した文章が、芥川賞の選評にありました。紹介させていただきます。

――これまでの作品のお騒がせドラマクィーンが引っ掻き回す印象とうって変わって、何とも言えないおかしみと薄気味悪さと静かな哀しみのようなものが小説を魅力的にまとめ上げている。(山田詠美、芥川賞選評)

――男を不幸にし、自分も壊れてゆく独自の自爆キャラは今回は影を潜め、感情を平穏に保ちつつ、淡々と寓話的な語りで通してゆく。この脱力ぶりは新境地開拓かと期待したが、夫が芍薬に姿を変えてしまうオチに気持ちよく裏切られた。(島田雅彦。芥川賞選評)

◎3組のカップルの同衾

本谷有希子は『乱暴と待機』(ダ・ヴィンチ文庫)を紹介させていただくつもりでした。しかし芥川賞受賞作『異類婚姻譚』(講談社)の方が、はるかにまとまった作品でした。文庫化されていませんが、こちらを推薦作とさせていただきます。

辞書的に「異類」は、人間以外の動物を意味します。『異類婚姻譚』はその解釈を少し広げて、他人同士が結婚することを同類になる、という次元から書きおこされています。また表題の「婚姻」は結婚の法律用語ですので、解消するには法的な手続きが必要になります。

主人公のサンちゃんは、専業主婦になって4年目を迎えています。旦那はバツイチで、当初は働き者です。しかし家での旦那は、テレビのバラエティ番組ばかりをみつづけてダラダラしています。サンちゃんには、センタという弟がいます。彼には長いことハコネちゃんと同棲しています。つまり「婚姻」していないわけです。

サンちゃんは同じマンションに住む、老女キタエさんと親しくしています。キタエさんは飼いネコ・サンショが、おしっこをところかまわず垂れ流すことに悩んでいます。サンちゃんもネコを飼っています。ペットは異類ですが、家族同然の象徴として描かれています。

ある日サンちゃんは、自分の顔が旦那に似てきたことに気づきます。意識して観察すると、旦那の顔はふくわらいのように変形することがあります。旦那は前妻のシリメツレツなメールをきっかけに、顔だけではなく生き様にも変化をみせます。会社をズル休みするようになり、いつしか台所に立ち大量の揚げ物をするようになります。

平穏だった日常が、少しずつゆがんでいきます。一方キタエさんの悩みも深刻になっていきます。ネコのサンショが手に負えなくなってくるのです。サンちゃんはキタエさんの依頼で、サンショを山に捨てる手伝いをします。

そしてある日、旦那芍薬に変身してしまいます。サンちゃんはネコのサンショを捨てた山へ、芍薬になった旦那を植えにいきます。『異類婚姻譚』はそんな話なのですが、結末については賛否両論があります。私はこの変身譚を受け入れることができました。

異類が同類になるためには、相手に同化することが必然となります。弟のセンタとハコネは結婚せず同棲していますので、同類にはなりません。本谷有希子は3組のカップルを描き、夫婦とはなにかを問いかけます。本谷有希子自身の言葉を借りれば、本書はこんな話なのです。

――『異類婚姻譚』という小説の中で、人間ならざるものに変容していく夫をあっさり受け入れてしまう妻の話を書いた。(朝日新聞2016年2月6日)

3組のカップルの同衾を描いた『異類婚姻譚』は、川上弘美のデビュー当時(『蛇を踏む』『溺レる』ともに文春文庫)を思い出させてくれました。平穏な日常をキタエさんのネコが壊しました。サンちゃんの平穏な日常は、旦那の前妻のメールによりヒビがはいりました。そして旦那がいなくなったあと、サンちゃんには何事もなかったような日常が戻ってきました。強烈な、インパクトのある結末でした。
(山本藤光2016.03.04初稿、2018.02.24改稿)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿