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山本有三『路傍の石』(新潮文庫)

2018-03-07 | 書評「や行」の国内著者
山本有三『路傍の石』(新潮文庫)

極貧の家に生れた愛川吾一は、貧しさゆえに幼くして奉公に出される。やがて母親の死を期に、ただ一人上京した彼は、苦労の末、見習いを経て文選工となってゆく。厳しい境遇におかれながらも純真さを失わず、経済的にも精神的にも自立した人間になろうと努力する吾一少年のひたむきな姿。本書には、主人公吾一の青年期を躍動的に描いた六章を「路傍の石・付録」として併せ収める。(「BOOK」データベースより)

◎教養小説の代表作

山本有三『路傍の石』(新潮文庫)は、何度も中断を余儀なくされた未完の長編小説です。主人公の愛川吾一は小学生6年(旧・高等2年)で、中学への進学を夢見ています。彼は学業成績もよく、運動神経も抜群で、クラスでも人気者でした。

吾一の家は13代も続いた旧商家でしたが、明治維新とともに没落してしまいました。しかし父親の庄吾は気位の高い人で、損料目当てに訴訟を起こしたり、まともに働こうとはしませんでした。母親のおれんは、袋はりをしながら細々と生活を立てていました。

頭のよくない金持ちの級友たちが、中学への進学を決めます。ところが父親は、吾一の中学進学の夢を断ちます。近所のいなば屋の主人が、吾一の進学の援助を申し出ますが、父親は頑なに拒絶します。

そんなある日、仲間が集まって肝試しをすることになります。吾一は鉄橋の枕木につかまり、列車が通り過ぎるまで耐えて見せると宣言します。ところが吾一は失神してしまい、列車運行妨害で大きな事件となります。

吾一は、中学進学を決めた級友の家・呉服屋の伊勢屋に奉公に出されます。本書はこのあたりまでは、山本有三の自伝的な小説となっています。しかしこれ以降はドイツの教養小説の影響を受けた、完全な山本有三の創作となります。その点については、新潮文庫の解説で、高橋健二が触れています。ここでは触れません。

◎大人たちの弁舌ぶり

『路傍の石』には、途中で「ペンを折る」という章がはさまれています。その点について、斎藤美奈子は次のように書いています。

――いま読んでもおもしろいのは吾一を取り巻く大人たちの弁舌家ぶりである。自由民権運動あがりで口だけは達者だが生活力ゼロの横暴な父。小学校の担任で文士志望の次野先生。文選工仲間で社会主義者の得次。彼らがまー自らの人生論や国家論を語る語る。この国家論の部分が当局の検閲にひっかかったのは想像にかたくない。(斎藤美奈子『名作うしろ読み』中央公論新社)

呉服屋の丁稚になった吾一は、「五助」という名前をつけられます。つらく絶望的な奉公の日が続きます。そんななかで、突然母親が死亡します。上京している父親は、葬式にも顔を出しません。

東京へ行って人生をやり直そう。そう決心した吾一は、着の身着のままで上京します。父の住まいを訪ねますが、行方知れずになっていました。ここから先については、触れないでおきます。

本書には貧困のなか、時代の荒波にもまれながら、吾一が成長していく過程が描かれています。印刷工場で働き始めた吾一。そして父親との再会。物語は未完のままになっていますが、日本の近代文学のなかでは大切な作品だと思います。
(山本藤光:2013.12.11初稿、2018.03.07改稿)

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