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H・G・ウェルズ『タイム・マシン』(創元SF文庫、阿部知二訳)

2018-03-08 | 書評「ア行」の海外著者
H・G・ウェルズ『タイム・マシン』(創元SF文庫、阿部知二訳)

推理小説におけるコナン・ドイルと並んで二十世紀前半のイギリスで活躍したウェルズは、サイエンス・フィクションの巨人である。現在SFのテーマとアイディアの基本的なパターンは、大部分が彼の創意になるものといえる。(本書案内)

◎第3章から読めばいい

チャベックの「ロボット」と並び、H・G・ウェルズは「タイム・マシン」という言葉を発明しました。いずれも偉大なる発明だと思います。私はH・G・ウェルズ『タイム・マシン』を4種類の訳文で読んでいます。宇野利泰訳(ハヤカワ文庫SF)、橋本槇矩訳(岩波文庫)、阿部知二訳(創元SF文庫)、そして眉村卓・文(『痛快世界の冒険文学』講談社)です。

どれも最初の方が難解で、辟易しました。ムリもありません。言葉すら存在していなかったモノを、説明しているのですから。ところが眉村卓・文だけは、違いました。眉村卓は『痛快世界の冒険文学 タイム・マシン』の「あとがき」で次のように書いています。

――何人もの若い人から、ここ(註:書きだしのこと)でつまずいて読むのをやめた、と聞いていたぼくは、読みやすい書き方は、と、くふうしてみました。

眉村卓は著作に「はじめに」という章を挿入しました。そしてこんな風に、読者に語りかけています。

――あらかじめ申しあげておくけれども、この話のはじめのほう、つまり、タイム・トラベラーが、「次元」とか「時間航行」とかについて語るくだりは、かなりややこしい。読者のなかには、うるさいりくつはきらいだという人もいるだろう。そんな方は、まず、タイム・トラベラーがふしぎな冒険談をはじめるあたり(つまり、第三章あたり)から、お読みになればいい。

語り手は「わたし」。ある科学者の家に仲間と招かれます。科学者はタイム・マシンを発明したといい、実際に模型のそれを目の前で消してみせます。「わたし」は現実を受け入れられず、半信半疑のまま帰宅します。

翌週ふたたび訪ねた「わたし」と仲間は、ボロボロの衣服を着た科学者と遭遇します。彼は80万年後の世界に行ってきたと説明します。

◎80万年後の世界

未来世界に、タイム・マシンが到着します。そこには大理石でできた、スフインクスのような建物がありました。身長120センチほどのひ弱な男が近づいてきます。タイム・トラベラーは男の家に招かれ、食事を供せられます。彼らは菜食主義者らしく、自らの民族を「エロイ」と告げました。

エロイは資本主義のなれのはてのような種族で、仕事はしていません。知能もあまり発達していませんので、創造的な作業もしていません。

未来世界には、もう1種の民族がいることがわかります。出自は労働者階級の「モーロック」という民族です。彼らは地下に住み、視力が低下しています。彼らはエロイを食料としています。

タイム・マシンは、モーロック族により強奪されます。ここから先は、ふれない方がいいと思います。タイム・トラベラーの長い話を聞いた「わたし」たちは、やはり半信半疑でした。そんな彼らに、タイム・トラベラーはポケットにあった未知の花を示します。

証拠として示した一輪の花については、ボルヘスが「コールリッジの花」(『ボルヘス・エッセイ集』平凡社ライブラリー、木村栄一訳、P124)のなかで考察を示しています。このあたりについて、
ハヤカワ文庫の訳者(宇野利泰)「あとがき」でも触れられています。

――もしも誰かが夢のなかでパラダイスを歩き、そこで、かれの魂がほんとうにパラダイスに来たことを証明する記念品として、一輪の花をもらい、しかも目が覚めたあとでその花を手のなかに見つけたとしたら。

進化のあとには退化が訪れる。H・G・ウェルズは、そんなメッセージをタイム・マシンに搭載したのだと思います。そのあたりについて、眉村卓は次のように書いています。

――「十九世紀末のような資本家と労働者の関係がずっとつづけば、人間はどうなるか」ということと、「科学技術が進めば世界はどうなるか」ということが、ウェルズの予想をもとにえがかれているわけです。(眉村卓『痛快世界の冒険文学 タイム・マシン』「あとがき」より)

タイム・マシンは、離陸時は少し耳鳴りがします。しかし、その後は快適な飛行でした。
(山本藤光:2011.09.11初稿、2018.03.08改稿)

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