山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

山崎ナオコーラ『人のセックスを笑うな』(河出文庫)

2018-03-01 | 書評「や行」の国内著者
山崎ナオコーラ『人のセックスを笑うな』(河出文庫)

19歳のオレと39歳のユリ。恋とも愛ともつかぬいとしさが、オレを駆り立てた——「思わず嫉妬したくなる程の才能」と選考委員に絶賛された、せつなさ100%の恋愛小説。第四一回文藝賞受賞作(内容紹介より)

◎ストレートでフラット

山崎ナオコーラは本名の山崎直子を、大好きなダイエットコーラになぞらえた、人を食ったようなペンネームです。そして文藝賞に輝いた『人のセックスを笑うな』(河出文庫)も、あんたに笑う資格があるのかという、挑発的なタイトルです。恋愛はごく個人的なものであり、他人がとやかくいうべきではない。これが著者の真意なのは、本書を読めばわかります。タイトルはちょっと力みすぎていますが、ユニークさを評価したいと思います。

筆名とタイトルとで軽い作家と思われがちですが、村田紗耶香と並ぶ期待の新鋭なのです。2016年下半期の芥川賞は、4回目の候補でした。今回も逃しましたが、今いちばん芥川賞に近い作家と断言できます。

山崎ナオコーラは、発表作にばらつきがあります。芥川賞候補には、2004年『人のセックスを笑うな』(河出文庫)、2008年『カツラ美容院別室』(河出文庫)、2011『ニキの屈辱』(河出書房新社)、そして2016年『美しい距離』(文藝春秋)と、4、5年おきに名を連ねています。

山崎ナオコーラ作品の多くは、2人の関係が縮んだり伸びたりするさまを描いています。近作『美しい距離』は、癌に冒された妻とそれに寄り添う夫の話です。『ニキの屈辱』は、雇い主と使用人の話です。そしてデビュー作『人のセックスを笑うな』は、美術専門学校男子学生と女性講師との話となっています。

本書の読みどころについて、書かれた文章があります。2つだけ紹介させていただきます。

――ホントに若い女性が書いたのか、と一瞬疑われるくらい、語り口はいまどきの若い男の子のものとして違和感がなく、どこにでも転がっていそうなストレートでフラットな会話、何気ない生活の描写の中に、なぜか風が吹きわたっていくようなやさしさと淋しさの入りまじる気配のようなものが、そこはかとないユーモアをまじえながら漂っている。(丸谷才一・池澤夏樹『分厚い本と熱い本』毎日新聞社P9-10)

――短めの文章で、余計なことは書かず、小気味よい。読者は、シンプルに起こったことを次々にスケッチしていく文体によって、想像力を掻きたてられる。つまり、わかるようなわからないようなところで寸止めされ、歯がゆい思いをさせられながら、こういうもんだと納得してしまう。そんな小説だ。(佐藤勝・監修『新時代作家ファイル100』明治書院P195)

◎お礼はたくあん

主人公の「オレ」(磯貝みるめ)は、美術専門学校に通う19歳。
彼は同校の講師である猪熊サユリから、「私、君のこと好きなんだよ。知ってた?」と告白されます。彼女は「ユリちゃん」と呼ばれている、間もなく40歳になろうという既婚者です。彼女は口紅をちょこっとぬるだけで、まったく化粧気のない太っちょです。学校では生徒から人気があり、飲み会にもよく誘われます。

20歳も離れた2人は、「好きなんだよ」というアルコール混じりの告白で、たちまち進展してしまいます。遠くにあった2人が接近しますが、ぎらぎらした関係にはなりません。山崎ナオコーラは、短い文章と会話を用いて、炭火に火種ができるような頼りなさで、恋の進行を表現して見せます。

ある日ユリちゃんは、「オレ」に絵のモデルになってもらいたいとお願いします。アトリエと呼ばれているユリちゃんのアパートへ、「オレ」は何度か足を運びます。しかし2人の関係は、タイトルに暗示されるようにはなりません。そしてやがて、その日を迎えます。ユリちゃんは、モデルのお礼だといってたくわんを渡します。また「オヤジの履くようなくつ下」をプレゼントしたりします。

こうした笑いたくなるユリちゃんのセンスは、本書の随所に出てきます。料理にも化粧にも衣装にも無頓着な、ユリちゃんの背後には物語に登場していないダンナの存在があります。ダンナは小説の最後に、「オレ」と遭遇します。

「オレ」が2度目に、ユリちゃんの自宅を訪問したとき、ダンナと初めて鉢合わせをします。1度はダンナが不在時に、2人で年越しをしています。3人は何事もないように、いっしょに食事をします。ダンナはとてつもなく、かわいいタイプの男でした。

山崎ナオコーラに『かわいい夫』(夏葉社)という結婚エッセイ集があります。みつはしちかこのカバー装画もいいのですが、まるでユリちゃんのダンナ・猪熊さんと重なるような「かわいいい夫」が描かれています。

そしてユリちゃんは、突然学校を辞めてしまいます。それ以来、2人は会うことがありません。別れてから電話でのやりとりはありますが、『人のセックスを笑うな』はあっけない幕切れで物語を閉じてしまいます。

山崎ナオコーラは、炭火がおこるまでをたんねんに描き、一挙に水をかけてしまいました。なんだこれ、という読者もいるかもしれません。しかし山崎ナオコーラが選んだ物語は、線香花火のような世界だったのです。大いに才能を感じさせてくれた、ピュアな物語は映画になっているようですが、ぜひ活字でご堪能ください。
(山本藤光:2010.10.10初稿。2018.03.01改稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿