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80ばあちゃんの戯言

聞いてほしくて

百分de名著(論語4)

2011-06-02 19:12:38 | 教育
論語の最終回です。 〔信念を持ち逆境を乗り越えよう)

ゲストは ゛そうか 君は課長になったのか" の著者 佐々木常夫さん

で佐々木さんのお母様は論語がお好きで、子供たちに論語で教育をされて

いたという。

孔子は逆境の人だった。順風満帆だと水面は見えても百尺下の流れは

わからない。彼が苦労してくれたお蔭で色々の名言が残っている。

孔子は50代半ばで、国を追われ、14年間も放浪しやっと60代で

故郷に帰った後も親しい人々の死にあった。

まづ、最愛の息子に先立たれ、又、愛弟子、顔回と、子路も亡くなって

しまった。


孔子は宋の国では迫害を受け、軍務大臣桓魋(かんたい)に襲われた時に


    ” 天、徳を予〔わ)れに生(な)せり。 

     桓魋(かんたい)其れ予(わ)れを如何。”

世の中には正しいことをしていれば神様が助けてくれるというような

天恵派と、人間に罰を与えるものだという天罰派とあるが、孔子は若い

頃から天に対する強い信念を持っていた天恵派であったので、

  ”天は道徳的な政治を世に広める役目を私に与えてくれた。

   それを桓魋如きに殺せる訳がない。”

と言ったそうである。

 さてゲストの佐々木常夫さんは40代の頃奥様が自殺しようとする

くらいの重度の鬱病になり、子供さんも障害児で生まれたので、仕事と

家事と、大変な育児をしなければならなくなった。

 其のときにお母様の”運命を引き受けよう”という言葉を思い出され

た。

ご自分が一番愛された奥様と子供さんの運命を真正面からちゃんと

見据えようと思われたという。

佐久先生は孔子は其のあたりを

 "人間に乗り越えられない運命はない”と言っているといわれているが、

エピソードとして次の様な話がある。


 孔子の愛する弟子の冉伯牛(ぜんはくぎゅう)が病の床に就いたときに

見舞った孔子は

 これ亡(な)からん  命なるかな 

 斯(こ)の人にして 斯の疾(やまい)あること

 斯の人にして 斯の疾あること 〔繰り返し)


 冉伯牛は大変徳の高い人であって、当然健康にも気を使っていたと思う

 が、病気になってしまった時に、孔子は見舞って言った。

 "少なくともこれは天罰なんかではない。これはお前に与えられた試練で

 必ず乗り切れる。天は必ず乗り切れるだけの試練を与えるのだと言われ

 た。


 司会者の佐々木さんに対する質問で、

 ”今の論語の言葉はわかりますか?”との問いに


神様は私に試練をおあたえになっているのか、いたづらしておられる

 のではないか、来月になったらどこかへ 行っちゃうのではないか、

 来年になったらキットいい日が来ると考えておられたそうである。

 

 ・心が折れそうになった時どうしたらいいか

 
 ”もし、私が重い病気になったりしたときにどのようにして乗り越えた

 らいいのでしょうか?という質問に対して佐久先生は



 孔子には多くの弟子がいたので、放浪していた際に食料がなくなって

弟子たちが立つこともできなくなったときに、子路が聞いた。

 ”修行を積んだ君子でも困ることがあるのですか?”

 其れに対して、孔子は

 
 "君子 固(もと)より窮す。

 小人 窮すれば 斯(ここ)に濫(みだる)



 どんな立派な人間であろうとも困難に陥ることはあるが、困難にな

 ればなるほど、 泰然自若としているが、小人はあわてふためく。

 いざとなればできるさという人もあるが、普段からやっていなければ

 できない。

佐々木さんのお話。

 普通の人はおいしいものを食べたり、旅行などしたときに幸せだと言っ

 たりするが、自分は何もなかった時、平凡な日に幸せを感じていた。

 
 佐々木さんは自己実現要求がお強くて、仕事に対する評価が出るのが

 励みになった。仕事の効率を上げるアイデアをいろいろ出されたり、

 ご自分で作った工場や、システムをいろいろ作られたり、お仕事が

 お好きで楽しんでやられたので、社長にまでなられた ということで、

 仕事が支えになったという。

 佐々木さんのお好きな言葉は、 孔子の論語に、

 
  ”これを知るものは、其れを好むものに如かず。

   これを好むものは これを楽しむ者に如かず。”

  ”是を知るものは好むものには及ばない。

  是を好むものは楽しむものには及ばない。”という意。


 佐々木さんは孔子の心の支えはきっと学問の面白さとか弟子たちに

教える情熱だったろうという。

 

 ”日本は今震災で大変なときですが、論語の中で支えになる言葉と

 いえば、佐々木さんはどんな言葉を選ばれますか?”との司会者の

 問いに

 "恕”(じょ)(おもいやり)という言葉を上げられました。

 "恕という言葉は大変重たい言葉で、人間が幸せになるにはこの

 言葉が必要じゃないかといわれました。





 佐久さんの論語からのお言葉。

  ”徳は弧〔こ〕ならず。 必ず隣あり。)  

〔注。隣は昔の字で偏が反対であったようだが、PCで出せなかった。)

 徳のある人は思い悩み、それでも日々向上している人間。

 逆境になると、人間、自暴自棄になりがちだけれど、其れをこら

 えて踏ん張っていれば、必ず助けがあると。

 孔子は逆境でもいろいろと頑張ってきたので、今でもみんなに読み

 つがれている。

 

佐久先生は孔子の教えは現代的であり、ある意味では近代的でもある。

若い人は説教くさいなどといわずに暇のあるときにぱらぱらと読んでみて、

自分の気づいたことを一つでも二つでもお覚えておく。一回で判ったと

いうのではなく、又読み返すと、昔読んだときにつまらないと思ったこと

でも、深い意味がわかったりする。

結局論語を繰り返し読むことによって、自分の成長や堕落がわかる。


佐々木さんは論語の魅力を

 ”論語にはいろいろな言葉があって、いろいろ解釈できて、その時に

 よって自分の感じが違う。

 なかなか含蓄のある奥深いものだなあと感じる。”と仰っている。

佐久先生は

 "西洋の哲学は ”善か、悪か”コインの裏表の世界なんですよ。

 ところが東洋の思想はじゃんけんの世界だ。

 じゃんけんでは石が出ても勝つとは限らない。ですからね。そう

 いう感覚で読むと判るんですよ。コインの裏表で読むとなーんだ。

 矛盾していることを言っているなと思って判らなくなる。

 でもこれから21世紀にはコインの世界ではなくてジャンケンポン

 で読んでいただくと判ると思います。”ということでした。

 

 



 
 

百分de名著〔論語3)

2011-05-30 19:44:08 | 教育
孔子のリーダー論

 孔子は誰でもリーダーになれると言っているが、それでは、リーダーに

求められる資質は何かといえば、次の

 1)正義感

 2)平等の尊重

 3)仁

 であり、プラス思考で考えて人を動かすリーダーでなければならないが、

人の先頭にたって人を導くのがリーダーであり、それを君子というと。


近頃台湾のコンビニなどの書いてある言葉 "君子請自重”、中国では 

"君子自重”というのは、ジェントルマンたれという万引き防止の標語だ

とか。


明治時代、私は自分の一生を論語で貫いてみせるといったのは渋沢栄一氏

で40歳の時、人造肥料会社を始めたが、すぐに火災にあったりし

て不幸が続き、うまくいかなくなって、友達はだんだん手を引いていった

が、彼だけはどんなに苦しくてもその事業を続けていって、ついに成功さ

せたということだが、後年80歳の時に彼は講演会で再建の力になったのは

論語の孟子反の言葉であったと話した。

孟子反というのは、強国が攻めてきて、自分たちの軍隊が逃げるときにしん

がりを勤めながら防戦し、味方を逃がして、助けたのだが、後で彼は

”何、自分の馬が早く駆けるのを嫌がったためだ”と謙遜して言ったそうで、

最後まで責任を取るのでなければ真の名事業家とは言えないと渋沢栄一氏は

話されたとか。

 リーダーに求められる資質とは詳しく言うと

1)正義感

  誰でも正義とは何かを知っているけれども、それを知っている

  だけでは駄目で実行力が伴わなければならないし、責任感や正しいこと

  をやる勇気もなければならない。

  "義を見て為(せ)ざるは勇なきなり。”

 2〕平等

  君子は周して比せず。 小人は比して周せず。

  よいリーダーはみなを平等に見て公正に扱ってくれるが、小人物は、

  おべんちゃらを言うものや贈り物をする人物をよい位置につけたり

  する。君子は平等でなければならない。

 3)仁

  孔子が大事にしていた馬がいたが、孔子が宮廷に出かけた留守に

 馬小屋が火災で焼けて馬が死んでしまったが、孔子は

 "人を傷(そこな)えりや?  馬を問わず”と、働いてくれていた人

 の安否を気遣い、大事にしていた馬の事は一言も言わなかったという。

 

 古典落語に"馬屋火事”という話しがあるが、昔の庶民はよく論語を読み

 こなしていたという。


 リーダーになるための自分の磨き方

 1)自分を見限らない

  力足らざるものは中道にして廃す。
  
  今、女(なんじ)は画(かぎ)れり。

  これは力足らずでリーダーなんかとても駄目だよと言っている人に

  力が足りないならやるだけやってぶっ倒れろと孔子はいっている。

  自分自身を途中で見限ってはいけない。 自分自身に思いやりを

  かけて先へ進めて行かなければいけない。


 2)子貢という弟子が

  ”貧して諂(へつら)うことなく、富みて驕ること無きは如何?”と

  〔貧しくてもへんに卑下したりせず、お金持ちでも威張ったりしないの

   は仁といえるのですか?)と、問いかけたのに対して、孔子は
 
  ”未だ貧にして道を楽しみ、富みて礼を好むものには若〔し)かず。”

  ”まあまあ いいなあ。〔否定はせず)でも貧しくても貧乏を苦に

  せず、お金があっても礼をきちんと守るものには及ばないなあと言っ

  ている。

 何かを否定するよりもプラス思考で考えて切磋琢磨することをせよと

  言う。

 3)君子は人の美を成す。人の悪を成さず。

  よい上司というものは人のよいところを見つけて褒めるが、そうで

  ないものは欠点ばかりを見つけて駄目にしてしまう。

  まづ自分のよいところを見つけてこれを伸ばすように訓練すること。

  そうすれば人のよいところも見つけられて伸ばせるようになり、

  仕事がうまくいき、自分が望まなくても、リーダーに押されるよう

  になる。


 論語の中には危機の中のリーダーのあり方を書いたことばがある。

孔子の故郷であった魯と言う国の王様が、乱世の中で国を治める為に

国王が人々の心情にどのように配慮したらいいかという父の教えを

書きとめた言葉で

 君子不施其親 不使大臣怨乎不以、 故舊無大故則不棄也

 無求備於一人 という言葉があるが、其の最後の言葉に、

 ”備わるを一人に求むる事なかれ”というのがある。

 できの悪い上司は部下を万能ロボットのように扱うが、過剰に期待

 してはいけない ということである。

 部下もリーダーに対して過剰な期待をしてはいけない。何かあるときに

 他人任せにしていると、あいつがいけないということになる。自分が

 おろそかになる。同時に自分に対しても過剰な期待をしてはいけない。

 自分が万能だと思ってしまうと仕事をあちこち引き受けてしまって、

 ついつい病気になってしまったりする。特に日本人はまじめだから

 いい加減ぐらいがちょうどよい。 もともとよい加減という言葉が

 いい加減になったそうである。 中庸がいいということだが、これ

 が難しい。

あんまり自分に期待しすぎると他人にも過剰に期待する。してくれないと、

あいつはどうのこうのということになる。

 親子喧嘩もそうである。遺伝だから期待しても無理だと言っても、ます

ます期待する。 子供は子供で、親は何でもやってくれると思うので、し

てくれないとおかしいということになる。人間誰でもよいところと悪い

ところがあるのであまり期待しすぎてはいけないということである。

 福沢諭吉先生の言葉 ”一身独立して、国家独立す”は2500年後の

 孔子の言葉といえる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 以上が NHK テレビでの佐久 協先生の孔子の論語のお講義の

 内容であるが、これをご紹介しながら、なんだか菅降ろしに躍起に

 なっている先生方にも論語を読んでいただきたくてたまらなくなった。

  

百分de名著(論語2)

2011-05-26 17:49:58 | 教育
孔子は60歳後半から74歳まで私塾を開いて3千人の弟子を教えた

そうである。もっとも中国では3と言う数字は多数という意味を持っ

ているのだそうで、きっちり3千人というわけではないらしい。

゛孔門十哲”と呼ばれた10人の高弟がいたそうで、その一人子貢と

いう商才に長けた弟子が、孔子の塾を経済的に支えていたようである。

 ”束脩(そくしゅう)を行うよりは吾未だ嘗(かつ)て誨(おし)

 うること無くんばあらず。”

束脩という干し肉の束のような粗末なものでも持ってきて学問に対す

る意欲がある人で礼節ある人には誰にでも分け隔てなく弟子として教

えたという。

地方から職を求めて出てきていた青年たちに、いろいろアドバイスを

して町の長官につけたり王さまの側近につけたり、近年のハローワー

クのようなこともしていたらしい。



孔子が前回の”恕”の考え方、つまり思いやりの精神の次に重んじた

のは自分で考えて自分で判断する人間になろうということだったよう

で、゛衆これを悪(にく)むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す”

と言っていたが、これは大衆が悪い奴だと言っても必ず自分で調べ、

いい人だといっても必ず調べてみなければいけないということだそう

で、自分で考え自分で判断をすることが大事だということである。

当時゛仁”とは道徳の最高徳目であったそうだが、それを教えるのに

も、年齢の違う三人の弟子に対して、三者三様の教え方をしたという。

子貢という商才に恵まれた先輩格の優秀な弟子が、"もし万人を救済

できたら、それが"仁”ですかと質問したのに対して、孔子は

"夫れ、仁者は己れを立たんと欲して人を立て、己れを達せんと欲して、

人を達す”といった。つまり大きなことばかり考えないで、身の回り

のことを考えなさい. もし他人が出世したいというなら手助けをして

やりなさい。成功したいというなら後押しをしてやりなさい。”と、

言ったら、

"そんなけちなことでいいのですか?”と問い返したのに対して、

孔子は

 ”けちなことだといわずに、まあ、やってごらん。”と、言って、

考えさせたそうだ。



 原憲という孔子より30歳も若いまじめなものが、

 ”私は心の中のうぬぼれ、恨み、欲など一切否定して、一直線に

  進みたい。”といった時には、

 "以って難しと為(な)すべし。仁は則(すなわ)ち、吾知らざる

  なり。”

  (わしも、わからんなあ。何でも否定せずもっと時間をかけて

  考えろ)と教えた。

 

 司馬牛という口が軽くておしゃべりな若者には

 "仁者はその言や靭(じん)”(仁者というものは口ごもるものだよ)

 と言ったら、彼が、それじゃあ、ぺらぺらしゃべらなければ仁者に

 なれるのですかと聞いたので、孔子は 

 ”そういうわけではない。仁者というものは自分の言葉を重く考える

  から口ごもるものだよ。”と、言って、後は自分で考えさせるよう

  にしたそうである。決してこうしなさいとは言わなかったようだ。

  では、自分の頭で考えられるようにするにはどうすればいいかと

  いうことだが、孔子は次のように言っている。

  学んで思わざれば、則(すなわ)ち罔(くら)し思うて学ばざれば

  則ち危うし”

  いろいろ勉強しても、自分の頭で考えていかなければ、初めてぶつ

  かったことに対して、どうすることもできない。

  かといって学んでいかなければ、独断に陥る、思考力と知識力の

  バランスが大事であるということのようだ。

  孔子は上智という天才やどうにもならないものを相手にせず中間の

  人に教えたいと考えていてその人たちにどうすればいいかという

  ことを教えている。

  其れがいわゆる温故知新であるという。

  故きを温めて新しきを知るということは古典でも読んで、批評でも

  書いて行くと、そのうちにだんだん思考力が増して、新しいことが

  考えられるようになるという、論語は若者への応援歌だとか。




















百分de名著(論語1)

2011-05-11 17:23:47 | 教育
 このところ私が感動しているNHKテレビのいろいろな番組がある。

その一つが"百分de名著”であるが、つい最近放映されたものに、"論語”

がある。

  
 論語は約2500年前、紀元前6世紀に孔子の死後、弟子たちが孔子の

残した言葉を書き集めたものだそうで、幼い頃両親に教えられた言葉の

多くが論語からきていたのかと不勉強の私はこの年になって初めて知った

次第。

 論語を長い間東京の高校生たちに教えてこられた 佐久 協(さく やす

し)先生の紙芝居入りのお話で、人間の三つのたい病


 1) 金持ちになりたい

 2) えらくなりたい

 3) 有名になりたい

 があるが、孔子のえらいところはそれらを否定していないことだとか。

 欲を否定するのも、また欲であると。

 1)の金持ちになりたいの金銭欲を否定するものとして

  ”君子は義に喩り(さとり)、小人は利に喩る。”と言っている。

 これは君子は、正義を重んじる生活をするが、けちくさい人は

 金儲けばかりに走ると言っているが、金を稼ぐということを否定する

 わけではなく


 2)富にして求むべくんば執鞭(しつべん)の士と雖(いえど)も、

 吾(わ)れ亦(また)これを為(な)さん。

 と、言っている。

 これは人の行列の前の露払いのようなつまらない役でも金で自分

 の理想がかなうならやろうということである。

 出世欲については、長い間孔子さんはいろいろな人と働いてきて

 小人は出世、出世と出世することばかりを考え、出世がかなわないと

 愚痴ばかり言っている。いったんつまらない役にでもつくと、その

 地位を守ろうとして、人を蹴落としたり、悪さもしかねない。

 だが、孔子さんは出世をまったく否定しているわけではなく、

 "どこぞの王様が、わしを首相のような役に一年でも付けてくれない

 かのう。

 もし三年でも付けてくれれば、理想的な国を作って見せるのだ

 がといったそうである。

三つ目の有名になりたい病については

 "人知らずして憤らず、亦君子ならずや。” 一生懸命やっても誰も

認めてくれなくても、縁の下の力持ちは立派なことだと言っている一方

 "四十、五十にもなって世間に名前を知られていないなんて、大人

(たいじん)とはいえないな。”とも言っているそうだ。

 三つのたい病について肯定した孔子。それはある条件を守るならという

 言葉だったそうである。

 それは、富と貴(たっとき)とは是人の欲する所なり。その道を以って

 是を得ざれば、処(お)らざるなり。

 是は、正しい方法によってその金と地位と得るのでなければ、俺はそこ

 にいたくないよという言葉。 それを一言で言うと

 "目的と手段を取り違えてはいけない”ということである。あるいは過程

 
と結果を取り違えてはいけないということだ。

つまり、金儲けのためのお金儲けではいけない。また、何かいいことを

したから 有名になるのはいいが、有名になるために売名行為をしては

いけない。

 
つまり目的も手段も正しくなければ正しい行為とはいえないという孔子の

考えである。


三つのたい病を抱えながら正しく生きていくにはどうしたらいいか

子貢問いて曰く

 ゛一言にして以って終身(しゅうしん)これを行うべき者ありや。”

 子貢と言うのは中々商才のある高弟で、何か座右の銘のように一言で言っ

 たらどうなりますかと聞いたと言う。

 子の曰(のたまわ)く


"それ 恕か。己の欲せざる所を人に施す事勿(な)かれ”

 (思いやりです。自分がして欲しくないことを人にしてはいけません。)

 さて、誰に思いやりを一番かけなければいけないかということである。

 論語に、弟子が

 "先生の仰ることは、高尚過ぎて、私は及びもつかない”と言ったら、

孔子は

 "できないなら、途中まで追いかけてきて、ぶっ倒れればいいではない
 
 か。それを最初から力不足だとか言うは自分で自分を見限っていること

 だ。 自分に対して一番わるいこと、怒だ、恕をやっていない。

 自分を思いやるということは自分を甘やかすことではない。もっと


自分で振るいたち、更に世間の人に思いやりをかけると言うのも、自分へ

の思いやりがあってこそ、さらに世間への思いやりができるんだ。


自分を愛せない人間は他人も愛せないよと孔子は言っている。

世の中すべてバランスだと言うとであった。





東日本大震災で震災直後から支えあった日本人の思いやりのある行動が、

世界の方々から称賛されているが、もともと日本の大和言葉には思いやり

という言葉があったので、論語の中で一番大切な言葉゛恕"(じょ)から学

んだものではないので、恕という(おもいやりという意味の言葉)が我々

にはあまり馴染みがないということであった。


スーパーオペラレッスン

2011-02-25 06:51:38 | 教育
 今朝たまたま早く眼が覚めたので、NHKの教育テレビをつけたところ、

”スパーオペラレッスン”を放映中でした。 私が拝見できたのはほとんど

終わりごろの7,8分だけではなかったかと思うのですが、非常にすばらしい

ものでしたので、ちょっとご披露を。

 放映時間は毎週金曜日の朝5時35分から6時になるまでで、私は早速来週分

の録画を予約しました。

 言葉は英語ですが、日本語の字幕も出ていたと思いましたがオペラの勉強

だけでなく、英語のお勉強にもなりますし、演劇がお好きな方にも非常に

面白いものではないかと思いました。 

 それだけでなく、人生訓もあり、バーバラ、ポニー先生のお人柄にも触れ

られて本当にお若い方にはぜひ観ていただきたいと思いました。

 今日の所で、一番感じたのは声を前の観客にぶつけなさい。愛し合っている

二人の歌声でもお客に声をぶつけなければ感動させられないから、最後に

相手のお顔を見るぐらいでいいと・・・・。 それに対して、演者からの質問

がありました。

 "もし、演出家が、相手の顔を見て歌えと言われた時はどうしたらいいので

 しょうか?”との答えでは、

 ”練習の時には、演出家の言うとおりになさい。でも本番では、ちゃんと

 やればいいのです。演出家とは其の後はお別れですから。 自分の考え

 通りにやりなさい。

 私の付き人はいつも私に輝いていろと言います。何時もあなたはピンクの

 バブルの中にいると思いなさい。 そう思って努力することが大事です。

 自分の考えを持つこと。”

  一度でバーバラ先生のファンになりました。

戦後の英語教育

2011-02-24 16:32:39 | 教育
 今回も亦テレビで見た情報だが、戦後の英語教育が何故文法を重視する

やり方になったのかと言うと進駐軍の日本の教育を担当する方々が、

日本語と言うのは漢字、ひらがな、かなと三種類も文字があるから

きっと識字率が低いと思ってランダムに人々を集めてテストをしたところ

ほとんどの人が、漢字も、カナも、ひらがなも読めると言うのにびっくり

されてたとか。それは外国人にとっては信じがたいほどの数字だった

そうな。

一時は、漢字、カナ、ひらがなと三種類もあるのはよくないので、全部

ローマ字にさせよと言う話もあったそうだが、それでは日本の文化が壊滅

してしまうと言う反対もあって取りやめたそうで、こういう優秀な日本人

たちにどんどん英語を駆使されてしまうと、世界は日本人の天下になって

しまうと言う危機感があって、文法重視のしゃべれない英語を教えられる

ことになってしまったのだとか。


成人式

2011-01-09 10:54:24 | 教育
 夜中にトイレに起きたら、まずテレビをつけて、あたりを少し明るくしてから

起き上がり、立ち上がって部屋の電気をつけ,それから部屋を出、二間半

ばかり先にある大きな鏡に映った老いぼればあさんの姿を見ながら、歩き方を

チェックして、少し左に曲がりながら、背骨が曲がっていないかと、更に

目を凝らして見る。

用を足した後は、必ずちょっとの間テレビを見るのが、その日の最初の日課である。

ちょっと面白いテレビがあれば、そのままテレビを視て、終ってからまた、床に入る

のであるが、結構視られて良かったなあと思うことが多い。

 私の寝ている部屋の真上の部屋は、息子たちの寝室だけれど、全く上から音が聞こえ

ない作りなので、テレビを夜は多少音量を落とすようには心がけてはいるのだが、つけ

る事にはあまり気を使わないですむので、本当に助かるのだが、ただし、朝、雨戸を

開ける時には、息子達が起きて雨戸を開ける音を聞いてから開けるようにはしているの

だが、夜中には結構いい番組があるので、ためになる事や心が洗われるなあと思うこと

も多々あるのである。

 大抵はNHKがつくのだが、その日は、多分スポーツ観戦の後だったのか日本テレビ

になっていたのだが、たまたま成人式の事だったので、視ていたのだが、戦後、埼玉県

の蕨市の方々が、国中が荒廃している状況を憂い、青年たちが確りと立ち上がってくれ

るようにと学校の校庭で昭和21年11月22日に成年式というのを始められたそう

だが、翌年もそれが続き、素晴らしい事だというので、政府の方に聞こえて、国の行事

とされる事になり、昔は20歳が元服だったので、20歳になった若者を集めて

昭和23年から1月15日に成人式を執り行うようになったという話であった。

 その後、連休になるように日にちはフレキシブルになったが、

今では京都から1/2成人式というのも始まっているそうで、10歳の1/2成人の

方々に、成人式に列席する青年達の受付をしてもらって、そのまま、成人式の

会場に一緒に列席して貰う事によって、成人式の人たちの行動が乱れないようになった

ところもあるということで、今では柏市などにもひろまっているそうである。





 私が二十歳になったのは昭和25年だが、横濱では全く始まっていなかったような気

がしているのだがどうだったのだろうか?



 今年、二階にいる孫娘が20歳で成人式に列席するので、その孫にどんな言葉を送ろ

うかと、今真剣に考えているところだが、”出来ちゃった結婚”だけはしないで欲しい

ような気がしてきた。

 そんな事で、育児放棄する人が増えるのではないかとふと、夕べテレビで視た、育児

放棄された娘さんの

”何で放棄されたか知りたい” という悲痛な言葉を思い出した。



 小さいとき、孫娘は”お金持ちと結婚したい”と言っていた。何でも買ってもらえる

ということだったが、釣った魚に餌はやらないということもあれば、釣りたいために

借金を重ねる人もあると聞くが、いまさら、私がくどくど言ったって何の役にも立たない

であろう。

ただ、どんな人間にも同じ態度で接して欲しいと思う。どんな人でも、良い

ところ悪いところがある。全く欠点がなければ神様だろうと思うのだが、自分の欠点は許

せても、他人のお欠点は許せない人がいる。勿論許せる事と許してはいけない事もあるだ

ろうが、なんて考えながら、今は約60%が自分は草食系人間だと思っているということを

思い出した。そんなことを考えながら、ふと、こんな事を考えたのである。

 マア、80ばあちゃんの寝言ぐらいに思って聞いてもらいたいのだが、

何時の時代にも大変なことはあると思う。 だが、その大変な時にこそ、あなたの力が

必要なのである。 みんながどんどんマイナス思考になれば、世の中は加速度的に悪く

なるし、ほんの小さなことでも、世の中のためにと思う人が一人でも二人でも増えてく

れば、これも,また、大きな力になっていくことは必至であると思う。

 江戸時代、坂本竜馬さんたちが歴史に残る活躍ができたのは、変革をしなければなら

ない時代だったからである。 そのときに活躍したのはまさに若い人22、3歳の人々

が中心であったという事を聞いている。 と、言う事になれば、今生きている人々は、

自分が精一杯活躍が出来るところに生きあわせているという事で、こんな活躍できる

時代に生まれたということは全く幸せという他はないだろう。

誰だって考え方によっては、歴史に名を残せるのである。


皆さんの力を結集していけば大きな力になっていくことは間違いないと思う。

大いに奮起して、あなた方の中からノーベル賞受賞者が続出するように頑張って

欲しいものだとこい願っている。

普通の大人をつくる教育(4)

2010-05-21 12:16:36 | 教育
このところ毎日のように離婚のことがテレビで問題になって放映されていますが、

私も近頃、他人事ながら一番心を痛めているのが其のことなのです。

例え、他人様のことでも小さな子供さんが関係することは本当に心が痛みます。

ご当人様方は勝手気ままに好きだ何だといって結婚され、急に嫌いになったとか

性格が合わないとか、何のかんのと御託を並べて、ご自分のことを棚にあげて

離婚される、後はどうなろうともご自分たちのお選びになった道ですから、

自業自得と言わざるを得ませんし、そんな不心得ものには明るい未来が来なく

たって、文句を言える筋合いではないでしょう。もちろん一部の方の中には

どうしてもそうした方がいい場合もあるとは思いますが・・・。

でもお子さんがある場合には、子供さんは親を選べないということを忘れないで

いただきたいのです。

例え、どんな親でも子供さんにとっては親である事に代わりはないのです。

もちろん例外的に、客観的に、どう見ても親として認められないような欠陥者は

別の話ですが。

基本的には父親の愛と母親の愛は違うものであると思いますが、其れが片親になると、ど

うしても考えが偏りがちになったり、ゆがみが生じてくることになりそうです。

又、其れをさせないためにとハッスルし、返って子供さんを追い込んでしまったりするこ

ともあると思います。
 

又、生活も苦しくなりがちですし、もし片親が病気になったり、亡くなったりすること

があればお子さんはどうなりますか?

まあ、そこまで行かなくても、例えば保育園のお迎えでも、ご両親が揃っていれば、ご都

合のつけられる方がお迎えに行くという事だって出来ますが、片親ではそうも行きませ

ん。

昔は結婚したら二度と実家の敷居を踏むなと言われたものでした。今や

”お金なら父さんが出してやるからいつでもうちにも帰っておいて”と、

"渡る世間は鬼ばかり"の中の台詞で毎度言われていた事を父親の方が

深くもお考えにならずに言ってしまうご時世です。

どうしても、目の前の事で楽な方をおとりになるでしょう。



  以前、仕事であった人でしたが、そろそろ60に手の届くような女性でしたが、

びっくりしたのは、本当に初めて会ったのに

"うちのだんなは家に帰ってきても何もしゃべらない。風呂、飯、寝る、だけしか言わな

い。離婚しようかと思っているのよ。あなたどう思う。?”と言われたのです。

初めてあった人に言う言葉かなとあきれましたが、

"あなたは何かしゃべられるの?”と、聞いたのですが、

"相手がしゃべらないのに何もいうわけないでしょ。”と言う答えでした。

そこで、私はお子さんはと聞いたのですが、息子さんが二人いるとの事でしたので、

もし年をとって、お孫ちゃんが出来たときに、手放しでかわいいを連発してもいい

のはだんな様だけよ。他人様にあまり言うと厭がられる時もありますよ。

だんな様なら安心して思いっきり可愛いを言い合えるではないの。

あなたの方から何かいうようにしたらいいかと思うわ。

もう一回考え直してみたらと言って置いたのですが、数年後には、いいおじいちゃんおば

あちゃん振りを発揮しておられましたっけ。


お互いおしゃべりして意思の疎通を図りたいと思っているのなら、相手が


何もしゃべらないときには"お疲れ様とか、今日は遠くまでご出張で大変でしたでしょうと

か何とか、少しでもこちらから話すしかないと私は思います。

私は若い頃夫が会社の同僚の方々と飲んだりマージャンをして遅く帰ったときには、必ず

冗談をひとつ言って中に招じ入れることを心がけていたものです。その後夫は定年の頃で

したか"俺は話が下手だから、お前がおしゃべりでよかったと言っておりました。

普通の大人をつくる教育(3)

2010-05-16 22:12:13 | 教育
数ヶ月前、NHKテレビが”5世代の暮らし”を放映されていましたが、私は途

中から拝見したので、ご事情はわかりませんでしたが、一番下の世代のお子さん

たちのお母さんが居られませんでしたが、小さいお子さんたちは各世代の方々に

よってすくすくと育ってられていました。

その一番上の百歳を過ぎておられたおばあちゃまのお元気なこと、そして各世代

のみなさんたちがそれぞれの分担をちゃんとこなして、お互いを思いやりながら

助け合って暮らしておられました。

其れが本当のあるべき家庭の姿ではないかと思いました。

みんなで知恵を出し合って、一緒に暮らしていけば、子供さんの育て方も受け継

がれていきますし、孤独死もなくなるわけです。

戦後都会では地価が上がり、大家族で住めるような大きな家を誰もが建てられな

くなってきてしまいました。

例え一緒に住めなくても、ご結婚されたら、縁あって親子になったわけですから

運命共同体と思って、できるだけ相手の立場を思いやり、助け合って行くしかな

いのではないかと思うのです。

お住まいは別々でも大家族でお暮らしのような考え方を持って、お互いを温かく

受け入れようとする心を、まず持つことが大事でしょう。

親御さんたちはお婿さんやお嫁さんをご自分の息子さんや娘さんとご家庭を築い

ていってくれる大事な人と思い、お若い方々は、ご自分の伴侶を育ててくれた大

先輩だと思ってお互いに敬意を持って接していくことが必要です。

今のお若い方々は一般的に大学出が多くなりましたけれど、昔の方たちには、学

歴のある人が少ないのですが、長年培った生活の知恵はあるのです。 

お互いに平等の立場に立って,つまり親だから、ああせい、こうせいではなくて

お互いの接点をいつかどこか見つけようくらいのゆとりのある心構えを持って

だんだん少しづつでも考え方を理解できたらいいなあくらいのおおらかな気持ち

で毎日を過ごされることが大事ではないでしょうか?

大先輩の話を聞きますと、だんだん嫁さんが自分の方に近づいてきてくれたなあ

と思っていると、又、離れて行く。其の繰り返しで、だんだん理解が深まればいい

と言われます。

長い間培われてきた家族制度というものを敬遠される方もありますが、そういう方はご

自分の未来のお姿を想像される事はないのでしょうか?

中には地球の環境が悪くなってきたから、ご自分のお子さんたちに辛い思いをさ

せたくないということでお子さんを作らないという方々もあるそうですが、其の

方たちの老後は、他の方たちが産んで一生懸命に育てられたお子さん方に看取っ

ておもらいになるわけでしょうか?

何かとってもご自分勝手ではないのかと思います。環境が悪くなるというのであ

れば必死でみんなで力をあわせて叡智を出して乗り越えるように努力をするべき

ではないかと思うのです。

     (つづく)

普通の大人をつくる教育(2)

2010-05-15 10:31:01 | 教育
戦争で、すべて灰燼に帰してしまった私たちの生活。

その後、日本では進駐軍の兵舎やそのご家族の宿舎が彼方此方に建ち、其処で

働く大勢の日本人の口から、また、進駐軍の兵士たちやご家族との関わりの中か

ら、豊かなアメリカの方々の日常生活が浮き彫りにされてきつつありました。

数年後にはアメリカ映画の輸入も多くなって、

 ”1ダースなら安くなる”とか

 "卵と私”などというコミカルなタッチの映画が続けて入ってきました。

 美しい素敵な若いご夫婦の日常生活が形を変えながら表現されていました。

私たちはどちらかというと、映画の内容よりもアメリカ人の方々の豊かな生活ぶ

りに憧れてしまったようです。

アメリカの個人主義的なことや生活のすべてが新しく素敵に見えて模倣して


きてしまった私たちの生活。

生活の様式もアメリカ風の物に少しでも近づけることが新しい生き方だとさえ思

うようになってきてしまいました。

そして、日本の家族制度の崩壊が始まったような気がしています。

核家族と言う言葉が素敵に思われた時代もありましたが、其の裏で、ご自分一人

で子供をどうしたら育てられるのかさえわからないでノローゼになるお若い母親

が出てきたりして、大家族の暮らしでは、とても有り得ないことが問題になった

りしています。

又、お年寄りの孤独死という悲しい問題も起きてきてしまいました。

 (つづく)