「温泉deビートルズ音楽祭」の間、あれほどキリキリと痛んでいた胃が、今日のところは不思議と鳴りをひそめてくれている。
胃痛の原因は判っている。9日間にも及んだ町おこしイベントと並行して、弟の死と言うショックが尾を引いているのだ。
弟の急逝に伴う実家の残務整理は並大抵ではなく、おまけに母親の介護ホームの心配と、苦労性は生まれつきのようだ。
11月というのに季節外れの夏日の今日は、とても嬉しい「ノー・スケジュール」
昨夜は久しぶりに遠来、近場のお客様が入り乱れて、遅くまで杯を傾けて午前様であったので、遅めに起きて、実家の残務整理に出掛けた。
11月3日文化の日は、亡父の誕生日でもあり、仏壇に念入りにお参りをした。存命ならば84歳になっている。
さて、このところ人が一人亡くなるということの大変さを、一手に引き受けて事後処理に追われている。
弟自身、こんなに速く人生を終えるなどと思ってもみなかったのだろう。その分、没後の整理が大変なんである。
市役所の関係だけでもとんでもない・・・・。
結婚していなかった弟は、わずかばかり財産を母親が相続するのだが、その手続きもすべて私に委ねられている。
母が弟のために加入していた生命保険、年金の類も
おまけに母の大切な預金や財産の管理も・・・・。責任重大なんである。
昼過ぎからは昼食を抜いたまま、友人のお家カフェで珈琲を一杯啜ると、母親の介護ホームへ
認知症の彼女は私の姿を見つけると、嬉しそうに手をふる。
そして、この瞬間がなにより私を嬉しくさせる。
母は私を頼っているのだ。
色んな、とるに足らないよもやま話を重ねて、これまでの母との距離を縮める時間は、けして無駄なものではない。
中学校の教諭をしていた母は、耳も達者で、判断能力も一応人並みなのだが、唯一物忘れが酷いというのが認知症の所以たるところ。
残務整理の書類を書かせて、そのしっかりしている素振りに思わず
「これで物忘れだけなけりゃ、家に帰れるのにねぇ・・・。」
と母の耳元で囁いた私。
「人間は忘れるからいいのよ・・・・。」
と母が応える。
「そう、そう・・・。」と相槌を打ちながら、本当にそうだなあと思わされた。
お腹を痛めた我が子の亡くなったことも忘れてしまえば、それはそのまま彼女にとっては幸せなことなんである。
「それはお母さん、名言バイ・・・・。」
誉めてあげて、少し筋が張っていた肩を揉み解してあげて、ホームを後にした。
母親はグループホームに移して、少しプライバシーの確保をしてあけようと思っている。
人間だから大勢の人たちと触れ合っているのも、それはそれで愉しいのだろうが、
やはり一人になりたい時だってあるだろうからと思うから、自分の部屋があるグループホームの方が、年老いた母も楽しく生きられるのではと考えるからである。
せめても、母の胃が痛くならないようにしてあげたいものだ。