三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

顕現後第4主日の聖餐式

2015年02月07日 | 聖公会の礼拝
冬空に映える立教大学モリス館
(住所:東京都豊島区西池袋3-34-1)

先月末、元ドイツ大統領で敬虔なプロテスタント信者のヴァイツゼッカー氏が帰天された。94歳だった。永遠の安息を祈りたい。1985年、氏は戦後40周年の演説で「過去に対して眼を閉ざす者は、結局は現在に対しても盲目となります」との有名な言葉を発した。いま、極東には過去から何も学ぼうとせず、尊大な詭弁と大量の放射能汚染水を垂れ流す破廉恥な島国がある。安倍晋三や「昭和のテレビ中毒世代」にヴァイツゼッカー氏の警句を熟考するほどの知性は全くない。

2月1日(日)、立教大学チャペル(日本聖公会)で顕現後第4主日の聖餐式に参列した。午前10時、振り香炉と十字架を先頭に、司祭団が入堂。福音朗読は、汚れた霊に取りつかれた男がいやされる場面(マルコ1・21-28)。マーク・シュタール司祭(立教大学チャプレン)は、「イエスの宣教活動の始まりは、安息日の会堂からでした。そこでイエスは『教え・奇跡・いやし』という宣教の大事な3つのテーマを紹介された。しかし、これらは人間の『期待』とは全く異っています」と話された。

「会堂の人々はイエスが権威ある者と分かり、汚れた霊はイエスの命令に従った。ところで、今このチャペルに“New Face”が現れたらどうでしょう。おそらく、皆さんもカファルナウムの人々と同じ考えになるでしょう。私たちの『期待』と神様の『目的』の間には大きな隔たりがあるかもしれない。だから、顕現節はイエスの歩まれた道を通して、その隔たりを狭めることを見出す時期です」。シュタール司祭が言われた「人間の『期待』」は、「目先のご利益」と言い換えることができよう。


チャペル内観(1918年竣工)

◆聖餐式で歌われた聖歌:
ミサ曲1(キリエ、大栄光の歌、サンクトゥス、アニュス・デイ)、入堂聖歌:307「ほめたたえよ 王なる主を」、続唱聖歌:311「あまつみ使いよ イェスのみ名の」、奉献聖歌:314「みもとに集い 恵み受け」、陪餐聖歌:268「たたえよう 主のまつり」、派遣聖歌:463「主よ み言葉もて」。(番号は「日本聖公会聖歌集」による)

◆主な参考文献など:
・「過去の克服・二つの戦後」 ヴァイツゼッカー著、山本務訳(日本放送出版協会・1994年)
・「東京新聞」朝刊 (2015年2月1日付記事「ワイツゼッカー氏死去 戦争責任直視促す演説」)
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