以前、どこかのショップで写真のような合板で出来たドクロの置物を発見しました。
シナ合板共芯の木口がキレイに出ています。
合板の特徴を活かした作品です。
3つが入れ子になるようです。
こういうのを見ると嬉しくなりますし、欲しくなります。
この作品、重松淳也という方の作品で、tegotoというブランドだそうです。
お値段ビックリの¥176,000です!
どうぞ…
木遣りというと、威勢のいい町火消の方々に唄われる唄をイメージされるかと思いますが、本来は、読んで字のごとく木を遣り渡す(運ぶ)という意味です。
大木など運び出す時、その力を一つにまとめるための掛け声、合図として唄われたものでした。
林業家の労働歌といったところでしょうか。
近年では、鳶の方々に受け継がれ、神社の祭礼や建前の儀式など、おめでたい行事で歌われる祝儀の歌になりました。
聞き心地のいいメロディーといいましょうか、何とも幸せな気分になります。
日本人特有の感覚なのでしょうか?
外国の人にアンケートを取ってみたいです…。
さてこの木遣り、先日の鳥越祭でも聴かせてくれました。
日が落ちて本社神輿の提灯に火が入れられ、高張提灯がずらっと並ぶ中、粋な半纏を着た頭連中が声高らかに歌う木遣り。
すばらしいです。
本当に見に来ていただきたい。
今年の鳥越祭はコロナの影響で本社神輿を担ぐことができませんでした。
でもきっと来年は大丈夫。
そんな気にさせられる大祭でした。
鳥越神社の本社神輿は、千貫神輿と呼ばれるほどの大きな神輿です。
その大きな神輿を、当時から氏子のみでは持ち上げることができなかったと思われます。
そこで、力自慢の鳶の方々や、地元のやくざの方々の力を借りて本社神輿を町の隅々まで渡御させることができたのです。
やくざと言っても、現在のそれとは役割が違っていました。
怖い存在でもありましたが、いざという時に役に立つ存在だったのです。
いつしか金儲けの暴力集団になり、また警察の力が増し、地下に潜らざるを得ない存在になり、逆にチンピラがのさばるように…。
話がそれていってしまいました。
木遣りは我々材木屋とも繋がる、ぜひ聴いていただきたい唄なのです。