術後の感染症に対する十全大補湯の間違った使われ方
中国の医療現場では考えられないようなことが日本では存在する
婦人科系腫瘍に限らず、消化器系腫瘍、たとえば胃がん、すい臓がんなどの手術の後で発熱することがままある。当初は抗生物質を点滴静注して細菌感染を抑えようとする。症例によっては、感染がある程度抑えられているはずなのに、解熱しない場合がある。医学用語でいう膿瘍(のうよう)(膿がたまって袋状になっている状態)が形成されている場合などである。炎症が治まって発熱の無い膿瘍もあれば、炎症が持続して、排膿(はいのう)(膿が傷口やカテーテルから排出すること)が止まらず、発熱が続いている場合もある。この場合に漫然と十全大補湯を服用させている場合を日本では、まま見かける。中国の医療現場では考えられないようなことが日本では存在する。
十全大補湯とは
補気剤の四君子湯(しくんしとう)に養血剤の四物湯(しもつとう)を配合し、さらに、黄耆(おうぎ)と肉桂(にっけい)を加えた10剤からなる方剤である。薬効は気血双補(きけつそうほ)といい、気虚と血虚を改善する補剤(ほざい)である。
人参 茯苓 白? 炙甘草 熟地黄 当帰 白芍 川芎 黄耆 肉桂の10剤である。赤は温薬、緑は平薬、青は涼薬である。
生薬にはそれぞれ四気五味(しきごみ)がある。四気とは温熱寒涼の性質を表し生体を温めるか、冷やすかの性質である。五味とは、辛、酸、(?)、苦、咸、(淡)、甘であり、平たく言えば生薬を噛んで味わったときの味をあらわす。五味とはいうものの、実際には日本語の渋いに近い?(さ)、淡白で味がしないという意味での淡(たん)を入れれば七味である。
十全大補湯は温薬が7つ、涼薬が1つであるので全体的に温~熱性の性質を持つ。特に人参と黄耆を一緒に使えば補気作用が増強される。「気」の作用のひとつである温煦(おんく)作用とは体を温める作用なのである。肉桂は温里薬(おんりやく)といい体を内部から温める薬剤の代表である。
したがって、炎症が持続して、排膿(はいのう)(膿が傷口やカテーテルから排出すること)が止まらず、発熱が続いている場合に漫然と十全大補湯を服用させてはならない。極論すれば、炎症で発熱している患者に風呂に入って温まらせるに等しい。水枕すべきところを湯たんぽをのせるようなものだ。
古来より実熱(感染症)には清熱解毒薬が第一選択であり、補気養血剤(十全大補湯など)は、実熱があるうちには使わないのが原則である。どうしても使いたい医師がいるとしたら、理解に苦しむ。
それでも、 なを、使おうとするなら、十全大補湯のアレンジが必要である
補気養血と活血(血液の凝固を防ぐ)を目的に、十全大補湯をアレンジしなければならない。 たとえば
人参は西洋参に、炙甘草は生甘草に、熟地黄は生地黄に、当帰 川芎 は丹参に変更し、黄耆は使うとしても、理血薬である郁金、清熱解毒薬である牛黄、黄連や清熱養陰剤である栝楼根などを併用するべきだ。
1例を挙げれば、
西洋参 茯苓 白? 生甘草 生地黄 丹参 白芍 黄耆 郁金 牛黄 黄連
栝楼根などの組み合わせになる。
色分けして明らかなように、全体として涼~寒の性質を持つので、実熱に適しているし、補気養血活血の十全大補湯の意味も失われていないし、さらに清熱解毒薬、理気薬を配合することにより、炎症の早期改善にも役に立つ。
「閉門留寇(へいもんりゅうこう)」をしてはならない。
現在、日本では十全大補湯はガンに対して保険適応が認められている。しかし、実熱に対して安易に使用するべきではない。炎症を悪化させる可能性が大きい。
中国ではこのような誤った補気養血剤の使い方を「閉門留寇(へいもんりゅうこう)」という。寇(こう)とは賊(ぞく)の意味で、生体にとっては邪気(じゃき)を意味する。祛邪(きょじゃ)(邪気を生体から追い出す意味)すべき治療法を、間違えて、門を閉じて邪気を生体の中に留め助長させるという意味である。
黄耆を使用してはならない場合
いくつかあるが、ひとつだけ紹介しよう。
潰後熱毒尚盛 不宜使用黄耆 中国語
膿瘍が形成され、まだ発熱が激しい場合は、黄耆を使ってはならない 和訳