十全大補湯の正しい使い方
十全大補湯は虚症のうち、気虚と血虚に使用される方剤です。
気虚に対しての四君子湯(人参 茯苓 白? 炙甘草)血虚に対しての四物湯(熟地黄 当帰 白芍 川芎)これに補気助陽薬の黄耆と温里薬の肉桂を加えたものです。
気虚の症状とは?
気虚の証は、一般的に呼吸微弱(呼吸が弱弱しい)、無気力(やる気が出ない)、易疲労感(疲れやすい)、自汗(普段汗をかきやすい)、体動時悪化(体を動かすと息切れや、発汗などが悪化する)などの症状です。慢性疾患での消耗、老化も原因となります。顔色が淡白で、艶がなく、眩暈(めまい)声低(話し声が小さい)?言(らいげん)(疲労感のあまり話したくなくなること)などの症状も特徴です。
気虚には五臓別に肺気虚、心気虚、腎気虚、脾気虚の場合などがあります。腎気虚とは中医学的には腎陽虚を意味するのですが、この場合には、薄い小便がだらだらと出る小便清長(しょうべんせいちょう)や、未消化の薄い下痢便がでる大便溏薄(だいべんとうはく)を伴いますが、中国医学では一般的な気虚証とは扱っていません。舌色は淡白で舌は薄い白色で、脈は虚かつ無力であることが特徴です。全身気虚に対しても、脾気虚に対しても四君子湯が基礎的な方剤です。臓器別の気虚証については稿を改めて説明します。
血虚の症状とは?
血虚の証は、顔色が蒼白であり、つやの無い枯葉のような黄色身ががかった萎黄(いおう)と呼ばれる顔色、唇や、爪の血色が薄く、動機がする(これを漢方の世界では心悸といいます。)不眠、手足のしびれ、生理不順、脈が細く弱いなどの特徴があります。女性の場合では特に生理の以上が多く出現します。舌が淡い赤であり、一般的には苔は薄いのが特徴です。生理周期が延びたり、生理の量が少なくなる。あるいは生理がくると生理痛が増し、生理が終わっても痛みが続くなどの症状が出現します。
十全大補湯は気血両虚症に対して使用される方剤です。
ここで大事なことは、気虚、血虚ともに虚症であるということです。
もう一度、気血両虚症をまとめてみましょう。
気虚と血虚が同時に存在する証候です。原因としては、
①慢性疾患からの気血両虚
②出血が長引くことによって気も消耗された場合
③気虚が長引き血の生成が低下した場合などです。
②と③の理解には、少し中医学的な知識が必要です。
気と血の関係
気は
①血を生成することができる。
②気は血をめぐらすことができる。これを行血(ぎょうけつ)といいます。
③気は出血を防止する。これを漢方用語で「気は血を固?(こせつ)する。」といいます。
中国医学には「気は血の師、血は気の母」という教えがあります。これを現代医学的な感覚で捉えるのは難しいのですが、私は次のように、感覚として捉えました。
「血液細胞に気が乗っかっている。気は血の元帥(指揮者)である同時に血から栄養をもらっている。」こんな感じです。これを「感覚的に捉える」ことができると、具体的な治療原則の理解に役に立ちます。 たとえば、
血虚に対しては補血(ほけつ)剤とともに補気剤を投与するのは、気は血の帥であるからであり、気の行血作用が停滞する結果の淤血(おけつ)(これを気滞血淤といいます)の治療には活血剤(血液をさらさらにする薬剤)とともに補気剤によって行気を行うことなどです。
中国では一般的に気血両虚に対しての気血双補剤としては八珍湯(はっちんとう)や当帰補血湯(とうきほけつとう)などを使います。
八珍湯(四君子湯+四物湯)は益気補血剤であり、
十全大補湯(八珍湯+黄耆、肉桂)は温補気血剤です。
実熱証がある場合には人参も黄耆も肉桂も使いにくいものです。
しかし現実的には、熱証があっても、気虚証が確実に存在する症例、たとえば、ガン患者さん(多くは気陰両虚です。)や膠原病の患者などです。
その場合の熱証には清熱解毒薬や清熱養陰薬を併用しながら、温薬で補気作用のある人参は太子参(薬性が平)や西洋参(薬性が寒)に変えて補気作用とともに養陰作用を期待します。しかし、それでも、黄耆(おうぎ)や肉桂(にっけい)は使いにくいのが漢方治療の現場の実感なのです。
SLEと十全大補湯
十全大補湯は、膠原病では全身性エリテマトーデス(SLE)に効果があると言われており、ステロイド薬に併用しています。しかし十全大補湯には、基本的に清熱解毒薬や祛風湿薬、理気薬の配合がありません。
中には、ステロイド薬の減量に成功した患者さんもいるとの報告もありますが、SLEの多彩な症状に対してワンパターンで使用されるべき方剤ではありません。
SLE活動期に見られる発熱や関節炎症状、皮膚の紅斑、CRPなどの炎症反応などが高い場合、血中補体値の急激な低下などの際には、却って炎症を悪化させてしまう可能性があります。
中国医学では気の余りは「火」になると説いています。清熱解毒涼血薬や理気薬を配合しないで、単独で漫然と十全大補湯を使用すると炎症を悪化させる恐れがあることを知っていただきたいものです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます