始めに
先回までは中国の医案(症例報告)を主体にお話してきました。日本漢方では際立って有効な治療は無いようです。かといって、中医学で多発性嚢胞腎が完全にコントロールされているかと言えばそうではありません。本来が遺伝的な疾患ですから、現代医学のレベルをもってしても、現時点では発症は避けられないものです。そこで、中医学での治療法運用を俯瞰してみることから、多発性嚢胞腎の発展と進行、腎不全への進展防止について可能性を探ってみたいと思います。
論治原則
成人型多発性嚢胞腎には扶生祛邪、攻補兼施する。気滞結阻を主なる病機として、行気活血と調理脾腎法を行う;寒湿凝聚者には温陽化湿と消癥散積法を行う;瘀血内結者には、活血化瘀法と軟堅散結法を行う;正虚邪実者には扶生祛邪と活血化瘀を法とする。
治法運用
気滞血瘀証:行気活血 調理脾腎法
症状:
腰酸或いは張る感じ、或いは腰痛、労働によって悪化、喜按喜揉(手でなでたり揉んだりすると症状が軽くなる)、臥即減軽(横になると症状が軽くなる)、腹塊不大(嚢胞腎はまだ小さい)、或いは少し触れる程度であり、面色欠華或いは常人の如し。舌はやや暗、苔薄白、脈弦細。
症候分析:
疾病早期である。腎気不足、肝失疏泄、脾失健運、気機阻滞、腎絡痺阻、血行不暢、故に腰酸或張或痛、腹塊不大、病は軽浅に属する、故に面色欠華或いは常人の如し。舌暗淡、苔薄白は気滞血行不暢による。
宣明三棱湯加減(三棱 莪朮 檳榔 木香 白朮 当帰)。
方中三棱、莪朮は活血消積、檳榔、木香は理気消張、白朮は健脾益気に、当帰は養血活血に働く。脾胃気滞、胸悶脘張者には四磨飲子(党参 檳榔 沈香 烏薬)を用いることも可能であり、納差不運者には砂仁、山楂、鶏内金、青皮、陳皮の加味、腰膝酸軟者には続断、狗脊、桑寄生を加える。
寒湿凝聚証:温陽化湿 消癥散積法
症状:
胸悶腹張、腰酸楚或いは板滞不舒(痛みがやや深く、動きにくく不快であり)、納谷不香(食べても美味しくなく)、或いは食後脘張、面色萎黄或いは皓白無華、大便軟或いは泄、腹塊張痛、或いは小便不利、下肢浮腫、舌質淡胖、苔白膩、舌辺に歯痕あり、脈濡緩或いは沈細。
症候分析:
病が慢性化し重症化すると、脾腎欠損、運化失司、湿濁内蘊、故に胸悶腹張、納谷不香、小便不利、下肢浮腫を見る;湿困気滞、気血運行不暢、腎絡阻滞、水液障碍、内に蓄積し、故に腹塊張痛、次第に腫塊は大きくなる。舌淡胖、苔白膩、脈濡緩は脾腎不足、水湿内蘊の証である。
春澤湯合大七気湯加減(茯苓 猪苓 澤瀉 白朮 桂枝 人参 青皮 陳皮 桔梗 木香 三棱 莪朮 香附子)
方中春澤湯は温陽利水、健中益気に、青皮 陳皮 桔梗 木香は行気散結に、桂枝 三棱 莪朮 香附子は温通血絡に働く。脾虚納減便溏者には、山薬 白朮、白扁豆、蓮子肉を加味し、腰酸冷痛者には附子 肉桂 乾姜を加味するが、血尿のある場合には温熱薬は慎用する;下焦湿熱、膀胱気化失司が出現したら、八正散、知柏地黄湯の類に変更も可能であり、熱傷血絡し鮮血尿があり、陰茎の中に渋痛がある者には、小薊飲子或いは琥珀末などを頓服する;尿中に砂石を排出する者には三金湯加減を用いる。
コメント:
半夏厚朴湯(金匱要略)(半夏 生姜 厚朴 茯苓 蘇葉)の別名として大七気湯があります。七気とは七情(喜怒憂思悲恐驚)を指し、痰飲が結合して咽喉に出現する梅核のような症状を治すという意味らしいです。七合の水で4合の薬湯を作成するので四七湯の別名もあるとか。
脾虚納減便溏者には、山薬 白朮、白扁豆、蓮子肉を加味すると中国清書には記載がありますが、人参が配伍されているので参苓白朮散とほぼ同じ組成となります。
参苓白朮散については大変詳しい以前の記事に有りますのでご参照ください。
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20080610
八正散(太平恵民和剤局方)の組成は車前子 瞿麦 扁蓄 滑石 山梔子 (木通:現代では通草で代用)大黄です。利水通淋剤です。
利水通淋剤については過去の記事をご参照ください。
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20121102
小薊飲子については過去の記事をご参照ください。
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