国分寺の凸凹歩き11月17日(日)

2013-11-18 16:35:42 | 東京23区とその近辺
ひさしぶりに、東京スリバチ学会の国分寺フィールドワークに参加した。お天気がよく、ポカポカ陽気
でたのしく歩けた。


国分寺駅北口に集合。北口前は再開発が始まるようだ。

これが今日のメイン訪問地。日立中央研究所構内の谷戸。



10時開門直前には100mぐらいの行列。



正門からすぐに深い谷に橋がかかっていた。見下ろすと灌木や笹の間に水が光って流れていた。
上流方向は立ち入り禁止で不明、下流は池に流れ込んでいるようだ。下流方向の写真。

上流方向。



中央研究所の建物、貫禄がある。かなり昔に建ったと思われる。



待望の池が現れた、すごく大きくて水がきれい。まわりの林も自然のまま。








ハケ近くの湿地、独特の雰囲気だ。

ハケからの小川。

ハケからの湧水。

ハケの説明看板。わかりやすい。

池はまだまだ続く。







池から流れ出る小川、野川の源流。

つきあたりが塀で構外へ流れ出る。

正門に帰って来た。ここに集合して、南の中央線沿いに歩いた。



これから行く姿見の池から流れて来ていると思われる線路沿いの小川(水路)。

姿見の池(復元して公園にしたもの)。

隣の湿原(復元)。

カモが食事中。

この後、この池の北側、熊野神社の南側、中央研究所の西側、東福寺の東側と、かこまれた住宅地を
歩いた。この部分は恋ヶ窪と呼ばれ、昔はスリバチ地形の低湿地だったということだ。
その一部を復元したのが先程の公園。歩いてみると高低差がよくわかる。



中央線を越えて、西国分寺駅の南側に行く。道路とマンションの間の広場が東山道武蔵路の跡。
奈良(京都)から陸の真ん中を通って、現在の太田市、足利市のあたりに来て、そこから南下して、
相模国の国府に行く官道の跡らしい。東山道はもっと東まで行くので、ここでT字型になっていた
らしい。平安時代には相模国国府へは東山道でなく、東海道で行くのが官道になっていて、武蔵路
はだんだんと廃れていったらしい。

発掘したらこういう様子だったらしい、説明板を読んでもこれがどういう構造なのかよくわからなかった。



国分寺崖線にある現在の国分寺薬師堂への参道。

昔の国分寺の跡。

お鷹の道を歩いて、真姿の池へ。

ハケから湧き出ている真姿の池湧水。

そんなに水が湧き出ているようにも見えないが水量は多い。

崖を上がって、駅に向かう。

さきほどの中央研究所から流れ出た小川(野川)。

この後、国分寺駅南口で解散。
一人で東京都立殿ヶ谷戸庭園に行った。



紅葉がきれいだった。

ここにもハケからの湧水があったがいろいろと見た後なので、感激はしなかった。





紅葉がすばらしかった。

国分寺駅から特快で新宿へ帰った、電車が満員で驚いた。
ひさしぶりにスリバチフィールドワークをたのしんだ。
コメント
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