自分と云うのは、何時から自分に成ったのか、自分で自分に問いかけても分かりません。
誕生日さえも知(識)りません。
全部人間(じんかん)に因ってそのように教えられて来たのです。
自分で考えて創ったと云うものは、一つも無いのです。
私達衆生は人間「じんかん」に因って育て上げられ「知識を得」て来た自分を、本来の自分で有(在)るかのように「錯覚」して振る舞っているのです。
「人間(じんかん)」とは、新字源に拠れば漢文では原則として、人の意と区別して「じんかん」と読むと記されています。