
10月22日
今晩は、KAZI(舵)2004年6月号、7月号と連載された、近代西洋型快速帆船大研究の中から、98フィート・レーシングヨットZANA〈ザナ〉の解説の後半から。(text by Compass3号)
近代西洋型快速帆船大研究
Vol.1 ZANA
文/西村一広
Text by Kazu Nishimura
(昨晩からの続き)
CBTFかウォーターバラストか
〈ザナ〉のアッペンデージとしてブレットはCBTF(カンティング・バラスト・ツイン・フィン。詳細は来月号)を最初に検討した。CBTFは50ft~70ftのサイズの外洋艇ではすでに実績があり、話題のMaxiZ86クラスでも採用されているシステムである。
結果として、〈ザナ〉ではCBTFは採用しないことになった。それは、この艇の第一のターゲットが、少なくともレース中の何時間かは、ほぼ間違いなく荒れるシドニー~ホバートだったからだ。
バス海峡を寒冷前線が横切って南風が入ると、98ftの大型艇といえども大きなピッチングを繰り返す。バウが跳ね上がるとCBTFで船体前部に付けられるカナード(前ラダー)も空中に飛び出す。ブレットの計算では、バウが跳ね上がる高さは9mほどにもなる。ピッチングするということは艇が風上に向かって走っているということで、だから艇はヒールしている。つまり、空中に飛び出したカナードは、次の瞬間に9m近い高さから斜めに、角度を持って海面に叩きつけられる。カナードを横からへし折ろうとする、ものすごい水圧が加わるのである。艇の浮心の後ろにある通常のラダーが決して経験することのない荷重である。
このパンチングでカナードが折れてしまう可能性がある。といってカナードの強度をただ上げればいいというものでもない。カナードの構造が船体よりも強くなってしまうと、カナードが過大な荷重を受けたとき、取り付け部周りの船体のほうに浸水から沈没に繋がる深刻なダメージを与えてしまうからだ。
これらのことから、〈ザナ〉はCBTFを将来的なオプションとして残したまま今回はCBTFの採用を見送り、2つのモードのバラスト・システムを使うことになった。一つは、ウォーターバラスト(片舷容量5トン)と軽めのバルブキールの組み合わせ。もう一つは、ウォーターバラストを使わず、重めのバルブキールだけを使うモードである。
ウォーターバラストを使う場合、いかに早く海水を注入・排出し、左右のタンクを入れ替えを行なうかが、マーク回航やタッキング時に重要になってくる。〈ザナ〉では、この注排水にジェット・ポンプを採用している。これはライケル/ピュ-が2002年に設計した90ftマキシ〈ショックウエイブ〉にも採用されたシステムである。〈ショックウエイブ〉はそのジェットポンプを出入港時の推進力としても併用していたが、港内での細かな操船が難しく、〈ザナ〉ではこのアイディアは使っていない。
リベンジ
結果を先に言うと、2003年、〈ザナ〉はその最大の使命を果たすことに失敗した。〈ザナ〉と同サイズだがスウィング・キールを装備した〈スカンディア〉の弱冠39歳のオーストラリア人オーナー、グラント・ウエリントンに、ホバートのフィニッシュラインで15分の遅れを取ったのだ。スタート前のシドニーでは「〈ザナ〉のほうが圧倒的に速い」という評価を受けていながら、〈ザナ〉はフィニッシュ直前のパフに乗り遅れてしまったのである。
私が〈ザナ〉を訪れたのはそのフィニッシュから2ヶ月も後だったが、スチュワートの怒りはまだ新鮮なままで、10ヶ月も先の2004年のレースでのリベンジを誓った。改造を施した〈ザナ〉が今年のシドニーでどんな走りを見せるか、スチュワートとそのチームがどんな秘策を練ってくるのか。今年12月、私はそれを〈ザナ〉のクルーとして見届けることになりそうだ。
(続く)
PYEWACKET 帆船の進化は止まらない
さて、〈ザナ〉に続いて来月号で紹介するのは、MaxZ86クラスの〈パイワケット〉だ。CBTFを装備した全長86ftのインショア&オフショア・マキシである。
CBTFは、シングルハンド長距離レース艇のオープン60クラスやミニトランザットクラスで使われているカンティング・キール+ダガーボードの考え方をさらに進めたシステムである。このCBTFのメカニズムを中心に、話題のMaxZ86クラスを来月号で詳しく見てみることにしよう。
今晩は、KAZI(舵)2004年6月号、7月号と連載された、近代西洋型快速帆船大研究の中から、98フィート・レーシングヨットZANA〈ザナ〉の解説の後半から。(text by Compass3号)
近代西洋型快速帆船大研究
Vol.1 ZANA
文/西村一広
Text by Kazu Nishimura
(昨晩からの続き)
CBTFかウォーターバラストか
〈ザナ〉のアッペンデージとしてブレットはCBTF(カンティング・バラスト・ツイン・フィン。詳細は来月号)を最初に検討した。CBTFは50ft~70ftのサイズの外洋艇ではすでに実績があり、話題のMaxiZ86クラスでも採用されているシステムである。
結果として、〈ザナ〉ではCBTFは採用しないことになった。それは、この艇の第一のターゲットが、少なくともレース中の何時間かは、ほぼ間違いなく荒れるシドニー~ホバートだったからだ。
バス海峡を寒冷前線が横切って南風が入ると、98ftの大型艇といえども大きなピッチングを繰り返す。バウが跳ね上がるとCBTFで船体前部に付けられるカナード(前ラダー)も空中に飛び出す。ブレットの計算では、バウが跳ね上がる高さは9mほどにもなる。ピッチングするということは艇が風上に向かって走っているということで、だから艇はヒールしている。つまり、空中に飛び出したカナードは、次の瞬間に9m近い高さから斜めに、角度を持って海面に叩きつけられる。カナードを横からへし折ろうとする、ものすごい水圧が加わるのである。艇の浮心の後ろにある通常のラダーが決して経験することのない荷重である。
このパンチングでカナードが折れてしまう可能性がある。といってカナードの強度をただ上げればいいというものでもない。カナードの構造が船体よりも強くなってしまうと、カナードが過大な荷重を受けたとき、取り付け部周りの船体のほうに浸水から沈没に繋がる深刻なダメージを与えてしまうからだ。
これらのことから、〈ザナ〉はCBTFを将来的なオプションとして残したまま今回はCBTFの採用を見送り、2つのモードのバラスト・システムを使うことになった。一つは、ウォーターバラスト(片舷容量5トン)と軽めのバルブキールの組み合わせ。もう一つは、ウォーターバラストを使わず、重めのバルブキールだけを使うモードである。
ウォーターバラストを使う場合、いかに早く海水を注入・排出し、左右のタンクを入れ替えを行なうかが、マーク回航やタッキング時に重要になってくる。〈ザナ〉では、この注排水にジェット・ポンプを採用している。これはライケル/ピュ-が2002年に設計した90ftマキシ〈ショックウエイブ〉にも採用されたシステムである。〈ショックウエイブ〉はそのジェットポンプを出入港時の推進力としても併用していたが、港内での細かな操船が難しく、〈ザナ〉ではこのアイディアは使っていない。
リベンジ
結果を先に言うと、2003年、〈ザナ〉はその最大の使命を果たすことに失敗した。〈ザナ〉と同サイズだがスウィング・キールを装備した〈スカンディア〉の弱冠39歳のオーストラリア人オーナー、グラント・ウエリントンに、ホバートのフィニッシュラインで15分の遅れを取ったのだ。スタート前のシドニーでは「〈ザナ〉のほうが圧倒的に速い」という評価を受けていながら、〈ザナ〉はフィニッシュ直前のパフに乗り遅れてしまったのである。
私が〈ザナ〉を訪れたのはそのフィニッシュから2ヶ月も後だったが、スチュワートの怒りはまだ新鮮なままで、10ヶ月も先の2004年のレースでのリベンジを誓った。改造を施した〈ザナ〉が今年のシドニーでどんな走りを見せるか、スチュワートとそのチームがどんな秘策を練ってくるのか。今年12月、私はそれを〈ザナ〉のクルーとして見届けることになりそうだ。
(続く)
PYEWACKET 帆船の進化は止まらない
さて、〈ザナ〉に続いて来月号で紹介するのは、MaxZ86クラスの〈パイワケット〉だ。CBTFを装備した全長86ftのインショア&オフショア・マキシである。
CBTFは、シングルハンド長距離レース艇のオープン60クラスやミニトランザットクラスで使われているカンティング・キール+ダガーボードの考え方をさらに進めたシステムである。このCBTFのメカニズムを中心に、話題のMaxZ86クラスを来月号で詳しく見てみることにしよう。