10月23日
今晩は、KAZI(舵)2004年7月号に連載された、近代西洋型快速帆船大研究 Vol.2 PYEWACKETの前半から、CBTF(Canting Ballast Twin Foil)の搭載で話題となったパイワケットの解説。(text by Compass3号)
近代西洋型快速帆船大研究
Vol.2 PYEWACKET
文/西村一広
Text by Kazu Nishimura
さて近代西洋型快速帆船大研究第2弾、今月はMaxZ86クラス、CBTF装備の〈パイワケット〉である。
いきなりMaxz86クラスと言われても、いきなりCBTFと言われても、何のことだか分かる人は少ないはずだ。2つとも日本のセーリング界には存在しないものだからだ。これについては次のページから説明していくとして、まずは〈パイワケット〉という快速マキシの横顔から紹介しよう。
およそ4億5千万円を掛けて全長87フィートの〈パイワケット〉を建造し、世界のレースを楽しんでいるオーナーは、ロイ・ディズニー氏。ご存知ディズニー王国創始者ウォルト・ディズニー氏の甥っ子である。現在はディズニー社の経営には直接タッチしていないが、辣腕のビジネスマンである。辣腕のビジネスマンでありながら、アメリカ西海岸きっての辣腕のセーラーでもある。ロイ・ディズニー氏のセーラーとしてのキャリアは50年以上に及び、これまでに数々のロング・レースを制覇している。
キム・ノバック主演の映画(ディズニー映画ではないが・・・)『Bell Book and Candles』に出てくる魔法の力を持つ不思議な猫「パイワケット」がロイのお気に入りで、そのマジカル・パワーを海の上でも発揮してもらおうと、自分のヨットの名前として使うようになった。今月紹介するのはその4代目の〈パイワケット〉(ライケル/ピュー87)である。
ロイはまた、先代〈パイワケット〉(ライケル/ピュー75)で打ち立てた、トランスパック(ロス~ハワイ)レース、マキナック・レース、そしてバミューダ・レースの最短所要時間記録保持者でもある。
先代の〈パイワケット〉が作った記録を破るべく誕生した4代目の全長は87.36ft(26.63m)。それに対する全幅は14.76ft(4.9m)。非常に細身のヨットである。排水量は21トン。このサイズのヨットとしてはかなり軽い。そしてセール・エリアは872.18m²もあって攻撃的だ。大きなセールエリアを持ちながら細い船型と軽排水量。このようなスペックを〈パイワケット〉に与えることを可能にするマジカル・パワーがCBTFである。
MaxZ86クラス
MaxZ86クラスとは、ボックス・ルールで規定された新しいオープン・クラスである。ボックス・ルールとは、長さ・幅・深さ・重さ・セールエリアなどのスペックが、定められた枠内であれば、設計は自由であるというルールで、勝敗は原則として着順で争われる。
同じ『着順勝負』のレースであっても、ワンデザイン・クラスと違ってオープン・クラスは設計に自由度がある。多くのレーシング・ヨットのオーナーにとって、どのデザイナーに設計を依頼するかを真剣に考え、そのデザイナーと一緒になって自分のアイディアを盛り込んだ独自の艇を創り上げていくことは、レースそのものにも匹敵する大きな楽しみの一つである。だが、ワンデザイン・クラスだと、この楽しみを味わうことができない。
IMSでもIRCでもPHRFでもない、もっと伸び伸びとした性能の高速ヨットで、ほとんど見えない相手との修正時間を気にするレースではなく、間近で息も詰まるような抜きつ抜かれつの、着順勝負の本来のヨットレースをしたい! しかも、自分のヨットには自分のアイディアを盛り込んで相手を出し抜きたい! そういうオーナー層の要望を満たすのが、オープン・クラスなのである。
世界一周レースに使われるオープン60クラス、ボルボ70クラス、アメリカズカップ・クラスなどが代表的なオープン・クラスだが、一般的な外洋ヨットには、今までオープン・クラスはほとんど存在しなかった。
その露払いとして北米で華々しくデビューしたのが、トランスパック52(TP52)クラスだ。TP52クラスは、艇体やセールの各諸元の範囲が定められたボックス・ルールで規定されるオープン・クラスで、今年あたりからいよいよ本格的に活動が活発化した。
そしてこのTP52クラスのアイディアを参考にして登場したのが、〈パイワケット〉も所属するMaxZ86クラスなのである。TP52が、純粋にクラス内でのレースを目的としているのに対し、MaxZ8は、それに加えてクラシック・レースでの最短時間記録更新を狙うオーナーたちが作ったクラスだ。ライバルたちとつばぜり合いの勝負も楽しみつつ、新記録樹立も狙うんだ、という欲張りなオープン・クラスなのである。
TP52のクラス・ルールが、1枚のキール(トリムタブは禁止)と1枚のラダーしか許してないのに対して、貪欲に絶対性能を求めるMaxZ86クラスでは、復元力を得る方法や水面下のアペンデージの選択にもかなりの自由度が与えられている。そんなクラス・ルールのもと、第1世代のMaxZ86〈ゼフィルス〉が採用したのがウォーター・バラストであり、〈パイワケット〉に代表される第2世代MaxZ86がこぞって採用しているのが、CBTF(Canting Ballast Twin Foil―スウィング・キールと前後ラダーの組み合わせ)なのである。
(続く)
今晩は、KAZI(舵)2004年7月号に連載された、近代西洋型快速帆船大研究 Vol.2 PYEWACKETの前半から、CBTF(Canting Ballast Twin Foil)の搭載で話題となったパイワケットの解説。(text by Compass3号)
近代西洋型快速帆船大研究
Vol.2 PYEWACKET
文/西村一広
Text by Kazu Nishimura
さて近代西洋型快速帆船大研究第2弾、今月はMaxZ86クラス、CBTF装備の〈パイワケット〉である。
いきなりMaxz86クラスと言われても、いきなりCBTFと言われても、何のことだか分かる人は少ないはずだ。2つとも日本のセーリング界には存在しないものだからだ。これについては次のページから説明していくとして、まずは〈パイワケット〉という快速マキシの横顔から紹介しよう。
およそ4億5千万円を掛けて全長87フィートの〈パイワケット〉を建造し、世界のレースを楽しんでいるオーナーは、ロイ・ディズニー氏。ご存知ディズニー王国創始者ウォルト・ディズニー氏の甥っ子である。現在はディズニー社の経営には直接タッチしていないが、辣腕のビジネスマンである。辣腕のビジネスマンでありながら、アメリカ西海岸きっての辣腕のセーラーでもある。ロイ・ディズニー氏のセーラーとしてのキャリアは50年以上に及び、これまでに数々のロング・レースを制覇している。
キム・ノバック主演の映画(ディズニー映画ではないが・・・)『Bell Book and Candles』に出てくる魔法の力を持つ不思議な猫「パイワケット」がロイのお気に入りで、そのマジカル・パワーを海の上でも発揮してもらおうと、自分のヨットの名前として使うようになった。今月紹介するのはその4代目の〈パイワケット〉(ライケル/ピュー87)である。
ロイはまた、先代〈パイワケット〉(ライケル/ピュー75)で打ち立てた、トランスパック(ロス~ハワイ)レース、マキナック・レース、そしてバミューダ・レースの最短所要時間記録保持者でもある。
先代の〈パイワケット〉が作った記録を破るべく誕生した4代目の全長は87.36ft(26.63m)。それに対する全幅は14.76ft(4.9m)。非常に細身のヨットである。排水量は21トン。このサイズのヨットとしてはかなり軽い。そしてセール・エリアは872.18m²もあって攻撃的だ。大きなセールエリアを持ちながら細い船型と軽排水量。このようなスペックを〈パイワケット〉に与えることを可能にするマジカル・パワーがCBTFである。
MaxZ86クラス
MaxZ86クラスとは、ボックス・ルールで規定された新しいオープン・クラスである。ボックス・ルールとは、長さ・幅・深さ・重さ・セールエリアなどのスペックが、定められた枠内であれば、設計は自由であるというルールで、勝敗は原則として着順で争われる。
同じ『着順勝負』のレースであっても、ワンデザイン・クラスと違ってオープン・クラスは設計に自由度がある。多くのレーシング・ヨットのオーナーにとって、どのデザイナーに設計を依頼するかを真剣に考え、そのデザイナーと一緒になって自分のアイディアを盛り込んだ独自の艇を創り上げていくことは、レースそのものにも匹敵する大きな楽しみの一つである。だが、ワンデザイン・クラスだと、この楽しみを味わうことができない。
IMSでもIRCでもPHRFでもない、もっと伸び伸びとした性能の高速ヨットで、ほとんど見えない相手との修正時間を気にするレースではなく、間近で息も詰まるような抜きつ抜かれつの、着順勝負の本来のヨットレースをしたい! しかも、自分のヨットには自分のアイディアを盛り込んで相手を出し抜きたい! そういうオーナー層の要望を満たすのが、オープン・クラスなのである。
世界一周レースに使われるオープン60クラス、ボルボ70クラス、アメリカズカップ・クラスなどが代表的なオープン・クラスだが、一般的な外洋ヨットには、今までオープン・クラスはほとんど存在しなかった。
その露払いとして北米で華々しくデビューしたのが、トランスパック52(TP52)クラスだ。TP52クラスは、艇体やセールの各諸元の範囲が定められたボックス・ルールで規定されるオープン・クラスで、今年あたりからいよいよ本格的に活動が活発化した。
そしてこのTP52クラスのアイディアを参考にして登場したのが、〈パイワケット〉も所属するMaxZ86クラスなのである。TP52が、純粋にクラス内でのレースを目的としているのに対し、MaxZ8は、それに加えてクラシック・レースでの最短時間記録更新を狙うオーナーたちが作ったクラスだ。ライバルたちとつばぜり合いの勝負も楽しみつつ、新記録樹立も狙うんだ、という欲張りなオープン・クラスなのである。
TP52のクラス・ルールが、1枚のキール(トリムタブは禁止)と1枚のラダーしか許してないのに対して、貪欲に絶対性能を求めるMaxZ86クラスでは、復元力を得る方法や水面下のアペンデージの選択にもかなりの自由度が与えられている。そんなクラス・ルールのもと、第1世代のMaxZ86〈ゼフィルス〉が採用したのがウォーター・バラストであり、〈パイワケット〉に代表される第2世代MaxZ86がこぞって採用しているのが、CBTF(Canting Ballast Twin Foil―スウィング・キールと前後ラダーの組み合わせ)なのである。
(続く)