風の旅人たち <再び海へ>

2006年06月14日 | 風の旅人日乗
6月14日 水曜日。

昨晩、成田のホテルに入り、今朝方、成田を飛び立って、イギリス経由でスウェーデンのイエテボリに向かって飛行中。
そこで、Compass3号をリモートコントロールしながらブログをアップすることにします。

さて、ターザン最新号(6/28 2006 No.467)に、<ジェロニモ>による太平洋横断最短記録挑戦録が掲載されています。
3回連載の初回は、日本人セーラーの代表として、サンディエゴに単身乗り込み、マリーナに上架されている巨大な<ジェロニモ>を見上げるところまで。
このターザン最新号、すでに書店に並んでいますので、お見逃しなく。

これからしばらくの間は、以前、雑誌に掲載された記事を、何回かに分けて掲載することにします。
まずは、2000年に舵に掲載された、風の旅人たちから。
(text by Compass3号)

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風の旅人たち《舵2000年08月号》

文 西村一広
text by Kazuhiro Nishimura

風の旅人たち
1-再び海へ

森とカヌーとポリネシア

ルイヴィトンカップのセミファイナルに負けてニッポンチャレンジ2000の活動が終わると、それまで海の上ばかりにいた反動が出たのか、やたらと山や森に行きたくなった。
ニュージーランドでも、日本に戻ってきてからも、休日は山を歩いたり森の中でキャンプをしたりして過ごしている。
ヨットを始めてから30年近く、毎年平均して1年に150日くらいは海に出ていると思うし、2週間と続けて海を留守にすることがなかったので、我ながら驚いている。
海が恋しいとはまったく思わなかった。
山の緑や森の静けさがとても気に入った。なにしろ、森を歩いている分には人と争う必要がない。心が穏やかでいられる。
毎朝海岸の砂浜を走ったし、仕事の合間には海辺にある公園にコーヒーを持っていってぼんやりと春の海を眺めたりもしていたが、ヨットに乗って海に出て行きたいとは思わなかった。
ゴールデンウイークの頃になってようやく海に出たくなって、相模湾のクルーザーレースに乗せてもらった。久しぶりにレースでステアリングしたが、レースになると自分の過激な闘争心がまだまったく失われてないことを知り、これはこれでとても嬉しいことだった。
そのレースが終わって、ある人物に会いに鎌倉に出かけた。
ハワイ人、タイガー・エスペリ。ハワイでは名の通ったサーフィン界のレジェンドだ。
タイガーは鎌倉に拠点を置き、古代ポリネシア人が太平洋を航海するのに使っていた外洋カヌーを模した大型カヌーを日本で作り、日本を周りながら日本の子供たちをそのカヌーに乗せたい、という夢を持っている。
彼の話を聞いていて、日本人が立てるその類の企画にはない、とても純粋なものを強く感じたので、自分ができるすべての協力をするつもりになった。
このタイガー・エスペリの計画を、日本人として中心になって支援している内田正洋さんという人物を紹介してもらい、僕が住んでいる葉山のすぐ南、秋谷にある彼の家まで歩いて話を聞きに行った。
内田さんは、近々出版するシーカヤックの本の原稿を書き終えたばかりで疲れているようだったが、夕暮れの相模湾を見下ろす部屋で冷たくしたウオッカをクイクイと飲みながら、ポリネシアカヌーの歴史や現在進めている計画を熱心に話してくれた。
パリ-ダカール・ラリーに日本人として初めて出場したり、シーカヤックで台湾から沖縄、沖縄から東京まで漕ぎ上がってきたりしている内田さんは、ぼくが普段接している近代日本人セーラーとはかなり趣を異にする、興味深い人物だった。
日本セーリング連盟の神奈川県支部にもこの古代セーリングカヌーの計画に協力を求めようと、2人して、おなじ葉山に住む大庭さんの会社に押しかけることにした。
大庭さんは日本セーリング連盟の選手強化部長でもあり、470級女子のオリンピック最終選考レースがあったハンガリーから帰ってきたばかりだったが、熱心に話を聞いてくれ、鐙摺のヨットハーバーを使うことも含めて、葉山町長に話を持ちかけてみようと提案してくれた。
なんとなく、心がウキウキと楽しかった。
自分自身のやりたいことは何年努力してもなかなか実現せず、少し辛いなと思う時間がないわけではないのに、自分ができる範囲のことを手伝うことで人の輪が広がり、他人の夢が少しずつ前進していくのを見るのは、自分でも驚いたことに、嫌なことではなかった。
そんな心地よい気持ちのまま日本を出てニュージーランドに戻り、プロセーラーとしての自分の仕事を再開することにした。

南半球の冬

6月、ニュージーランドは冬真っ盛りだ。
冬のオークランドは、雨季とも言っていいくらい毎日雨が降る。ほとんどいつも風が強い。南極から直接吹いてきたように冷たい南風の日は、赤く色づいた落葉樹の葉が街の中を舞い、ハウラキ湾は波で真っ白になる。
冬のオークランドにやって来た日本人は、この惨めな気候に打ちのめされるか、二度と再びニュージーランドなんかに来るものか、と決心してしまう。
オークランド市街からハーバーブリッジを渡り、北に10分ほど車を走らせたところにあるカスタムボートビルダー、クックソンボートではブルース・ファーがデザインした全長47フィートのIMSレースボートが完成間近だった。
このレーシングヨットは今年、2000年8月にハワイのケンウッドカップ、9月にサンフランシスコのビッグボートシリーズを転戦する。

(無断転載はしないでおくれ)