御託専科

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加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」

2009-09-22 17:28:32 | 書評
加藤さんの論議はいつもいい感じだなあと思っていたので迷わず買った。一時期八重洲ブックセンターの週間ベスト1を占めていたらしいが、ちょっと意外。案外日本人もたししたもんだ。
栄光学園の歴史クラブの生徒への講義という形をとり日清戦争から第二次大戦までを俯瞰している。それぞれの時期をまともに丁寧に掘り起こしているだけに簡単にまとめるのは難しいが、それぞれの掘り起こしや集成は大変貴重である。

最近はよく言われているのかもしれないが松岡洋右がいかにまともな人物であったか、などを初めとして、
ロシア革命をになった人々がフランス革命の帰結としてのナポレオンの登場を反面教師として、トロツキーではなく田舎モノのスターリンをレーニンの後継に選んだこと、
普通選挙運動は三国干渉で遼東半島を返還させられた情けない政府への民意反映運動だったこと、
山縣は日露戦争に反対だったこと、
日露戦争では戦場における中国人民の協力があったこと、
日露戦争後増税が実施され国税10円以上を払う選挙民が2倍に増えたこと、その中に商工業者・実業者が多く含まれていたこと、
アメリカ議会がウィルソン批判の一環として3.1運動を利用して日本を強く批判したこと、
リットン調査団の報告書が出されたあとに陸軍の熱河作戦という閣議決定を経た正当なまた尤もな戦闘により国際連盟の解釈上除名もありうる事態となったが、天皇裁可の取り消しは政治上難しく、除名される前に脱退することにしたこと、
アメリカが日本南進(仏印進駐)に報復したのは、モスクワへ向かってドイツ軍が進行する中、苦戦のソ連を側面援助するためであったこと、
蒋介石はチャーチルにインド人にインド解放を約束せよといい、チャーチルは干渉するなとすごんだことなどなど。

上は小生は初耳だったものを並べているがそのほかにもいっぱいあるのでまた時々見るべし。

さて、序章のところで面白い論議とそれに対する小生の異論があるのでここに記す。
ベトナム戦争の失敗を分析したハーバードのメイ教授はその原因を次の三原則にまとめている。
①外交政策の形成者は、歴史が教えたり予告したりしていると自ら信じているものの影響をよく受けるということ。
②政策形成者は通常、歴史を誤用するということ。
③政策形成者は、そのつもりになれば、歴史を選択して用いることが出来る。
で、加藤さんは「メイ先生の言いたいことをはっきり言ってしまえば、政府を引っ張るような政策形成者は、歴史をたくさん勉強しなさいね、ということです。」とまとめている。
しっかしねえ、誤用だとか偏った適用だとかを事前に論議するのは至難のわざだよねえ。メイが挙げる歴史の誤用の例として「中国の共産化による喪失」というトラウマがベトナムへの介入をさせた、と言っているが、それもどうかなあ。そのトラウマがなくても全ベトナムの共産化を座視するということはありえなかったようにも思うが。
ここはやはり、「大賢は大愚に似たり」だな。歴史とか経験は、知り尽くして超越するか、知らずに正しいことをすれば良い。適用するとか教訓を用いる、といった小ざかしい利用は一番危険なのじゃなかろうか。