御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

文春200903号「東郷外相は日米開戦を阻止できた」 と 東郷和彦「歴史と外交」

2009-02-28 10:20:59 | 書評
なんだ、そうだったのか、と思った。前者は最近の公開文書等から東郷和彦「悲劇の外相」論を否定し、むしろひ弱で木っ端役人じみた人間が、野村や来栖の剛毅な現地での努力をむしろ妨害する様子や、ハルノートで簡単に天を仰いでしまう根性のなさを指摘している。辞職という強硬な手段も使わず終わってしまった。

なるほど、との思いを余計に強くしたのは、その孫である東郷和彦氏の「歴史と外交」を読んだ直後だったからだ。鈴木宗男への国策捜査のとばっちりを受けた碩学の外交官、北方領土極秘交渉もすばらしい本、その彼が靖国、慰安婦、台湾問題、原爆投下、東京裁判を論じているのだ。読まない手はない。
と、勇んで読んだのだが、なにかつまらなかった。確かにいろいろと知識は増えたのだが、なにか、こう、卑屈なのだ。たとえば従軍慰安婦のところでは「歴史的認識を超えて現在の米国で嫌がられているのでありそれはそれとして真剣に取り上げよ」という米国人の主張を長々と取り上げている。しかし、過去のことを現在の価値基準で裁くならインディアン虐殺や黒人奴隷問題などは従軍慰安婦をはるかに上回る問題なのだから、それとの並行を論としては保つべきだろうし、そういうことを論者に指摘してもよかろう。すべてがこんな感じだ。日本に悪いところはあるが世界はもっと悪辣なんだ。負けたからといっていつまでも卑屈になる必要はないのだと思う。

祖父が祖父なら孫も孫、なんてつもりではないのだが、結局書斎の人たちかなあと思ったしだい。

奥田 英朗「ララピポ」

2009-02-15 22:05:47 | 書評
性風俗系の話を軸とした6人のせつない人たちの物語。口述の原稿起ししかしていない一流大学卒のライター、その上に一時期住んでたキャバクラのスカウト、ごみ屋敷にすむ淫乱主婦、気が弱くて物事を断れないカラオケ店のアルバイト、高校生買春にのめりこむ官能小説家、男を連れ込んでは隠し撮りして裏DVDとして流す口述の原稿起しをしているデブの女の子。

最後の方でデブの女の子がいってるのがせつない。
「かえりに渋谷の町の歩いた。・・・ファッションの町だけあってみんなおしゃれだが、本当にかっこいいのはごく少数だった。大半はその他大勢で、二割程度は華やかな景色を壊す異物がまぜっている。それは単純な美醜ではなく、全体からかもし出される雰囲気がさえないのだ。人から見れば、自分もその仲間なのだろうけれど。
この人たちはどうしているのかなーー。ふとそんなことを思った。世の中には成功体験のない人間がいる。何かを達成したこともなければ、人から羨まれたこともない。才能はなく、容姿には恵まれず、自慢できることは何もない。それでも、人生は続く。この不公平に、みんなはどうやって耐えているのだろう。」
ほんとせつないね。
もっと最後のほうでは、
「渋谷の町を歩く。道行く人たちをぼんやりと眺めた。みんな、どんな人生を送っているのだろう。みんな、しあわせなのだろうか。
考えるだけ無駄か。小百合は鼻息を漏らした。泣いても笑っても、どの道人生はつづいていくのだ。明日も、明後日も。」
と、同じことがなんとも詩的に語られる。いや、奥田さんは才能がある人だなあ、と思う。

途中まで読んでて、こんなんとてもそのまま映画に出来ねえよ、と思っていたが、うまくやればとても切なく素敵なものになるだろう。特に渋谷の雑踏の絵と小百合のせつない上の独白を重ねた場面はとても素敵な哀愁の絵となりそうだな。

篠田節子「仮想儀礼」

2009-02-15 21:42:12 | 書評
失職した中年2人組が、そのうちのひとりが書いたロープレゲームのアイデアを参考にしつつ新興宗教を興し、最初細々とやっていたのだが強力なスポンサーを得て信者7000人を数えるに至るのだがさまざまな悪意や不運に見舞われて没落、最後に残った純粋にして狂信的な女性信徒とともに旅に出て、その間殺人を犯して仕舞う。最後はまあおとなしく警察に捕まり、法の裁きを受ける。最後の最後は最後まで純粋だった信者の女性と更迭された有力スポンサーの経営者が高齢者向け給食センターを始め、教祖の出所を待つ、という意外にほんわかとした終り方であった。

さて、どう評価すればいいかなあ。恐らく最大の特徴はきわめてリアルであるということだろう。現実に集会所を手に入れる過程から始まって信者の寄進から発生する税負担、スポンサー企業の具体的な様子、政治家の圧力のかけ方や仏具商の姿をした闇ブローカーの様子、マスコミの乱心とも言えるエスカレートぶり、中核信者たちの抱えるそれぞれの重い事情、信者同志の人間関係などがとても具体的であり面白い。

万一僕自身が新興宗教をやるとすれば、マニュアル替りに読み直すだろうな。宗教という事業の現実が実に良く描かれている。