御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

「逝きし世の面影」渡辺京二

2007-08-24 11:21:21 | 書評
平沼議員が何度も薦めていたので買ってみた。文庫とはいえ3-4冊分はあろうかという浩瀚な本に江戸末期から明治初期にかけて外国人が見た江戸を中心とした日本の様子がかいてある。

封建社会の一つの完成型として、社会全体が下層者も含めて楽しげにまた美的に暮らす様子が描かれている。14章にわたり手際よく分けられてまとめられた記述はランダムに読んでも楽しめよう。ただし、12章から14章(終章)にかけてはさすがにまとめに向かうだけあって、筆者の総括的感慨がさらりさらりと散見される。またそれが見事である。

「いわば人間はまだ、自分自身を見つめてはいなかった。彼の目は自分がその一員に過ぎぬ森羅万象を見つめたのだった」
「そして何よりも、世界資本主義システムが、最後に残った空白として日本をその一環に組み込もうとしている以上、古き文明がその命数を終えるのは必然だったと説かれる」

とまあ引用したところでこの本の面白さはわからんね。まとめたところでもつまらんし。なんだか生や仕事への価値観がひどく違うのでとても刺激になる。つらつら見ながらこれから生きてゆく価値の軸を考えるのはほんといいと思う。しばしば読み返す本であろう。

ところで、渡辺氏のもともとの問題意識は1945年までの昭和を理解したいという事であったそうな。これは小生の問題意識も存在する分野である。その中でたどるうちに近代化の始点を見る必要があったようだ。是非長寿を頂き、石原莞爾が「一億総懺悔」と言った100年を書き尽くしていただきたいと思う。

「現代の貧困」岩田正美

2007-08-13 15:17:46 | 書評
いくつかふと思い当たる発想を頂いた。
>格差は効率と照らして論議可能なことではあるが貧困は「あってはならないこと」であり社会の統合を保とうとする限りは撲滅すべきものである。
>標準的でない生き方をする人の貧困率はきわめて高い。
>日本の制度は異様に保険好きである。

筆者が「一時的貧困」か慢性的かが人生にとって問題であるとすれば、かつての日本の社会は今は(あるいは親自身は)貧しいが将来(あるいは子供)は幸福になりうる、というモデルだったかな。そのモデルを取り戻さなければならないのだろうかな。できれば1代型で。

小泉劇場人気の秘密

2007-08-12 18:25:29 | 時評・論評
標記の件に関してはなかなか考え方の整理がついていなかったが本日(8月12日)読売朝刊の佐々木毅氏の論考を読んで思い当たるフシがあった。

佐々木氏の論考を都合のよいようにまとめると次のとおり。
①民主棟の勝利は、小泉路線で見捨てられた地域であり部門に働きかけることで、かつての自民党の王国であった一人で圧勝することでもたらされた。
②この「小沢民主党」戦略は、今や日本には二つの国民がおり、それは構造改革とグローバル化における勝者と、それによって見捨てられ、見放されつつある敗者である、との認識に立脚している。
③小沢戦略はこの点への覚醒を促し、敗者の政治的動員に成功した。
④小泉政権はこの点が政治的に利用されることを巧妙に防ぐ事で存続していた。

「抵抗勢力」の演出は、上記の意味での「敗者」を、より守るものが大きい既得権益層とその他に分けて敗者内の分断を図り、上の意味でのあからさまな「勝者」と「敗者」の対立を巧みにかわして来た、ということになる。

三島由紀夫「金閣寺」

2007-08-10 11:20:58 | 書評
入院中古典を訪ねて第2弾。
三島由紀夫って当時はどう言う視点から面白がられたのかなあ。
この小説自体は社会的弱者のありうべき心理と行動をそれなりによく考え手いるように思う。それは桐野が最近書いた残虐記も同様である。

できのいい時事テーマ小説以上のものじゃあないんじゃなかろうか。別のも読んで見よう。

カラマーゾフの兄弟

2007-08-08 15:55:08 | 書評
病を得て入院していたため読む機会に恵まれた。
フョドール・カラマーゾフを父とする3人の兄弟、ドーミトリ、イワン、アリョーシャ、そしてスメルジャコフの物語。フョドール殺しと、フョドールとドーミトリの女の取りあいを軸とした犯罪・裁判サスペンス。というところか。といってもみんなよくしゃべるのでずいぶん長い。

紹介文章などでは常に思弁的とか哲学的といったいい方がされるが、とくだんそこまでとも思わなかった。社会が変動して行く中で現状とその背景、自分の認識、社会への適応の加減などをいちいち語りながら行動すればこんなもんだろう。現実がゆれていて、戦時ほどには急速な反応が求められないときは人間はこんなもんだろう。戦時外の乱世の書である(戦時は行動パターンが決まった世である)。

評判の高い大審問官もそれほどのものだろうか。1600年たてば大乗化した成熟宗教と原始の小乗宗教の差は明らかだ。それが出会えば折り合いが悪いのは当たり前である。

知識人が難しそうなものを仏壇に供える癖があるので拝まれた本だな、これは。面白いけどね、小説としては。