御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

藤原正彦「国家の品格」

2005-12-21 00:21:47 | 書評
藤原正彦氏の「若き数学者のアメリカ」はとても感動的な本だった。それで久々に氏の本を読んでみたわけだが、正直失望した。
ま、「変わった国」になるのがなぜいけない、って主張はもっともだと思うが、かつて存在もしなかった武士道を持ち出してきて世直しの切り札とするのは方法論としてあまりに荒い。また、主張の中核である論理の無力さにしても、それはとおにわかっていることだ。真実の証明は仮言的命題しか出来ない。それをもってして西洋文明を無力とするのはいかがなものか。
氏の言う「情緒と形」に集約される日本的美徳・生き方は自分も大好きだしできるだけそう生きたいと思う。が、それを個人的な主義から社会的あり方へ広げるにはやはり方法論が必要だし、現状の情勢判断と丁寧な歴史認識が必要だ。そのあたりを論じるなら喜んで論じたいが、日本の美徳を列挙するだけなら選民思想を喧伝する書に過ぎない。
週刊新潮で福田和也氏がこの本を高く評価したのを見てこれもがっくりきた。彼の、該博な知識と強靭な論理構成力と見えたものはいったいなんだったのか。僕は右翼であることは人後に落ちないが、一部の右翼論者の選民思想的日本賛美はただの与太話以上のものではない。

羽入辰郎「マックス・ウェーバーの犯罪」

2005-12-20 23:59:39 | 書評
うーん、なんか次々と従前の枠組みが壊れていくような気がする。
この本は、ウェーバーの「プロテスタントの倫理と資本主義の精神」が資料操作にまみれた犯罪的作品である事を言っている。さすがに細かい論証をいちいち追う気力はないが、納得は十分できる。僕も最初に読んだときに重厚で魅力的な雰囲気は大好きだったが、フランクリンの使われ方は少々違和感を覚えた。むしろそんなところより中世にぶどう園で働く人の給与を倍にしたらみんな半分しか働かなくなった、なんて(多分末葉の)エピソードをよく覚えている。

最近事大主義的な論議はすべてのことが単なるまやかしだったんではないかなあと思うところがある。それはフッサールやハイデッガー、デリダなども含みもしかしたら立花隆や養老さんなんかもそうなんかな、なんて思う。小泉さんが(僕の中では)まだましに見えるのは実行すべきことと結びついた言説だからだろう。知識人的発言なら見向きもしない。

著者の言っている「ウェーバー産業」に関する記述は殆どすべてのまやかしの言説に当てはまる。
①わからない言説だからこそ魅力がある。不可解ななぞめいた言葉だからこそ人々を魅了する。
②中に「わかる」と称する人が出てくる。そして不可解な言説の解説本などを出し、不可解な言説を秘教に高めてゆく。
③わからぬ人は、「わかる」という人を見てあせり、羨望し、いつかわかろうとする。いわば秘教の一般信者となる。

加藤尚武氏が「現代思想はマッチポンプかも」なんていってたが、そうなんじゃないかな。それを極めれば普遍にたどり着き涅槃に入れるような思想体系なんてないんだろうな。

著者は大変な勇気で「ウェーバー産業」の構造設計書の欠陥を暴いたわけであり賞賛に値する。強靭な地頭を持つ奥様もすばらしい。真実の提唱のためか、失礼ながらあまり恵まれない境遇に見えないわけではない。真実を語ることのコストが高い世の中とどう付き合えばいいんだろうね。

みずほ証券大量発注ミス 東証の責任

2005-12-09 11:22:24 | 時評・論評
みずほ証券の大量発注ミスが市場の騒ぎとなっている。
これについては東証の市場運営に疑問がある。
①発行済株式数の40倍の発注を受け付けてしまうシステムとなっているのはなぜか。
②「同証券はご発注に気づいて注文の取り消しを東証に要請したが、東証のシステムに認識されず、間に合わなかった」と9日の日経にあるが、これはどういうことなのか。東証のシステムの欠陥なのか、それともあわてていてうまく操作ができなかったということなのか。前者ならどうしてそうだったのか。
③事態についての釈明をみずほのみに負わせているのはなぜか?非がないと思っているのか?
などなど。ま、誰もが思っていることだろう。

何度もいうが株式会社なんだからその商売上の問題発生にはちゃんと釈明すべきだ。対応の遅さと不透明さが独占ゆえの弊害なら、PTSを待つ前に東証自体をさっさと分割すべきだ。

直後の追記)
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東証の天野富夫常務は9日未明、みずほ証券がジェイコム株で誤った売り注文を大量に出した問題で記者会見した。この中で同常務は、極端に多い売り注文数から誤発注を疑った東証が、注文取り消しを3回にわたって要請したにもかかわらず、実行されなかったと指摘。「東証の手続きに誤りはない」と強調し、みずほ証側の失態との見方を示した。 
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Yahooにこんな記事が出ていた。取り消し要請がホントなら東証に責任はないか、非常に軽いわなあ。

(また追記)
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みずほ証券は八日午前、ジェイコム株を「一円で六十一万株」売る注文を出した後、誤りに気付き、一円での売り注文を取り消そうとした。しかし、ジェイコム株は、この時点で初値である六十七万二千円プラスマイナス十万円の値幅制限内でしか取引できないため、みずほの出した取り消し注文は無効とされたという。

 東証は、値幅制限下限の五十七万二千円で取り消し注文を出していれば実際に取り消されていたはずだと説明している。
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少し見えてきた。3回にわたり取り消しを要請し、3回トライしたのだが、取り消しの入力方法を間違えていたということだろう。しかし、もともと1円の指値売りが通って、そのあと初値がついたから572000円に指値が「変わった」というのもぴんと来ないだろうなあ。そう言うルールがあるとはわかっていても、そんなの実地に体験する機会はほとんどなかったろうし、ましてやパニクってるときだから無理もないかもしれない。東証の人は教えてあげなかったんだろうか?
そもそも発注を特定するのに価格と数量を入れないと特定できないというシステムになっているのは使い勝手が悪い。個人のネットトレードだったら発注リストの画面で当該トレードをクリックすることで取り消し手続きができるが、その類(発注番号でもいい)の方法をとることはできないのだろうか?
操作性に難があるシステムならそれは問題だし、それを前提とするなら操作は相当慎重でないといけないね。
もうひとつ派生して思うのは、もし取り消しに関して上記のやり取りがあったとすれば、買を入れる、という判断は東証の示唆かもしれない。「うーん、とりけせませんか。。じゃあ同額の買いを入れてください」なんてね。想像するとなんとおっそろしく緊迫したやり取りであることよ。。。 東証が自己勘定での売りと買いを薦めるとは何事だ、という声もあるかもね。ま、それはその通りだが緊急事態で致し方なしとしてあげてよいとは思う。
それより、こんな取引が(少なくとも1度は)チェックなしではいるなら、空売り規制って事前チェックはできないってことなんだろうか?Uptickルールも含んでってことだけど、要は検査のときにわかるというだけなのか?不思議だ。

12/12追記
案の定、と威張るつもりもないが、やはり東証のシステムに問題があったようだ。やっぱり、指値が1円から572000円に変わったことを認識しなければ取り消せないということはないよね、Dosのコマンドラインの時代じゃあるまいし。それに、そういうふるい形であったとしても、指値や発注番号、数量などを全部にゅうりょくしていっちしなければならないといったような使い勝手の悪い取り消し入力方法はほとんどありえないよね。そんなんじゃあこれまでにもミスは続出しているはずだし。
東証のシステムがどのように問題だったのかは詳しくはこれからわかるだろう。それにしても今回の東証の対応は問題だよね。「調査中」っていってりゃまだいいけど「自分に非はない」といったんじゃあ話にならないよね。

もうひとかけらの勇気があれば・・・

2005-12-06 10:02:29 | 時評・論評
Yomiuri-Onlineにこんな記事があった。
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福岡市で11月、福岡県警博多署に保護された同市内の少女(18)が、生まれてからほとんど外出を許されず、義務教育も受けないまま育てられたことがわかった。
同月初旬、母親(40)が少女への傷害容疑で県警に逮捕されたことから、明らかになった。福岡市教委などは約11年半前から未就学を把握しながら、事実上放置してきたことを認めている。
同署によると、少女は10月28日午後、テレビを見ないとの言いつけを守らなかったとして母親から顔や背中を殴られ、はだしで家を飛び出した。所持金はなく、同市内の公園で寝泊まりし、水を飲んで空腹をしのいだという。11月1日午後、通行人に助けを求め、保護された。
 少女の身長は小学校低学年並みの1メートル20で、かなりやせていた。ゆっくりとした会話はできるが、漢字の読み書きや計算はできない。
 同署の事情聴取に対し「ずっと家の中で暮らしています。買い物もしたことがないし、友だちもいません」と話した。
 母親は、少女を就学させなかったことについて、「物を壊したり、排せつがうまくできないなど発育の遅れがあり、外に出すのが恥ずかしかった。他人の迷惑になるとも思っていた」と説明した。
 少女は父母と姉、兄の5人家族。父親は留守がちで、姉と兄は既に独立しており、ほとんど母親と2人だけの生活だった。
 博多署はネグレクト(育児放棄)の疑いもあるとみて捜査したが、養育を完全に放棄したとはいえないと判断、傷害容疑だけ立件した。
 少女は現在、検査入院している。
 一方、市教委は少女が小学校に入学する年齢に達した時から、中学校を卒業すべき年までの9年間、校長らに月1回のペースで家庭訪問をさせていた。
 しかし、母親が「娘の具合が悪い」などと面会を断り続けたため、少女の姿は一度も確認できなかった。
(2005年12月6日3時17分 読売新聞)
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かわいそうなことだ。なんとかこれから立ち直ってくれるといいと思う。

ここで話題にしたいのは学校関係者の気持ちである。もしかしたら今後週刊誌などで教師の怠慢が非難されるんだろう。それでも思うのは、月に一回家に行っていたなら、少なくともその初期はなんとかしたい気持ちがあったはずであり、何人かの関係者のうちには義憤に溢れた人もいたはずである。それなのにこんなことになってしまった。母親に強制力を発揮して子供を保護することができなかった。
どういうことかと思う。別に教師の怠惰を言っているわけではない。踏み切ることをためらわせた事情はなんなのだろうと、少し悲しく思う。下手に母親に騒がれると娘を救おうとしたものが悪者になる仕組みが社会的に存在するのだろう。マスコミはもちろんそうだろうし、場合によっては警察もそうかもしれない。
仕組みが常に問題だ。世の中の8割の人は状況により勇者にもなれるし卑怯者にもなれる。勇者を輩出する仕組みがとても大事だ。それこそ本当の政治というものであろう。

構造計算書偽造と役所の責任

2005-12-02 10:54:37 | 時評・論評
前の会社で思ったことだが、とっぴな人間や悪意のある人間、怠惰な人間はいる。しかしそれを入り口で出来るだけ防ぎ、また問題が発生したらそれなりの処罰や説得、配置転換、解雇などで対応してできるだけ正常稼動を保つ、というのが経営である。前の会社には入り口以降の仕組みが大きく欠落していた。
さて、何がいいたいかというと、今回の構造計算書偽造問題で、あれこれ悪玉は出てきているわけだが、その悪玉が放置される仕組みを作っているのは役所である。役所の責任は大きい。上の会社の例で言うと、末端の職員が大きな問題を起こせば経営者は責任を問われる。管理責任である。これに照らせば、本来役所は管理責任を問われてしかるべきである。そしてそれが一番大きな罪である。国土交通省も取り締まられないといけない。民意を反映した役所の取り締まりをする、会社で言えばドイツ的監査役の役割をする、官邸または国会直結の機関が必要だろう。
会計監査院や検察が一部分その役割を果たしているが、もう少し統合的な動きが必要だ。また、いまでも検察の恣意性のような専横があるので、それを更に抑止する仕組みは必要だろう。

東証の勘違い、取引所の勘違い

2005-12-02 10:21:58 | 時評・論評
黄金株の論議を巡ってはまたつまらぬ話になっている。
前の西武やカネボウの上場廃止論議でも同じようなことを言ったが、要は東証は分をわきまえていないということだ。結論の是非はともかくとして、黄金株を導入するかどうかは株式会社制度に関する国家的意思決定であり、また、黄金株を導入した企業の株式を買うか買わないかは投資家の判断である。国家的意思決定にせよ投資家の判断にせよ、東証は介入すべきことではない。海外の投資家や取引所を引き合いに出すのは筋違いだ。海外投資家が嫌なら買わなければいい。海外取引所は東証と同じく間違っているかもしれない(もちろんこれは国ごとの商法・証券取引法との絡みがあろうから今私は断定できないが)。
以前は大蔵省の手先、というか自主規制機関としての役割が強かったかもしれない。しかし東証はもはや資本市場の番人のひとりではなく、取引所の主催者に過ぎない。自ら株式会社化したいま、彼らは制度を受け取る側であり制度を管理し規制する側ではないのだ。NTTが民営化された後はNTTは国家の通信政策決定の主体ではもはやなくなった。通信の例で考えると、もっと多くの私設市場を設けて東証を「大きいながら1つのプレーヤー」の位置に持ってゆく事が必要だろう。今朝の新聞に出ていたように、東証が黄金株がいやなら他の取引所が黄金株発行企業の株を上場すればよい。独占による専横は醜いことだ。

12/6 追記
・11月号の証券アナリストジャーナルは取引所の特集で、上記の論旨に関係したペーパーがいくつかあった。「証券取引所におけるガバナンスのあり方」大崎貞和 では米SECが自主規制機能と市場運営機能のあり方について「コンセプトリリース」なるものを出しているそうだ。7つの案が提示されており、7番目にSECが自主規制機能、市場運営機能を取引所、という案が提示されている。多分これが概念的には一番すっきりする。ただ、論者はそれほどはっきりした結論は出していない。
・「なぜ村上ファンドは大証の大株主になれないのか」滝田好夫 は痛快だった。自主規制機能と公共性を正面から論議することなく株式会社化し更に上場することの問題点というか知的なだらしなさを痛烈に批判している。一方的に取引所側を攻めてるのではなく村上ファンドについてもその勘違いや知的問題を指摘しており、公平かつ率直なペーパーとなっている。小宮隆太郎氏や小谷清氏みたいに痛烈で的確な論考である。学者さんはこうでなくっちゃね。