御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

「変態仮面」を見てきました(ネタバレあり)

2013-05-12 14:55:26 | 書評
最近公開された「変態仮面」を見てきた。正義感の強い父親とSM嬢の母親から生まれた高校生が主人公。正義感が強いのだが喧嘩は弱い。ただしやはり母親の変態の血を受け継いでおり、女性のパンティを顔にかぶると異様に強い変態仮面に変身する。その彼が同級生の女子高生に恋慕しながらサラ金強盗や学校への様々な殴り込みを解決し蹴散らしてゆく。最後の戦いではついにあこがれの同級生女子高生のパンティをかぶって最大限のパワーを発揮する。

とまあまとめて書けばこれだけのこと。だが下ネタ系でいちいち面白く、引き伸ばしが全くなく密度の高い芝居(というかコント)が続くのでとっても楽しめる。驚いたのは客席で、ほぼ満席でしかもカップルがかなりを占めた。どうもソーシャルネットで評判が広がっているらしい。若いカップルがこんな男から見た下ネタを見てどうすんだろう、なんて思うが、案外今の若い人たちはそのへんはさばけてるのかね。女性もカマトトぶったり(←古!)ツンツンしたりしないんだろう。ま、いいことだね。

テレビドラマや映画全般の動きを鳥瞰しているわけではないのでよくわからないが、前々回触れた「みんな!エスパーだよ!」といい、なにやらタブー的なものを避けるとか格好を付けるといったことが(すべての方面ではないが)一部ではどんどん解禁されている方向にあるように思う。「エスパー」なんて男性自慰器具のTengaまで登場している。そういえば「モテキ」の映画版で長澤まさみが主人公に借りて着たTシャツに「I Love TENGA」ってあったね。
そういうのをけしからんだとか最近の映画やドラマはきつい下ネタで人を引きつけているとかいうオジサンもいるかもしれないが、それはまあ間違いだろうな。下ネタで引きつけているんじゃなくて、自然にやるとそうなるのだ。男子中学生・高校生の頭の中は3割かそれ以上性のことばかり考えている。その彼らの視点から物語を作れば下ネタ的妄想が満載になるってのはむしろ自然なんだろう。そういう自然から見れば古典的な優等生はもちろんのこと、ヤンキーや尾崎豊風の満たされぬ若者も不自然なつっぱりに見える。変態仮面もエスパーも、自然に生きよう!って言ってんだよね。


再び石崎ひゅーい。

2013-05-12 14:30:30 | 時評・論評
今度は石崎ひゅーいの「第三惑星交響曲」。実はこれも歌えるようになろうと思っていて、不覚にも途中で落涙してしまった。

優しい顔もシワもエプロンも全部
土星の輪の中に投げる
僕ら皆笑っていた

君がずっと泣き止まないものだから
神様もワンワン泣いて
僕たちは祭囃子のなか

このあたりでぐっときてしまった。こんな多義的な歌詞の何処に涙腺を刺激するものがあったのか。安直なお涙頂戴歌詞ではないゆえこっちが構える間もないままグイ、とこられてしまったのだろう。しかししかし、じゃあ何が迫ってきたのか。

優しい顔も~全部、って母親のことかなあ。親戚や近くの定食屋のおばちゃんでも良いなあ。母性と包容力と寛容の象徴だろう。それを「土星の輪の中に投げる」とはどういうことだろう。投げてしまった、という悪い意味?そういうことでもないような。。。 「僕ら皆笑っていた」は、もし前節が悪い意味なら後悔の回顧だ。もし前節が良い意味なら懐かしみを込めた回顧だな。後者の見方を取りたいね。曲の前の方で「忘れないようにしたいけど忘れる」みたいな諦念を語っているので、土星の輪は忘却の象徴、あるいは忘却途上にある記憶のかもしれない。
なんてことを思いながら歌うと泣けてくる。君が泣き止まないのはなぜなんだろう。そうすると、「神様もワンワン泣いて」って、え、そう来るの?神様ってそんな泣いたりするの? って思っていると「僕たちは祭囃子の中」とくる。神のワンワンは祭囃子ってことかいな? 

なんて結局訳がわからないのだが、そう言った解釈を受け付けないが言葉がぐっとしみてくる、強い詩だ。僕にとっては西脇順三郎の「天気」にも匹敵する詩である。

石崎ひゅーい、ってしってるかい?

2013-05-06 22:59:11 | 時評・論評
深夜の番組で「みんな!エスパーだよ!」という、下ネタ満載の、というか男の目からみたらとても率直なというべき、学園SFものをやっている。監督が園子温、主演に染谷将太、助演に夏帆、真野恵理菜、マキタスポーツというのはなかなかすごい。更にどう口説いたのか栗原類と茂木健一郎がなぜか登場している。物語は下ネタ満載で好きなようにやってくれてとっても楽しい。そのなかで、僕が一番動かされたのは高橋優のオープニングのテーマと石崎ひゅーいのエンディングテーマだ。特に石崎のはすごい、と思う。今日はそれで頭が一杯だった。疾走するような音楽に乗って次の歌詞が歌われる。

ああきみのこと かんがえるへやのすみで
洗濯物はたまってゆくだけ世界は滅亡へのカウントダウン
テレビは見たくない顔うるさいな救急車
ごめん僕はこの夜空を飛べることなんかできない
今すぐ君を抱きしめたいけど終電は過ぎた
コンビニで生ぬるいコーヒーと適当な雑誌2冊
眠れない天井をさまよっている

なんとリアルに若い男の切ない気持ちを歌っているんだろう。
洗濯物~救急車は要はノイズだ。若い男の生活を囲み、それなりに気持ちを乱すノイズである。
そして、そのノイズたちから逃れられないのだ。夜空を飛ぶことができないのだ。そうではなくてコンビニで生ぬるいコーヒーを買い、適当な雑誌をぺらぺらとめくるだけの夜。そして、暗に示されるのは、せいぜいただ片思いの彼女がいるだけ、という事実。今すぐ抱きしめられる君、抱きしめられることを待っている君、はいない。そんな人が居るなら夜空を飛べなくても、終電が終っても、タクシーなり走ってなりして行けばよい。ごめん、ってだれにいっているのかなあ?自分自身なのかもね。
まあ、ある意味つらい歌だけどね。でも、このように歌うことで、なにやら「君だけじゃないんだよ」と言ってあげているような暖かさがあるね。

彼の声はストレートに歌詞を語ったり叫んだらそのまま歌声になったようなとても素敵な歌声だ。この含みが多い多義的な感じのする詩をそのまんまの多義性を込めて歌うにはすごく合っているとおもった。