御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

原 美術館訪問記

2009-09-21 19:25:53 | 書評
小西真奈の絵に引っかかって、絵に「開眼」したかな、と思ったところで、人から紹介されて前から気になっていた原美術館に本日行ってきた。所蔵のコレクション展をたまたまやっていたのでちょうど良かったかな、と思い入場。

後述するが美術館自体はなかなか良いたたずまい。だが、えっと、こんなど素人にいわれるのはほんと不本意だろうが、コレクション自体は率直に行ってつまらなかった。僕はど素人と認めはするが、それでも面白がるぐらいのことはできると思ったのだ。が、さっぱりだった。最初は美術館の選択眼のせいかとも思ったが、前出の小西のような具象物がない中では現代美術がはらむ一般的問題がより明らかになったということなのかな、と、ど素人ながら考えた。以下はその考察。

現代においてはもう「美術」という枠組み自体が、「素」で提示されるものとしては時代遅れになっているのではないか、というのがひとつの仮説だ。たとえば大島紬のようなものになっているのかもしれない。かつては高度な技術でありほかでありえない美を作り出していたものが今や他のものに負けてしまっている。これを明確に思ったのは曹斐の「RMB City セカンドライフでの都市計画」を見たときだ。6分程度のDVDでこれ自体はそれなりに面白いが、押尾守の「攻殻機動隊」やその続編の「イノセンス」を見た目からはまだまだ習作レベルとしか思われない。ジャパニメーションで培われた強烈なオタク的熱狂とこだわりが巨大なリソース投入でバックアップされれば、個人や小チームの作品を芸術的感興を含むあらゆる面で軽くしのいでしまう。

これに関連する第二の論議。素で立てない「美術」には強力な文脈が必要でありこれに依存する、ということだ。大島紬の和服が茶会など和の儀式を行なう人々の間で着用されまた取引されてかろうじて「正当な価格」を保つように、現代美術もそうした文脈により支えられようやく価値であり価格を永らえることが出来る。じゃあ、その文脈なるもの。村上隆の言う西洋美術の文脈というのは具体的にはまだ理解していないのだが、ともあれ題名を含む「語り」に注目してみる。たとえばカレル・アベルの「広島の子供」という作品があったが、これは題名を見なければ単なる乱雑な色の並びに過ぎない。題名を見たからこそ乱雑な色彩で表現されているはずの原爆の炎の下の子供を捜す。1958年の作品だから、当時は左翼的空気の中で反核気運は盛り上がっており、現在よりもこの作品を支える「文脈」は濃かったろう。とはいえとはいえ、である。結局この作品を見て受ける感興は原爆の悲劇からのものであり率直に言って作品そのものではない。文脈が与える感興、と言えばそれまでだが作品はどこ行ったのだ?

米田知子「フロイトの眼鏡ーユングのテキストを見るー」。フロイトのほかガンジー、ヘッセを使った題名のついた、写真風のものが3つならんでいた。老眼のレンズを通してテキストを見ているだけの写真らしきもの。視点の位置がフロイト自身、見ているモノがユングの文章である。フロイトとユングの関係、とりわけその愛憎を知る人にはある程度の感興が湧こうが、一般的にはどうなのかなあ。フロイトとユングが同時代人でそれなりの愛憎が(特にフロイト側に)あったということは心理系以外の人にどのくらい知られているのかなあ?その文脈にぐっと依存してるから知らない人には意味ないよねえ。そういうひねった文脈を知らなければ分らないんじゃあ、多少手の込んだクイズみたいなもんだよね、ちょっとスノッブ趣味の。
2つほど例を挙げたが、感興を文脈に依存し過ぎているし、その割には文脈を充分語っていない。そのへんが妙に不満だなあ。村上隆の言う文脈を理解しろ、文脈に切り込めって言うのはそういうことを含むのかもね。つまり、初歩的に言えば「文脈を語れ!」ということ。

ということで展示物への満足感はいまいち。正直言うと、来る途中で大事な手帳を紛失して機嫌が悪かったので作品に八つ当りしてしまったかも(笑)。
しかし、美術館自体はよろしかったですな。とくに中庭に面したカフェは何かの撮影に使えそう。また客層は画学生、若いカップル、中高年カップルが主かな、あと女性2人組も。子供とか男の集団といった、何かとうるさい連中のいない落ち着いた空気でした。ひとりで食事をしたがなにやら海外の、日本語以外のざわめきの聞こえるレストランにいる感じでとてもよかった。