御託専科

時評、書評、そしてちょっとだけビジネス

秋草 鶴次 「十七歳の硫黄島」

2007-10-28 16:25:34 | 書評
前にNHKスペシャルで取り上げられてそれを見て「硫黄島の生き残り兵」という記事をかいたが、これはその中で取り上げられていた秋草氏の著作。

いやはや、地下壕戦すさまじさに驚くばかりであった。そこで思うのは、栗林名将論への改めての疑問。2万人で5-6万人を足止めする強力な闘いをした、ということはすばらしいことだとは認めるが、多くの将兵に苦しい限りの生を強いた闘いでもあった。また、大勢が決したあとも数千人以上を犠牲にしてしまった。また、2ヶ月を稼いでも本土の防空体制の整備見込みなければ敢闘記録を残すためだけの犠牲であった。

他の玉砕の島の指揮管が栗林中将に比較して悪いという風にも思われなくなった。支援の全くない持久戦のいかに悲惨なことか。多少持久したところで体制は埒があかないと観念すれば、それは一気に出て行くのも情けある選択だったのかもしれないと思う。

なんにせよ栗林中将は部下の帝国軍人たちに最も厳しい生を求めた鬼将軍であったことは確かである。

禁忌なき世の自己実現

2007-10-15 10:14:46 | 時評・論評
「いけない太陽」というオレンジレンジの曲、たしか「花盛りの君たちへ」へのテーマだった。「太陽の季節」を挙げるまでもなく、夏の太陽は既成の道徳からの開放を象徴し、とりわけ若い者の暴走と性的放縦を是認する感覚を代表するのかな、と思う。

しっかし、挑戦する既成秩序って何なのかな、いまや、と考える。強い権威と権力を持つ既成秩序があり、それに反抗すること自体が強い意味を持った時代は去ったなあ、とこの題名を聞いてつくづく思った。

すべては是認されるが心からは称揚されない。そういう時代なのだろう。嘆かわしいわけではない。おのれ一人一人が自らの納得を求めて生きる時代になったのだ。さびしいと感じる人も多いだろうが結構な時代ではある。

「サウスバウンド」奥田英朗

2007-10-08 16:59:25 | 書評
一度読んでいたが映画ができたというので思い出しのためみたところ非常に面白く再度通読した。

まず、これを映画化するのは大変だろうという思いがある。12歳の男の子の、やれやれ感も含めた内心の呟きをエコーさせないと頑固一徹オヤジの面白みが十分に出ないだろう。映像化するとなると大変かなあ。あと、頑固オヤジの行動の背景にある思いは、まとめれば下の引用のとおりだが、意外に陰影が深いので、それはうまく出るものだろうか。また、いろいろとテーマが重く出てくるがこれをどこまでうまく取り扱えるか。環境運動を行なう連中をせせら笑うオヤジなどのいい分をそのまま出せるものかどうか。

最初はそうは思わなかったが、読み返すごとにいろいろと思いが出てきそうな良い本だ。あるいは、僕はカラマーゾフあたりから小説と言うものを見直し初めているのかもしれない。

なお、頑固オヤジの真情は次の一言に尽きる。
「・・お父さんの中にはな、自分でもどうしようもない腹の虫がいるんだ。それに従わないと自分が自分じゃなくなる。・・・」

僕はこのオヤジ同様「活動家」というのを軽蔑している。箱庭で暴れるわがままで傲慢な連中だと理解している。箱庭、というのは、だれも彼らに機銃掃射をしないことを知ってやっているからだ。しかし、活動家であれ、その真情を、思想ということでなく「腹の虫」として語ってくれれば、それは理解をし、同情さえしても良いと思っている。

(付記:反安保世代論としてのサウスバウンド)
あとで思ったが、活動家、70年代安保世代への軽蔑というのもこの物語の背景をずっと流れている。下らぬ対立に精を出し、純情な若手を使って人まで殺す(前半)。そうして最後には沖縄まで流れ着いて資本とも地元とも関係のない勝手な環境運動をしている。「左翼運動が先細りして、活路を見出したのが環境と人権だ。つまり運動のための運動だ」とオヤジはあっけらかんと切り捨てている。
面白いのは、活劇上はそれほど出番のないこれらの元左翼がさえない脇役として案外露出が多いことだ。それだけ著者は左翼のウソごまかしねばつきがきらいなのだろう。同年代の僕としては全く同意する。