まちみちふうけい

間もなく10年目も通過点

No.1435 尾花谷川と興福寺

2020-09-29 10:05:42 | 
よろしくお願いします。






















今回は怪我で休んでいた時期の歩きでの記録です、骨折して1週目は地獄のようなギプスの期間、2週目にサポーターに変わったのですがL字に曲がる金具は入っていても最初は曲がらない様に逆向きに設定されました。それでも気分的には全然違いましたよ、足は曲げられないけどこの時からもういろいろと出歩いてましたからね。翌週にはL字に曲げられるように設定されていやいや快方へと向かう足掛かりとなった頃、それまでは近辺歩きばかりだったのを少し距離を伸ばして奈良町方面まで行きました。まず最初のゾーンで貼った写真は奈良ホテルの近く、1枚目の写真には尾花谷川とありますがこれはどうやら橋の跡であって、ここは暗渠になっていてすぐに小さな水路が姿を現してくる。この川はどこから流れてくるのか、地図を見てみると暗渠になっている部分から推測して多分春日大社辺りを流れている水路がそうなのだろうか、はっきりしたことは言えない状態です。尾花谷川は姿を現した後、奈良ホテルの横を過ぎて興福寺の近くへとたどり着くがまた姿を消してしまう、そこにあるのがホテル尾花、前に写真で紹介したこともあったのですが、昭和の時代にはここに映画館があって当時は凄く賑わっていたとのことでした。水路は猿沢池の横から姿を現して、その後は率川、菩提川の名で再び暗渠となって奈良市の中心部を流れていく、その辺りはついこないだの万葉歌碑巡りの項でもお送りしました。














そんなわけで猿沢池へとやって来ました、感染症禍、平日とあって人は少ないのですが、それでもこんな時期に奈良に来てくれる人がいるのは嬉しいことです。以前は奈良も外国人観光客に占領された感じで、聞こえてくる言葉も日本語ではないものばかり、それが感染症禍の影響で様相は一変してしまった。この間も奈良公園付近を走ってきましたが・・・その記録についてはまた別枠にての紹介としておきます・・・、外国人の姿はほとんど見かけなくなり話し声も日本語ばかり、殺伐とした時代になってしまいましたが、その代わりに奈良が再発見されたかのようで嬉しい誤算と言ったところではないでしょうか。もちろん、外国人観光客にも早く戻ってきてもらってほしい気持ちもありますよ、日本には奈良と言う地があって、こんな場所なんだよ、って世界の人に知ってほしいですからね。でも今しばらくは静かな観光地でもいいでしょう、まずはGoToで日本の人にもっと来てもらいたいところです。















さて、興福寺です、足の治り具合を確かめたいとのことで階段を上ってみる・・・、行けるやん、痛みもない、サポーターをしているので曲げ伸ばしはぎこちないが上りには問題はない、ただ下りる方はまだまだ不安、一段ずつ進めて行かなければ下りれない、仕事復帰はそれができるようになってからだ。興福寺についてはここでももう何度も取り上げているので細かい説明はいらないでしょう、奈良駅に着く前に町の真ん中に見える五重塔、それが興福寺だと分かってもらえれば十分です。最近は大河『麒麟がくる』でこの寺院が覚慶=足利義昭が預けられていた寺院として名前が出てきました、覚慶を一条院様と呼んでいたのが興福寺を示していたこととなります。足利義昭と言うとこれまで玉置浩二や和泉元彌などがネタキャラみたいな感じで演じていましたが、今回の滝藤賢一の足利義昭はなかなか良さそうですね。将軍職の時代の足利義昭を役者さんがおもしろおかしく演じていたからそのイメージがついてしまったが、今回はその職を継ぐまでの葛藤が描かれていて、なかなか興味深く見ています。足利義昭にとってはこれからが本当に正念場となるだけに、その辺りを滝藤賢一がどのように見せてくれるのかがまた楽しみなところです。あららら、話が逸れてしまいましたね、毎度毎度の僕の悪い癖・・・と言うことで今回もご覧いただきましてどうもありがとうございました・・・・・・・・・・・まちみち



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