現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

今野勉「宮沢賢治の真実」

2021-06-14 14:01:07 | 参考文献

 宮沢賢治全集を読み直して発見した、賢治の真実(著者はそう称しています)の姿について推理していく本です。
 初めに、彼自身がそれまでに抱いていた四人の賢治が示されます。
 一人目は、「生命の伝道者」で、思想家であり、実践者であり、夢想家であるとしています。
 二人目は、「農業を信じ、農業を愛し、農業に希望を託した人」で、農業と芸術の融合を夢見ていたとしています。
 三人目は、「野宿の人」で、幼いころからの野外での実体験が、賢治の身体性、感性、思想の根源を作り上げたとしています。
 四人目は、「子どものお絵描きのように詩を作る人」で、心に浮かんだ風景を次々に言葉にしていく(いわゆる心象スケッチです)としています。
 賢治の読者の多くは、これらには首肯するでしょう。
 この本では、五人目の賢治を探すことを目的しています。
 前記した四人以外の賢治としては、一般的には科学者や教育者としての賢治などがあげられることが多いでしょう。
 しかし、作者の挙げる五人目の賢治は、ずばり「恋愛する賢治」なのです。
 ここでいう「恋愛」の対象は、妹のとし子(これは従来から指摘されていることです)、とし子の花巻高等女学校時代の恋愛事件(新任の音楽教師と他の女学生との三角関係)、賢治の同性愛の相手(賢治にその傾向があることは周知のことですし、それに関する先行文献もあります)です。
 この本では、文語詩「猥れて嘲笑めるはた寒き」からスタートして、詩「マサニエロ」、とし子の恋愛事件(新聞(今でいえば文春のようにゴシップも取り扱っていた新興のローカル紙)にすっぱぬかれました)と後に彼女が当時のことを書いた自省録、賢治の同性愛、そしてこれらの「恋愛」の観点からの「春と修羅」や「永訣の朝」や「銀河鉄道の夜」などの新解釈が書かれています。
 全集の読み直しや多数の先行文献の調査などを経ての労作ですが、書き方が初めから結論ありきなのが気になりました。
 事実や先行文献をもとに論を順序立てて組み立ていくというよりは、直感的な推論や選考文献などの都合のいい部分のつまみ食い的な引用などに頼りすぎていて、論文というよりは(推理)読み物的な風合いです。
 確かに、作者が主張する観点から作品を眺めればそう読めないこともないのですが、それは作者自身も最初に指摘しているように非常に多面的な人物だった賢治のある一面にすぎないので、「真実」とうたうのは言いすぎではないでしょうか。
 しかし、作者が主張している解釈には新しい発見も多いようなので、第三者が裏付けを取る必要はあると思いました。

宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人
クリエーター情報なし
新潮社


 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 石井直人「児童文学補完計画... | トップ | 動物児童文学の分類 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

参考文献」カテゴリの最新記事