現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

日本児童文学者協会編「児童文学の魅力 いま読む100冊海外編」

2017-09-01 09:46:20 | 参考文献
 日本児童文学者協会が、1995年5月に出版した世界児童文学の読書ガイドです。
 巻頭の上野瞭の「児童文学への招待状 大人にとって子どもの本とは何か」という文章でも明らかなように、大人の読者を対象とした本です。
 編集委員(かっこ内の肩書はこの本の執筆者紹介における出版当時のもの)は、上野瞭(作家、評論家)、佐藤宗子(評論家、千葉大助教授)、清水真佐子(評論家、翻訳家、青山女子短大助教授)、砂田弘(作家)、宮川健郎(宮城教育大助教授)の五人です。
 清水(英米児童文学)を除くと、外国児童文学の専門家がいないのが気になります。
 おそらくほとんどの本は、原書ではなく翻訳をもとに選ばれたのでしょう。
 巻末の佐藤の「海外の100冊を選ぶにあたって」にも書かれているように、1979年12月15日に同じ日本児童文学者協会による「世界児童文学100選」という先行する同種の本があります。
 その時の編集委員は、安藤美紀夫、上野瞭、渋谷清視、神宮輝夫、砂田弘でした。
 安藤(南欧児童文学)、神宮(英米児童文学)といった外国児童文学の専門家が今回よりも多くいて、かなりバランスのとれたものになっています。
 また、巻頭に「児童文学の「現代」とは何か」という編集委員による座談会を設けて、選考過程や諸外国の児童文学の状況や選に漏れた作品の紹介も行われています。
 それと比較すると、16年後に出たこの本は、各編集委員にとっての「おもしろい本」とか「魅力」いうあいまいな概念で選ばれていて、選考基準がよくわかりません。
 また、「世界児童文学100選」は、現代児童文学を20世紀の作品と規定して、それ以外に「古典(19世紀)20選」も紹介しているのに対して、この本ではその時間規定もあいまいで、一番古いものは1825年のハウフの「隊商」まで含まれています。
 それに、「世界児童文学100選」の時には、それに先行する形で1977年8月15日に「世界の絵本100選」という本が発行されているので、どちらかというと高学年向きの作品(佐藤は「いわゆる児童文学史的な観点よりも、現代日本児童文学とどう切り結ぶかという点を先行させている」と指摘しています)に重点が置かれています。
 今回選ばれた百冊の中には、「世界児童文学100選」でも選ばれていた本が41冊、「古典(19世紀)20選」に選ばれている本が9冊と、実に半数を占めています。
 また、ケストナーやカニグズバーグのように、作品は違っても「世界児童文学100選」で選ばれた作家が18人もいます。
 つまり、新たに紹介された作家は、たった32人しかいません。
 しかも、「世界児童文学100選」が発行された以降に発表された本当に新しい作品となると、わずか8冊だけです。
 これでは、新たに「世界児童文学100選」と同様の本を出す意義はあまりなかったのではないでしょうか。
 これには、編集委員のうち上野と砂田が「世界児童文学100選」と重複することと、外国児童文学(特に英語圏以外)を原書で読める専門家が含まれていないことが原因と思われます。
 また、この本では、編集委員以外の目からも、多様に海外児童文学の作品を考えていく手がかりとすると称して、各界の著名人に海外児童文学のベスト5をあげてもらうアンケートを実施しています。
 しかし、200弱のアンケートの送付に対して29しか回答がなかったことと、回答者にも「なぜこの人に?」と首を傾げたくなるような人が含まれているので、編集委員が選んだ100冊を補完する働きをしていません。
 それならば、海外児童文学の研究者や翻訳家などに絞ってアンケートを実施した方がもっと成果が上がったでしょう。
 また、各作品の紹介文も「世界児童文学100選」ではほとんどが評論家や研究者によるもので、客観的で歴史的な背景も含めて分析的批評が多かったのですが、この本では紹介者に作家などのあまり論文を書いたことのない人がかなりいて、主観的な印象批評的なものが多く含まれています。
 中には、編集委員が選んだ評価に真っ向から反対する文章(例えば、川島誠は「パール街の少年たち」を、その作品が書かれた歴史的および社会的背景を全く無視して、現代人である川島の主観のみで切り捨てています)まで含まれていて、作品をまだ読んでない読者は混乱させられます。
 巻末の年表も、「世界児童文学100選」にはあった未翻訳な作品はぜんぜん含まれていないので不満です
 ただ、各作品につけられた作者の紹介文は「世界児童文学100選」にはないもので、読者の参考になります。
 最後に、こういった労力のかかる本の作成は、多忙な編集委員たちにすべてを任せるのではなく、プロの編集者のしっかりした仕事(編集委員の人選、選ばれた本の確保(翻訳本だけでなく原書も)、各作品の紹介文のある程度統一した書式の決定や適切な執筆者の人選、アンケートの書式の作成と対象者の適切な人選や回答の促進など)が必要だなと、痛切に感じました。
児童文学の魅力―いま読む100冊 日本編
クリエーター情報なし
文溪堂
 



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