現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

長谷川潮「ぞうも かわいそう 猛獣虐殺神話批判」季刊児童文学批評創刊号所収

2024-08-19 09:16:22 | 参考文献

 戦争児童文学研究の第一人者である著者が、代表的な幼年向け戦争児童文学といわれている土家由岐雄の「かわいそうな ぞう」及びその類型本について、綿密な調査と分析により、それらがいかに誤謬と欺瞞のもとに書かれているかを検証した論文です。
 「現代児童文学論集5 転換する子どもと文学」にもおさめられていますので、そちらでも読むことができます。
 まず第一に、ぞうも含めた上野動物園の猛獣たちが、軍部の命令で虐殺されたのは1943年で、東京ではまだ空襲は始まっていませんでした。
 「かわいそうな ぞう」では、空襲が毎日行われているという説明や爆撃機が飛んでいるシーンがあり、明らかな嘘(あえて好意的に言えば作者の間違い)が書かれています。
 次に、虐殺の命令が軍部から行われたことがぜんぜん書かれていません。
 これでは、虐殺の責任がどこにあるかがわかりません(類型本では園長や役所の偉い人など、他に責任を転嫁している例もあります)。
 また、「かわいそうな ぞう」では、猛獣が逃げ出した時に住民が危険だから殺したということが強調されています(ある種のヒューマニズム的理由に読めます)。
 ところが、実際には前述したようにそれほど逼迫した状態ではないのに、国民の防空意識を喚起するために虐殺は行われたのです。
 そのため、猛獣たちが虐殺されたことは秘密どころか、近くの学校の生徒や児童もよばれて(その中には私の母校の忍ケ丘小学校(当時は国民学校)も含まれています)、大々的に法要が営まれ、それを積極的に報道させました。
 つまり、少国民であった子どもたちの戦意高揚のプロパガンダ(猛獣たちを殺させた憎き鬼畜米英に報復しよう)に利用したのです。
 以上のように、いかに「かわいそうな ぞう」及びその類型本が、事実を調べずにうわべだけの薄っぺらいヒューマニズムにのって書かれたかを、著者は丹念な調査で暴いています。
 特に、「かわいそうな ぞう」の作者は、戦時中は戦意を高揚する作品を子どもたちに向けて書いていたのですから、彼のヒューマニズムがどんなに欺瞞に満ちているかは明らかです。
 現代でも、時流にのって声高に正義(今だったら反原発や復興など)を主張する人たちも玉石混交で、それらの人たちの思想の背景がどんなものであるかを、個々に慎重に見極めなければいけないと思います。

転換する子どもと文学 (現代児童文学論集)
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