とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

企業不正--真実はどこにある、我々は何をすれば良いか

2016-03-27 18:52:20 | 国内社会批判
私の脳内メモ帳なので、読みにくさも顧みず、だらだらと書く。

まずは関係の無い瀋陽航天三菱とハルピン東安三菱から。


三菱自、中国のエンジン合弁会社で生産累計300万基を達成 - JCN企業リリース - 朝日新聞デジタル&M
http://www.asahi.com/and_M/information/pressrelease/Cjcn1407182652.html

(JCN) -

Tokyo, July 18, 2014 - (JCN Newswire) - 三菱自動車は、中国におけるエンジン生産の合弁会社である瀋陽航天三菱汽車発動機製造有限公司(社長: 藤嶋雅憲、以下、瀋陽航天三菱)が、7月15日にエンジンの生産累計が300万基に達したことを発表いたしました。

瀋陽航天三菱は、1997年8月に設立され、1998年より生産を開始し、拡大を続ける中国の自動車市場において、三菱ブランドの車体メーカー向けのみならず、多くの中国メーカーにもエンジンを供給することで、2009年に生産累計100万基、2012年に200万基を達成しています。

2009年7月からは小型自動車搭載用の小排気量で軽量、環境にも配慮したMIVEC※機構付の4A9シリーズの本格量産を開始し、2013年には29万基を販売しました。さらに現行4G6エンジンの後継として、新MIVECを搭載する新型エンジンの導入準備を進めています。

瀋陽航天三菱は、今後も多様化する市場のニーズに応え、商品ラインアップの強化、環境性能の向上に注力し、中国自動車産業の発展に貢献して参ります。



白熱する自動車エンジン市場 ローバーの知財買収した上汽に脚光 - ビジネススタイル - nikkei BPnet
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/china/comment/060922_engine/index2.html

白熱する自動車エンジン市場 ローバーの知財買収した上汽に脚光

三菱のエンジンは現在、中国市場をほぼ独占している。東南汽車の「藍瑟」、「菱帥」、比亜迪(BYD)の「F3」、哈飛汽車の「賽豹」、東風柳汽の「風行」のほか、奇瑞、華晨をはじめとする多くの企業の車種が三菱のエンジンに依存している。三菱は現在、中国に瀋陽三菱(瀋陽航天三菱汽車発動機製造有限公司)とハルピン東安(ハルピン東安自動車エンジン有限公司)の二つの合弁工場を保有している。前者は排気量2~2.4Lのエンジン市場でシェア35%を占め、後者は「小型自動車エンジン(訳注:排気量1000~2000cc以下)の王」と呼ばれ、販売量は全国一を誇る。

もし上汽汽車がコストパフォーマンスの良さで三菱のシェアを奪うことができれば、市場での将来性がきわめて有望になることは容易に想像できる。

自動車市場に特化した市場予測を提供しているCSMワールドワイドの新興市場アナリスト、張豫氏は、中国が独自開発したエンジンが、さらに多くの顧客資源を開拓できる可能性を秘めていると指摘する。「将来、さらに多くの自主ブランド自動車メーカーが誕生するほか、インドや東南アジアなどのエンジン生産部門を持たない自動車メーカーが、中国産エンジンの国際市場への進出に大きな市場空間を提供する」と分析している。事実、南京汽車集団がMGローバー本体を買収して設立した傘下の南汽名爵(MG)も、上汽ローバーの主要ライバルと目されており、国内だけでなく輸出も視野に入れたエンジン製造会社を設立している。



哈爾浜東安汽車動力股份有限公司
http://www.marklines.com/ja/top500/s500_410_free

1998年10月 哈爾浜東安発動機(集団)有限公司を発起人として、現会社を設立。
上海証券取引所に上場。
1999年5月 「哈爾浜東安汽車発動機製造有限公司」 に資本参加。
2002年8月 合弁会社「哈爾浜東安力源活塞有限公司」 を設立。


池井戸潤「空飛ぶタイヤ」を読んで疑問だった。なぜリコールを隠したのだ、と。そうすると赤字になるから、というのは分かりやすいが、単純すぎて腑に落ちない。なぜなら小説の中ではすぐに銀行から借り入れられるという思惑が見えたからだ。もしかして、と思う仮説はある。ひょっとしたらリコール隠しには生産元を変更できないという、更に上位の政治的思惑が強くはたいているが為に決定した、上層部による政治的な動きであったのかもしれない。

しかしそれが覆らないが為に大問題へと発展した。
政治決定の過ちとそれの見直しを適切にしないと全体のリスクとなり、全体の損失となる。
それを隠すのは個人への処罰と地位の剥奪、没落であり、組織への体制崩壊の端緒となる動きの防止、経営での数字がマイナスになることへの抑止などの意図が働くのが原因になるように思われる。しかしそれをして会社組織全体への損失、引いては社会への損失をたらしめたというのは、個人の判断として、罪が重い。それらの隠蔽する意識や意図を個人から廃すべきである。

成熟した企業に必要なのは、倫理とモラルの遵守であり、個人への適切な賞罰である。
意図的に悪を為したのであれば処罰対象だが、意図せず悪い点が見つかり、それが自己が責任者として拝命する場所では率先した報告は恩賞を与えるべきである。


具体的には地位を保証し、問題への取り組みに当たらせる、という素人考えはすぐに思いつくものの、政策決定をした際の思いいれと、関係者に「こういう政策決定をする」という約束の反故の問題もあって当人が責められる。あるいは粉飾問題などでの上からの圧力もあるだろう。であるので、こうした周辺に及ぶ諸問題も、改めて広くカバーし、リスクの解消に当たらなければならない。

基本的方針としては、「Do not evil」であろう。

水俣病の原因となったチッソでは、経営体制の方から動くことはなかった。組合の労働者側が、社会倫理に反するとしてそこで初めて動いたのだった。紆余曲折を経て、破壊的プロセスを経由しながら問題は収束へと向かったのである。

批判はたやすい。
だが、我々が「チッソの経営者」「チッソの労働者」「公害被害者」であった場合、どのように動くべきだろうか? そしてその理想的理論は絶対に自分が履行できるだろうか? その齟齬の解消こそが、今後の企業倫理問題の解消へと繋がるだろう。

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