広島に原子力爆弾が投下された日が、めぐってきた。。
若き日のあこがれの、青木やよひさんの「ホピの国へ」(1975年刊)という本を読み返した。
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(引用ここから)
第二次大戦の時期のアメリカで、人口数千人のインディアン・ホピ部族から6人の徴兵拒否者が出て、
裁判にかけられた。
ホピ(平和)の掟を守りつづけてきた部族の一員として、たとえどんな状況下にあろうと
武器をとって人を殺すことはできないと、6人は主張したのだ。
ここに一通の文書がある。
第二次世界大戦後の1949年、ホピ族が発した公式文書である。
それは「ホピインディアン帝国」から、合衆国大統領あてになっている。
つまり、彼らは戦後になっても自分たちを合衆国国民とは思っていないらしい。
そしてそこには、戦時下に彼らがなにをもって徴兵拒否の思想としていたかを、うかがい知ることができる。
「我々は、我々自身のやり方で、みずからの運命を決定しようと欲している。
我々は、我らの弓と矢を、だれにも向けようとは思わない。
我らの伝統と宗教的訓練は、いかなるものをも、傷つけ、殺し、苦しめることを禁じている。
我々は、我らの子弟が、戦争のための殺人者となり、破壊者となる訓練を強制されることに抗議する。
この国土における生命の聖なるプランは、偉大なるマサウウによって、我らのために整えられたものである。
この計画を変更することはできない。
いまは人類史のなかで、もっとも危機的な時代である。
いたるところで民衆は混乱している。
いま我々が決定し、今後なすべきことが、各自の民族の運命なのである。
いま我々は、審判の日について語っているのである。
我らホピの予言の光のなかで、審判の日は近づきつつある・・。」
予言といえば、「ホピの書」という本のなかに、ホピの30人のスポークスマンがこもごも語った
言葉の聞き書きがのっていて、その「ホピの予言」と題する章は私たちを考えこまさずにはおかない。
これは、1961年に第三次世界大戦が起こる可能性を予測しながら、語られたものである。
(もし第三次世界大戦がおこったら)
「合衆国は、土地も人民も、原爆と放射能によって滅びるであろう。
ホピ族とその故国だけが、難をのがれる人々のオアシスとして残るであろう。
原爆シェルター(避難所)など作ろうと考えるのは、唯物的な人々だけである。
その心にすでに平和を抱く者は、生命の偉大なシェルターの中にいるのだ。
邪心ある者にはシェルターなどありはしない。
たとえ黒色、白色、赤色、あるいは黄色人種であろうと、イデオロギーによる世界分割に
役割を持たない人は、他の世界において生命を取り戻す用意がある。
彼らはみな等しく兄弟である。」
さて、砂漠の賢者たちの高貴なよびかけに対して、私たちはどう答えられるだろうか?
はたして私たち日本人は、彼らの兄弟の列に加わることができるのだろうか?
(引用ここまで・4章「未開から見た文明」より)
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若い日に、ホピ(の魅力)に捉えられて、うめいた時のことを思い出した。
「平和」という思いは、わたしにとっては、いさかいの元凶そのものであるわが身を裁く
「掟」との対峙であり、
わが身の在り方について、おそろしいばかりの強烈さを持って省察を迫ってくるものなのだ。
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