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連載小説「フォワイエ・ポウ」(20回)「新たな展開」(やはり、若者の集まる場所になるのか?)

2006-04-14 02:45:10 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』

4章

1(新たな展開)

(1)―2

「いったい、誰だろう?男性?それとも女性かな?」
「もちろん、女性ですよ!」
ほとんど酒の飲めない小林美智子は、ひとまずコーラを注文し、カウンターのど真ん中に座った。
数分と経たないうちに、また店の入り口が開いた。
(以上、前回掲載・・)

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「こんばんは、失礼します」
女性客が入ってきた。小林と同じ年頃の女性。本田は、その客が誰なのか?一瞬にして判別できた。大手旅行会社JGBの社員、五反田恵子である。
本田にとっての彼女は優秀な生徒、すなわち旅行取扱い主任者講座の受講生の一人であり、しかも旅行会社の正社員であった。通常大手の旅行会社は、自社内で資格試験の講習会を頻繁に行い、資格を取らせたい若手男性社員には優先的に、その資格を取らせる努力をする。しかし女性である五反田恵子には、その順番がなかなか回って来なかった。一念発起した五反田は、地方都市であらたに開講された本田の講座に自費で申し込んだ。受講して半年目、すなわち昨年の冬、彼女は主任者資格試験に合格した。
五反田恵子と小林美智子は、同じビジネススクールの同じ講座の同期受講生。つまり、本田の教え子仲間であった。ちなみに小林美智子の結果はみごとに不合格であった。
小林美智子は覚悟した。
「自分には10年必要、十分な時間をかけてこの試験に合格する!」
と、自分自身のターゲットを定めた。
先に言っておく。
事実、それから7年かけて小林美智子はこの資格を取っている。

「その節はたいへんお世話になりました。おなつかしいです。そしてお久しぶりです!」
「お久しぶり、五反田さん。何だか懐かしいなあ~」
と言いながら、いささか本田にとっては、五反田に対して、今の自分を見せたくない恥ずかしさがあった。しかし五反田の方から店に現われてしまったのでは、すでに逃げ隠れできない。
逃げ隠れは出来ないものの、本田の脳裏には目くるめくものがあった。そしてまた独り言を言った。
(夜の業界に我が身を落とした自分を、見られたくなかった。特に五反田からは・・・)
(まして彼女が客になって、カウンターの外から自分を観られるのは、かなり恥ずかしいことだ。でも、すでに小林美智子が事の成り行きすべてを語っているだろう。もういいや、自分は自分だ、この際、この場で『五反田君』が如何に立ち居振舞うか?カウンターの中からとくと拝見してやろうではないか・・・)
こうして開き直った本田は、素直になって五反田恵子の来店を喜んだ。五反田は、小林美智子にも声をかけた
「小林さん、こんばんは、この前、コーヒーご馳走さまでした、今夜は私がおごりますからね・・・」
五反田と小林の2人は、なぜか交友関係が発生し、今尚継続中であったが、今日の今日まで、本田は知らなかった。
「酒はあまり強くないので苦手です・・」
店に入るなり、そんなせりふを発していた五反田に対し、本田はアルコール度数の低いカクテルを用意した。
「あの、先生、少しお尋ねしたい事があるのですが、お聞きして宜しいでしょうか?」
カウンター内での本田の作業が一段落したのを伺いながら、五反田恵子が声をかけてきた。
「どうぞ、私が分かる事であればなんでもお答えします。なんでしょう?」
「あの・・・」
「あのさ、五反田さん、ちょっと、その先生呼ばわりはもう止めてくださいよ。私は、今、マスターなんですからね・・・」
と、本田が五反田の発言をさえぎったところで新しい客が入ってきた。若い男性二人、初めて見る顔である。
若い男性達がカウンターに座りたいというので、先客である小林と五反田はカウンターの右、すなわち入り口から奥の方向に移動し、新しい来客に希望する席を譲った。
新客の注文を聞きながらも、本田方からさえぎってしまって中断した五反田の話しが聞きたかった。
「五反田さん、小林さん、お2人だけのお話しもあるでしょう。私はしばらく失礼します。それで、後からお伺いしてお話聞きますからね・・・」
と、声をかけておき、男性2人の対応を始めた。

「ここは、ショットバーですよね、マスター」
「はい、ショットでもOKです。ご注文をお伺いします」
「でも、やはりボトルキープするお客さんがいるんだ。けっこう多いのでしょうね。こうしてみれば、キープボトルもたくさんある。店に通っていると、やっぱ、キープしたくなるんだよな~」
来店のときに来ていたコートを脱げば、2人ともセーターを着ている。決して高価なものでもなく派手なものでもないが、シックにおしゃれに着こなしている。本田の見たところ、この2人は学生である。
「バレンタインの12年もの、ありますね。それ、ダブルでお願いします」
眼鏡をかけた少し太めの学生の方が先輩らしい。先輩から先に注文が出た。
「おう、君、どうする?」
「先輩と同じもの、頂きます・・・」
色白で細面、背の高い若者が後輩である。
「そう、それでいいの、ほんとうか?」
背の低い丸顔のまるい鼻から少しずり落ちてくる眼鏡を、左手でひょいとつつきながら、後輩の注文を聞き、
「清水よ、本気か?俺と、同じもの飲もうとおもっているのか?先輩達は皆んな言ってるよ。夜になってな、イザ、こういうところに繰り出したらさ、みんな君には困ってるのよ、ほんとうに生意気だよ、君は・・・」
「・・・」
「バレンタインの12年ものがどんなものか、分かっていないくせに。お前はほんとうに生意気だよなあ~」
といいながら、また滑り落ちてしてくる眼鏡を、左手でひょいと釣上げつつ、今度は本田に向かって話し、
「マスター、すみません。初めてお伺いしてたいへん面倒かけますが、こいつにも同じもの飲ませてやってください。お手数掛けます。お願いします」
この先輩、本田に対してもいささか生意気な態度である。
そんな時の本田は、若者のそんな態度を滑稽と思い込むように努力した。
(相手が生意気だと思った瞬間、自分の顔に出る。これでは、まずい! だからこんなとき、滑稽だ、面白い男だ、三枚目だ)
そう思いながら彼らの態度を見物すれば、生意気どころかなぜか可愛く見えるから不思議である。夜の商売を始めて未だ日は浅い。が、こうして毎日カウンターの中で来客を見物している本田の目に、時には三流の漫才を見ているように面白く感じる場面があった。
「ま、いいか、今日は待ちに待ったバイト料が入ったから、おいしい酒飲ませてやろう。この次は俺が君におごってもらうからな!清水よ、覚えておけ・・・」
「はい、わかりました。ご馳走になります」
「あ、マスター、何かお好きなもの召し上がってください。今日は僕、たいへんうれしい日なんです。宜しかったら、マスターも付き合ってください」
眼鏡がかなりずり落ちているが、何故か本田に話しかけている間は、左手で眼鏡を触れようとしない。
「はい、ありがとうございます、では、ビールを頂きます」
カウンター内の冷蔵庫から、ビールを1本取り出し、自分でグラスに注ごうとしたら、小太り眼鏡男が本田からビール瓶を取り上げた。
「マスター、手酌はいけません。このさい、わたくしめが失礼して、1杯目は注がせてください」
初対面で、何故か、やたらでしゃばる若者に出会えたことに本田は喜びを感じた。ますます漫才的になってくる雰囲気に、思わず噴出して大笑いしそうな状態であったが、努めて笑みだけに抑え、我慢した。1杯目のビールを、初対面の若いお客に注いでもらった。
にわかに3人は仲間となり、仲間としてカンパイした。
2人は、自己紹介を始める。
案の定、学生であった。眼鏡の先輩は3年生。宮島省吾という。後輩は2年生の清水裕明である。2人とも、当地唯一の国立大教育学部、高等学校数学教師を目指す学生、すなわち教育数学者のタマゴであった。言葉を交わせば交わすほど、会話の端々から感じるものがあった。
本田に対する彼らの会話の反応は早く、会話の遣り取り受け答えは、実に的を得たものであった。
(ウム、まだ奴らは若い。しかしこちらの会話の速度に着いてくる。いや、私の場合はすでに中年。彼らはそれを承知で、こちらの会話に合わせてくれているのであろうか?)
ふと、本田は思った。
こうなると、お互いに以心伝心か?彼らも同じことを思っていた。
「おもしろいです。マスターはすてきです。これなら僕達も出入りさせてもらえますよね」
なぜか宮島も、すでに自ら納得している。
「もう忘年会は終わりましたが、新年会の二次会は是非このお店でやらせてください。お願いします・・・」
僅かな会話の中から、本田は意外に思った。若者の集まる店、学生は歓迎する本田の根本姿勢がある。この学生の意向は、素直に喜んだ。
「どうぞどうぞ、ご遠慮なく使ってください」
「恐らく11時くらいから、3時くらいまで、カラオケがしたいのですが、カラオケの機械入れてくださいよ、来年の第3週目までで結構ですから、是非お願いしますよ」
(カラオケを用意しろ、カラオケの機械を入れよ!)
と、本田に直接提案する若者2人がいる。
初めて訪れた店にもかかわらず、ことのほか、宮島は本気になってマスター本田に向かって『団体予約』の申し込みを始めていた。
彼らと交わす会話の中、わずか数10分の間の本田の心は、久しぶりに活き活きと躍動していた。感じ、思い、考え、短時間にまとまった感想がめくるめき、それらの事柄はようやく整理できた。整理できた後、ある結論に到達しようとしていた。

 <・・続く(4月19日)掲載予定>


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(19回掲載は、こちらから参照できます)

<添付画像>
撮影場所:スペイン・マドリッド市内のタブラオにて。タブラオとは、スパニッシュ及びフラメンコダンスを専門に見せるスペイン独特の居酒屋。ファーストステージ開演時間は午後9時過ぎ、ラストステージは午前4時あたりまで。やたら遅い持間から始まり明け方までやっている。
撮影年月:1999年7月