Cafe & Magazine 「旅遊亭」 of エセ男爵

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逃げずに語ろう、歴史と軍事;「沖縄普天間基地」と「世界遺産宮島の砲台」

2010-06-20 14:38:05 | 教養・文化・歴史
<添付画像>産経新聞(平成22年6月17日・コラム『正論』より、、)

 吾輩の支持する新聞・産経新聞コラム『正論』に、「管政権は日米8月合意を守れ」というタイトルで拓殖大学の渡辺学長のもの論文がある。良い論文なので久しぶりに切り取り書き写した。書き写し終えてふと脳裏に浮かんだものがあった。ユネスコ世界文化遺産宮島の風景だった。厳島神社とその大鳥居、さらには宮島の原生林を懐にする険しい山々、さらには弥山(標高535m)の頂上から遠望する瀬戸内海の島々なのだ。
 何と、この宮島には陸海軍の軍事基地があったそうな。何と、幾本かの弥山登山路のなか「もみじ谷登山路」沿いに今も尚、旧日本帝国海軍の軍事道路が残っており、宮島島内のとある場所(宮島の東北東包ヶ浦公園山腹付近)には、弾薬庫も残っており、砲台跡もある。宮島在住の島民や、廿日市市のお役所の人たちは、これらの事を語ろうとせず、近郊の広島市内の人たちも宮島の軍事的跡地には通じていない。これらのお話をお聞きできたのは、宮島の旧軍事専用路を探検し往時の様子を探り保存しようと試みておられるアマチュア写真家の方とお話できたのは、丁度昨年(平成21年6月)の梅雨の時期だった。
 さて、本論。
 外洋から瀬戸内海をかなり入り込んだ宮島に、軍事道路を通し、砲台をつくり要塞砲を設置しなければならなかったのか?残念ながら吾輩の知り得ている人々の中、これら理由を的確に説明して下さる地元の人々に出会った例がない。先ずは宮島町の歴史の中、きらびやかな中世室町江戸初期の歴史は的確に残されているものの、明治時代以降の近世近代の歴史がいまいち定かでなく、どうやら意識的に抹消されようとしている嫌いがある。まして戦前の軍事史に関しては黙して語らずの不文律があるようで、これが広島原爆平和運動的負遺産の最大項目だ。これに関する理屈をたれていると切りが無い。この辺りで止めておく。
 本論に戻る。
 自分勝手に本論の理由解明『軍事施設の建設された理由』を究明していくと、それなりに理由がある。まずは上述軍事施設が建設された時代背景を知る必要がある。
 日清日露戦争の時代に遡れば、砲台設置の理由も判明する。すなわち、もし万が一、日清戦争時点に於いて当時の「日本艦隊」が「清国艦隊」に打ち破られることになれば、清国艦隊は一挙に対馬海峡を渡り関門海峡を潜り抜け、瀬戸内海になだれ込む。瀬戸内海に進入したのち最初の攻撃目標は、当然ながら当時(臨時)大本営の置かれていた広島城攻撃である。同時に海軍基地や施設が集中していた呉港や江田島は攻撃対象となろう。この両都市の海の玄関口が宮島なのだ。地図を捲ってみて、いつもは陸地しか見ていない視線を瀬戸内海海上に移せば、上述の状況は一目瞭然だ。

 歴史を辿りながら我が郷里の地図を見るのも時にはおもしろい。

 さて今日、我が国の防衛はどうなっているのか!

 我が国の必要な場所に、必要な軍事基地が、必要な大きさと数だけ、設置されていなければならない。広島も山口も、東京にも、神奈川にも、静岡にも、  …だから沖縄にも、米軍と我が国自衛隊と共同運用可能な軍事基地があるのは当然なのだ。こんなことすら正面切って議論できない我が国国会(政治家)の幼児性が気に入らない。見て見ぬふりするマスコミやエセ有識者が気に入らない。軍事を教えようとしない、学ぼうとしない我が国の教育体制が気に入らない。等々、
 先の「おぼっちゃま首相」(鳩山首相)が前時代小児麻痺風理解不能的支離滅裂になるほどに「日米安全保障条約」の根幹が、(吾輩を含む?)日本国民の大半にとって理解されていない現状が、恐怖なのだ。「知らぬが仏」ならぬ、知らないことの怖さが存在することを知らなければならない。
世の中平和でなければならぬけれども、それでもって平和ボケもいい加減にしなければならない。戦争はよくはなく平和がよいに決まっている。しかし世の中の紛争は収まらないし、自分の身は自分で守らねばならないし、自分の家の安全は自分で守らねばならないし、ならば当然ながら自分の国日本は国を挙げて自分達で守らなければならないという大前提がある。現行憲法では、自分達日本人が日本人の手で日本の国を守るという事が出来ないような「仕掛け」になっているようだ。その代わり、米軍に基地を提供し守ってもらっているという体たらくだ。なんとか自分達の手で守れるように「日本の国のカタチ」を代える(新憲法制定)まで、日米安全保障条約をきっちり守り、我が国の安全を日米共同で守る以外に術(すべ)はない。

 民主党新政権管内閣は、これが可能か?

 これがさだかでない!……

 定かでない、というより、民主党政権には出来ないであろう。等々憂慮しつつ、一昨日の産経新聞を切り抜いてみた。拓殖大学学長渡辺利夫先生は、管政権の「日米8月合意」が守れるかどうか?を論じられている。来るべき7月参院選挙にさきがけ、(産経新聞定期購読なさっておられない、又は読み飛ばされておられる)エセ男爵ブログ読者諸兄姉におかれましては、是非以下書き写し論文をご一読されたい……

 ----------------------<以下、産経新聞より引用>----------------------

産経新聞(平成22年6月17日)『正論』より抜粋

 管政権は日米「8月合意」を守れ
      拓殖大学学長 渡辺利夫

 ユーラシア大陸から朝鮮半島を経て日本に迫(せ)り出す強い「等圧線」にいかに抗するか、近現代史を通じて日本の指導者を懊悩(おうのう)させてきた外交課題がこれである。ロシアの南下政策、さらにはロシアに発し中国、北朝鮮に扶植された共産主義を封じ込めるにはいかなる戦略が必要か、このことを考え抜いた強靭(きょうじん)な理性が日本の往時の外交指導者であった。
 ロシアの南下政策には海外権益の簒奪(さんだつ)をともに恐れた日英の同盟により、旧ソ連邦と中国の共産主義にはこれを全体主義とみなす米国との同盟によって抗した。
 【日英同盟の破棄を教訓に】
 第二次世界大戦での無残な敗北に日本をいたらしめた遠因は日英同盟の破棄にある。日英同盟を破棄に追いやった主役は米国である。第一次世界大戦に強国化した日本の覇権掌握を阻止せんとし画策し、これに成功したのが米国であった。日英同盟破棄が日本人にいかに深く懺愧(ざんき)の思いを呼び起こす痛恨事であったとしても、米国という日英の外側に位置する一大覇権国家の容喙(ようかい)によって、日本は他に選択肢を持つことなくこれを呑むしかなかったのである。
 対照的に、現在の日米同盟の危機は、同盟の当事国である日本の鳩山前政権の稚拙としか表現できない外交によりみずからが招来したものである。
 在日米軍の抑止力維持と沖縄の負担軽減を求めて、沖縄県や名護市との頻繁な交渉を重ね信頼を積み上げて、日本政府と米国政府、沖縄県と名護市の4者が呑めるのは現行案以外にはなしと見定め、2006年日米政府は公式合意にいたった。さて合意実現、という段になって政権がポピュリストの手に渡り、テーブルのうえにのせられていたすべてが吹っ飛んでしまったというのが、普天間基地移設問題の顛末である。
 【「G2」論が本格稼働する】
 同盟を危機に貶(とおし)めた主役は、日英同盟にあっては第三国であったが、日米同盟にあっては日本という当事国、しかも相手の「核の傘」の下で安全を保障されている当事国の政権なのである。鳩山氏は政権獲得前、あろうことか「常時駐留なき安保」を主張していた政治家である。政権の座にある間はこの考えは「封印」していたのだが、胸中にその類の幼児的な願望を潜ませているのであれば首相などになるべき人物ではない。
 信じられないような話だが、普天間基地が結局は名護市辺野古に舞い戻ってくるまでの「迷走」の理由を、氏は在日米軍の抑止力について知らなかったからだと屈託もなく語った。国際関係が友好と善隣の体系であってほしいという願望を、現実がそうであるかのように思い込み、「あるべきこと」と「あること」との区別もつかないのは子供の発想である。
 いかにもこの非現実的な外交は国民の強い拒否反応を招いて氏は辞任。新しく首相の座に就いたのは管直人氏である。鳩山氏は辞任に先立って普天間基地移設問題の決着の時期を8月末と再設定した。同一政権内の首相交代である。建設地や工法の確定などで明瞭な決定を下すことを管氏は当然ながら求められる。合意は履行さるべきものであって検証されるべきものではない。
 管氏はまかりまちがっても、8月末期限は鳩山氏による設定であって自分はこれに拘束されないなどと言い出してはならない。8月末でなお決着の目処(めど)が立たないのであれば、米国の日本対応はどのようなものとなろうか。アジア太平洋の地域秩序形成に寄与するのは日本でなく中国であるとみなし、それゆえ米中協力の重要性を説くG2論が、今度こそは本格的に動きだす可能性があると臍(ほぞ)を固めておいた方が良い。
 【友邦がいなくなる事態も】
 4月中旬、中国海軍の艦隊がこれを監視する海自護衛艦船の4.5㌔先の沖ノ島周辺海域で軍事訓練を行った。つい先だっては中国海軍の艦船ヘリコプターが海自艦船に異常接近するという挑発があった。こうまでしても日本政府はせいぜい遺憾の意を表する程度にとどまるにちがいないという、日本の希薄な国防意識の心底を見透かしての行動であろう。
 取るべきものは取れる時に取っておくというのが、蓋然性(がいぜんせい)の高い中国の戦略行為である。中国が南沙、西沙群島に兵を派してここを実効支配したのは、フィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地から米軍が撤兵してほどなくのことであった。
 日米同盟の如何によっては尖閣諸島も風前の灯となる危険性がある。北朝鮮の潜水艦魚雷による韓国海軍哨戒艦撃沈事件は、日米同盟なかりせば、敵地攻撃への法的根拠もハードウエアももたない日本が北朝鮮の攻撃対象となりうることを臨場感をもって私どもに伝えている。
 政府間合意を簡単に覆し、「屈辱」すら忘却して恬然(てんぜん)たる日本を、米国はもとより誰が友邦として遇してけくれるであろうか。アガサ・クリスティの小説ではないが、『そして誰もいなくなった』という日がいずれやってこないとはいえない。(わたなべ としお)

    ------------------(……引用ここまで…)---------------------

 * 来る参院選のこと、放棄せずに、必ず投票に行きたいものだ。「何処の政党を投票するのか!?」ですって? そりゃとっくに決めてますよ。 美しい日本の伝統と文化をしっかり継承し将来に繋げ、国の根幹である「平成新憲法の制定」を実現する意志と意欲をもった政党です。
 (こんな政党、今の日本に存在しないか?)

第58回光陽展(広島展)鑑賞雑感;K画伯作品によせて、、、

2010-06-06 18:45:45 | 怒素人的美術蘊蓄録
 本日、第58回記念光陽展『広島展』を鑑賞しました。
 
 悠々さん、光陽展広島展会場へ、遅くなりましたけれども本日、行ってきました。 招待券お贈り下さり、たいへんありがとうございました……

  今年はぎりぎり本日(6月6日)広島展の千秋楽に間に合った。 ちなみに昨年は「かの宮島」で地獄の6月を過ごしていた結果、光陽展の鑑賞ができなかった。
 会場の広島県立美術館に辿り着いたのは午前11時前か?  下手な筆ペンを使い躊躇しながら受付記名を終り、展覧会場に入るや否や斜め後ろから(予定外にも)「女性の御声」が聞こえてきた。 振り向けば、御声の主は、「かの、K女流画伯」ではありませんか。 一昨年?否、悠々さんからご紹介頂いたのは3年前? K画伯が私を覚えていて下さり、会場に入ると同時に呼び止めて下さったこと、たいへん光栄の至りであります。 お忙しいにもかかわらず、御声をおかけ下さり、本年度の傾向その他ご案内下さいましたこと、たいへんありがとうございました。

 既に何度も鑑賞している自分の好きな光陽会所属画家の作品は、数年経過し作品は違っていてもすぐ解りました。 新しく創作された作品といえども、それぞれの作風とテーマは整然と同一方向を向かっているのでありまして、今年の作品を拝見すれば懐かしく、お名前はすぐに我が脳裏に浮かんでくる! 久しぶりに各画家の各作品に出合え、これで一安心です。 只、残念だったのは、悠々さん作品が広島へ巡回されていなかったこと。 なんだか今年は東京メイン会場の都合により、作品の大きさと点数に制限があったとのこと、致し方ありません。
 K画伯の作品は、今年もまた「群青乱舞(吾輩の勝手な表現にてお許し下さい)」微細な白と微細な各種青色を組み合わせ表現された「心象絵画」なのでありまして、一年間をあけて鑑賞しても、やはりK画伯のアイデンティティーは変化なし。 したがって微細に、昨年一昨年作品から表現変化する「今年の作品」も、展覧会場で出会った瞬間に直ぐにK画伯作品であること判明するのであります。

 K画伯の絵画作品から、感じるもの、漂って来るものは、
まず、
 クールを通り越して「冷血」。
 冷血だから無機物なのであり、
 無機物は無機質によって構成され、だから、タンパク質はなし。
 タンパク質が無ければ、腐敗はなく、
 腐敗がないから、腐臭は一切なし。
 絵画から発せられる「匂い」?「臭い」? 悪臭がないのだ。
 悪臭がないから、即座には感情が揺るがない。
 感情がゆれ動かなければ、精神は安定するか?
 (K画伯作品を観賞していて)
 精神が安定するとは言わないまでも、なんだか催眠術にかかってしまいそうだ。
 催眠術にかかり、そのついでに、なんだか心が吸い込まれそうだ。
 心が吸い込まれていくと、身体までも「絵画の中」に吸い込まれていくのではないか?
と、勘違いしてしまいそうだ。

 ブルー系の配色は、美しい。 端正だ。 けれども、冷たい。

 結論として、この心象絵画でもって「K画伯の心の中身」まで想像できる!と言ったら嘘になる。 K画伯の精神構造の一部分が「この作品に表現されている」として100%読み取れるはずはない。
 読み取れないにしても、作品を鑑賞することによって鑑賞者である自分自身が如何様に考えようと、其々鑑賞者の勝手であるか。 ならば吾輩も、K画伯作品を観賞しながら作品の中に入り込み、催眠状態に入り、心地よく「我が精神構造」を勝手に自由に玩んでみたい。


 ps: 第58回光陽展・K画伯作品(出品No.67)題目『眠れぬ街』 
  * 昨年作品は「広島アート」にて公開されていますので、こちらをお開き