Cafe & Magazine 「旅遊亭」 of エセ男爵

志すは21世紀的ドンキホーテ?
はたまた車寅次郎先生を師に地球を迷走?
気儘な旅人の「三文オペラ」創作ノート

椿事!in ミンダナオ島

2005-05-31 22:03:14 | 教養・文化・歴史
 
  本日もようこそ!「我がブログ」へ・・・

ま、お約束どおり、先にサンミゲルビールでも一杯、いかが、、、

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 ここから、本日の<記事本文>



今朝の8時前、朝の(あえて朝という、昼の番組もあるから)みのもんたさんの番組に「フィリピン戦友会」(会の正式名称が合っているか?)の会長さんが生出演し、このたびの生き残り旧日本陸軍兵の一連の顛末についてのインタビュー番組があった。
 これまた合わせて、昨夜のニュース番組から端を発した「元二子山親方の急逝」の報道も折り重なり、8時からの各局「朝のワイドショー」は、いずこも名大関貴乃花をとりあげたお祭り騒ぎ報道一色となった。朝からあまりにも騒がしいTV報道に、元貴乃花の御霊は安らかでなくなるではないか!

喝!

TV局共よ、すこしは礼節をわきまえんか、静かにせい!

さて、ミンダナオ島での「旧日本帝国陸軍生き残り将兵」の救出?作戦は、なんだか昨日夕刻を以って一旦中止になり、先週末慌てて現地入りした外務省をはじめ厚生労働省の日本政府役人および関係者は、一旦現場から引き上げ、その後の情報を待つという。

みのもんた氏の朝番組に生出演した「フィリピン戦友会会長」がインタヴューに応じていたが、なにせご高齢で、しゃべり方たどたどしく、TV局が意図する質問に対する「答え」が曖昧模糊として、全て要領を得ないまま、番組が終了してしまった。

そこで一連の政府の動きと、生き残り将兵の情報をもたらし、さらに面会をアレンジしたとされる「仲介者」の動きを整理したTV報道と、生出演された戦友会の「会長」さんのTV番組で話されていた言葉の端々をすり合わせてみたら、もっとも必要な事柄が浮き彫りになってきたではないか。

まず、昨夜の各TV報道は、
「仲介者たる人物の「情報」が正しくないものであった、今後の詳しい情報を待つ」とし、
合いも変わらず、これ以上の詮索はしていない。
ところが今朝のみのもんたさん番組の「戦友会会長さん」の談話の中、
「本来、戦友会の主な目的である遺骨収集の情報は、それが厚生労働省からの情報一本でなければならない」
ところが今回、すでに発せられていた情報(生き残り日本兵)を、半年以上も前に関係省庁担当窓口に報じているにもかかわらず、担当役人がその対応を無視乃至は怠っていた事に原因する。いかにも仲介者をあてにして行動したのは自分達(戦友会)ではなく、政府関係者であるから、(自分達には責任がなく)生き残り将兵との面会が中座したのはOOOの責任であり、我々には責任がない・・・
と、云わんばかりの発言をしておられたようだ。
結果、
テレビ局のウサギのぽんぽん的情報を無理やり我輩の偏見でもって整理してみると、
(1)遺骨収集の情報を集約するに、どうも金銭が絡んでいるような気がしてならない。どうもそれを政府のお役人が支払いしているのではないか?(私論)
(2)しかし、このたびの生き残り将兵の情報収集に関し、その対応が遅れた。(戦友会会長TV番組の談)
(3)遅れたプロセスで戦友会がいよいよ痺れを切らし、仲介者と直接の連絡を取り始め情報収集にあたったところ、結果、このたびの「段取り・いきさつ」の舞台設定が出来上がった。
(4)マスコミに、このニュースが漏れた。マスコミが息せき切ってミンダナオ島に動いた。
(5)マスコミが動けば世論がうるさい。したがって「日本政府筋」がしぶしぶ動いた。
(6)待った。
(7)結果、元々「狂言」だからして、面会は実現しない。
(8)政府関係者は昨日しかたなく、ミンダナオ島から引き上げた。

省みれば、
政府対応のあまりの不親切さ?に痺れを切らして動いた「戦友会」があり、それに金銭目当ての「仲介者」が直接接触し、話が前に動いた。
戦後すでに60年を迎える今、「生き残り日本兵」のニュースリソースの「覗き見趣味的面白み」に沸き立ったマスコミ、政府関係者が動かされた。
結果、茶番劇に翻弄された、平和ボケ痴呆症候群マスコミの軽さときわめて情報収集力分析力に乏しい、これまた平和ボケ日本政府のテイタラクぶりを世界に暴露した「椿事」。

この椿事の主役となった「政府とマスコミ」、もう恥ずかしくて恥ずかしくて、二者結託してミンダナオ島椿事には、触れたがらないであろう。
三流の「フィリピン政府」も、四流のフィリピン軍人も、皆こぞって笑っている事であろう。
いわんや「北朝鮮」も「シナ政府」も・・・
米国はどうか?
これまた笑っている。
他国が笑おうとどうでもいいのだが、日本国政府とマスコミが折り重なって「椿事」を巻き起こし、結果、普通の日本人が笑いものにされるような結果は、非常に困る。
今後、重々慎んでほしい。(またやるのだろうが・・・)
ま、しかし、仲介者の「日本人シニア長期滞在者in比律賓」の何某、残念ながら君は儲けそこねたか?
やめとけ!
こういうビジネスは遣ってはいかんのだ。
すでに20数年前より、日本人中高年比律賓浪人が増加に次ぐ増加、みんながみんなとは云わないが、どうもこの国、押し寄せてる日本人の平均的「品質」、本国で逃げ隠れしなければならない確率の高い方々がひしめいている様に感ずる。
これは、現実である。
が、しかし、近い将来、他の東南アジアにこのような不良日本人の「村社会」が出来ないよう、切に願う我輩である。

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シリーズ推薦イイ男Julio Iglesiasフリオ・イグレシアス

2005-05-30 07:36:50 | 趣味の話&本と雑学メモ
   
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「・・・・・」

「な~んだ、またしょぼくれたドンキホーテの像なんだ、、、」

「・・・!!」

「イイ男って、ドンキホーテの事か?」

いや違う。

本日、スペインの誇るイイ男とは世界の歌謡界を圧巻したかの有名な「フリオイグレシアス」である。
すでに彼のふあんの方、ご賛同の拍手を頂きたい。が、恐らくマイナーである。
ヨーロッパでは、人種階層を問わず女性という女性は今尚彼の大ふあんである。
我が国はどうか?
日本でフリオの美声が響き渡った頃、すでに20数年前ではないか。考えれば骨董品を持ち出したわけであって、今は彼の息子が(稼業?家業!を引き次ぎ?)マタマタ歌手になっている。
我輩、焼き直し的息子の歌はどうでもよい。
やはり元祖フリオがナンバーワンである。

(注釈:このジャケットのフリオの写真、ちょっとにやけている。ひょっとすると間違って息子のジャケット引っ張り出したか?いささか慌てるな~ 良くご存知の方お教えください!)
1100 Bel Air Place
Julio Iglesias
Sony Budget

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例の「あまぞんどっとこむ」から適当に引抜いたのが上記アルバムである。適当に引抜いたから別にお勧めのアルバムではない。何でもいいのだが、こうなったら可能な限り古い時代の(彼のでヴー当時)アルバムがよい。
なぜか?
(1)声に張りがある。
(2)ほんとうに彼に適した「名曲」が収録されている。
(3)唄い方が「惰性」ではなく、売り出す為に「本気」で唄っている。
(4)二枚目は中年になっても好し(我輩は彼の中年にさしかかった頃のムード=雰囲気を、もっとも評価するのであるが・・・)、しかし、彼の若い頃の写真がジャケットになっているので(若干でも)対女性対策(おもてなしの世界)に合致するのではなかろうか?

という理由をこじつける。

(お許しくだされ、また混乱してきた・・)




あ~ 今日もなぜか、ばかげた記事を書いてしまった。


  @@@@@@・・・


読者A:「これでも記事か!」

エ男爵「・・・(読者の罵声は、つらいな~)」

つらい時も、そうでない時もあるな~

読者B:「時に手抜きもゆるそうか・・・」

エ男爵:「・・・ありがとうございます」

エ男爵:「今日はなんだか辛くないぞ」

読者C:「ま~どうでもいいから早くビールを飲ませろ!」

エ男爵:「ハハ!只今、さっそくSanMIBUELでもご用意しましょう!」

読者D:「何打その銘柄は?」

エ男爵:「フィリピンピンビール、いや、スペインが資本を出し比律賓で作らせております」

読者E:「ナヌ?ほんとうか?ま、なんでもいいや・・・」 

 「・・・」



あ~、なんてこたあないぜ、

所詮、ブロガーもサービス業か・・・

このような読者のご要望にもお答えしなければならない。わがエセ男爵の永遠の師「鈍器法手」、いや違った「ドンキホーテ」の画像が、辛さを忘れさせてくれるのだ。

「????・・・」


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「ラマンチャの男」でお茶を濁そう・・・

2005-05-29 07:41:34 | 酔狂的欧羅巴徘徊記
  
   美女とジプシー論争、、、

  ややこしくなりそうだから、中座したい。

 ま、今週も週末をむかえる・・・・

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本論に戻る、、、

VTRを紹介したい。
「ラマンチャの男」・・・
我輩の好きな「役者」ピーターオトウールと、(勝手に決め付けて)最もジプシー女的妖気の漂う往年の大女優、かのイタリアの誉れソフィアローレン演ずる必見の映画。
舞台脚本をそのまま映画に持ち込んだので若干シナリオに問題があるか?


ラ・マンチャの男

20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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かの「ドンキホーテ」の物語は、中世スペインの栄華と滑稽さを千一夜物語的に描こうとした解読不明の名作。しかしどの道、ドンキホーテに描かれている中世スペインを背景とした物語は、ヨーロッパ大陸のどの国どの地域にも見当たらない「明るさ」と「アイロニー」をが込められているから不思議だ。
「何が不思議かもう少し話せ!」
いや、単純である。
物語が描かれた当時のヨーロッパ大陸には、ドンキホーテの舞台となった「陽気さ」と間の抜けた「滑稽さ」が見出せないだけであるのか?
中欧や東欧の人間から、陽気さや滑稽さが感じられないのはなぜか?
これ、理由や原因は何なのか?
わからないからここは、一つ、
無理して、逆説的にいってみよう。
強引であるが、当時のヨーロッパ、比較論的に考えればイベリア半島の住民がが如何に開放的か、他世界との人的文化的交流が忙しかったか、その一言に尽きると考える。北アフリカや中近東からの人の流れによりイベリア半島の血が混ざり合う。人の流れにより、ジプシー的性格の強いスペイン人の土着的性質、それは欧州大陸からの影響というよりも、むしろ北アフリカならびに中東の民の多くの雑多な血統が流れ込んでいると考えても偽らざる歴史的事実があろうところの民族性、さらには大西洋という海洋航路を控え持ちつつ、このヨーロッパの南端の民族は中世ヨーロッパの中でも最も国際感覚の研ぎ澄まされた民族性、そんな遺伝子を引継ぎ、永きにわたってスペイン人の血の中に流れている密かな内面要素(陽気さ滑稽さの理由につながる)からなのかもしれない。こんな陽気さを裏返せば、発作的残虐性にもつながり南新大陸に渡っては、南アメリカ原住民(メキシコ・ペルー・その他中南米各地域にて)を徹底殺戮から抹殺に及ぶ源にもなるのか。
歴史は、すでに世界の数億数万人が知る。スペインの栄華は、征服と殺戮、血によってあがなわれて来た歴史事実がある事を、、、。
これ、知らしめよ!朝鮮半島の民族と、中国大陸一部の悪徳政治家達に・・・

なあ~に、闘牛場で牛を殺すなんザ、朝飯まえだ~。
これくらいでは我輩も驚かんぞ・・・

さて、
翻って、ジプシーの流れを逆に辿れば、かの地モンゴルに立ち返るではないか。
これら全て征服欲の強いモンゴルの血統かもしれないし、ユーラシア大陸で生き延びるには、長期にわたり他民族征服とそのための殺戮を無差別無期限に繰り返さなければ、民族として生き残れない現実があったのか。そう、彼らの基準からすれば、そうであったのであろう。
人間二千年の歴史は、決してやわではないぞ・・・。
そうして、この21世紀はどうなるか。
歴史のパノラマを思い起こせば、重く低い戦慄が湧き上がり、今、背筋に寒気を催す。

このくだり、ちょいと難しいから即座に忘れてほしい。まして映画『ラマンチャの男』のストーリーとは、すでにかけ離れているから、お詫びする。

そう、観点と視点をかえて、あらためて21世紀を考えたい。


オット、忘れていた。
画像はマドリッド、、、。
100数十メーターさきに、ドンキホーテとサンチョパンザが老馬と驢馬にまたがって進んでいるのが見えるであろうか?
見よ!
これぞスペインの誇る大物中の大物なり!ついにご登場願ったのである。
これぞ、我輩「エセ男爵」の目標!
これぞ、見習うべき「大先輩」いや、「大先生」の御姿なり。かくも立派な銅像になっているではないか・・・

  さあさあ、諸兄淑女に読者諸氏、、、

   あらためてご認識いただきたい!
   
    エセ男爵の慕う『我が師の御姿』を・・・


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自己紹介に近い「お話」・・・

2005-05-28 06:05:21 | つれずれ紀行


アメーバブログ時代、たしか4月上旬だったと思うが、我輩の英文論文を投稿した事がある。

ワード変換でうまく貼付けできなかったが「何か書いている」ことはご確認いただけていると思う。

さて、
前後してしまったが、
今日は、何故英文論文を書くに至ったか?
何故バリ島にタッチしているか?
そんあいきさつを知っていただく為に、2004年9月、我輩が師事している「さる出版社のオーナー(彼、プロの物書き。ちなみに我輩は素人!)」宛、下記のに送ったEメールをそっくりそのままブログに掲載する。
ま、
何度か「バリ島のロングステイ」の考察にチャレンジしているが、実はこの論文の中に、すでにその核心に触れている。我輩のつたない英文論文はワード文章であるから、いかにして記事に掲載するか、いささか難しい。何が難しいか?若干の図形データやグラフ、罫線の入った数字データなどがばらばらになってしまうから手の施しようがない、、、。若し、読んでやろう!下手な英文診てやろう!と思われる読者の方がおありであれば、喜んでお送りしたい。読まないが、読みたくないが、手元に持っておこう!それもありがたい。その場合、Eメールの添付書類としてお送りするので希望される方はメールアドレスをお教え願いたい。(E-mail address: baron24ese@goo.jp)

論文そのものは英文であるが、下記文章の中には「論文内容」のあらかたを紹介しているので、バリ島に興味をお持ちの方は是非ご通読願いたい。(お断りしておくが、この当日イラク戦争勃発、一ヵ月後にSARS騒ぎが始まった。また、スマトラ沖地震の発生など想像だにしていない頃であるから、若干の斟酌を願いたい)

尚、
すでにアメーバ時代からの読者には一部重複する箇所があるのでご了承いただきたい。来週中ごろから再び「バリ島ロングステイ」の考察に関する記事を書き始め、逐次投稿する予定である。加えて云えば、この「くだり」を明確にしておかなければ、「ロングステイ考察」の入り口と出口が見えないので、記事を読み進めていてぼんやりする読者もいるであろう。是非ぼんやりしないで、且つ、飽きずに懲りずに、バリ島の「ロングステイ考察」を通読願いたいのである。(まだあまり書いていない、今からが本番であるけれども・・・)

  ++++++++++++++

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<写真説明>
ウブドの別荘でおなじみ、MAS女史。本日はスーツ姿で・・・
バリ島観光専門大学MAPINDOの大教室入り口にて。セミナー当日、我輩の通訳兼秘書を務めていただいた。

彼女は場馴れしていて何かとゆとりがある!

セミナー開始前の「バリ美人爽やかショット」・・・

「・・・・・」

「なんですって?もう、これ以下のメール本文読まなくてもいい?」

「どうぞ、勝手にしてください」



  ++++++++++++++


拝啓 db先生  2004年9月00日

数日考えましたが、一旦口を開いた責任は取らねばならず、たとえ無視なさろうとも「論文」はお送りしなければなりません。
したがいまして先日ご紹介いただいたアドレス宛、明朝9時までに「Word添付書類」として発信いたします。
受信方、何卒よろしくお願い申し上げます。
論文のタイトルは、
「日本人旅行者から診た今後のバリ島観光産業の行方について」
とし、
作成年月日は一昨年前2002年3月上旬。当論文は3月下旬にバリ島の某大学で開催されたセミナーのメインテーマとし、はずかしながら不肖小生が講師として招待をお受けし、約1時間45分のレクチャーに及んだ次第です。セミナー参加者は同学の学生、ならびに一般社会人参加者として現地ホテル協会会員ならびに地方行政職員などでした。
当セミナー開催の理由は、開催前年度(2001年10月だったか?)バリ島における爆破事件が起こり、その後急速にバリ島訪問者が激減した中、主たる外国人訪問者(一位=オーストラリア人、二位=日本人)である我が国の関係者からセミナー講師を選出したい、、、。等の意向が強く、当時、たまたま東ジャワ州の大学客員教授として現地に出入りしていた小生に(図らずも)白羽の矢が当たってしまったことが原因です。
又、図らずも、当セミナーの開催前日、不幸にも、第二次イラク戦争が勃発しました、、、。
セミナー招待を受けた機会にバリ島でフィールドワークを計画し、数ヶ月充電期間の後、昨年の秋口から始まる大学の新学期にあわせ、新たにバリ島の2大学と東ジャワ州の某大学の間を行ったり来たり、気楽に、しかし真面目に文化交流とレクチャー三昧を「楽しむ予定」を立てていたのです。
で、昨年の8月末までバリ島からスラバヤを中心とした東ジャワ、査証更新のため、時に数日シンガポールまで足を伸ばす。といった按配で、海洋性気候の快適な環境の中に身をさらし、昼寝つき読書三昧の日々、チンタラと気楽な数ヶ月を過ごしました。そうした中、8月に入り、事件が起こりました。83歳になる父親が急遽脳梗塞で倒れ、あわてて帰国し、現在に至っております。(未だ寝たきりとなったままですが、、、これも天の定め、世の順序、逆らえない自然の摂理に任せねばなりません、、、)
今一度「話し」をバリ島に戻します。
滞在中のその後、ご承知の通り、アジア世界を震源地とした「SARS騒ぎ」なども立て続けに起こり、観光立国(いや立州)であるバリ島は、そのつど大きな打撃を受け続ける、すなわち外国人訪問者の激減は直接的な観光産業(例えばホテルやレストラン、バス会社や航空会社)のみならず、その周辺産業から末端の一般地元住民まで、短時間に経済的影響を被り、グローバル世界における遠くの事件が、たちまちにしてバリ島のあらゆる産業に影響を及ぼすこと、身をもって体験致しました。
バリ人はもとより、図らずも現地滞在の日本人とも交流があり、さまざまな体験をいたしました。
日系人については、約10年前よりバリ島における現地定住者の数が増え続け、正式データ(?)にて約2千人近く(時に、実際にはその倍の数字=4千人とか?)の日本人長期滞在者が居ると聞きます。彼らの中には急ぎ帰国した人たちも居るそうです。面白いことに、外国各都市で長期滞在?している日本人は、その滞在地によって「一くくり」に出来る『共通性』がはっきりと認められます。似たような背景と目的を持った日本人が、「ある環境」を求め、海外に出向いているようです。書きたいが、今は、あまりにも直接的過ぎて、書けない話もあります。が、いずれ執筆の枝葉には、かろうじて役立つかもしれません。
さて、
論文の内容に触れておきます。
標記の論文は、
(1)海への憧れは、歴史的に考察しても日本人の血のなかに今尚脈々と流れている事実を考察し、
(2)もって、「海岸リゾート」好きな日本人の根強い人気に支えられ、リピーターの決して絶えることのない「バリ島人気」は今後も回復が約束される事、関連記事やトピックスを合せ示し、
(3)今は、耐え忍んで「待つ」、観光産業を目指す若者は、その間に、自己の知識と技量に磨きをかける事ユメユメ怠らないよう切磋琢磨を奨励する。
(4)しかし、近い将来のバリ島は、海外旅行客の観光目的地としてのみならず、『国際的な物流や人間移動の中継地点』になるべく、今、その準備に入らなければならない。これを今回のセミナーの最大研究目標として『力説』し、
(5)また、無謀にもバリ島をして全時代的な『農業立国(いや、立州か?)』に時計のネジを巻き戻す発想を掲げる一部の地元政治家や地方行政役人の声があるが、いまさら理論も実論もぶち壊しの『謳い文句』や、その場しのぎの選挙の票取り合戦はバカバカしいから一切耳を傾ける必要は無い、
(6)しかし、時に観光産業に於いても「自然破壊」に直結する動作(定住者以上のゴミ廃棄物の流出)には、真剣に対応する必要ありとし、民間と地方行政が適切なる「策」を講じておく必要ありと警告した。
(7)添付の統計資料の『解読と消化』を強く奨励し、実数値すなわちデータでの、事実掌握の重要性を叫び、グローバル世界における「観光・旅行産業の重要性」と将来に向けての『よりいっそうの工夫』を訴えました。
以上、たわいもない内容の論文でありますが、地元学生にとってはいささか難解すぎた嫌いがあり、むしろ全文を通して『熟読』していただいた方は、わずかに2名。そのお一人は、バリ島における唯一の国立大学農学部の教授!この先生は、過去のバリ州行政府の「異常なる観光産業擁立」には反対する人物でしたが、小生のバランス感覚を高く評価していただいたようです。
もうお一人は米国出身の男性旅行客が読んでくれました。すでに40歳代に入ったアメリカ人は水球の達人でオリンピック米国代表の経験があるとの事、したがって、みごとな容姿の持ち主! 在学中、水球の選手としてヨーロッパを転戦していた折、ヨーロッパのファッション業界から声がかかり、10年近く男性ファッションモデルとして、ヨーロッパ諸国を渡り歩き、軟(ヤワ)な仕事をしていたようです。
友人としては高く評価できる好人物の男性ではあります。が、小生、すでに「今、この年」になってしても、(できる限り?)このような輩とは一緒に行動したくない。ともに街を歩きたくない。事実、彼はしょっちゅう白人女性やその他各種女性外国人滞在者(日本人女性からも)からか?デートのお呼びがかかり、定宿のホテルを抜け出し、しばらくしてまたホテルに帰って来くる、そんな優雅な生活を繰り返していた様子です。
実は彼、知る人ぞ知る「著名人」でして、バリ島とジャワ本島の、潮の流れの速い海峡を「泳ぎ渡った」遠泳記録保持者であります。たまたま滞在ホテルが一緒となり、毎朝バイクを駆ってクタ海岸に出かけ、一日もトレーニングを欠かさない、上品でハンサムで知的なアメリカ人男性でした。数年前まで東京で「英語教師」等の経験があるからして日本人有名人ならびに日本人国際スポーツマン(たとえばプロ女子テニスの人、、、)などの知人も多くいるようでした。
当掲示板を開かれる中に、彼を、すでにご存知の方が居るかもしれない。
もちろん、彼も論評をしてくれました。
A)まず、面白く読めた、と。
B)こんな世界の観光旅行産業のデータを集約した資料、はじめてみた、と。
C)2~3箇所、英文としてどうしても直しておいたほうが良い箇所がある、と。(あらためてその箇所を教えてもらうことになっていて、互いにそのまま放置し、残念ながら今日に至っています)
D)何か、英文で執筆しないか!そうしたら、是非読ませてほしい!等とも激励?がありました。が、英文執筆など小生にとって大変恐ろしく、一生かかっても出来ないであろう代物です。
彼の人生観、「世界の旅人」に徹しており、何も物理的な欲のない人物です。世の中にこういう人間がいるであろう事、想像はしていましたが実際にであったのはこれが初めてです。
ま、彼には何かと「勝ち目」なく、たいへんに「恐れ入り」ました! というすっきりした気分です。アメリカパスポート所有者として彼に対して勝ち目がないのではなく、彼の人間として持ち合わせている全てに対しての評価です。こんな連中(複数扱い)、ほんとうに稀に存在します。もう15年若かったら、対抗意識が湧き上がったか?と、思いますが、今の私はそうとうに「達観」可能です。そういう意味で、私も欲のない人間かもしれないし、あるいは別の次元、別の価値観で、まだ闘争精神が存在している可能性もあると考えます。
いずれにしても人生、まだまだ楽しくやって行きたいものです。

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美女シリーズ0526b(流浪の民ジプシー、一考・・)

2005-05-26 08:43:22 | 酔狂的欧羅巴徘徊記

ブダペストに出入りし始めて約1年目になった時点で、ようやく地元住民と西欧人観光客の違いが解り始める。判別可能なる理由はいたって単純。話している言葉がハンガリー語であるかどうか?ハンガリー語を話していなければハンガリー人ではない。

ハンガリー語はフィンランド語とよく似ていると聞く。

また、文法的には日本ごとも非常に共通点があるといわれているが、専門外でわからない。もう少し調べなければこの話し、以上深入りできない。
とにかく少数民族であるが『ハンガリー人』は、存在する。彼らは自分たちのことを『マジャール人』と称し、さらに彼らの言語を「マジャール語」と云う。音楽家リストを生み、近頃では、20世紀末、金融世界を圧巻したかのジョージ・ソロスもハンガリー人である。今も昔も、ハンガリーの教育水準は高く、芸術家に科学者数学者などなど、世界に名だたる傑物が多く生まれ出でているから、あらためて驚いてしまう。
ハンガリー人の起源はどうなのか?
かのモンゴル平原?今の場所よりも遥かに東方?その界隈にて遊牧生活を営んでいたマジャール人は、4世紀くらいから徐々に西に移動し、8世紀には現在のハンガリー平原にたどり着き定住し始める。さらに幾たびも西ヨーロッパ地域(今のオーストり-ならびにドイツ東部)の征服を試みるが撃退されハンガリー平原に押し返されつつ、ようやく10~11世紀をむかえる。その頃になりキリスト教徒の為政者に平定されようやくハンガリー人国家が、今のかたちの原型を整える。

話し最初に戻る。
しかししかし、どのハンガリー人にジプシーの血が混入しているかどうか?いまだにその見分けがわからない。
マジャール人、すなわちハンガリー人そのものが流れ流れてこの地に定住した民族であるから、
「流浪の民ジブシーと同じか?」
と、現地で問うと、
「とんでもない!我々ハンガリー人はハンガリー人で、ジプシーはジプシーです!」
と、お叱りを受けた事がある。
マジャール人の移動は4世紀に始まり、モンゴルからロシアの草原を辿り、約4~500年もかけて東洋と静養の境ウラル山脈を越えハンガリー盆地に至る。こんなマジャール人(ハンガリー人)の流れてきた経路と、ジプシーがこの地に流れてきた経路や経緯は違うようで、ジプシーは、インド~アフガン~ウラル~ペルシャなど等、どうも中近東からの流れでバルカン半島に入り、その一部が今のハンガリー盆地に定住し、さらに西に向かってイベリア半島に到達。そして多くのジプシーが今のスペインに定住している。
さて、話を戻す。
当地ハンガリーでのジプシーの血を引く連中には、金髪の人間もいれば、ゲルマン人のような輩もいる。我々東洋人には見分けがつかない。がしかし、知人のハンガリー人には、割合よく見分けがつくらしい。
ではどこがどう違うか?違いを理解するのに3年かかった。
ハンガリージプシーミュージックのメランコリックなバイオリン演奏は素晴らしく、ジプシーミュージシャンたちの奏でる日本の曲「さくら」あるいは「荒城の月」を聞けば、ほとんどの日本人はえもいえない感動に胸を揺さぶられ「理由なき涙」が溢れ出でる。我輩も経験があり、これは止めるすべもなく、やたら他人様に涙を見せたくない我輩にとっては、困りものである。
確かにジプシーの芸術的才能は秀でており、特に音楽的才能はすばらしい。
しかし、
昼間の一般事務をやらせるとだらしなくガタガタであり、すでに我輩経験済みである。
(1)時間のかんねん=0
(2)お金の計算、ダメ。「宵越しの金は持たない」という言い伝え?は、現実である。
(3)家族の絆が強すぎて、母親が風邪を引いたという理由で出勤に遅刻し、あるいは早退し、時に、ドタキャン的に仕事を休む。
(4)将来へ向けての計画的な暮らし向きをしないがため、多くのジプシーは貧困である。
(5)上記項目を加算すれば、おのずとジプシーの子弟の教育水準は低くなる。
となると、
いきおい盗みや犯罪を犯す確率が高くなる。
ハンガリー政府もこれには頭を悩め、各種の対策を講じ今日に至る。
語学力の問題もあるだろうが、現地では「ジプシー」という言葉を差別用語としている現実はさほど感じない。が、最近の映画では、どうもジプシーという言葉を使っていないようだ。日本の狭小な人権保護論者達の学芸会的なレベルで、ジプシーを差別用語と指定するのは、なんだか浮ついており、このあたりメッキ張り的な弱者保護。まるで戦わずして平和を述べる『平和主義者』であり、我輩は好ましくない。

さて、
ハンガリーに於ける「ジプシーの見分け方」は?

実際に付き合ってみればわかる!

この一言、如何なり?


<続く・・・>

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<写真>
モデル:MK嬢(曲がりなりにも「ジャズシンガー」)
撮影場所:於、ポジョニ・ウッチャの我輩のオフィス
雑感:ラフな出で立ちのMK嬢。まだ若いが、ドレスアップしたら相当なカタチになる、美形。残念なのは、写真が下手という事実。(いつまでたっても我輩、「女性写真」は大の苦手なり・・・)


美女シリーズ050525a

2005-05-25 20:39:30 | 酔狂的欧羅巴徘徊記
   
   今日も気分転換の続きでいきましょう!

 気持ちのチェンジアップには「美女シリーズ」がよい。

今日のご紹介はMK嬢。
つい先ごろまで、とあるブダペスト市内ホテルのバーラウンジで「歌い手さん」をしていた。
我輩、同じバーラウンジで仕事をしているギター演奏家の友人がいるので、よく顔を出す。
たまたまMK嬢が音楽家の友人の御遣いで我がオフィスに出向いてきたのでお茶をご馳走し、写真を撮った。
さて彼女、年のころ未だはたち前後。歌は上手くない。若さだけがとりえでホテルのバーに出演している。
ところで彼女、生粋のジプシー娘。
あどけなさの残るジプシー娘らしい女の子である。
とにかく、画像をよくご覧頂きたい。
まず背は高く(175cm位か)、体つきもしっかりしているので健康的である。
やたら痩せ過ぎの女性には不健康さが漂ってくる。そんな輩、全く女としての魅力を感じない。
彼女の場合、これで良い。
そう、
肌は、少し黒い。
髪の毛は、漆黒。
まなこも、黒。
体形はやや肉感的。
以上しめて、野性的健康美人となり、
これがジプシー女の基本である。

そうなんだ・・・
顔立ちは、どうみてもアングロサクソンやゲルマン人のそれではない。

<続く・・・>

ランキング下降中にて、是非本日は是非通りすがりの読者の方々も、健康的ジプシー女性を賞賛して以下のバーをクリック願いたい。

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拝啓林望さま「著書イギリスはおいしい」によせて

2005-05-24 13:42:18 | 趣味の話&本と雑学メモ
<画像解説>
ブダペストの隠れ家:書斎にて
ブラハルーサーテールの地下鉄駅から徒歩3分、築170年、古いマンションの2F・2LDKである。ブダペスト市街の中心地にあるこの場所、仕事や移動のためのレスポンスは良いが、いささか喧騒な街中の住まい。しかし、一旦マンションの中庭から部屋にに入れば、誠に落ち着いた佇まいの閑静な隠れ家である。 


さて、

  今日も、すこしばかり「気分転換」したい。

 いろいろ選択肢はあるが、時に、読書で気分転換を図るのもよいではないか・・・・

そんな時、お勧めの「一冊」があるのでご紹介したい。


イギリスはおいしい

平凡社

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林望(ハヤシ・ノゾム)氏の初期の著作:「イギリスはおいしい」・・・

我輩が林望氏を知りえたのは、他でもない渡部昇一先生との共著「知的生活シリーズ」の対談集の中である。
渡部昇一先生をして林望氏を最初に知りえたのは一体どうなのか?
なんと、
渡部先生のお嬢様(当時・大学生)が、食事も忘れて懸命に読書しているのをご覧になって、
「何を読んでいるのか?その本は面白いか?」
と、尋ねられたところ、お嬢さん曰く、
「おもしろい!読み出したら、もう止まらない・・・」
それで、渡部先生が、
「そんなにおもしろい本を読んでいるのなら一度自分も読んでみたい」
と、おっしゃって読まれたのがこの『イギリスはおいしい』の一冊であった、といういきさつがあること、我輩どこかで読んだ。
かくして渡部先生の目にとまり、読まれた挙句、
「ウム!この人物おもしろい」
その一言があって、
「是非この人物と対談し、その対談集を出したい!」
との意向を出版社に告げられたといわれる。
そうして出来上がったシリーズ知的生活関係の「対談集」であり、我輩それを読んで林望氏を知り得たのである。

すでにお読みになっている読者も多いと思うが、

 そして、我輩の一言!

 「ことのほか、稀にみる『名著』である」

著者の仕事柄、幾度にもわたって英国に旅し長期の滞在中に体験した「英国の食文化」について、歯切れの良い文章でつずられている。

我輩、じつを申し上げると、林望氏をプロの物書きとして多大なる評価をしているのだ。
確固たる理由がある。
まず、
1)林氏の記述個性が好きである。氏の著作の中でも、特に、この「イギリスはおいしい」が最高で出来である。彼の記述個性とは、すなわち彼独特の筆力であり、とてもとても半端な筆力ではない。すなわち男の書く美文の中のさらに美文である。我輩、もろてを揚げて絶賛する。
2)この著書の中身、すなわち題材に(出版当時<1991年3月初版>は特に!)特異性がある。イギリスの食の不味さは世界に定評がある。その食の貧弱さを乗り越え、皮肉にもイギリスはおいしいと題する林氏独特の食文化に対するふくよかな素養と歴史的経緯がある。おいしくないイギリスの食文化に自らが体ごと入り込み、切り分け裁き食し消化し、そうしてようやく「おいしい」と題する、彼自身の教養深さが満ち溢れんばかりの旺盛な知識欲とたぐいまれな資質の持ち主であると判断する。
3)イギリスの文化人家庭の中に入り込み、食生活と食文化を通して、中流の上のイギリス人社会を観察しきった上で、我々日本人読者に懐深くゆとりを持って紹介してくれる。
4)著書の要所要所に鉛筆描きまたはペン描きの簡素なスケッチ画が出てくるが、これの一々がなんともすばらしい作品なのである。おおよそこのたぐいの本には執筆家と挿絵画家が一対になり、一冊の本を創りあげるが、何と何と、どのスケッチを見ても林望氏のサインがあるではないか。最初にこの本を手にしたとき、にわかに信じがたかったのは、林氏の絵の上手さである。これまた半端な人ではない。

この出版の後、何故かチョイと調子に乗って「恋愛小説」を書いているが、これが最悪であった。彼は「恋愛」が語れない作家である。どろどろした男女関係が書けない『人』であるとみている、が、それはそれでよろしかろう。

年齢的にもほぼ同じ著者林望氏に対して、ついつい競争心対抗心が沸き立ちライバル意識が先行しがちであり、こういう人物とは素直に仲良くしたくないのであるが、しかし、林望氏は我輩にとって「いい男」の一人なのである。

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妖艶な黄金、ルビーの煌めき・・・

2005-05-19 00:11:38 | 酔狂的欧羅巴徘徊記
 
昨夜ご案内したホテルアストリア・カフェバーのシャンデリア、あらためて見上げよう。

このシャンデリア、特別に豪華でもなく普通のもの、、、、
ヨーロッパのあちこちを徘徊していれば、どこにでもぶら下がっている代物である。

天井の金箔飾りの反射光をご覧頂きたい。

ただの金箔、されど金箔、、、

金箔レリーフの凹凸の曲線で反射された光、これがなんと、異様にも「妖艶な玉虫色」になっているではないか。太陽光線が金箔に反射してできた色の中、「ルビーの赤」が見えてくる・・・
なるほど、、、
これが何故に金箔を使用する理由なのか、わかってきた、、、

最初にネガティヴフィルムを現像し印画紙に焼き付けたときには、全く現れなかった色彩である。今、こうしてCDに落とし、PCを駆使し自分勝手に、照度・トーン・明るさを調整していたら突然に、とある瞬間、わずかな反射光線が驚くばかりの色彩を発したのである。
物体の色を表現するに、太陽光線に勝るものなし・・・
金箔すなわち金が、ゴールドが、こうして太陽の輝きを受けとめ、これほどまでに豪華に反射できるからこそ、黄金が黄金であり続けるのであろう。

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19世紀の華・カフェバー (Hotel Astoria, Budapest)

2005-05-18 02:22:18 | 酔狂的欧羅巴徘徊記
 
お待たせしました、、、。

 今夜はちょいと一杯、引っ掛けましょう!

 アストリアのバーカウンターでお待ちしていますよ

ブダペスト在住の初期おおよそ3ヶ月間、ホテルアストリアを定宿にしていた時期がある。
「ホテルアストリア」へのご案内はこちら!

一階、いや地階?(ヨーロッパではG=Ground Floorとなる)こじんまりとしたホテル受付を左に見過ごし奥まで入る。椅子やマホガニーのテーブルがシックに配置され、時間経過を感じさせる時代物の家具調度品がしつらえてある。

突き当たり手前を右に回り込めば、このバーカウンターになる。
撮影した後方がカフェバーになり、撮影方向つまり左斜め前方にかなりゆったりとしたレストランが拡がる。

このバーカウンター・・・

どこか時代錯誤的なカウンター全体の重厚な造作は、存分に19世紀の雰囲気を醸し出している。滞在当初は非常に違和感があったが、しばらくすると慣れた。ヨーロッパに住んでいる以上、やはり薫り高き歴史が育んだ文化の真っ只中に素直に飛び込み、そして馴染んでしまえば良いのではないか。

 そう、今宵は読者の皆様とこのカウンターバーに集合し、まずは食前酒を一杯やりましょう。

地ビール、よし。
ドイツビール、よし。
パーリンコ、よし。
ウニコム、よし。
ウオッカ、よし。
ドライマティーニ、よし。
ワインは、ディナータイムに料理と一緒に飲もう、、、。
いやいや、もう何でも、よし、、、。

そして、
頃合をみて、奥のレストランに移動しましょう。

オウ!
これは、弦楽5重奏団か?ティンバロンもあるか?
生バンド演奏が聞こえてくるではないか!

ヴァイオリンの弦をおもいっきり震わせ(邪道?)つつ、哀調の漂い方著し~い。漂わせ方のテクニック、これでもか~と、弦を震わせるから「荒城の月」の演奏にぴったり来るのだ。勝手ながらに命名してヨーロッパの演歌、すなわち「ジプシー・ミュージックの生演奏」に耳を傾けながら、ゆっくりとハンガリー料理を楽しもうではありませんか。


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<ささやかに、写真の説明?>
 撮影場所:
Restaurant & Bar in Hotel Astoria
 築後、すでに百七~八十年経過しているブダペスト市街の中心に位置する古い建物は、特にこのレストランバーの設(しつら)えに19世紀の格調を保っている。
 撮影雑記:
昼間の撮影であるが、やはり光量がたりないので、増感現像した。したがって画像が荒くなった。撮影意図は、主として天井のシャンデリアを撮りたかった。28mmあるいはそれ以上の広角レンズで撮影したかったが、たしか手持ちのレンズは35mmであった。この仰角で、カウンター下の脚長椅子を入れて撮りたかった。が、すでに十分手遅れである。
増感した結果、シャンデリアを取り巻く天井の飾り付けから異様なほどの煌びやかな反射光線が発せられたのには驚いた。これ金箔。金箔以外このような絢爛な反射光は発せられないであろう。
稀なる「この光」だけでも、我輩、満足している。


ゴッホの心で衝動買い!マドリッドの街角で・・・

2005-05-17 09:56:43 | 酔狂的欧羅巴徘徊記
   光線の暗い写真が続いたから、スペインらしくいこう。

  超強烈太陽光線が、ショーウインドウに照り返している、、、

 けばけばしい色彩のネクタイは、なおさらに映える!

     「これぞ、スペイン的だ!」

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホを思い浮かべながら、且つ、アルル地方はフランスで、スペインでないのは承知しつつ、まごまごあたふた写真を撮っていると、店の中から「活(粋?)きの良い」中年スペイン男が現れ出でた。

我輩はたちまち、口説かれた。

歯切れの良いスペイン語訛りの英語で調子良くおだてられ、結果、一本負け。

我が風呂愚での駄洒落は厳禁、柔道の試合ではないぞ、、、。

ネクタイ一本!たちまち衝動買いしてしまった。

男の身の回り品で、一番割に合わない物がネクタイか。

最近でこそあまり絞めなくなったが、やはり必需品であることには違いない。

安くてもかまわないのがネクタイであり、凝りだせばきりがないのも、ネクタイである。


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