雨音に気づいて遅く起きた朝はまだベッドの中で半分眠りたい(だったと思う)。
アメリカにはあんな「下手うま」な歌手はいないとデーブ・スペクターに言わしめたユーミンの"12月の雨"。
昨日の雨は太田裕美の「九月の雨」とも違っていた。雷鳴も凄かったし雨音も凄かった。
降れば土砂降り、天の恵みである水、無ければ命は無く多すぎれば命を脅かす。
ちょうど良くふって欲しいと願う気持ち、無視できぬほど切実だ。
水もお金も食物も多すぎる程は必要ない。
外から入り込んでくるゲーム的金融資本は津波か洪水のように被害を残し、どこかへ去っていく。
天災も人災もなくならない。
降れば土砂降りなんだものなぁ。
容赦の無い雨の後は晴れ間もある。
良いことばかりは無いし悪いことばかりも無い。禍福は糾える縄の如し、そう思うしかないのかな・・・・。
遊びをせんとやの子供時代に、天気雨が好きだった。
太陽の強い光の中で結構大粒の雨が降り注ぐ天気雨を見ると、何故か嬉しさが込み上げてきた。
昨朝も天気雨が降った。既に爺さんの私は、それでもやはり嬉しさが胸に弾けた。
天気雨は、先の知れぬ暗雲の中ではないからだ。 <2013-09-05 0905>
+++++++++++++++++++「天気雨」が好き+
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2019.11.7 光を通す雨の滴はキラキラ光って可愛くも美しい。下手なダイアモンドよりも美しくないか?水は命に通ず。
2021.9.5 治まらぬコロナ禍。人々もそれに悪馴れしてしまった。だらだらと続くのか、これは先のしれぬ暗雲の部類。