日本にも必要だ。
「 韓国の国会で今、フィリバスター(filibuster)が行われている。2月29日午後4時の時点でまだ、野党の「共に民主党」 によるフィリバスターが継続中だ。この時点でフィリバスターの累積時間は140時間を超え、前代未聞の事態となった。同党の議員108人全員がフィリバスターに参加すると申し込んだため、会期末を迎える3月11日まで続く可能性がある。
12時間近く演説を続ける、共に民主党のチョン・チョンレ議員(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
フィリバスターとは時間の制限なく演説を続けることで、国会の議事を合法的に妨害する行為を指す。ある議案を巡って、賛成と反対意見の議員が交互に登壇して時間制限なく国会の本会議で討論する。韓国では「無制限討論」と呼ばれる。時間制限がないため、討論中に会期が終了すれば、討論していた案件は自動的に次の会期に持ち越される。
国会議長が法案審議の手続きを無視
発端となったのは「国民保護と公共安全のためのテロ防止法案」をめぐる与野党の対立だ。
野党3党――共に民主党、正義党、国民の党――は、与党セヌリ党と朴槿恵大統領が早期制定を目指している「テロ防止法」は国民を監視する法であるとして、法案の修正を要求した。ところが国会議長は「国家非常事態のためテロ防止法を早急に制定しないといけない」として同法案を職権上程、これに反発した共に民主党と正義党を中心に23日からフィリバスターを始めた。
職権上程は委員会を設置せず、国会議長の権限で法案を本会議に上程すること。法律案は本来、まず国会内部で調整して法案を作成。与野党が委員会を作って法案をもう一度審議し、この法案を本会議で審議するか破棄するかを決める。委員会が本会議で審議することを決めたら本会議に上程する。職権上程はこの一連の手続きを無視するものだ。
国会議長は議員による無記名投票で決まるので、議員の数が多い党から選ばれることが多い。現在のチョン・ウイファ国会議長は与党セヌリ党の議員である。
韓国でもプライバシーとテロ捜査をめぐる議論
テロ防止法はテロを防止するための法律で、2000年から議論が始まった。しかし韓国の国家機関である国家人権委員会(国民の人権を守るのが使命)と市民団体、国連難民高等弁務官事務室が懸念を示し、成立させることができないまま今日に至る。テロを防止するという名目で国家情報院(大統領直属の情報機関)が過度な権限を持ち、これを乱用すれば人権を侵害する恐れがあるとの理由だ。朴槿恵大統領は、北朝鮮のミサイル発射やパリ・テロ事件などが起きており韓国も安全ではないためテロ防止法を早く立法しないといけないという立場を取っている。
野党の共に民主党と正義党はテロ防止法の制定には賛成するが、第9条には反対する立場を示している。第9条の内容は次の通り。
「国家情報院長は対テロ活動に必要な情報や資料を収集するため対テロ調査及びテロ行為に及ぶ危険がある人物を追跡できる」
「国家情報院長はテロ危険人物について、出入国、金融取引、通信利用などに関する情報を収集できる」
「国家情報院長はテロ危険人物の個人情報と位置情報を個人情報処理者と位置情報事業者に要求できる」
野党側は、「根拠なく国家情報院長が疑わしいと思っただけで携帯電話やインターネットの利用内訳を監視し、金融取引を追跡できる法律をつくってはならない」と反対し続いている。テロ防止法の内容をもう一度時間をかけて議論するべきだとして、フィリバスターを始めた。
海外のメディアも注目
フィリバスターを行っている共に民主党は2月24日、次のように説明した。「韓国には既に国務総理の傘下に対テロセンターがあり、国家対テロ活動指針もある。それにもかかわらず、与党セヌリ党と朴槿恵大統領は国家情報院に全ての権限を集中させるテロ防止法を制定しようとしている。我が党はテロ防止法制定に反対するのではない。無差別に盗聴、監視を行って人権を踏みにじる可能性が高い条項は削除せよと要求しているだけである。国家情報院ではなく国務総理傘下の対テロセンターが権限を持つべきだ。テロ防止法は重要だが、国民の人権を保護するのはもっと重要である」。
韓国のフィリバスターは欧米でも注目されるようになり、2月28日にはLAタイムズとロイター通信が、27日にはニューヨークタイムズもこの事態を報道した。
“South Korean lawmakers try first filibuster since 1969 to block anti-terrorism bill,” Steven Borowiec, Los Angels Times, Feb 28
“Record-breaking South Korea filibuster runs beyond 100 hours,” HOOYEON KIM, Reuters, Feb 28
“South Korean Filibuster Against Anti-Terror Bill in 5th Day,” THE ASSOCIATED PRESS, FEB. 27
韓国初は金大中元大統領
韓国でフィリバスターが合法化されたのは2012年のこと。法案は国会で多数決により可否が決まるため、多数党が有利だ。多数党の暴走を少数党が止められるようにするため、国会法を改訂しフィリバスターを再導入することで韓国の与野党が合意した。在籍議員の3分の1(100人以上)が署名すれば国会議長にフィリバスターを要求できる。
「再導入」と書いたのは、過去に事例があるからだ。
1964年、当時、初当選の議員だった金大中元大統領が初めて行った。当時の韓国の政界では日韓基本条約が大きなテーマになっていた。野党議員が「日韓協定の交渉過程で、(当時の与党である)共和党が日本からマル秘資金を受け取り政治資金に使用した」と暴露した。共和党は反発し「虚偽の事実を流した」としてその野党議員を告訴。当時の朴正煕大統領(朴槿恵大統領の父)の名誉を棄損した罪も追加した。
野党側は政治弾圧であると反発したが、共和党所属だった国会議長は国会会期の最後の日にこの野党議員の逮捕同意案を上程しようとした。金大中氏は本会議が終了するまで5時間19分にわたって逮捕に反対する理由について発言を続け、野党議員の逮捕同意案を上程できないようにした。それにもかかわらず、野党議員は国会の会期が終わった後で逮捕された。
もっとも長かったフィリバスターは1969年に行われたもので、ある議員が10時間15分にわたって発言を続けた。当時の野党議員が与党・共和党が提案した「3選改憲」(大統領の任期を5年ずつ3回、15年できるよう大韓民国憲法を改訂した)に反対してのものだった。この時は、フィリバスターにもかかわらず3選改憲は強行採決され、可決された。
1973年、国会法が改訂され、フィリバスターは禁じられた。そして2012年、再び国会法が改訂され、フィリバスターが可能となった。
チョン議員は11時間40分にわたって発言
1969年以来初となった今回のフィリバスターの進行を、インターネット国会放送やインターネット新聞が初日の23日から生中継している。深夜の時間帯でも常に2万人近い人が視聴している。野党議員らがなぜテロ防止法の制定に反対するのか、何が問題なのか、発言はメディアのフィルターを通ることなくそのまま国民に届く。議員らは、韓国メディアが報じることのなかった国家情報院による一般市民の監視、スパイでっちあげ事件などを赤裸々に語った。
フィリバスターに登場した野党側の議員は平均1人5時間以上発言し、会期末まで時間を稼ごうとしている。米国では案件と関連のない話をしてもフィリバスターとして認められるそうだが、韓国は当該案件に関する話以外は禁じられている。このため、テロ防止法になぜ反対するのか、という一つのテーマについて1人5時間以上も話していることになる。
17番目に登場した共に民主党のチョン・チョンレ議員は1人で11時間40分も発言し、韓国フィリバスター記録を更新した。同議員はフィリバスターの中で、以下の主張をした。
「ミサイルを発射したのは北朝鮮なのに、なぜ国家情報院は国民の口座の内容を見ようとするのですか。なぜ国民の通話内容を聞こうとするのですか」
「朴槿恵大統領が就任してから4年の間に累計9000万件も一般市民の通信内容を照会しました。令状がないと通信内容を見られない今でもこれだけあるのに、テロ防止法によって令状なく監視できるようになればどうなるでしょうか」
「テロ防止法は、令状なく韓国民の携帯電話を盗聴、銀行口座を追跡、尾行追跡するための法律です。国民を監視したいのですか?」
その他の議員のフィリバスター発言も「語録」としてオンライン掲示板に出回るほど話題になった。野党議員の中には、学生運動をしていた頃、国家情報院の前身である国家安全企画部に監視され、政権に反対する運動をしたという理由で拷問された経験があるとフィリバスターで告白する人もいた。
2月27日と28日の週末には、フィリバスターを自分の目で見ようと国会の傍聴を申し込む人が後を絶たなかった。地上波SBSニュースによると、27日の国会傍聴席は満席になった。SBSによると、フィリバスターとテロ防止法への関心は高く、高校生や大学生も傍聴に詰めかけたという。」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/030100035/?P=1&ST=world