白夜の炎

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薄煕来続報―党籍はく奪

2012-09-30 15:26:58 | アジア
「中国共産党が薄熙来氏の党籍はく奪、刑事捜査開始へ=新華社
2012年 09月 28日 23:44 JST 記事を印刷する | ブックマーク | 1ページに表示 [-] 文字サイズ [+]


[北京 28日 ロイター] 中国共産党は、薄熙来前重慶市党委員会書記が職権乱用や収賄などの規律違反を行ったとして、党籍をはく奪すると共に、党中央委員会政治局、および中央委員会からの追放を決定した。今後、薄氏に対し刑事捜査が開始される。新華社が28日、報じた。

今年3月に重慶市トップの職を解かれた薄氏をめぐっては、妻の谷開来氏、および元側近で元重慶市副市長(元公安局長)の王立軍氏が、英国人実業家ニール・ヘイウッド氏殺害をめぐり逮捕され、谷氏は8月に殺人罪で執行猶予付きの死刑判決、王氏は今月24日に懲役15年の実刑判決が言い渡されている。

新華社が発表した声明は、薄氏がヘイウッド氏殺害をめぐり、「職務上の権限を乱用して深刻な過ちを犯しており、重要な責任がある」と指摘。「薄熙来の行動は深刻な波紋を引き起こし、党および国家の評価に多大な打撃をもたらした」とした。

その上で、「王立軍をめぐる事件、および谷開来が関わる意図的な殺人に関する過ちと過失を踏まえ」党籍のはく奪と党中央委員会政治局、および中央委員会からの追放を決定したとした。

声明は、薄氏による「党規律の深刻な違反」は大連市と遼寧省で勤務していた時期まで遡ると指摘。「複数の女性と不適切な性的関係を続けていた」とし、「薄熙来の行動は深刻な波紋を引き起こし、国内外で党および国家に対する著しい悪影響をもたらした」とした。

薄氏は、今年2月に王立軍氏がヘイウッド氏殺害をめぐり米国領事館に保護を求めるまで、有力な政治家と見なされていた。今後10年間の最高指導者を決める中国共産党党大会が11月8日に北京で開幕するが、党は指導部交代に大きな波紋を及ぼしてきた薄氏をめぐる事件の幕引きを党大会前に図ったものとみられる。」

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE88R06E20120928

古色蒼然―自民党「新」体制

2012-09-28 17:32:50 | 政治
「安倍執行部がスタート=総務会長に細田氏、政調会長に甘利氏―自民


時事通信 9月28日(金)16時9分配信

 自民党の安倍晋三総裁は28日午後、党執行部の主要人事を決定し、新体制がスタートした。幹事長に石破茂前政調会長(55)、総務会長に細田博之元幹事長(68)、政調会長に甘利明元経済産業相(63)を起用した。前執行部に続いて設けた副総裁ポストには高村正彦元外相(70)が就任した。

 国対委員長には浜田靖一国対委員長代理(56)が昇格。幹事長代行には安倍氏側近の菅義偉元総務相(63)が就いた」

 古色蒼然。

 これが未来ですか?

医療ボランティアの体験記/内田樹氏のブログより

2012-09-28 16:37:17 | 原発
「横浜でクリニックを開業している岩井亮さんという読者の方からメールが転送されてきた。
震災の医療ボランティアをしている方である。
こういう方たちの目に見えない努力が被災地復興を支えていることに、ひとりの日本国民として感謝の気持ちを示したい。
以下の文章は岩井先生が医師会報に寄稿されたものだそうである。
大手メディアにも掲載を打診したが、まだ回答がないそうである。
もうメディアはこういうグラスルーツの活動に対する興味を失ってしまったようで、紙面に復興の現状についてきめこまかく書かれた記事を見ることもしだいになくなってきた。
たいへん具体的な記録と実践的な提言であるので、医療関係者に震災アーカイブとして共有していただければと思う。


(以下岩井医師の体験記)
東日本大震災および阪神大震災のNGO医療ボランティア参加経験を記す。

阪神時は当時の専門分野である救急がお役に立つかもしれないと予想し、早期に拠点を立ち上げたNGO(AMDA)に連絡をとり震災4日目神戸長田区入りをし、病院への報告帰宅1日をはさみ約二週間活動した。
ただ、救急蘇生のニーズはすでになく、途中現地指揮(といえば聞こえはいいが、ロジスティクスとトラブルバスター)を兼ねていたので、医療の仕事(巡回、診療所)3割、便所掃除、避難所移転の手伝い、必要物資の要請連絡、物資搬入等を含む仕事7割という内容であった。

今回は、3月から単独参加、1日のみということでJAMT登録はしていたがお声はかからなかった。しかし長引く避難所生活や、瓦礫撤去作業による影響でつらい方が多いだろうと予想し、ペインクリニックの需要を現地NGO(ジャパンハート)に打診をし、その傘下で、5月3-5日、19日、29日、6月12日と断続的に現地入りをした。
移動、使用物品の調達は単独で行い現地で合流後に看護士1~2名のサポートで治療する(いないときは一人で)。現地までの距離は東北道経由で約550キロ(奇しくも長田区とほぼ同距離)、混んでいなければ休憩も含め7~8時間を要する。

土曜日診療後14時に車で出発、現地21~22時着、車中あるいは避難所の一室で一人畳半分程度のスペースで雑魚寝、風呂はないので長期滞在の人は1週間程度は入らない。5時ごろ起床、最初は登山食、コンロを持参したが、コンビニは予想以上に充実、避難所のご好意で炊き出しも分けていただいていた。7~13時、14~17時まで二ヶ所の避難所で治療、帰路につき1~2時ごろ帰宅となる。G Wはまだ道路補修が十分でなく、福島~宮城間の走行にやや注意を要したが、6月時はだいぶ道路も滑らかになっている。慣れというのは不思議なもので、当初感じていた遠さが今はあまり気にならず,眠気が少々つらいだけである。

場所は、津波被害の甚大であった気仙沼本吉地区で、避難所となっている、清涼院、仙翁寺二カ所のお寺の一室、階上中学校体育館倉庫を間借りして、治療をした。用意したのは、トリガーポイント注射、鍼治療、シールの置き鍼、コルセット、テーピング、不眠、疼痛、疲労回復用の漢方処方(ツムラT-23,41,54)である。東洋医学は一般に思われているより即効性があり場合により西洋医学をしのぐ。

この際自分の力量で安全確実なものだけを選んだ。
よくメディアでは心のケアについては言及しているが、痛みストレスに関する報道は乏しいような気がする。理由のひとつは、被災された方が我慢しているので伝わらないこともあるように思う。また、PTSDの専門家によれば基本は苦痛体験の表出にあるという。背中をさすり手を握って話を聞いてくれる聞き上手な一般ボランティアは大事だと思う。実際阪神震災時には、治療中も皆さん一様につらかった経験を話したがり、その後憑き物が落ちたような表情で帰られたのを今でも印象深く記憶している。またそこには心身一如の発想が不可欠であり、腰痛肩こりといった身体的な苦痛の除去がリラックスにつながることは自律神経の作用からも明白である。

実際、当初治療を受けた方の口コミもあり、5月29日は、ボランティアスタッフも含め計37名(避難所の1-2割)の治療を行った。避難所生活で、持病の腰痛膝関節痛が悪化した人、瓦礫撤去での頚肩痛、肋骨骨折、捻挫、津波に飲まれ肩関節打撲などさまざまな症状の方がいらしているが、2-3回の治療である程度の症状軽快を維持している方が多い。ただ、瓦礫撤去などで、その時間帯に不在の方の治療ができない点は心苦しい。また、ボランティア活動に当たっては様々な仕事がかみ合って初めて有効に機能する。仙台事務所のロジスティクス担当は一橋大学生が一年休学し、2ヶ月間調整作業をしていた。現地常駐指揮は、カンボジアでの活動経験のある看護士さんが行い、私が参加した時のドライバー、看護士、医師は、南は福岡、北は埼玉まで全国からの参加があった。

阪神震災時では地元医療機関の立ち上がりが予想以上に早く、震災約10日目にはスタッフ間で引き継ぎ、撤退時期についての議論を行った。ボランティアが長く滞在すれば、地元医療の復興に水をさすことになる。ただ被災者の立場なら、無償診療が有り難いはずで、双方をうまく立てなければ、余計なお世話になりかねないので注意は必要である。(行政の無償措置があれば別であるが)今回の震災は、もともと医療過疎である上に医療機関も相当のダメージを負っているため、長期的な支援が必要になると予想する。それも、地元医療復興のお手伝いというかたちがよいのではないか。いずれにせよ、マンパワーの確保という点で、もし本腰を入れるなら、市、県医師会レベルの結束が不可欠であろう。もちろんそれに先立って地元医療機関との協議は不可欠である。

医療ボランティアを行うにあたり注意すべき点は、日常診療が行える環境にないことと被災した方々のコンディションである。場合によっては看護婦さんがいない、薬剤も限られている、暗い、いつ余震で揺れるかもしれない、そうした状況下で安全確実に自分の力量で行えることは何か想像しないとせっかくの医療行為があだとなることもある。現場でやれることには限りがあり、リスクとベネフィットを天秤にかけるクールな視点が必要である。それゆえ、近隣の被害の少ない搬送可能な病院の把握も大事である。

阪神震災時には、外傷性気胸、慢性硬膜下血腫疑いの患者に搬送指示を出した。また、診療所で浣腸を指示された方がプレショックに陥ったことがある。このときは、3-4人のドクターが張り付き、一人はひっきりなしにマンシェットでの血圧測定、一人は、静脈留置鍼で大腿静脈を狙い、私は成人用点滴セットにつないだ側管ドパミン製剤を冷や汗かきながら調整するといった修羅場を経験した。この場合希釈ドパミンのワンショットあるいはボトル注の方がまだましだったのだろう。手元にエフェドリンはなかった。脱水状態にある方にとっては、浣腸あるいは、不用意な降圧剤の処方さえ危険行為となる可能性があるのである。地震による不眠に対する安定剤を処方し、余震が来た場合も同様である。モニターに関しても心電計は余震の影響、電源供給、ソケットなどを考えると使い辛い。水銀柱血圧計と、バッテリードライブのパルスオキシメーターならばある程度の不整脈、低血圧、低酸素が素人でも把握できるという点で便利であろう。たとえ不整脈があろうと、血圧の維持に支障のあるものがわかれば十分である。VTだって、胸苦しいだけのものもあれば、脱水状態なら早期の必要があるときもある。薬剤は使い慣れたもの、リスクの少ないものを選んだほうがよいだろう。

一般ボランティア医療ボランティアを問わず、まず第一に自身の行動が本当に喜ばれ役に立つのかを吟味する必要がある。私の場合、短期滞在でもある程度お役に立てるという予想のもと現地入りを決め、コーディネーターに情報を問い合わせ、その上で計画を立て、2、3日の野宿に耐える準備を含む物品の調達を行った。情報収集、作戦立案、後方支援、前線活動という4点に留意すれば単独行動でも大丈夫である。

立案に当たっての一例を示す。瓦礫撤去時のトラブルに1医師を送る、2防塵ゴーグル及び作業用皮手袋を送る、3それを買うお金を送る、4撤去を手伝う人手を送るなどさまざまなオプションが想定されるはずである。また、不用意な後方支援が前線活動の妨げになることも肝に銘じておいたほうがよい。まず現地のニーズを把握することが大切である。
よく自分には得意分野がないという人もいるが、本当に相手のためになりたいと思うならば専門性に関係なくできることはいくらでもある。鍵は、自分が被災者だったら、という想像力である。相手に生活空間に入り込んでの活動なので、お邪魔かもしれないという意識も大事で、カメラを持参しないのもひとつのモラルだと思う。多数の心ある人のボランティア参加を切に願う。復興はまだ遠い。

以上の内容を、昨年の青葉区医師会報にのせた。昨年は5~7月まで計7回現地入りをして4ヶ所の避難所で治療に当たったが、8月に入り、避難所から仮設住宅への移転、治療場所の確保等の問題から治療は中止した。7月時点でも、気仙沼総合体育館には170~180名の方がおり、苦労されていた。阪神震災の折、発生から1年後神戸を再訪した時にまだ散在する仮設住宅にショックを受けたが、今回はその比ではない。ただ、仮設住宅入居の抽選が当たっても、高台にある場合、特に高齢の方は、足がない、物資の不足等の理由で入居を拒否するケースも多いと聞いた。前述のNGO(ジャパンハート)が本年1月より石巻に内科小児科クリニックを開設しており、現在ペインクリニックのニーズを打診中であり、要請があれば再度活動参加を予定している。

また今回の震災は原発事故の併発という特殊な事情がある。震災から約1年がすぎ、放射能の拡散の広さも明らかになってきている現時点で、原発に対する医師会としての意思表明はあまりに少なすぎるのではというのが個人的な意見である。私に知る限り年間20ミリの値に物申したきりである。先だっての青葉区医師会合で原発に対する意見を挙手にて確認したところ、条件抜き反対が軽く過半数を超えていた。日本医師会会長宛に、医師会としての、原発是非のアンケート調査、医師会レベルでの低線量被爆被害を疑わせる症状の実態調査(関東圏含む福島)、公表を意見としてメールしたが、なかなか重い腰は上がらないようである。

世論の流れは脱原発だが、日本医師会の本来の目的が国民の健康を守るという大義名分に照らせば医師がもっと意見するべきとの思いがある。マスコミでは、健康被害の有無の討論を含め、いろいろな意見があるようだが、そばに行けば確実に死をもたらす物質が日本全土に拡散した事実を忘れてはいけないと思う。国立感染症研究所データのウイルス疾患の軒並みの急増(過去10年比)も関係が皆無とも思われない。ただ、ある疾患の急増は西の地方にも見られるので解析には注意が必要ではあるが。

震災被害は他人事ではない。急場に要求されるのは臨機応変な対応である。阪神震災時には、モップと毛布で担架代わりにしたり、洋服ハンガーと紐で点滴をつったりといった工夫をしていた。また薬剤などを含め、限られた物資、環境でのやりくりが特に初期には不可避である。また、張り紙、ハンドマイク、自転車といったアナログな手段が効果を発揮する場面が多い。当院の所属するクリニックタウンでも、協同で飲料水、乾パンなどの備蓄をしている。物質的な備えの他にいざというときの心の備えも大事であろう。」

http://blog.tatsuru.com/2012/09/25_1445.php

「福島で起こったこと・・・ 今、私たちにできること」 武藤類子さん(福島原発告訴団団長)講演会のお知らせ

2012-09-27 19:53:06 | 原発
「福島で起こったこと・・・ 今、私たちにできること」

武藤類子さん(福島原発告訴団団長)講演会

日 時:10月7日(日)午後1時半より

場 所:まちなかキャンパス長岡 301号室にて

参加費:無料(会場カンパをお願いします)

主催:さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/24/90493d647777045c7bccc77585736a0b.jpg

http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/80/6234de30058c2b0ecf9ecd71b782dd7f.jpg

 詳しくは上のURLをクリックしてください・

ドイツとユーロ

2012-09-27 15:36:47 | EU
 ユーロ危機は却って欧州の統合を促進するのではないかと考えていますが、いかのような見解もあります。

「ドイツがユーロ離脱を選択できる理由

2012.09.27(木)

Financial Times(2012年9月26日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

ドイツはユーロから離脱すべきだろうか? 結局のところ、ドイツは離脱という明らかな選択肢がある大国だ。

 欧州中央銀行(ECB)が苦境に陥った国々の国債を買い入れる計画を巡って、保守派のアンゲラ・メルケル首相が、自ら任じたイェンス・バイトマン・ドイツ連銀総裁ではなくマリオ・ドラギECB総裁を支持したことにより、上記の疑問はますます当を得たものとなっている。

 ドイツで最も尊敬されている機関であるドイツ連銀のトップは、ドイツの保守的なユーロ懐疑論者のスポークスマンになった。ドイツ人は、ECBが昔のドイツ連銀の生まれ変わりにはもうならないことを実感している。通貨統合は悲惨な結婚に終わりそうだということに我々は改めて気づかされた。であれば、たとえ困難が生じようとも、別れた方がよいのではないだろうか?

悲惨な結婚よりは分かれた方がましか

 この疑問をドイツの視点で検討するには、誤った議論とまっとうな議論とを区別しなければならない。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に籍を置くベルギー人経済学者、ポール・デ・グラウウェ氏らが共同執筆した論文で主張しているように、誤った議論の例を見つけるのは簡単だ*1。

 デ・グラウウェ氏らはこの論文で、欧州中央銀行制度(ESCB)の内部でドイツの純債権が積み上がっていることは、ユーロ圏が崩壊した時にドイツ側に多額の損失が発生することを意味するのかどうか問いかけ、「意味しない」という答えを出している。

 第1に、ドイツは世界のほかの国々に対して――そしてほかのユーロ圏諸国に対しても――純債権を積み上げてきたが、それはユーロ圏内の中央銀行間の会計処理によるものではなく、ドイツが多額の経常黒字を出しているためだ。ドイツはいわば、商品を輸出して金融債権を輸入しているわけだ(前者は得意だが、後者は得意でない)。

 端的に言えば、ドイツの経常黒字はドイツ人を金融リスクにさらしている。しかし、ユーロシステム内の債権・債務の残高は、このリスクを適切に表示しているとは言えない。デ・グラウウェ氏らによれば、これらの残高が急増したのは投機的な資金の流れが生じたためで、経常収支の不均衡のせいではないという。

 投機的な資金の流れが外国に対する純債権を変化させることはない。例えば、スペインの銀行に口座を持っている預金者が、その口座にある資金をドイツの銀行の口座に移したと仮定しよう。この場合、ユーロシステムの内部ではスペインの中央銀行の負債がその分増加し、ドイツ連銀の資産がその分増える。

*1=“What Germany should fear most is its own fear”, www.voxeu.org. 一方、資金を受け入れたドイツの銀行ではこのスペイン人の預金者に対する負債が発生し、ドイツ連銀への準備預金が増加する。純額ベースで見れば、ドイツの対外債権に変化はない。しかし、ドイツ連銀の純債権は増加し、ドイツの民間部門の純債権は縮小するのだ。

 第2に、このような投機資金の流入によるドイツ連銀の純債権増加は、ドイツの納税者を多額の損失が発生するリスクにさらすものではない。ドイツ連銀の負債――マネタリーベース――は、ドイツ連銀の資産の価値に依存しない。貨幣の価値はその購買力によって決まる。

 金などの実物資産の裏付けがない名目紙幣が流通する制度下では、中央銀行はマネタリーコントロールを目的とする場合を除いて資産を必要としない。中央銀行は何もないところから貨幣を創り出せるのだ。

 そしてその貨幣に価値を与えているのは裏付けの資産ではなく、人々がその貨幣を使って取引を決済する準備ができているということであり、その見返りとして国家がその貨幣による納税を認めるということなのだ。

 ユーロが解体された際にドイツが被る危険は、ドイツに住んでいない人々が手持ちのユーロをドイツの新通貨に換えようと努める結果、ドイツの新通貨の量が過剰になるかもしれないというものだ。

 ただ、ドイツ連銀は新通貨への交換をドイツの居住者に限定することにより、そのような事態を防止できるだろう。その場合、損失を被るのは、ユーロ解体後に生まれる新通貨の価値が下落する国の居住者ということになる。

自国民と経済の生産性を犠牲にした重商主義的戦略

 デ・グラウウェ氏による以上の指摘は正しい、と筆者は思っている。ただ、この議論は逆さまにして論じることもできるだろう。

 もしドイツの人々が巨額の経常黒字を通じて無価値な債権を蓄積してきたのであれば、彼らは黒字を出さなければ、もっとうまくやれたかもしれない。同様に、ドイツが人々の恐れるダメージをそれほど被らずにユーロから離脱できるのであれば、ユーロ離脱は1つの選択肢になる。

 実際、ロンドンに本拠を構えるロンバード・ストリート・リサーチのチャールズ・デュマ氏は、ドイツはユーロに参加しているせいで、自国民と経済の生産性を犠牲にした、高くつく重商主義的な戦略を取ったと主張している。実質ベースのドイツの個人可処分所得は1998年以降、驚くほどわずかしか伸びていないと同氏は指摘する。実質消費も同様だ。 ドイツでは、1999年から2011年にかけての1時間当たりの生産性の伸び率も英国や米国より鈍かった。これは恐らく、ユーロに参加していることが企業を通貨高から守ってくれたためだ。停滞する実質賃金、財政引き締め、それに相対的に高い実質金利が、需要をきつく抑え込んだ。

 ところが今、ユーロ圏の病に必要な治療は、国民が嫌う高インフレをドイツに押し付け、重要なユーロ圏市場に長引くデフレ不況をもたらし、パートナー諸国への継続的な公的資金の移転を招くことになる。

 これらすべての状況からすると、ユーロ圏の一員であることの経済的利益も政治的利益も、ドイツの政策立案者が望んだほどではなかったに違いない。さらに悪いことに、この先何年も、「救済」や債務再編、構造改革、そして不人気な競争力調整を巡る対立が続く。もしかしたら本当に、これよりは辛い離婚の方がましかもしれない。

ドイツマルクの復活がもたらす効果

 デュマ氏はそう考えている。同氏は、上昇するドイツマルクに戻れば、利益が圧迫され、生産性が拡大し、消費者の実質所得が増加すると主張する。ドイツ人は余剰貯蓄を浪費家の外国人に貸す代わりに、国内で今より高い生活水準を享受できる。

 さらに、これはユーロ圏諸国の間の速やかな競争力調整をもたらすだろう。マルクが復活しなければ、調整はドイツ国内の高インフレとパートナー諸国における高失業率を通じて、遅すぎるペースで起きる。

 デ・グラウウェ氏とデュマ氏の分析は、ある重要な点については一致している。ドイツが多額の経常黒字を出し続けるのであれば、同国は必然的に外国人に対する巨額の債権を積み上げるしかない、ということだ。過去の経験が何らかの指針になるのだとすれば、その大半は無駄になる。

 ユーロシステム内での債権の積み増しそれ自体が危険なのではないというデ・グラウウェ氏の言い分は正しい。危険なのは、実質賃金の抑制戦略と急拡大する対外黒字が、高くつく袋小路だということだ。これはドイツ経済を損なう可能性が十分にある。ドイツは間違いなく、いずれにせよ高くつく何らかの方法で、自国の「顧客」に財源を移転せざるを得なくなる。

 離脱は確かに1つの選択肢だ。筆者が予想するように、離脱の選択肢が却下された場合、最終的にはほぼ同じ調整がさらに大きな痛みを伴う方法で起きるだろう。別の選択肢は、ドイツ人が恐れている財政移転同盟だ。

 ドイツは重商主義的な戦略で高い代償を払った。ユーロ圏内であれ圏外であれ、これは持続し得ないし、持続してはならない。」

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36193

9月27日の放射線量

2012-09-27 15:12:43 | 放射能
新潟県内、窓締め切り、室内、天気は晴れ。

0.07μ㏜/h。

昨日のJ-WAVEでやっていたが、東北のがれき処理で放射性廃棄物だけでなく、アスベストの拡散が深刻になっているとのこと。

日本の放射線をモニターしている米国政府-これもすごい話だが-は、大気中のアスベスト濃度が10倍になった-どの地域のことなのか、全国の平均かは不明―として、日本政府に改善を求めているという。

がれき処理にはもともと放射性物質の国内拡散を招くだけ。

喜ぶのは産廃業者と暴力団だけという正鵠を得た批判があったが-静岡県の島田市の市長(産廃業者)が典型-今やそれにアスベストまで拡散し、震災からの復興ではなく、別の形の災害の深刻化が進行している。

その中で政治は大きく右・ファシズム方向にかじを切っており、政治災害のさらなる懸念がある。

橋下ファシズムや、安部大日本帝国の政治が国民第一であるわけがないではありませんか。みなさん。

裁判のあり方の見直し/べリタより

2012-09-26 15:38:18 | 原発
「【たんぽぽ舎発】最高裁の研究会が提起した、原発訴訟改革論の波紋  森田 義男


 最高裁の会合で、原発裁判の審理方法に改革論が起きているという。原発訴訟をめぐる研究会で、今後は安全性をしっかり審理すべきというものだ。共同通信による情報公開請求に基づく最高裁の内部資料でこれが明らかにされた。

 裁判所は従来、専門家の意見を踏まえた行政の判断を尊重するという体裁で、国策ベッタリの原発推進判決を出し続けていた。「強い者を守る」という裁判所の真骨頂である。原発訴訟を経験した元裁判官は、これを称して「(裁判の前に)判決の流れは決まっていた」と述べているという。

 こうした中でのこの改革論の浮上。これは福島の原発事故を踏まえ、このままでは司法の信頼が揺るぎかねないとの危機感をあらわにしたものだ。その背景には、原発への多くの世論調査結果やうち続く官邸前デモ等に見られるような、安全性を無視した原発再稼働等に対する国民の怒りがあろう。

 この改革論により、仮に電力会社の側に安全性への相応の立証責任が求められるような流れにでもなれば、原発行政はかなりの打撃を受ける。「その結果として、国等を守りきれない事態になったとしてもやむを得ない。それよりも司法への信頼(つまり自身の安全)を優先せざるを得ない」。最高裁の研究会はこう判断したのである(現実にどこまで「改革」できるかは、大いに疑問ではあるが)。

 さて、裁判所が「国等を守る」ことよりも「自身の安全(司法への信頼)」を優先するという(ある意味当然の)判断は、大きな示唆を与えている。「有罪率99.9%」のデタラメ裁判や馴れ合いの行政訴訟も、「司法への信頼」が大前提となっているからである。例えば証拠開示の問題。「検察は不都合な証拠は提出しないでよい」などという現行の取扱いは、むろんお話にならない。どのような屁理屈を並べようが、常識や社会正義の面からこれが通用するはずがない。このようなインチキを裁判所が容認・推進していることを広く一般国民が知れば、「司法への信頼」は一気に地に墜ちよう。これで同じく「改革論」が巻き起こるはずなのだ。

 こうしてその他の多くのデタラメも、広く国民に知らしめることにより、「改革論」を発生させればよい。これらにより刑事訴訟や行政訴訟を大きく改善させる。そしてそれは世の構造を一変させる力さえ秘めている。

 もっとも以上述べたことは、既に各方面から指摘済みの当たり前のことといえるかもしれない。しかし今回の最高裁の国等をも敵に回さんばかりの改革論。「我が身かわいさ」に基づくこの裁判所の変わり身の速さには、目を見張らされる。確かに「広く国民に知らしめる」は、実際問題として容易ではないだろう。しかし今回は、その威力をまざまざと見せつけられた思いがするのである。
(出典:国賠ネットワーク通信137号・9月15日号)」

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201209251302322

再生可能エネルギーの展開はいろいろありうる

2012-09-26 15:04:08 | 政治
 脱原発の結果生じるエネルギー不足をどうするかというかだがある。

 当然節電には努めなければならない。どんな手立てを取ろうとタイムラグは避けられないからだ。

 その上で以下の二つをまず提言したい。

 ①スマートグリッドの整備と、その前提としての送電網の電力会社からの分離・国有化。

 ②太陽光発電設備の設置義務化。新築住宅・居住施設(マンション等含む)、既存の一定規模以上の商業施設・工場等。もちろん新地区の商業施設、工場は設置。広い敷地を占有する工場等の屋根等を全て利用する。

 太陽光発電は日照時間や季節変動によって、効率は10%程度といわれ、とても原発の代わりにならないと言われるが、いたるところにパネルを置けば大分事情が変わるだろう。

 それから蓄電技術と施設の整備も必要。

 ダニエル・フォンの試みなど世界中の知恵と資金が投入されている分野だ。手をこまねいている場合ではないだろう。

 →http://lightsailenergy.com/

 なおダニエルのやり方は空気圧縮方式ですが、これはすでに一部実用化されているようです(ダニエルの会社のものではない)。

 →http://www.kumikomi.net/archives/2011/03/co12cl05.php

 

フランスの原発労働者

2012-09-26 12:58:15 | 原発
「深夜TV「原発労働現場 異常なし?」を見て

http://www.asyura2.com/12/genpatu26/msg/512.html


これは、2012年2月8日[午前 0時00分~0時50分]のNHK BS世界のドキュメンタリー『原発労働現場 異常なし?』のいづれも深夜の12年8月14日 午前2時00分~2時50分の再放送。

原題:Nuclear, Nothing to Report
制作:CRESCENDO FILMS / ARTE France (ベルギー/フランス 2009年)

3.11前のヨーロッパの原発に関するドキュメンタリーでした。

私が見て「あっ」と思ったことは、登場している原発ジプシー達は10年たったらホボ癌で死ぬと信じていることです。また、100mSVの環境での作業継続で危険な状態は体が知らせてくれるようで体が動かなくなると白血病になったジプシーが言ったことです。

番組は以下のような内容です(NHKのWebより)
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世界の原子炉の半数が稼働するヨーロッパ。中でもフランスは強力に原子力発電を推し進めてきた。地域の活性化を喜ぶ人びとは議論を避け、原発労働者の存在は社会から気づかれなくなっていく。

原子炉の安全運転に欠かせない現場労働は、コスト削減を目指す企業の論理の中で賃金の安い下請け労働者に委ねられる。フランスの原発ではメンテナンス作業の8割を下請け労働者に頼る。

中でも危険な仕事が原子炉内に入って部品を交換する「ジャンパー」。こうした人びとが癌を発症するのは何年も経てからで、フランスでは10年以上経過したケースでは原発による被曝が原因とは認定されず(10年以前は時効)、また、下請け労働者の場合はそもそも原発労働者と認定されていない。

無視されるのは労働者たちの被曝だけではない。フランスでは「レベル0」と呼ばれる小さなものも含めると、年間1000件以上の事故や不具合が起きていると専門家は言う。しかしある元原発労働者の証言では、リポートに「異常なし」と書くよう強要されるのは日常茶飯事で、「異常あり」と書こうとして解雇される例も多い。

コスト削減を目的に大量の現場経験者が解雇されたローヌ地方のクリュアス原発。安全な操業が脅かされていると訴えたマネージャーも解雇され、労働者たちは安全性を軽視する経営陣に対し、ハンガーストライキで抗議を続けた。

これをきっかけに原発内の実態を知った地域住民も支援し、解雇の一部は撤回されたが、安全よりも経済性を優先する根本姿勢への不安は消えない。
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私は彼らのすがたを見ていたたまれなくなりました。
①被爆認定の裁判で戦おうにも10年以前は時効とうったえた白血病のシプシー。
②下請けや、より強烈なコストカッターに変えるのは「原発はコストがかかる」と言った経営者。
③インタビューでも「原発の安全性(企業の説明も)は信じていないが・・」と答える住民。

ジプシー達の長く続くハングリーストライキを見て、政府がいっこうに動かない状況を見て参加した「地域住民」が原発を封鎖(出入りを封ずる)して言った言葉に印象付けられました。

『政府が封鎖しないなら、我々が封鎖するしかないだろう』 」

*再放送は2012年8月14日(火) 午前2時~2時50分

韓国の大統領選挙/朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

2012-09-25 16:25:05 | アジア
「 朴槿恵を阻止するために、「ムン(文在寅)」を選ぶべきか、「アン(安哲秀)」を選ぶべきかをめぐってあちこちで交わされている熱っぽい議論を聞いていると、とてもいたたまれない気持ちになってしまいます。

 たとえば、卒業して借金だらけの身になり、専門と関係のないつまらない低賃金(おそらくは非正規)労働をするか「 プータロー」にならざるをえない、貧困層出身の3~4年生の人文系大学生は一体何故にこれら自由主義的なブルジョア候補たちにかくも「片思い」を寄せているのか、そんな思いを振り切ることができません。

 「ムン」も「アン」も、その学生のために授業料を半額やそれ以上に値下げしたり、人文系にも入りやすい良質の働き口を公共部門に作ったりする確率がゼロに近いにもかかわらず、一体何を思ってそこまで彼らにこだわっているのでしょうか。

 敢えて歴代のブルジョア自由主義者たちと比べてみても、金大中(キム・デジュン)くらいなら「ムン」や「アン」に比べて、本来の経済観はもとより、(彼の「参与経済論」をご記憶でしょうか。ほとんど社民主義者の水準でした)

 「人物」からして比較にならないほど異なっていました。金大中を好もうが好むまいが、彼が彼が命をかけて闘争したこと、何度も死に直面したことなどはすべて事実なのです。税務弁護士出身の盧武鉉(ノ・ムヒョン)は金大中とはまったく異なる、遥かに順応的な人生を送ったのですが、とにかく「ムン」や「アン」と違い、労働闘争に少しでも関わっていました。

 現今のブルジョア自由主義者たちは、労働とはまったく無縁なのです。にもかかわらず、お金も未来もない人々が「ムン」や「アン」に簡単に期待を寄せている理由はとても簡単です。彼らに「ムン」や「アン」より左側にいる人々、すなわち左派はまったく見えないからです。政治的左派は韓国社会では、目立つ力も汎社会的に訴える力なども全然ありません。故に、韓国社会で左派政治をするということは、時にほとんど「シジフォスの労働」のような気がします。やってもやってもどこまでやり続けても、結局は25年前の原点、すなわち様々な「批判的支持論」に舞い戻ってしまうということです。どうしてそうなってしまったのでしょうか。私は大体次のような要因を考えています。

1. 「児童期の必然的な幻想など」。みなさんが小さい頃に思い描いた世界を覚えていらっしゃいますか。自分だけを愛してくれるありがたい両親、悪い泥棒たちを捕まえるために夜も昼も忙しい善良な警察のおじさん、私たちを教えるために時には愛の体罰を惜しまないありがたい先生等々……。警察のおじさんは昇進のために泥棒より公安関係犯罪(?)に遥かに関心が高いかもしれないし、親が子供にそれと無く「出世して将来は私たちを養う」ことを望みながら子育てをしているかもしれないし、上司の圧迫と暴力に疲れた先生が自分も知らないうちに、その腹いせに子供たちに暴力を振るったりするなど、愛の体罰ではなく、気を晴らすために体罰を惜しまないにもかかわらず、このようなことは子供の目にすぐには入らないでしょう。子供は葛藤より「調和」を見たがるものです。それは当然のことですが、大人までそうなったらそれはけっこう大変なことです。そうなったら、葛藤を常に深く抱えている世の中の実体を見逃してしまうからです。ところが私たちの普遍的な世界観はあるいは小学生の世界観と本質的に似ているかもしれません。配当金にしか関心がなく、税金を納めることを最も嫌がり、労働者たちを単なる搾取の対象として捉える三星一家やLG一家の搾取者たちは、大多数の善良な私たちには搾取者ではなく、「我が国の実業界の巨頭」たちではないでしょうか。国家は統制メカニズムであると同時に搾取のための行政的枠組みというより、「我が国」であり、その国家の「発展」のための「構想」はまさに大統領候補に最も聞きたいと思う内容の一つなのです。オオカミと羊が一緒に「共存」しながら「発展」できるわけがないという点に、大韓民国の平均的で普遍的な教育を受けてしまえば気づくのがとても難しくなるのです。

2. 「生活進歩の不足」。進歩政治を愛好なさる皆さん、私たちは一つの真理を肝に銘じなければなりません。一日16時間トッポキを作って売らなければ子供を養えず、自分も食べていけない露天商のおばさんには、「政治言説」の詳細な部分まで関心をもって読む余力はありません。言説がどうであれ、この地獄の中で彼女の人生は働いて洗って寝て、そしてそれの限りない繰り返しです。ほとんど死ぬまでです。彼女がこの地獄を本質的に変える人々に票を投じるためには、この人々は彼女のための奉仕からスタートしなければなりません。たとえば零細自営業者たちをはじめとする住民たちを糾合してトッポッキ販売にまで手を出している大型スーパーの町内進入を必死で阻止したりしなければなりません。このような商店街の進歩、町の進歩、食べていくことにおける進歩がなければ、進歩に票を投じる人々は、結局進歩を考える余裕のあるわずかばかりの人、すなわち高学歴者たちに限られてしまうでしょう。このような余裕は、世界最長労働時間を誇る大韓民国ではほとんど贅沢ですね。つまり、進歩とはある巨視的なことを考えるより前に、真っ先に非正規労働者たちの搾取が存在する職場に駆け付け、組職を作らなければならないし、コンビニなどを回りながらフリーターたちに対する不当労働行為があるかどうかを調査しなければなりません。「平均的な韓国人」とは、結局毎日12~16時間労働で疲れ果て、大型資本、取り締まり当局、それとも雇い主の横暴で気が狂ってしまいそうな零細自営業者や非正規労働者ではないですか。彼らの日常が私たちの政治になりえないかぎり、韓国で左派進歩の政治をすることはまさに「シジフォスの労働」にすぎないでしょう。

3. 「心臓のない社会の心臓」。マルクスは宗教の機能をこう表現しました。魂のない、損得計算があるのみで、利益創出能力のない者はただ凍死し餓死するしかない社会で、弱者が身を寄せる所とは教会だけという意味です。そこで慰めとともに「それでも世の中はすべて神の摂理/因果応報の法則によって動く」と洗脳され、反乱をあきらめるということです。まあ、今日の韓国社会にぴったりと合う絵です。たとえば、20~30代に、入試、大学授業料、暴力が温存されている軍隊、不可能に見える就職、フリーターを踏みにじる雇い主たち、このようなありとあらゆる怪物と闘わなければならない大韓民国のあまりにも大変な若者たちが行ける所とは、実は家族でなければお寺/教会なのです。そのため、進歩左派が多数の信頼を得ようとするならば、この無情な社会の「心臓」の役割をしなければなりません。授業料のために休学して自殺まで真剣に考え、軍隊で暴言と暴力にさらされ今なお悪夢にさいなまれ、コンビニで口頭契約で働き給料もろくに支払ってもらえず ―ドストエフスキーの表現を借りれば、すべての「踏み付けられ侮辱された者」たちは、進歩政党を求め、進歩政党は彼らのために実地調査、公式的な解決のための手助けをし彼らの痛みをその機関紙を通じて多くの他の弱者たちと共有するようにできれば、おそらく進歩政党の存在の意味は多数に納得されることでしょう。今は多くの人々がその存在そのものも知らず、仮に気付いていたにしても、その存在の意味を「私」と結び付けたりはしないでしょう。

 左派は当分は「言説」などより、大型スーパーがトッポッキ売りのおばさんたちの生計を壊し、フリーターたちが賃金をちゃんと支払ってもらえず、工場で残業しても残業手当てもくれないその「現場」に入って行かなければならないようです。そうしなければ、「ムン」や「アン」の類が支配する世の中では、彼らは間違っていると騒ぎ立てることはシジフォスの労働になるでしょう。

原文: http://blog.hani.co.kr/gategateparagate/52146 訳J.S」

http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1665778.html#more